第215話・神のふるめきとのこと


「ワンシアッ! 【化魂の経】」


 オレは魔法文字で浮揚を開始させるとワンシアを抱え、地上三〇メートル辺りから、『スィームルグ』に変化させた。

 そのままハウルとセイエイのところへと、その言葉通り舞い降りると、二人をワンシアの背中に乗せ、ふたたび上昇させた。


「前にメイゲツちゃんたちが斑鳩さんのちびちびの背中に乗ったことがあったけど、二人が興奮していた気持ちがよくわかる」


 そんな興奮気味なハウルを尻目に、


「暴れたら落ちる」


 とセイエイはワンシアの背中というよりはオレの肩にしがみついていた。

 オレはオレでワンシアの首元当たりに腰を下ろしているので、正直不安定なんだけど。


「なんで煌兄ちゃんのほうにしがみついてるの?」


「ここのほうがなんか安全」


 セイエイがそう言い返すのだけど、どちらかと言えばワンシアにしがみついた方が安全なんだけどなぁ。

 まぁそんな状況だからワンシアは空気を読んでゆっくりと飛んでくれているわけだけど。


「ちなみにただの魔法スキルでしたらもう変身が解けてますけどね」


 ワンシアの言葉に、なにか疑問を持ったのか、


「あれ? チルルも変身スキル持ってるけど、どう違うの?」


 とハウルが首をかしげた。


「チルルのは魔法による変身ですからMPが切れれば変身が解けてしまいます。逆に妾はもともと持っているスキルですからそういうリスクがほとんどないんですよ」


 さすが幻影系モンスターだなぁ。



「っと、そろそろ『ヴリトラの湖』が見えてきますよ」


 ワンシアの頭のほうで座っているジンリンの言葉に耳を傾ける。

 ちなみに場所がわからないので彼女に道案内をしてもらっていたのである。


「っと、そこで【沼】の魔法文字を出せばいいんだったな」


 ハウルに視線を向ける。

 まかせろといった感じに、ハウルは親指を立てた。


「……っ? 君主ジュンチュ、すこし待ってください」


 そう言うや、ワンシアはその場に止まる。


「どうかしたか?」


「――なにか気配を感じます」


 モンスターがポップされたのか?

 といっても、今いる場所は空の上……って表現はどうなのかね?


