第210話・際涯とのこと


 ハウル、セイエイ、ジンリン、そしてオレを含んだ四人の周囲には、薄紫色をした濃霧のようなエフェクトがかかっている。

 【サイファー・モード】における外部との遮断だ。


「…………」


 ジンリンはオレを見据え、


「それでシャミセンさまはボクになにを聞きたいんですか?」


 と、まるで自白を要求されている犯人のような表情を見せて、オレにたずねた。


「そうだな。それじゃすこし確認なんだけど、『サイレント・ノーツ』っていう、前にオレや漣……ビコウもやっていたMMORPGで、ルシフェルっていう召喚獣を手に入れる方法があってな、公式ではそいつに挑んで勝利することが条件だったんだけど、漣は別の方法があるかもしれないってことでオレとパーティーを組んで挑んだんだよ……まぁ結局オレが足を引っ張って全滅だったけどな」


「……まぁあの戦闘はイベントだからデスペナがなかったのが救いだけど、チャレンジ料だかなんだかで百万くらい持って行かれてましたからね」


 オレの言葉に、ジンリンは憫笑を浮かべる。


「ある条件って?」


 セイエイがオレとジンリンを交互に見渡しながら、口を開く。


「あの時、まだ漣が生きていた時の話だ。学校でゲームの話をしていた時、『ルシフェルを仲間にするには、その対となる悪魔に私たちの実力を認めさせればいい』って話だったからな」


「ルシフェルと対になる? たしかルシフェルって大天使長ってやつだったよね?」


 ハウルが「うむ」といった表情で首をかしげる。


「もしかして、ルシファーを倒せばってこと?」


「高難易度でSランククリアしないといけないけどな。ちなみにルシフェルを手に入れたらかなりこっちが有利になる」


 ジンリンを見ながら、そう答えていくオレは、


「そのゲームで漣はスィームルグも手に入れていた……この意味がわかるか?」


 とハウルとセイエイにたずねた。


「んっ? シャミセンが持っていないのに漣って人が持っている召喚獣を、それこそワンシアが変身できるモンスターの中に入っていたってこと?」


「そういうことだ。ワンシアの変身スキルはくどいようだけど『一度会ったことのあるモンスターやプレイヤーにしか変身できない』」


「……もしかして、ワンシアの変身スキルの一覧に『サイレント・ノーツ』でシャミセンが出会ったことのあるモンスターが入っていた?」


 セイエイが顔にさほどの変化を見せなかったが、それでも喫驚の声を出した。

 NODが『サイレント・ノーツ』のゲームシステムをいくつか引き継いているとすれば、モンスターのデータかなにかにひっかかっていたのかもしれない。

 そう考えると辻褄が合うんだよなぁ。


「でも、ワンシアは星天遊戯で手に入れたんだよね? 私みたいにコンバートしてのことじゃないだろうし……。それにそもそも『サイレント・ノーツ』ってPC上でのMMORPGだったはずだよ?」


「――もしかして、NODが『サイレント・ノーツ』のシステムを踏襲していることが大きく関わってる?」


 ハウルやセイエイの問いかけに、オレはちいさくうなずいてみせた。



「もともとワンシアは幻影系モンスターに分類されていて、『サイレント・ノーツ』でもキマイラという似た形式のモンスターが出てきますからね。ワンシアの元の名前……『フ・チュアン・シャンマオ』でしたから」


 ジンリンの説明に、ハウルが首をかしげ、


「っと、ワンシアの元の名前ってどういう意味?」


キツネイヌヤマネコって意味の中国語」


 とセイエイが答えた。


「それにキマイラというのは様々な動物を複合したものとされていますし、中世ヨーロッパでは娼婦の象徴とも考えられていたようですからね」


 ジンリンの説明に、ワンシアが人間に変化する時の姿に納得してしまった。なるほど花魁もたしかに娼婦だ。


「ワンシアが妙に貴族的な口調なのもそれから来てるのかね?」


「もしくは様々な動物の言葉がわかると言われている『カイム』という悪魔の能力も備わっていると思っていいでしょう」


「だからチルルと違って最初からおはなしできていたのか」


「話をまとめると……もしかしてシャミセンのVRギアの中にワンシアが最初からいたってこと?」


 セイエイがけげんな表情をみせ、ジンリンに視線を向ける。


「それについてはわからないってところだろうな」


 オレの言葉に、ジンリンはちいさくうなずいてみせた。



 さて、ここから本題に入ろうか。


「以前、ジンリンはオレのログイン情報に漣のプレイデータとリンクされているって言ってたけど……本当は違うんじゃないのか?」


「どうして……そう思われるんですか?」


「あれからボースさん……『セーフティー・ロング』のスタッフから聞いたんだけどな、VRギアのテストプレイをしたプレイヤーに対して、無償でギアをプレゼントしていたそうだけど、その時に使っていたギアに登録されているアカウントデータは削除されていて、『まっさらな状態で贈呈していた』ようだ」


