第209話・苦輪とのこと


 ちょうどNODにログインしていたのか、白水さんから折り返しのメッセージが届いた。



 ◇送り主:白水

  件 名:Re.炎色反応について

  ・シャミセンさんのおっしゃるとおり、炎色反応については学生ならおそらく理科の実験で習っているか、なにかしらの本を読んでいるかですね。

  ・もしくはまったく知らない人のためになんらかの形でヒントを出すのがセオリーだと思います。

  ・それとプログラミングあたりから考えれば、

  ・①・燃やす物質のアイテムかエフェクトに対して炎を使う。

  ・②・その物質に色がつく。

  ・といったところでしょうか。



「やっぱりそうなるのかねぇ」


 ビコウがセイエイに送ったメールの文章でも、あるものを燃やしてになるから、アイテムかエフェクトにたいして火を付けるってことになるのかもしれない。


『そうなると、まず何種類かの炎色反応があって、それを使うために必要な化学物質をどうしようかって感じになるわけですか?』


 と返信メッセージを送ってみる。


『おそらくそうでしょうね。わたしも詳しいというわけではないですけど、花火職人はタネの中に色分けした化学物質を入れていますし、わかりやすいように色分けしてますけど、色を付けたくらいでその色に発光されるわけではないですから』


 白水さんからの折り返しのメッセージ。


「っと、ここまでNGワードによるエラーはなしか」


 NODに関してのネタバレ的なものがくるかなと思ったんだけど。


「まだそれが実装されるかどうかって話だったな」


 実装されていないことならNGにはならないか。



「白水に聞きたいことを聞き終えた?」


 セイエイが、オレのマントを引っ張り、自分に注目を向けさせる。


「答えは出てない気がするけど、まぁ質問には答えてもらえたからな」


「なら早く北の沼地に行こう」


 ジッと目をランランと輝かせながら言うな。すこしは我慢ってことを覚えなさい。


「なんだろう、セイエイさんのおしりにしっぽが生えててすごいふりふりしているのが見える」


 ハウルもハウルでわけのわからないことを言うな。



「それはいいですけどどうします? ここから北の沼地ですとかなりの距離が……あぁっとシャミセンさんにとっては藪蛇でしたか」


 オレの肩に乗っているジンリンが、ため息混じりに言う。


「ワンシアッ、こっちにこい」


 その呼びかけに、ワンシアは一度くるりと宙返りして仔狐に変化すると、オレの胸へと飛び込んできた。


「魔法盤展開っ!」


 魔法盤を取り出しダイアルを回していく。



 【LXRNQK】



 魔法文字が完成すると同時に、オレの身体が宙に浮かび、高度二〇メートルあたりまで飛び上がっていく。


「それじゃ頼むぜワンシア」


「御意」


 ワンシアはオレの胸元からパッと飛び出すと、


「[化魂の経]っ!」


 と術を唱えるや、その矮小な身体は神々しい光を放つ大鷲の霊鳥へと変化する。


「よっと」


 スィームルグ状態のワンシアの背中に着地し、首元当たりを撫でる。


「それじゃそのままセイエイたちのところまでゆっくり降下してくれ」


 ワンシアは羽根をゆっくりと大きく羽撃かせセイエイたちの元へと降り立った。



 セイエイは一度スィームルグ状態のワンシアを見ているからそんなに珍しそうなものをみるような眼はしていないのだが、


「ちょ、ちょっと? なにそれぉっ? っていうかなんでそんなのに変身できるの? たしかワンシアの変身スキルって一度会ったモンスターじゃないとできないんじゃなかったっけ?」


 とまくし立てるようにハウルが聞いてきた。


「オレに聞かれてもなぁ、なんかデータの中にあったみたいでなぁ」


「データの中? それってVRギアのキャッシュとかに入ってたの?」


 ハウルが、ふとキョトンとした目を浮かべる。


「いや、ギアにたまったキャッシュは毎日削除してからログインしてるから、多分アカウントデータに入っていたんじゃないかねぇ」


 それでもやっぱり記憶にないのが、どうも歯痒い。



「ワンシア、他になんか変身とかできる?」


「できなくもありませんが、すこし厳しいですね。変化すること自体は妾の得意とする体現スキルですから消費JTをほとんど使いませんけど、かと言って遭遇したことのないモンスターやプレイヤーに変身することはできません。この姿とて妾が出会ったことがあってのことでしょうし」


 セイエイの質問に、ワンシアは苦笑を浮かべた声で返す。


「あれかな? 最終幻想の青魔道士みたいな、一度攻撃を食らわないと覚えない魔法みたいな感じかな?」


「そう捉えても別にいいけど、妙だな……コンバートしたことで変身スキルの項目がリセットされているとしたら、そもそもNODでスィームルグなんて会ったことがないし、ましてや星天でも会ったことなんてないぞ」


 怪鳥だったら『キュウトウダバ』くらいだろうし……。



「ねぇ煌兄ちゃん……他になんか心当たりとかある?」


「いや、VRギアでやったことのあるゲームでこれに遭遇したことはないぞ。ソードブレイカーは江戸時代末期を舞台にしているし、鳥モンスターのレイドボスと言ったら鵺を強化した妖怪だったしなぁ」


