第212話・紫水晶とのこと


「***……っ」


 心許ない仕草をしながら、ジンリンはジッとオレを見ていた。

 なにか口走ったのだろうと思うのだが、NGに引っかかっていてまったく聞こえない。


「さっきまで話していたことも……***がボクたちを襲おうとしていたことも――」


 その質問に対して、オレは頭を振り、


「っと、ごめんまったく覚えてない」


 と応えるしかなかった。

 それがわかっているからか、もしくはオレが気を失っているあいだのことに対してジンリンは知っているかのどちらかだが、それ以上の問いかけをしてはこなかった。

 セイエイとハウルを見渡したが、ふたりとも眉をしかめている。

 セイエイに至っては理解できないことが起きていることは理解しているらしく、


「暴れてきていい?」


 という始末。かなりストレスがたまっているようだ。



「そういえば煌兄ちゃん、さっきポップアップあつかっていたけど、メッセージかなにか来てたの?」


「あぁちょっと【サイファー・モード】をやろうとした時、ちょっと証拠になるかなと思って録画モードにしてたんだよ。気を失っていたみたいだから録画が停止されてるけど、保存はされているみたいだ」


 ちょうど動画保存のパラメータが100%になったから、後で観てみようかね。


「シャミセンさま……それって『さっきまで撮れていた』ってことですよね?」


 だと思うけど、しっかり撮れているとは思えないぞ。


「先日ビコウさまがおっしゃっていたことを覚えていらっしゃいますか?」


「っと、ドゥルールさんからクリーズのことを聞いた後、妙なことが……」


 たしかドゥルールさんとの会話を終えて、証拠にと録画していたプレイ動画の録画機能を停止したあとに、記憶欠如の現象を受けて――。



「ジンリン、たしかオレがクリーズと決闘していた時の動画は掲示板に貼られはしたが、即削除されていたって言ってたな」


「はいっ! その動画は『セーフティー・ロング』が管理しているサーバーの中に保存されていて、プレイ動画の録画データも、VRギアのHDDにではなく、そのサーバーに保存されるように設定されていました」


 一種のクラウディングサービスを利用した方法で、HDDの容量節約として利用しているプレイヤーが多い。

 とはいえ、HDDに余裕があるプレイヤーもそうだが、いつサービスが終了するかわからない。

 また無料と有料で保存容量も異なるから、あまり無料でやるようなプレイヤーはいないというのが現状なのだと。


「ちょ、ちょっと待って? ということは、その煌兄ちゃんとクリーズって人が決闘した動画は削除されてしまっているけど、逆にビコウさんと煌兄ちゃんがVRギアに保存した録画データは消えていないってこと?」


 ハウルが唖然とした声で問いかける。


「それって要するに……」


「犯人はNODのゲームサーバーから『セーフティー・ロング』全体のサーバーに保存されている犯人に関係する録画データを削除することは可能だが、プレイヤー個人のHDDに保存されている録画データに手を出すことができない」


「でもゲームの読み込みとかでサーバーからスキャンされたりしない?」


 セイエイがくびをかしげ、ジンリンを見すえる。


「VRギアのセキュリティーはしっかりされています。HDDの中にはプレイヤーの識別暗号も含まれていますし、脳波を読み取る以外に関してはこちらから関与することは不可能です。脳波以外でゲームがVRギアで読み込めるのはあくまでアプリの基本データとアカウントデータ。それとキャッシュだけですから」


 ジンリンはスッとセイエイのところへと近づき、


「ビコウさんに連絡はできますか?」


 とお願いしていた。


「いやそれよりもログアウトして動画の確認したいんだけどなぁ」


 ちゃんと録画されているか確認したいし。


「沼地の魔女……」


 セイエイが頬をふくらませ、上目遣いでオレを睨んだ。


「煌兄ちゃん、気になるのは仕方ないけど、今は私たちのレベルをあげることも大事じゃないかな? それにもしジンリンさんや、煌兄ちゃんが言っている殺人鬼が出てきて対峙してもレベルが低いと返り討ちに合うのは、事情を知らない私でもすぐに分かることだから」


 ハウルの言う通りかもしれんな。

 焦りは禁物、急がば回れだ。



「そうだ、ステータスに異常がないか確認してください」


 北の沼地へと向かおうとした時、ジンリンがそう促した。


「別にどこか悪くなったわけでもない気がするけどなぁ」


「それでも、念には念をです」


 しかたない。ちょっと確認するか。



 【シャミセン】 見習い魔法使い【+20】/5020K

  ◇Xb:10/次のXbまで10/100【経験値450】

  ◇HT:220/220 ◇JT:490/490

   ・【CWV:22(20+2)】

   ・【BNW:22(20+2)】

   ・【MFU:23(23)】

   ・【YKN:19(19)】

   ・【NQW:49(34+15)】

   ・【XDE:102(88+14)】



 特に異常はなし。デバフもなにもかかっていない。


「シャミセ~ンッ! ちょっといい?」


 手招きするようにセイエイがオレを呼びかける。


「どうかしたのか?」


「なんかしらないうちに称号とスキル覚えてた」


 当人が覚えていないのに、オレに聞かれても困るのだけど……。



 【セイエイさまからゲームの情報が提示されました】



「あれ? ネタバレとかは禁止なんじゃ」


「これといってクエストとは関係のない情報ですから、NGにはならないと思います。それよりセイエイさまがなにを覚えられたのかを確認してみてはどうでしょうか? 今後パーティーを組まれる場合の作戦で役に立つかもしれませんし」


