第220話・送り犬とのこと



「いけませんねぇ……ここはおとなしく死んでください」


 ヒルシュマハトがギラリと私やワンシアとチルルを睨みつける。


「ワンシアッ! チルルッ!」


 二匹は両サイドからヒルシュマハトを挟みこむように素早く体勢をととのえ、


「魔法盤展開ッ!」


 私はその正面から、魔法で攻撃を仕掛ける。


【KDCWAYBF】


 弱点属性である風魔法をぶつけてみる。

 スタッフを地面に突き刺すと、地面は渦を巻いたように盛り上がっていき、ヒルシュマハトを穿つらぬく。


「下僕さんたちぃ」


 途端、ヒルシュマハトの周りに骸骨兵が召喚され、私の攻撃魔法を防いだ。


「はっ!」


「ぉおおんっ!」


 だけど、ヒルシュマハトが防いだのは、あくまで私の攻撃魔法。

 両サイドにできた一瞬の隙を狙ってワンシアとチルルが爪でクロスするように跳びかかる。

 というか盛り上がっている土を足場にしてるのはどうかと思うんだけど。


「セイエイさまとビコウさまはこういう地形を利用した攻防は結構やっておられましたが」


 私の方へと戻ってきたワンシアが説明する。

 あ、うん。それを例に出されると……なんか納得してしまってる自分がいる。


「くぅっ!」


 その時、ヒルシュマハトがちいさく悲鳴を上げた。

 そちらに目をやると、チルルがヒルシュマハトの腕に掴みかかっていた。


「こぉのぉくぅそ犬がぁあああああっ!」


 チルルを振り下ろすように叩きつけたヒルシュマハトが、


「下僕どもぉ! この犬畜生を斬り殺してしまいなさいっ!」


 パッと飛び出してきた骸骨兵は剣を突き立て、チルルに向かって襲いかかる。


「チルルッ! 『幻燈ミラージュ』ッ!」


 チルルの身体がブレて二重になる。


「わふぅっ!」


 骸骨たちの攻撃は単純なものだ。襲いかかる以外なにもしてこない。

 チルルを自分のところへと戻し、体制を整える。



「ワンシア……ちょっと身体を踏ん張らせてね」


 ワンシアは地面に身体を伏せた。


「魔法盤展開――」


 魔法盤のダイアルを回していく。

 ここであのモンスターを倒すべきだろうけど、多勢に無勢。

 それにヒルシュマハトは呼び出している骸骨兵を防御にも攻撃にも使っているから、はっきり言って私一人だと無理がある。


【CQZABZVWFU】


 雪の渦を巻き起こし、ヒルシュマハトにぶつける。


「そんな攻撃効くわきゃねぇだろ! おらぁ下僕どもぉ」


 召喚した骸骨兵たちを、なにも考えず、渦の中へと入り込ませ止めようとする。

 そんなゴリ押しで突破できるとでも?


「チルルッ!」


「わふぅっ!」


 チルルもその渦の中へと入り込んだ。



「ハ、ハウルさま? なぜそのような凶行を? あれではチルルも――」


 ワンシアが慌てた声を抑える。

 フレンド同士の誤ダメージがないように、マスターの攻撃を、テイムモンスターが食らうわけないでしょ?


「……ッ? ちょ、なぁなに? ひ、引っ張られ……!」


 グググとヒルシュマハトの身体が渦に引っ張られていく。

 掃除機のモーターを逆回転させたらどうなるかは容易に想像できる。吸い込むならその真逆、協力な空気を吐き出す。

 その応用、空気を吹き飛ばす渦の回転が逆なら周りのものを巻き込むことも可能じゃない?


