第214話・通辞とのこと
さて、ジンリンからの報告最後のひとつ。
「いい話って?」
場合によってだろうけど、まぁいちおう聞いておこう。
「まだ全般的にアナウンスされているわけじゃないんですが、魔法盤の熟練値によってサービスが受けられるようになりました」
いい話……なのか? それって。
「ちなみに魔法文字を使った場合熟練値があげられるのはご存知かと思いますが、展開のスピードも付け加えられますので、時間ギリギリまで悩むプレイヤーよりは熟練値が上がっていると思いますよ」
ちなみにプレイヤーからはわからないようになっているようだ。
ちょっとでも買い物で物価が安くなっていたらって思ったほうがいいってところだな。
「それにともなってか、『B』の魔法文字がアルファベットのなにに位置するかのヒントも与えるみたいです」
「それ……早く聞きたかった」
セイエイが頬をふくらませ、不満気な口調で言う。
早めにそのことを聞いていれば、他の人に迷惑が掛からなかっただろうからなぁ。
といっても、セイエイが気にすることじゃないと思うけど、やっぱり本人はいまだ根に持っているようだ。
「まぁ過ぎたことをいまさら言ってもってところだろ」
クリーズはもう関わらないだろうからな。
「でも『B』の魔法文字を使えばトラップとかもかけられますよ」
「えっと、【爆弾】を地中に埋めるとか?」
「いや、どっちかといえば【地雷】がそれに当たりますからね。【爆弾】だと投げないと時間経過で暴発することだってありますから」
使いどころを間違えるなってところか。
「ちなみにノーミスで成功させたり、いろいろ特典はあるみたいですよ」
そういいながら、ジンリンは虚空にウィンドゥを広げ、なにかを見ているのだけど、
「う、うん……わかってたけどね。やっぱりというべきかそうなるよねぇ」
と納得してるんだかしてないんだか訳の分からないといった苦悶の表情を浮かべていた。
「っと、なにかあったの?」
セイエイやハウルがけげんな声でたずねる。
「あっと、お三方の魔法盤の熟練値に関してはこちらから見れるようになっているんですけど、ちょっと見てみます」
見せてくれるなら見たいというのが人間の性である。
◇魔法盤熟練値
【シャミセン 422】
【セイエイ 429】
【ハウル 579】
「あれ? 数値の割には熟練のレベルが上がっていない気が」
たしか使い続ければレベルが上がるみたいなこと言ってたよね。
「っと、デスペナのさい経験値がなくなるということがありますよね? その時に魔法盤の熟練値もリセットされるんです。ただ追加はされますけど、だからといって経験値に入るというわけではないようですね」
なんともまぁめんどくさいシステムですこと。
そのせいか、ジンリンも把握できていなかったらしい。
「あと正確性や魔法文字の英単語の難しさによる採点も入ってますね。魔法文字一文字に対して1ポイント入るように設定されています。たとえば『
詠唱キャンセルもソレに当たるわけか。
なるほど、結構使っているわりにレベルが上がらないのもなんとなく納得がいく。
「あ、ちなみにレベルがどれくらいで上がるかどうかはボクも知りません」
うん、使い続ければレベルアップのアナウンスはされるだろうし、そこは気にしないでおこう。
「というよりは、魔法文字を使い続けてNQWの数値を上げるのを防ぐ役目もありますね。基本的にはレベルを上げてポイントを振り分けてもらったほうがいいですし、そもそもYKNが1の時点でNQWが100になっていても、魔法展開の制限時間はおおよそ1秒くらいの計算になりますから」
はて、なんか計算が可笑しい気がするんだけど。
「えっと、シャミセンから聞いたけど、魔法文字の展開時間って『YKN*(NQW*100)/1000』って聞いてたけど」
セイエイも不審に思ったのか、愚痴をこぼすように疑問をぶつけた。
たしかにその計算だと魔法文字の展開制限時間は10秒ってことになるんだよな。
「いや、初期の頃はまだ魔法盤に慣れていないことを考えてそういう設定になっていたんですけど、今は魔法文字を展開する前に、状況を判断し、英単語を浮かべてから魔法盤のダイアルを回しているプレイヤーもいらっしゃいますから別に時間を短くしてもいいかってことでそういう計算になったんです。現在の計算式は『YKN*(NQW/100)』というふうになっていますね」
っとなれば、今のオレのステータスだと一回につき9秒の時間制限があるってことか。
ちなみにステータスにそういったものは表示されないので、計算式を知っているのは今のところオレや、ビコウ、セイエイといったオレのフレンドくらいなものだろう。
「まぁ失敗したり英単語のスペルを勘違いする人もいますから、許容範囲ですよ。本来はホワイトシャツなのに、アクセント的にはワイシャツと聞こえて、日本ではそのままYシャツで通じているみたいなこともありますし」
「あれかぁ、担々麺が本来汁なしなのに、日本では汁なし担々麺って言っているようなものか」
セーラー服も本来水兵が着用している制服のことを言うしなぁ。
若い人はどちらかと言えば、女子学生の制服のほうがイメージしやすいだろうし。
「そう捉えてもいいですね。ボクからの報告は以上です」
っと、会話はここまでにして、そろそろ第二フィールドの北端に行こうかね。
* * * *
【NODのゲームサーバー内にある小さな小屋】
「NODと『サイレント・ノーツ』の互換性について説明します」
人間サイズとなったジンリンは、小屋のソファに腰をおろし、目の前に彼女の話に耳を傾ける存在がいると想定して、口を開いた。
