第198話・輾転反側とのこと
「シャミセン、なんでデスペナになってるの?」
オレのホームに訪れてきたセイエイが、簡素なペッドの上に腰を下ろし、立ったままのオレを見上げながら聞いてきた。
「どこから説明したほうがいいか」
「簡単に説明すると仏の顔も三度までってところでしょうか」
オレの代わりに、ジンリンが応えるのだが、逆にわかりにくくない?
「どういう意味?」
やっぱりというべきか、キョトンとした顔でセイエイは首をかしげていた。
「あっと、要するにあることを三回させると問答無用で死亡フラグがたつモンスターと遭遇して負けたんだよ」
「えっと、シャミセンそれに負けたってこと?」
「恥ずかしながら……」
「ワンシアは?」
「ちょうど一緒に出していたからデスペナで召喚できない」
「――はぁ……」
落胆したように肩を落とすセイエイ。なにか期待していたんだろうか。
「シャミセン時間大丈夫? 大丈夫ならちょっと付き合って」
「別に時間なら大丈夫だけど」
「もしかしてデートのお誘いとかですか?」
「…………ッ」
セイエイはジンリンを睨むように見つめる。
「あんまりからかうなよ。この子の場合本気で受け取るから」
「あぁすみません」
オレの注意に、ジンリンは反省したのかセイエイに頭を下げる。
「別に大丈夫。マスターから頼んでいた法衣ができたから取りに来て欲しいってメッセージが来てたから」
「それなら一人で――」
「一人で行ってもおもしろくない」
ムスッと頬を膨らまされた。別に一人でも変わらない気がするんだけどなぁ。
「あれじゃないですか、やっぱりセイエイさまも恋する乙女ってことで」
ジンリンの表情もさすがに苦笑の色を見せている。
いやまぁそうなんだろうけどねぇ。
「別にオレじゃなくても、後でビコウもログインするんだし」
「おねえちゃん今お風呂入ってるけど?」
「それはメッセージで聞いた」
「そうじゃなくて、シャミセンも一緒にってのは、マスターがシャミセンも一緒にって言ってたから。多分なにか用事があるんじゃないかな」
それなら別にセイエイを介さなくてもオレに直接メッセージを送ればいいのに。フレンド登録してるんだし。
※
結局オレはセイエイと一緒に、第一フィールドの拠点[ルア・ノーバ]にあるシュエットさんの法衣屋……【玉女穿梭】へとやってきた。
ドアをあけると、カランコロンとベルが鳴る。
「いらっしゃい。おぉおふたりとも来ましたか」
店の奥から出てきた作業着姿のシュエットさんが、オレとセイエイを出迎える。
「マスター、法衣ができたって連絡があったけど」
「えぇこちらがそうなります」
シュエットさんはお店のカウンターの上に、よく洋服店がラッピングするような形の袋を取り出した。
「試着室はお店の奥ですから」
「わかった。ありがとうマスター」
セイエイはできあがった法衣を受け取ると、店の奥へと入っていく。
ちなみに服とかは試着室以外でも着替えることは可能なのだけど、変身エフェクトで周りが見えなくなるというわけでもなく、着ている法衣を脱いでから新しい法衣を着ないといけない。
そういうことから、女性プレイヤーは周りに見えないよう法衣屋の試着室や、茂みに隠れて着替えるそうだ。
男は基本的に法衣の種類って変わらないんだよなぁ。
法衣の布の色は変わるみたいだけど。
「それでシュエットさん、なんでオレも呼んだんですか? 別に法衣を渡すくらいだったらセイエイひとりでもいいんじゃないですかね?」
そうたずねると、シュエットさんはカウンターに頬杖を立て、
「いや、セイエイさんからYKN上昇重視の設定をお願いされたんですけどね、前に着ていた法衣を気に入っていたみたいなので、それを参考にちょっと手を加えてみたんですよ」
シュエットさんはちいさく含み笑いを浮かべる。
「まぁ見てのお楽しみですけどね」
見てのお楽しみって……いったいなにをつくったんだろうか。
「マスター、着替えたけど……」
店の奥にある試着室から出てきたセイエイの姿は、依然として初心者用の法衣を羽織ったままだ。声も、どことなく恥ずかしげがあった。
「YKNの上昇はありましたでしょ?」
「あったけど、なんかおしりが涼しいし、これ下からショーツとか見えない?」
「大丈夫。しっかりそこはガードしておりますから」
セイエイは直前まで来ていた法衣を、プールの授業でからだについた水滴を取るタオルみたいにしているから、全体のシルエットがよくわからない。が、どうも恥ずかしそうにしている。
いったいどういうことだろうか。
「シャミセン、笑わないでよ」
別におかしな格好をしているわけじゃないのだから、笑わんだろ。
決心がついたのか、セイエイは羽織っていた法衣を脱いだ。
布が擦れ落ちる音が店内に響くとともに、セイエイの新しい法衣がお目見えとなった。