「くぅ、ぐぐぐぐぐぐぅっ!」


 ヒルシュマハトが苦痛に満ちた顔で渦の中へと飲み込まれていく。

 さっきまでの扇情的な笑みはどこへやら、完全に鬼女のように睨んでいる。


「ワンシアッ! あの渦の中心めがけて【魔弾】ッ!」


 ワンシアは瞬時に仔狐に変化すると、私の背中をかけながらに登っていく。乗り掛かった私の肩をバネにしてより高く、雪の渦の中心が狙えるほどの高さまで飛び上がった。


「ゴォオオオオッ!」


 ワンシアは口元に光を集中させ、全力の魔弾を渦の中に放った。


「チルルッ! 【鏡魔虹きょうまこう】ッ!」


 雪の渦の中心で光が放たれた。



「きゃ、きゃあぁはははぁあああぁぁはははぁ」


 ヒルシュマハトの悲鳴が聞こえ、雪の渦が晴れていく。

 私の両サイドに、二匹のテイムモンスター。

 ヒルシュマハトのHTを確認すると、のこり二割は切っていた。


「倒しきれなかったか」


「あぁはぁは……はははははぁは」


 晴れていく砂煙の中、ヒルシュマハトの不気味な笑い声がこだまする。


「……っ」


 いつでも魔法が使えるよう、魔法盤を取り出しておく。

 ワンシアとチルルも、瞬間的に攻撃ができるよう、体勢を低くし、突撃できる構えを取っている。


「こ、ころろろ、ころし、ころして……ころし、ころごしごろしこ」


 ん? もしかしてバグった?



「――っ? ハウルさま、周りを見てくださいませ」


 なにかに気付いたワンシアが、私にそううながす。


「――ッ? なにこれ?」


 そこには、骸骨やら屍体やら、もはや原型すらとどめていないような、肉がグチャグチャにただれた出来損ないともいえる、様々なモンスターが召喚されていた。


「ちょ、ちょっと? さすがにこれは――」


 なにこれ? 逃げる途中でモンスターハウスにはいったようなものじゃない。


「いかがいたしましょう? 妾としては逃げるほうが得策とは思いますが――?」


「ヒルシュマハトのしわざだっていうのは目に見えているから、アレを倒すのは?」


「もしあのもののしわざでなかったとしたらどういたします?」


「逃げたほうがいいね。チルル、ワンシアッ! 【咆哮ハウリング】ッ!」


 ワンシアとチルルのスキルで、モンスターの動きを封じる。

 それでも抜け道なんてないし、そもそも食らっていないモンスターも何匹かいる。


「魔法盤展開ッ!」


 ダイアルを回し、脱出口をむりやりにでもこじあける。


「ワンシア、煌兄ちゃんたちがいる方角はわかる?」


「……っ、こちらです」


【LXYJFKYXF】


 煌兄ちゃんたちがいるらしい方角めがけて、激しい炎の突風が吹き荒れていく。

 抜け道ができた。ここは一目散に逃げよう。



 ◇ハウルのレベルが上昇しました。

  ・魔法盤の熟練値が上昇しました。

  ・魔法盤のXbが上昇しました。(2→3)



 今の魔法攻撃で倒したモンスターの経験値がはいったのか、Xbが上がった。まさかの棚ぼた。


「にが、にがさささにがさにがささにが」


 ヒルシュマハトが倒れ、両手両足を立てると、白い身体に黒の斑模様をした鹿へと姿を変えた。


「えっと? なにあれ?」


 まさかの二段変化?