 ジンリンにそう促され、メッセージログを確認する。

 っと、インフォメッセージの中にある【フレンドスキル】で確認できるんだっけか。

 そのなかからセイエイのところをフリックして、彼女が今覚えているスキルと称号を確認する。



 ◇称号【テットを奏でしもの】

  ・魔法武器を使ったさい、モンスターにたいしての攻撃を十回連続で成功させる。



 【フォー・バース・バウンス】

  ◇体現スキル/消費JT:YKN3%

   ・チャージタイム/3T

    ・発動タイム/1T


 ◇パーティー参加のさい、自分よりもYKNが高いプレイヤーがいた場合、そのプレイヤーよりも早く行動することができる。

   また、モンスターに対して撹乱攻撃の成功率が上昇し、自分の方へと注意を向けさせることができるため、他プレイヤーが回復する際の囮になることも可能。



 称号【デットを奏でしもの】。

 これは魔法武器で攻撃した際にコンボが十回成功するともらえる称号のようだ。

 もうひとつは、おそらくその時に覚えたらしい体現スキル。

 説明を見る限り、グループ内の攻撃順……YKNの数値に関係なく先制攻撃を仕掛けられるというものだろう。


「おもいっきりセイエイ向けじゃないか?」


 魔法文字でYKN上昇魔法を覚えてからは、魔法使い? って戦闘のほうが多いしね。


「でもチャージタイムが入ってるから、そんな頻繁に使えない。それに、星天の時と違ってスキルのレベルが上がるってわけじゃないから、使いやすくなるとは思えない」


 説明欄を見せてもらってわかったのだが、スキルに熟練値というものが入っていない。

 NODの中でも体現スキルがあることはわかったが、使うタイミングを間違えると厳しいようだな。

 特にセイエイみたいな魔法は使えど近接攻撃専門の徒手格闘プレイヤーは。


「星天の時はスキルを使えば使うほど発動時間の短縮と強化がされていたからな。もしかして今は『クロックアップ』があるから、正直必要ないとか思ってない?」


 星天の時は新しいスキルを覚えたらいの一番に試したいとか言って決闘申請が来ていたのだけど、それがまったく来ていない。



「えっと……セイエイさま? 北の沼地について、運営側としてすこし口伝を申しますが――」


 ジンリンが虚空にウィンドゥをひろげ、なにやらメッセージを読むように視線を動かしている。


「北の沼地に挑戦する場合、フィールドの最北端にある『ヴリトラの湖』という場所の桟橋で【沼】の英単語を魔法文字で出せるようになるのと、パーティーのXbが10以上でないとイベントクエスト発動にはならないようです」


「…………っ」


 セイエイはジンリンからの説明を聞きながら、オレやハウルのほうに視線を向けた。


「わ、私はそれを知っているし、それに三人ともXbは10以上なんだからまぁ大丈夫だって」


 ハウルが訴えるような目でオレたちを見ているセイエイをなだめるような口調で説得する。


「シャミセン早く行こう」


「あぁっと急かすな急かすな。っていうかあれ?」


 ふと、そういえばこの『北の沼地』についてテンポウから教えてもらったことを思い出す。その時の、彼女のレベルってどれくらいだったっけ?



「あぁっと本人に聞いてみるか」


 フレンドリストを表示させ、テンポウにメッセージを送る。

 さいわい実家のお店が一段落ついたのか、NODにログインしているようだ。

 返事は送ってから三分くらいで来た。



 ◇送り主:テンポウ

 ・件 名:Re.沼地の魔女について

 ・沼地の魔女ですけど、あの時結構ヤバかったんですよね。

  北端あたりに差し掛かったところでいきなり鎌が飛んできたり、砂嵐に飲まれそうになったり、逃げていたらいきなり地面が盛り上がって転びそうになったり、散々でしたよ。


  まぁXbもあの時のシャミセンさんより低かったのと、奥まで探索していたので、最悪デスペナになりそうでしたよ。よくビコウさんやケンレンさんから注意受けるんですよね。ステータスに頼り過ぎだって。

 うん、これはシャミセンさんも似たようなものですけど。



 あぁいるよね、ゴリ押しでゲームを進めていく人って。

 あと最後の一文は、余計なお世話だ。


「シャミセンさまのXDEは運営から制限されてますからね」


 メッセージはジンリンからも見えるようで、苦笑いを浮かべていた。


「それでも数値がそのXbで50もあるだけ十分でしょ?」


 ハウルがご立腹そうに頬をふくらませていた。


「まぁそのおかげなのかこんなの落ちてたよ」


 ハウルがアイテムストックからなにやら石ころを取り出す。



 【アメシスト】

  ◇宝 石/素 材/ランクSR


  ・ジシュイジンという沼地の主の体内に眠っているとされている宝石。

 売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのYKNが付加される。



 妖艶な紫炎の輝きをはなつ、水晶のような宝石。

 ただどこかで見覚えのあるアイテム……というよりは説明文だんだけど。


「なんで、星天の宝石アイテムがNODにもあるの?」


 セイエイがはてといった表情で首をかしげていた。


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