「空の上は大気圏なわけで、その上が宇宙って思うのが……」


「って、こんな時に悠長に悩まなくてもいいでしょ?」


 ハウルがツッコミを入れてきた。まぁたしかにそうなんだけど。


「……シャミセン、なにか聞こえない?」


 セイエイがすこしばかり険しい目で周囲に視線を向けている。


「でもここは空の上だから――」


「いるでしょ? 鳥モンスターくら……きゃぁっ?」


 ハウルのツッコミがキャンセルされ、代わりに悲鳴が響いた。



「くぅっ?」


 突然ワンシアよりも上から炎が降り注ぎ、それをまともに食らってしまった。


「っ! ワンシアッ」


「だ、大丈夫ですっ! それより三人はしっかり妾の身体にしがみついてください」


 一瞬、セイエイの顔色を一瞥するや、


「……魔法盤展開ッ!」


 完全に戦闘狂状態になっていた。


「いや、ワンシアちょっとつらいだろうけどそのままの態勢でいてくれ。それからドーベルマンが完全に戦闘態勢に入ってソレどころじゃなくなってる」


「ならばあまり動きまわるような事はしないでくださいっ!」


「ワンシアの回復は私がするから、煌兄ちゃんとセイエイさんはモンスターに専念して」


「まかしたっ! セイエイ聞いていただろうけど」


 もう一度セイエイに視線を向けると


【CWZJF GZA】


 と魔法文字を完成させていた。



 ワンドを弓へと変化させ、風の渦を纏った矢を空に放った。


「っ」


 雲の隙間から黒い影が見えた。


「シャミセンッ」


「魔法盤展開ッ!」


【WFJTFCW】


 魔法盤のダイアルを回し、大嵐の魔法文字を作り上げ、スタッフを空の影に向けて放つ。

 雲をも巻き込んだ嵐が空中に吹き荒れ、


「きゃぁっ?」


 ワンシアがバランスを崩す。


「ちょ、煌兄ちゃんッ! こんなところで大嵐なんて使ったら巻き込まれるのわかるでしょ?」


 辛うじてワンシアは踏ん張ってくれたから良かったけど、うんさすがに今のはちょっと考えなしにやったオレが悪いな。


「……シャミセン」


 隣にいるドーベルマンはすごく不服な声でオレの名前を言ってるし。


「うん。ごめん」


 ここは素直に謝ったほうがいいな。


「でもさっきので雲がかき消されたから、モンスターが見えてきた」


 さて、どんな鳥モンスターが攻撃を仕掛けてきていたのやら。



 【ミストコンドル】 Xb6/【風】



 襲ってきていたのは、セイエイが戻ってくる前、ハウルとふたりで倒した大禿鷹だった。


「あ、さっきの禿鷹」


 というか属性が【風】なのに炎が使えるとかありなのだろうか?


「きぃえぇええええっ!」


 そんなことを考えていると、大禿鷹は嘴でワンシアの身体を貫くように突撃してきた。


「うわぁっと?」


 ワンシアは避けるように回避し、間一髪ダメージを受けなかった――が、


「……っ!」


 ワンシアの身体に手を掴み損ねたハウルが空中に放り投げられた。



「ハウルゥッ?」


「くそっ!」


 咄嗟にワンシアから飛び降り、


「魔法盤展開っ!」


 魔法盤を取り出すと、


【YTZVW】


 物を引き寄せる魔法文字を作り、オレのところへと抱きかかえるように引き戻す。


君主ジュンチュっ!」


 急降下するようにオレのところへとやってくるワンシアの背中にダイビングキャッチされる。


「ナイス、ワンシアッ! さすがオレのテイムモンスター」


「あとでいっぱい撫でてくださいね君主ジュンチュ


 やった功績に比べて求めるものが安い気がするけど、まぁそれで満足するならいっぱい撫でてやる。



「空に放り投げられたと思ったら煌兄ちゃんが近くにいるんだけど?」


 さて、オレの腕に抱えられたままのハウルはまだ興奮しているのかろれつが回ってない。


「ハウル、大丈夫?」


「な、なんとか大丈夫……」


 あの大禿鷹どうするかね。

 ちょっと妙案があるのだけど……どうするかなぁ。


「シャミセン、なにか考えてる?」


 セイエイがオレの顔を覗き込むようにして聞いてきた。


「ジンリン、パーティーを組んでいる場合、そのプレイヤーが別の場所にいる場合はテレポートとか使えるのか? ついでに言えば、攻撃をしていない状態で魔法武器が持続可能か」


「いちおう使えますけど……なにを考えているんですか?」


 ちょっと面白いこと……。


「あ、ぜったい悪いコト考えてる」


 ハウルが唖然とした声で嘆息を吐く。

 別に悪いことは考えてはいないんだがなぁ。



「ワンシア、もう一回上昇してくれるか? あの禿鷹よりも遥か上にだ……」


「それは別に構いませんが、でもそこから遠距離攻撃を仕掛けたほうがいいのでは?」


 ワンシアがけげんな声で聞いてきた。


「なぁに……オレにいい考えがある」


 オレは、セイエイとハウルに思い浮かんだことを説明するやいなや、


「バカなの?」


 とハウルから言い返された。


「でもおもしろそう」


 逆にセイエイは興奮していて、オレの作戦に肯定している。


「そりゃぁ成功すれば面白いだろうけど、ちょっとでもミスったら大惨事だよ? ここから落ちたら確実にデスペナ確定だもの」


 まぁハウルのいうこともわかるけどね。


「ハウル、鶏を捌くさいにまず最初はなにをするか覚えてるか?」


「いや、言いたいことはなんとなくわかるけどね。……はぁ、ホント煌兄ちゃんって星天の時もそうだったけどキャラの職業選択間違えてるよね。どう考えてもそれって接近戦が得意なキチガイプレイヤーが考えるようなもんだよ」