「っ! ハウルさま」


「わかってる――、煌兄ちゃんのところまで走って逃げるよ」


 ここから第二ラウンドといったところだろうか。



 ∵ ∵ ∵ ∵ ∵



 ワンシアに案内されながら、獣道を走っていく。

 私のうしろにはチルルがついてきており、鹿になったヒルシュマハトの奇襲を防ごうとしている。


「ワンシア、もしかして最悪な状態じゃない?」


 獣道だからまともに走れない。いつ木の根っ子とかに引っかかって転けるかヒヤヒヤしているもの。


「――動けるうちは動いてください。それに獣に追われて逃げられるほど人間の足は発達しておりません」


 気配は……多分しないんだろうな。


「ヒルシュマハトの臭いは感じているんでしょ?」


「えぇ、ですからヤツから近づかないよう、遠回りとはなっていますが、確実に君主ジュンチュのもとには走っているはずです」


 その言葉に、私は違和感を覚えた。


「いるはず? ワンシアが煌兄ちゃんの居場所がはっきりしないのはどういうこと?」


「さきほどから妙に鼻に着くような、不快な臭いが鼻腔をくすぐっておるのです」


 チルルの方を一瞥すると、チルルもワンシアと同じだと言った視線を向けてきた。


「それって犬モンスターにとっては死活問題じゃ」


「かすかにではありますが君主ジュンチュの臭いはしております。そうでなくてもセイエイさまの臭いもしております故」


 ふたりが離れて行動するなんてことないだろうからな。

 それがわかっているけど、なんだろうなんかモヤッとする。



「わうぅっ!」


 チルルが吠えた。

 ……と同時に、私たちの目の前に骸骨兵が地面から飛び出してきた。


「くぅっ! 魔法盤展開っ!」


 魔法盤を展開し、


【KDCW】


 突風で吹き飛ばす。

 雑魚に構っていられるほど余裕がない。


「モンスターのスキル発動圏内に入っていた?」


 ならその場から逃げる。


「にがし、にがしは、にがし、うた……うたひ……こい……いと……」


 姿を見せた鹿姿のヒルシュマハトがわけのわからない譫言を述べている。

 というかさっきからなんなのだろうか。



「――ッ! 君主ジュンチュとセイエイさまの臭いがはっきりしてきました」


 それってつまり、近くに煌兄ちゃんたちがいるってことだよね?

 なら、私たちの存在も気付いてくれるはず。


「ワンシア、チルルッ! 煌兄ちゃんたちの臭いがしたほうに[咆哮ハウリング]ッ!」


 一匹が届かなくても、二匹ならどうだ。


「「おおおおおおおおおおおおっ!」」


「――ッ!」


 遠くで誰かの声が聞こえた。


君主ジュンチュ? 君主ジュンチュの声です!」


 ワンシアがはっきりと煌兄ちゃんの声を認識した時だった。


「ワンシアッ! [超音波]ァあああああああっ!」


 煌兄ちゃんの叫びが私たちのところまで聞こえてきた。

 おそらくだけど、今の[咆哮ハウリング]が届いたのだろう。



「ワンシアッ!」


「わかっております。ハウルさまとチルルは耳を塞いでいてくださいまし」


 言われたとおり、私とチルルは耳をふさいだ。


 ワンシアはパッと体勢を低くし、それこそ大気を吸い込むように口を大きく開き、


「アォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!」


 口から発せられる空気を目標目がけて一直線にし、大気を震わせるほどの咆哮が森の中に響き渡った。

 空気の渦が生い茂った木々にぶつかっていき、ワンシアの[超音波]は留まる所を知らず、周りに響き渡った。



「くぅぐぐぅ?」


 その効果は私たちを追いかけていたヒルシュマハトにもぶつかり、


「あがぁはがはぁが、あたまががががわれれれれるるるぅるる」


 その場に倒れこんだ。


「おォン!」


 チルルが吠える。


「わかってる。ワンシアッ!」


 パッと走りだしたワンシアとチルルの前には、開けた道があり、その先に――煌兄ちゃんとセイエイさんが戦闘中だということがわかった。



 ちょうど、メイドみたいなモンスターに倒され、その大鎌を振り下ろされようとしていた時だった。

 幸いに、私たちには気付いていないようだ。


「煌兄ちゃんじゃないけど、運を味方にするんじゃなくて、運が味方になる」


 森を抜け出し、広い場所に出た。

 目標のメイドモンスターはチルルの攻撃範囲内に入っている。


「チルルッ! 【光魔弾】ッ!」


 思わず、考えなしに強い魔弾を、メイドのようなモンスターにぶつける。


「なぁっ? きゃぁああああああああっ!」


 突然のことでメイドのようなモンスターはそれに対処できず、おどろいたような声で叫び、光の炎によってその身を焦がして散った。



「ぐぅるるるるるぅるあぁがぁら」


 ヒルシュマハトの呻き声が聞こえ、そちらに目をやると、


「――ッ!」


 獣の双眸が真っ赤に光り、私たちの周りに砂塵の壁が作られた。


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