「と言っても、まだボク自身も知らない部分があるから、全部が全部答えられるというわけじゃないですけどね」
苦笑を浮かべながら、ジンリンはその余りあるふくよかな胸の前で手を組む。
「まずゲームシステムですが、NODの戦闘において重要となる魔法文字は『サイレント・ノーツ』で魔法を使うさいに出てくるリズムゲームが踏襲されているものだと思われます」
簡単に説明すると、キーボードの【Z】【X】【C】をピアノの白鍵とし、そのあいだの黒鍵を【S】と【D】がそれに値する。
魔法を詠唱しているあいだ、左端に魔法詠唱の時間ないのあいだだけ、音を奏でるための【
これは魔法の強さによって難しさが異なっていき、演奏の成功率に拠ってその効果も異なっている。
「ここでノルマをクリアすれば魔法が成功しますし、【
ふぅ……と呼吸を整えながら、
「つまり音楽ゲームが得意なプレイヤーは魔法詠唱によるこのシステムでは重要視されるほどなんです。魔法詠唱でまず必要なのは詠唱する時間の短縮もそうですが、『サイレント・ノーツ』ではスキルやレベルが高いからといって詠唱時間が短縮されるというものはありませんでした。ですので回復魔法においてはどれだけ【完全演奏】を成功させるかが重要視されるんです。弱い回復魔法でも低いレベルのプレイヤーからすれば150%の回復量は嬉しいですからね」
と口にした。
つまりは魔法盤展開における時間制限は、その魔法詠唱の時間に関係しているということだ。
「ワンシアが【化魂の経】という変身スキルで『スィームルグ』になることが可能になっているのは、煌くんがまだボクと『サイレント・ノーツ』をプレイしていた時に、ボクが持っていた『スィームルグ』と遭遇していたことや、ワンシアのモンスターデータの一部が【キマイラ】と重なっていたことによる現象だと思われます」
竜胆色の長い髪を手遊びする少女は、すこし憂鬱な表情を浮かべ、
「ただ、それがどうして煌くんのVRギアにあるNODのアカウントデータに入っているのかは未だにわかりません。そもそも『サイレント・ノーツ』のデータを使っているとは思っていてもプレイヤーのデータまでは使っていないと思われます」
ジンリンは深い嘆息を吐きながら、思考に耽る。
「ひとつ考えられるとすれば、あの暗闇……ボクがニネミアと最後に会ったあの日からNODで煌くんと再会するまでのあいだに、ボクの記憶から抜き取っていた……というのはすこし考え過ぎですかね」
苦笑を浮かべ、少女は腕を伸ばす。
「セイエイさんが覚えた称号も『サイレント・ノーツ』にあった称号で、魔法詠唱のリズムゲームで成功した場合の経験値でもらえるやつですね。一回の戦闘で【
その時、誰かが「それよりも先があったの」とジンリンにたずねた。
「んっ、そうですね。それじゃ少し長くなりますが――」
ジンリンはゆったりとした指の動きで、虚空にメモ画面を取り出した。
【
【
【
【
【
と、コンボにおける読み方がリストアップされていく。
「以下【
ジンリンはそう説明していくと、
「ただ、ゲームに慣れているボクでも出せたのは【
擽ったく思ったのか、ジンリンは自分の頬を指でこする。
「まぁそのせいなんだろうけど、周りのプレイヤーがボクのことを【歌姫】なんて言っていたのもそのせいですかね。NODでの連続魔法の時に振り子が出てくるシステムも、実は『サイレント・ノーツ』において重撃を重ねれば重ねるほど詠唱の際のリズムゲームが難しくなるわけですから、しかも一度でもノルマ……魔法詠唱を失敗してしまうとそこまでの計算でモンスターにダメージを与えるので、正直に言えば【
ジンリンは少しばかり片眉をしかめ、
「煌くんが魔法文字で【
と苦笑を浮かべた。
「ザンリについてはヒントを与えるとすれば、まずボクの見解では魔法文字をすべて持っている。これはクリーズのアカウントデータを調べた時にわかったことですけど、まるで火車という妖怪が通夜の時に棺桶から死者を盗むと言った伝承と同じように、死亡したプレイヤーのデータに寄生していたと思われます。今まで亡くなってきたプレイヤーが全員死因が判明できていない『すべて心不全と判定せざるを得ない』状況に近いと思われます」
ジンリンはすこし懸念を持った表情を浮かべる。
「ハウルさん……花愛ちゃんが遭遇したという『黑客』というプレイヤーのデータもありませんでした。セイエイちゃんの言う通りハッカーによるものだとしても、ゲームはそもそもVRギアを通してじゃないとプレイできないはずだし、セキュリティーに抜けがあるわけじゃない……それにもしそんな不正でログインしているプレイングキャラがいたとすれば、管理している運営が気付かないわけがない」
歯痒い表情で頭を掻きながら、
「考えたくないけど――運営の中にそれらを手引きしている人がいる。……そう考えると平仄を合わせられるんですよね。まぁボクの考えすぎかもしれませんけど」
と困惑の色を見せた。
「まぁ、ボクとしては大好きだった煌くんと再会できたことが嬉しかったし、花愛ちゃんと約束していたことを、ボクが知らないうちに自殺したという最悪な形でボイコットしてしまったことを謝ることもできましたからね。今は記憶の切除を受けてしまったとはいえ、【サイファー・モード】でボクの正体に気付いてくれたところも録画で撮っているようだから、後はこの悪夢が終演されることを祈るだけだよ」
ジンリンは小さく頭を下げると、スッと立ち上がる。
次第に、彼女の姿がゆっくりと霞んでいく。
小屋には誰もおらず、ただただ人の温もりだけが残っていた。
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