首のチョーカーを通して
ハイウエストと言うんだろうか、本来なら膝小僧が隠れるくらいまであるはずのスカートのベルト部分をアンダーバストのところまで上げており、それを着物の帯のようなベルトで止めている。
スカートとふとももの、俗にいう絶対領域からのぞかせるガーターベルトは胸元の布と同じ杜若色のストッキングのようだ。
腕にも肘まであるグローブをはめており、魔法使いというよりはアラビアンナイトに出てくる踊り子のような
まぁスカートを履いているので、注視されるのは彼女のふくよかな胸元くらいだろう。無茶な動きをしなければ大丈夫じゃないかなぁ。
「似合って……ない?」
セイエイがはにかむように聞いてきた。
「似合ってないっていうか、前もそんなんじゃなかった?」
たしかNODで最初に会った時、装飾品で施した
それですこし横を向くと、胸がチャイナドレスのスリットのようなかたちになっていたはず。
セイエイがいま着ている服と比べると、どちらも甲乙つけがたいんだが。
「そうだったけど、前のやつはここまでスカートあげてない。ちゃんと腰あたりでベルト止めていた。なんか袋と一緒に入っていたメッセージに『スカートのベルト部分を胸のところまで上げるように』って書いてあった」
彼女にとって、いま着ているあたらしい法衣のほうが、以前のものと比べて恥ずかしさがあるのだろう。
まぁ動きやすさ重視で考えると軽量化による軽量化でそうなったじゃないだろうか。
「でもお望みの装備効果はあったんだろう? つくってもらったんだから文句を言わないの」
「文句は言ってないけど、もうすこしスカートの丈があってもよかった」
そう言いながら、スカートをおさえながら足元をクネクネしないの。こちとらどう意識を向けようか必死なんだから。
やっぱりセイエイ本人は納得がいっていないみたいで、ジッと訴えるような視線をシュエットさんに向けていた。
「ははは、ハイウエストのスカートがさらに彼女の胸を強調させますからな。武器はしっかりと使わなければ」
シュエットさん、この子の場合、勝手に育ったから気にはしていないところがあるんだろうけど、だからってそれを武器にしているところなんて一回も見たことないぞ。
いやどちらかと言うと計算された天然じゃなくて、その上をいく山の水のような天然素材みたいなところがあるけども。
「マスター……、星天のほうで依頼を受けていた素材アイテム全部他所の生産系プレイヤーの人に
セイエイが
いや違うな。聞いている時にみせたセイエイの目や口調が完全に笑っていない。
「セ、セイエイさん、それをされるとこちらも死活問題ですし、なにせ依頼している素材アイテムのほとんどがセイエイさんとかビコウさんレベルじゃないと手に入れられないアイテムも有りまして」
あたふたとシュエットさんは焦りを見せ、手をこまねいている。
セイエイの場合、脅しとかそんなんじゃなくほんとうにしてそうだな。まぁ今回ばかりはシュエットさんが全面的に悪いけど。
「ところでアイテムの情報って見ることってできないのか?」
「いちおう相手に見せることはできる。シャミセンも着てみる?」
「それは遠慮しておく」
苦笑を返していると、セイエイがオレの手を握ってきた。
◇セイエイさまからアイテムの情報が提供されました。
という情報がポップされた。
「プレイヤーが持っていないアイテムとか、相手に見せたいアイテムの情報を見せることができる」
なるほどね。とりあえずセイエイが着ている新しい法衣の情報を観覧することにしましょう。
◇カマルラーケサ/法衣/ランク?/B+7Y+10N+13
・レベルの引くいモンスターからの攻撃を現在のステータスとは関係なく1/32の確率で無効化される。
・相手に【魅了】を与えることができる。
・ただし同性や耐性あるものには効果はない。
思った以上に、ステータス補正が高い装備品のようだ。
「ちなみに【カマルラーケサ】ってどういう意味ですか?」
「アラビア語で[月の踊り子]ってところですかね」
オレの疑問を、シュエットさんが応えてくれた。
「セイエイさんが以前着ていた法衣をアレンジしたもので、マネキンに着せてみたらまさにそう見えたので」
偶然にも、オレが思っていたのと同じだ。
まぁ見た目アラビアンナイトだからなぁ。ベールとかつけたらそれこそそうとしか見えない。
「つくってもらったのは嬉しいし、法衣作製の依頼料も出すけど、さすがにちょっと調子に乗りすぎ」
「スミマセン」
セイエイに脅され……もとい怒られながらシュエットさんはちいさく頭を下げた。
この子の場合、怒らせたら本当にそういうことをしそうだから怖い。
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