 二の句が継げなくなったらしく、ハウルは肩をすくめる。



「そういうことだ。ワンシア聞こえてたな」


君主ジュンチュの考えに妾はただただついていくのみ。主を支えるが良妻……もとい良き使い魔の務めでございますから」


 ワンシアはぐっと身体を縮めるや、それこそロケットのようなスピードで上昇すると、一気に禿鷹の頭上が見下ろせるくらいの高さまで飛び上がった。


「きぃえぇええっ!」


 大禿鷹は頭上に顔を向け、口から炎を吐き出す。



「同じ手に二度も食らいはしません」


 ワンシアは身体をグルリとその場に回転させ、羽根の遠心力で突風を起こして炎を明後日の方向へと流す。


「ほんじゃぁ行ってくるわ……魔法盤展開ッ!」


【LXYJF XYQIF】


 スタッフを燃え盛るランスに変化させ、ワンシアの背中から大禿鷹の背中に向かって飛び降りる。



「おぅらぁああああっ!」


 飛び降りた勢いを殺さず、突き落とす感覚で大禿鷹の背中にランスを突き立てる。


「きぃえぇえええええ?」


 突然のことで慌てふためく大禿鷹はオレを振り下ろそうと空中で暴れだした。


「魔法盤展開っ!」


 パッとオレの目の前にセイエイがテレポートで現れた。

 その両手にはふたふりのシャムシールが握られており、


「炎水の陣っ!」


 グルリと空中で回転するように大禿鷹の背中に二連撃を繰り出した。


「ぎゃぁしゃァッ」


「シャミセンッ!」


「魔法盤展開っ!」


【WFXFTZVW】


 転移の魔法文字を完成させ、行き場所をハウルに選択する。

 ハウルの居場所はワンシアの背中の上だ。

 なら行き先も……当然ワンシアの背中の上になる。



「ハウルッ、バトンタッチ」


 戻ってきたオレをみるや、


「普通考えないよね? 転移魔法で遠距離攻撃なんてさぁ?」


 ハウルはあきれた声を出しているけど、成功してるんだからいいんじゃないかなぁ。


「まぁ行ってくるけどね」


 彼女の手には周りの空気を凍らしかねない強い冷気を纏ったマキリが握られていた。


【WFXFTZVW】


 シュンッとハウルの姿が消え、


「っと」


 代わりにセイエイがオレのところへと戻ってきた。



「ぎゃぁしゃぁあああああっ!」


 眼下の方から大禿鷹の悲鳴が聞こえてきた。


「ハウル凍ったマキリで大禿鷹に凍傷を負わせてるけど、紅蓮地獄?」


 セイエイが首をかしげる。

 氷なのに紅蓮はどうなんだろうか。


君主ジュンチュ、セイエイさまがおっしゃることは八寒地獄における紅蓮地獄のことではないでしょうか。極寒によって皮膚が裂け、紅の蓮の色のようになることからそう呼ばれています」


 ワンシアの説明を聞いて納得した。


「ハウルッ! こっち戻ってこい」


 おそらく聞こえているだろうから、大声でそう呼びかける。



「っと戻ってきたよ」


 ハウルもワンシアの背中に戻ってきた。


「うし……魔法盤展開ッ」


 左手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。


「っ! シャミセンッ! 大禿鷹がこっちにツッコんできてる」


 セイエイが淡々とした声で教えてくれたが、それはそれで予想はしてた。

 モンスターは魔法を使おうとしているプレイヤーを襲おうとする。

 それがもっとも理にかなっているし、倒せれば戦況はわからなくなる。


「それでも相手が悪かった!」


 魔法文字をキャンセルさせ、ワンシアを大禿鷹の方へと向ける。


「ワンシアッ! 【雷鳴レイディエン】ッ!」


 頭上に雨雲が集まり、綺羅びやかな翼と尾を靡かせる神なる霊鳥の全身に雷が落ちる。

 その神のふるめきはワンシアの嘴に集約され、


「けぇえええええええええんっ!」


 雄叫びとともに激しい稲光いなびかりとなって、大禿鷹に降り注いだ。

 それこそ正に雷鳴のごとく。

 いや、『神鳴り』と言うべきか。

 大打撃を受けた大禿鷹のHTは壊滅し、空中にて散った。



 ◇経験値[4]を取得しました。

  *魔法盤の熟練値が上がりました。

  ・魔法盤のXbが上がりました。(2→3)



 経験値とともに、魔法盤の熟練値も上昇。

 それによって魔法盤のXbも上がったようだ。



「――もう他に気配はしませんし、そろそろ下りましょう」


 ワンシアはそのまま湖の手前の開けた場所へと降り立った。


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