第216話・三悪道とのこと


 空中から見える『ヴリトラの湖』は、木々に囲まれた形になっており、こちらから降りることはできないよう設定がされていた。

 おそらく人を乗せるくらいの鳥類モンスターをテイムしたさい、ズルさせないためのセキュリティーだろう。

 しかたがないけど、森のいりぐち手前で降りることと相成った。



「っと」


 『スィームルグ』状態のワンシアの背中から地面へと飛び降りる。


「わっ」


「よっ」


 続けてハウルとセイエイも降りてきた。

 その二人が自分の背中から飛び降りたことを確認すると、ワンシアは空に舞い上がり、クルリと旋回すると、ポンッと効果音とともに仔狐状態に変化し、オレの胸へと飛び込んできた。


「わふわふわふわふわふわふ」


 ジタバタするな。さっきのご褒美として、言われたとおり背中を撫でましょうかね。


「すごいしっぽ振ってる」


「……シャミセン、場所のアナウンス出てきた?」


 セイエイに言われ、視界の片隅に意識を向ける。



【◇恐驚の地――『ヴリトラの湖』】



「湖へは今いる場所あたりから入るしかないか?」


「いちおう場所調整はしていますから大丈夫ですよ」


 ジンリンがワンシアの頭に乗る。そのワンシアは満足したのかオレの胸から飛び降り、足元近くで伏せていた。


「桟橋の近くで魔法文字を使うだったよね」


 その桟橋が見えないんだがなぁ。


「簡易マップを広げてみたけど、ちょっと入り組んでるね」


「ちょっとダンジョン判定になってるか確認してみるか」


 魔法盤を取り出し、


【WFXFTZVW】


 転移魔法の文字を展開してみる。



 ◇【行き先を選択してください】

  ◇[ディアマンテ]

  ◇[エスメラルダ]

   ・エメラルド・シティ

   ・ヴリトラの湖〈☆〉

 ◇[フレンドプレイヤー]

  ・セイエイ  〈現在このプレイヤーとTWを組んでいます〉

  ・ビコウ   〈ログアウト〉

  ・ハウル   〈現在このプレイヤーとTWを組んでいます〉

  ・メディウム 〈ログアウト〉

  ・テンポウ  〈ログイン〉[エスメラルダ]

  ・メイゲツ  〈ログアウト〉

  ・セイフウ  〈ログアウト〉

  ・白水    〈ログアウト〉

  ・ローロ   〈ログアウト〉

  ・レスファウル〈ログイン〉☆[ルア・ノーバ]

  ・シュエット 〈ログイン〉☆[ルア・ノーバ]