 そうなると、漣がテストプレイしていたことも、ニネミアさんが大学で言っていたことも、縫い針の穴に糸を通せるみたいなものなんだよ。


「ジンリン、たしかニネミアさんと遭遇した時、まるで顔見知りに会ったような表情をしていた気がするんだけど」


「…………」


 そう指摘するや、まだ余裕のあったジンリンの表情が強張っった。


「それになんでローロさんと漣が兄妹だってことを知っていたんだ? VRギアにアカウントデータを登録するさい、プレイヤーの連絡先を入力することはあっても、家族構成まで入れる必要はない。それなのになんでそんなことをお前が知っていたかだ――」


「ちょ、ちょっと待ってよ煌兄ちゃん? ローロさんが連さんのお兄さんだったって、もしかして朗さんのこと? それに、その話が本当だとしたら…………」


 ハウルがギョッとした声をあげ、ジンリンを注視する。


「――あぁ、お前の想像通りだ。いや……もしかしたら最初から気付いてやるべきだったんだ」


 オレは自分の愚かさに、なんともはやといった深い溜息をつく。



「ジンリン……いや、宝生漣……それがお前の正体なんだな?」


 確信は正直言ってない。

 だけど、目の前のサポートフェアリーの表情は穏やかなものではなく、蒼白した緊張感を醸した冷笑となっていた。


「……魔法盤展開っ」


 ジンリンの手元に、小さな魔法盤のようなものが出現する。


「――っ?」


 パッとセイエイが構えを取り、右手に魔法盤を取り出し、警戒態勢に入っている。



 【CDJJZQ】



 ジンリンが展開したのは【召喚】の魔法文字。

 空中に浮かんでいるジンリンの足元には、召喚を意味する魔法陣が展開され、「現れよ……アバドン」

 ジンリンが呼び出した召喚獣を見るや、オレは言葉を失った。

 長い髪に冠を戴いた女性の頭と、鉄の胸当てをした馬の体。

 その胴体には蝗の羽根が生えており、尻尾はサソリのようにするどい。

 とてもじゃないが、可愛らしいなんて口が裂けても言えない異形の姿をしたモンスターだった。

「ちょ、ちょっと待って? なんでジンリンさんがそんなのを? それになんで召喚獣なんて」

 急いで召喚獣のステータスを確認する。



 【アバドン】 Xb48/【土】【闇】



「…………っ」


 そのあまりにも絶望的なXbを見るや、オレのからだはなにかを拒絶する。


「エ、Xb48ッ? なんで? だってまだサービスが開始されてから一ヶ月くらいしか経っていないはずなのに、そもそもそんな高い召喚獣……星天でも、ましてや魔獣でも見たことないのに」


「もしかして、ジンリンもおねえちゃんと同じでログイン制限がされていないプレイヤーだった?」


 いや、そもそもNOD自体ログイン時間に制限はされていない。

 ……違うな。こいつには最初からそういうのがなかったんだ。


「あ、シャミセンさま――いや、もう別に隠す必要もないんだっけ。***には……」


 ジンリンの言葉が中断され、彼女の顔色が絶望に近い青褪めたものへと変わる。なにか引っかかるようなことを言ったのだろうか。

 いや、そもそも【サイファー・モード】の状態で会話をしても、NGは引っかからないはずだ。



「なんで……なんで――やっと……ようやく***自身が私のことを気付いてくれたのに? なんで私がそれを言ったらダメなの?」


 小さな妖精は手で顔を覆う。


「お、おい……ジンリン? っていうか漣で間違いないんだよな?」


 オレがジンリンに近付こうとした時だった。


「――っ? 誰かいる?」


 セイエイが悲鳴とも捉えられるほどに声を張り上げ、魔法盤のダイアルを回していく。



 【LXYJFMYQIF】



 セイエイの周りに、炎の羽衣が出現する。

 マントの前をはだけさせ、踊り子の衣装のようなコスチュームだと本当にそう見てしまうから困る。

「魔法盤展開ッ!」

 セイエイはふたたび魔法盤を取り出し、ダイアルを回す。



 【LXYJF MYKKFV】



 炎の羽衣と似たように、炎をまとう短剣を作り出し、ソレを濃霧の先へと投擲した。



 ……バッシュ。

 となにかが消されたような音が聞こえ、オレは【サイファー・モード】を中断させる。

 濃霧はゆっくりと消えていく。


「魔法ば――ッ!」


 セイエイが連続で魔法文字を使おうとした時だった。


「っ! アバドン……ッ! 【スタンネイル】ッ!」


 セイエイよりも先にジンリンがアバドンに攻撃の指示を与えた。

 アバドンがその体躯を低くし、濃霧の先へとツッコんでいく。


「くっ?」


 なにかがヒットしたらしいけど、まだ濃霧が晴れておらず、なにが起きているのかわからない。


「シャミセンさま……ハウルさまとセイエイさまも耳を塞いでくださいっ!」


 どういうことだ?

 そんな視線をジンリンにぶつけると、


「説明は後ですッ! それに今のシャミセンさまたちではどうあがいても***を倒すことはできません」


 悲鳴にも似た声でジンリンが言い返してきた。


「シャミセンッ!」


「わかってる……勝てない相手に挑むほどバカなことはしねぇよ――魔法盤展開っ!」


 魔法盤を取り出そうとしたが、



 ◇現在、プレイヤーのステータスに【NQW】が付加されていません。

 ・魔法盤を使用する場合、最低でも【NQW】の数値を10にしてください。



 というアナウンスが出現し、魔法盤が取り出せなくなっていた。


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