 首をかしげ、思い出すのだけどもまったく出てこない。


「そういえばシャミセン、このゲームって『サイレント・ノーツ』と似てるところがあるって言ってたし、ワンシアのスィームルグそれもそうなんじゃないの?」


 セイエイの問いかけに、オレは首を振りかけた。


「うーん、いやたしかに魔法文字を展開させたりするのだってそれに近いんだけど、オレそんなにやってなかったんだよなぁ。レベリングもそんなにしてなかったし、まぁレベル96くらいまでしかあげてなかったし」


 そう答えると、


「それってレベル高くない?」


 とセイエイがはてといった感じで首をかしげた。


「いやマックスレベルで300だから全然弱いよ。それに召喚獣を召喚させるにもちょっとコツがあって、五回パーフェクト判定しないとルシファーなんて強い召喚獣を召喚できなかったし、召喚するモンスターによってパターンが違うから、ほとんど召喚獣による全体攻撃は***にまかせててからなぁ」


 またエレンの名前がNG判定され、そこだけが濁った雑音になった。



「…………」


 ハウルがオレを睨んでいるのが気になったのか、


「ッ? どうかしたハウル」


 セイエイが不思議そうに彼女に視線を向けていた。


「あのさぁ煌兄ちゃん……たしか煌兄ちゃんたちがやってたそのゲームって、***さんと一緒にやってたやつだったよね? それなのになんで*さんのことが――あれ?」


 指で自分の唇に触れ、出したはずの言葉が出てこない。

 おそらく漣のことを言おうとしたのだろうけど、それもNG判定されるのか。つくづく運営は漣のことがお嫌いなようだ。

 あいつがなにをしたのかはしらんけど、さすがにちょっとやり過ぎじゃないか。


「……煌兄ちゃん、テンポウから聞いたこと話そうか――っていうか、なんで黙ってたの?」


 テンポウから事情を聞くとは云っていたが、どうやらオレからも聞きたくなっていたようだ。


「黙っていたじゃなくて確信がなかったんだよ」


「私だってさすがにちょっとそれは可笑しいとは思うよ? うん絶対可笑しいと思ってる……だって*さん私と約束していたもの」


 ――約束?


「おい、ハウル、約束ってなんだ? *となにを約束してた?」


「一緒にゲーセンに行くって約束。煌兄ちゃんと斑鳩さんの目の前で*さんが自殺した日のすぐ後の日曜日、煌兄ちゃんも誘ってゲーセンに行こうって約束してたの。絶対行こうねって約束してくれたの――」


 モデリングされたハウルのプレイングキャラは、プレイヤーの感情や脳に走る筋肉への信号を読み取り、表情にして表す。

 今のハウルの表情は、慕っていた相手が自殺というこれ以上にない裏切りをした憤りと、それがこのゲームとなにか繋がりがあり、オレが今の今までそれを隠していたことに対しての不安に満ちた表情だった。



「…………っ」


 なぁにやってんだよオレは……――。


「魔法盤展開っ!」


 ゆっくりと魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。



 【INTHFV】



 と[暗号]の魔法文字を展開させ、対象をハウルとセイエイ、そして……ジンリンへと選択していく。



 ◇【サイファー・モード】が使えるようになりました。

  ・このモードでの会話のみ、NGコード対象外となります。

  ・プレイヤー同士、もしくは対面しているプレイヤーにのみ会話ができるようになります。

 ◇【ハウル】【セイエイ】【ジンリン】と【サイファー・モード】をしますか?

  ・【はい】【いいえ】



 【サイファー・モード】のインフォメッセージが表示される。

 そうだ、この時なにを話していたのか、忘れているかもしれないから録画もしておこう。



 ◇NODのゲームプレイを録画します。

  ・ファイル名を入力してください。【_】



 ファイル名は、まぁ適当に『NOD_PLAY』でいいか。



 ◇【NOD_PLAY.MP4】

  ・エンコードサイズを選択してください。

  ・【720P】

  ・【360P】



 エンコードサイズを360Pに設定すると、



 ◇ゲームプレイを録画します。

  ・【録画時間 00:00:01:34】

  *撮影を停止する場合は画面右端の■ボタンに触れてください。

  ・またプレイヤーの脳波に異常が検知された場合、録画機能が停止されます。



 アナウンスが表示され、視界の右端に【■】というアイコンが出てきた。その上に現在の録画時間が表記されている。



「シャミセン……」


 セイエイが不安そうな声でオレにたずねる。


「通常じゃNGに引っかかってしゃべることもままならない。それにそんな魔法があることを教えたのはウチのサポートフェアリーだからな」


 あぁそうだ……なんで今の今まで気にもしなかった?

 そうだよ。すぐに分かるようなことをなんでオレは今まで気にもとめなかっのか、自分が嫌になりそうなくらい腹が立つ。

 彼女はあの時オレにヒントを与えてくれていたんだよ。

 それに気づけないって、ボースさんやローロさんに色々と聞いてるじゃないか……。

 オレが、もっとも気付いてやれないといけないオレが全然気付けていないんだから。



 ハウルとセイエイから『暗号』に対する返事が届く。

 後はお前だけなんだよ。


「ジンリン……すまない――いや、ゴメンな今まで気付いてやれなくて……」


 オレの言葉に、


「別に……うん、もう潮時かな――」


 まるで応えるかのように憫笑ともとれる嘆息をはくと、竜胆色の髪をなびかせる妖精は、観念したかのようにオレの魔法に対しての返事をした。


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