 魔法文字が認識され、転移する場所がリストアップされていく。

 その中に、『ヴリトラの湖』が登録されていた。

 フィールドから地名を選択するのだけど、リストを折り畳める設定は地味にありがたい。多くなると探すの面倒だものな。

 あとフレンドで誰がログインしているのかがわかるというよりはログインしていないとその人の近くには行けないという設定だからだろう。


「おねえちゃんログインしてない」


 セイエイが不満気に口を窄めた。

 おそらくオレと同様、転移魔法を使ってマップが登録されているかを確認したついでに、フレンドリストを見ていたんだと思う。

 まぁセイエイのことだから、一番最初にビコウが入っているからすぐ目に入るといったところか。

 ビコウがめずらしくNODにいないことが気になったのだろう。


「もしかしたら星天のほうに行ってるんじゃないか? NODはただのプレイヤーとしてやってるわけだけど、逆に星天はスタッフとして呼ばれる時もあるだろうし」


 仕事ならしかたがないね。

 そのためか、もしくは忙しいからなのか、社会人である白水さんとローロさんもログインしていなかった。


「仕事ならしようがないね」


「そういう意味なら、真鈴姉さんもログインしてないけどね」


 ハウルが苦笑を浮かべる。


「仕事が忙しいらしいから、しばらくは控えてるみたいだよ」


 それでも毎日のログインボーナスはかならず手に入れているんだとか。


「オレ、結構飛び飛びなんだけどなぁ」


 朝はしっかり七時前には起きていて、すこし時間に余裕がある時くらいしかログインしないんだよな。


「朝早くにシャミセンさまがログインしてきますから、お迎えするこっちの身にもなってほしいものです」


 ジンリンは口を大きく開き、あくびを浮かべる。


「別に寝ててもいいんだけど」


 というか呼ばないと出てこないでしょ。



「シャミセン、そろそろ行こう」


 痺れを切らしたセイエイが我先にと森の中へと入ろうとしている。


「っと、離ればなれになるから先に行かないの」


 ほんと、首輪をつけたほうがいい気がしてきた。


「それにさっきテンポウから来たメッセージにあっただろ? いきなり攻撃を受けたって」


「遠距離攻撃が得意なモンスターがいるってことかな?」


 いや、それも考えのうちにはいってるけど、オレが思っているのはどうも気になる部分があったことだ。


「ワンシア、モンスターの気配は感じるか?」


 オレのお願いを聞くや、ワンシアは地面に鼻をこすりつける。


「いえ、半径三〇メートル付近に不審な臭いは感じ取れません」


 それなら安心……といえないんだよなぁ。

 どうもなんか引っかかるし。


「煮え切らないなぁ。とりあえず行ってみればいいんじゃない?」


 それならそれでいいんだけど……。まぁその時はその時だ。


「それにほら、セイエイさん暇そうな顔してるし」


 あ、すっかり忘れてた。


「シャミセン、あとでご飯奢ってね」


 別にソレくらいならいいですけどね。

 さて、セイエイのところへと駆け寄り、森のなかへと入りましょうかね。



 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓



 森の中は不吉なほどに薄暗く、足元が見えにくい。

 おそらく周りに聳えたった木々が月明かりを遮っているのだろう。


「魔法盤展開っ!」


 ハウルが魔法盤を取り出し、


【XNKHW】


 と魔法文字を展開させていく。

 おそらく『灯明LIGHT』という意味の魔法文字だろう。

 うん、まだ持っていない魔法文字が少なくなってきたからか、ある程度は解読できるようになってきた。


「……、あれ?」


 そんなことを考えていると、キョトンとした顔でハウルは首をかしげていた。


「どげんした?」


「魔法がキャンセルされた」


 はぁ? どういうこと?

 試しにオレも魔法文字を展開してみる。


【XNKHW】


 文字はさっきハウルが展開させた魔法文字と同じく『灯明LIGHT』だ。



 ◇暗澹とした絶望の前に、矮小な光は旅人の足元すら灯せない。



 といったテキストが表示され、魔法文字が消滅した。


「……ワンシア、なにか見える?」


「えっと、ある程度先は見えていますが……特に怪しげなものは見当たりませんね」


 セイエイがワンシアにそうたずねる。

 まぁ夜目が自動発動されているからだろうけど、オレなんて五メートル先すら危うくなってきている。


「なにか考えでもあるのか?」


「――もしかしたらワンシアとチルル……それにわたしのヤンイェンなら周りが見えてるかも」


「『夜目遠目笠の内』ってか?」


 そう言い返すが、セイエイから「どういう意味?」といった感じに、キョトンとした顔で見返さえた。


「女性を、夜見た時、遠くから見た時、笠をかぶっているのを覗き見る時、実際よりも美しく見えてしまうというものですね」


 なんかワンシアが胸を張るような声で説明してきた。


「あはは……、まぁとりあえずワンシアだけでもいいんじゃないかな」


 ハウルが苦笑を浮かべながらオレの前を歩いた時だった。


「きゃふぅ?」


 妙竹林な悲鳴と共に、それこそ受け身が取れないで真正面に転んだ。



「だ、大丈夫?」


「ぅぅっ……ちょっと煌兄ちゃん? なにいきなり人の足を引っ掛けてるの?」


 睨まれた。まったくの濡れ衣なんだけど。


「ハウル、シャミセンの前を歩いているから、シャミセン足引っ掛けられない」


 その前にいるセイエイが弁護してくれた。

 それに背中を押したのほうが正しい気がするんだよな。


「でも――なんかいきなり掴まれたみたいな感じだったんだよなぁ」


「掴まれた?」


 それこそ可笑しいだろ。木の根っ子に足を引っ掛けたならまだわかるけども。


「ワンシア?」


 オレたちの前を歩いていたワンシアがピタリと歩みを止める。



君主ジュンチュっ! 今しがた一瞬だけですが妙な臭いがしました」


 歩きながらもモンスターや気になる臭いがないか探ってくれていたのだろう。


「一瞬だけ? 今はその臭いがしないってことか?」


 こちらに向いて報告してくるワンシアに問いかけると、彼女はちいさくうなずいてみせた。


「でも一瞬だったんでしょ? 多分遠くにいるモンスターがワンシアの気配察知の範囲内に入ったんじゃない?」


 ハウルが鼻の頭を手でさすりながら言うや、


「言い返すようで恐縮なのですが、その臭いは――ハウルさまの足元から漂ってきたのですが」


 その言葉に、オレはハウルの足元を凝視した。

 彼女の足首に、べっとりと……血塗られた手の痕がこびりついていた。


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