第196話・既望とのこと


 ジンリンがただのF&Aを教えるだけのサポートフェアリーになってからすでに一時間くらい経っていた。


「モンスター……出てきた」


 ニネミアさんがそのモンスターを指さして知らせる。

 そこには、周りに溶け込んむように、くすんだ碧色の体毛をした中型犬が佇むようにポップされた。

 あれだな。見た目はゴールデン・レトリバーだ。



 ◇ペロ・ミトロヒア/Xb10/属性【風】【闇】



 と簡易ステータスが表記される。


「攻撃をしかけてみるか」


 先手必勝。遠距離攻撃の魔法文字を展開させようと、魔法盤を取り出した時だった。


「あれ……攻撃しないほうが……いい」


 とニネミアさんから止められた。


「なぜに?」


 理由を聞いてみると、


「魔法を使っても反魔力特性を持っていて、攻撃を返される」


「えっと、ミラーと同じスキルを持ってるってこと?」


 このゲームって、基本魔法を使ってナンボなところがあるからなぁ。もしかしたら迂闊に攻撃を仕掛けてデスペナなんてこともありえない話じゃない。


「しかも……HTが無限にあるみたい……で、倒した人……見たこと……ない」


「それ可笑しくない?」


 さすがにそういうのがMOBとして出てくるのはいかがなものか。


「だから、なにか……イベント用のモンスター……だとおもう」


「要するにあれか……遭遇したらまず勝てない。逃げるしか方法がないってことね」


 いわゆる負けフラグイベントだということだろう。

 などと、ニネミアさんと二人並んで、その件の犬を遠くから見ていた時だった。



「よっしゃぁっ! モンスター発見っ!」


「おぉ、新しいモンスターじゃん?」


「いいべいいべ、経験値じゃ狩りじゃ狩りじゃ」


 と、威勢のいいプレイヤーが三人パーティーでやって来た。

 そして、早速ペロ・ミトロヒアに攻撃魔法をしかけた。

 攻撃は見事に命中し、ペロ・ミトロヒアはプルプルと体を震わせる。


「よっしゃ、ダメージあったぞ」


 と、一人の男性プレイヤーがヤンヤヤンヤと喜んでいる時だった。

 周りの空気が冷たくなり、景色は反転する。

 あれだ。映像加工におけるネガ反転。



「……えっ?」


 その反転がやんだ瞬間、攻撃を仕掛けていたプレイヤーの一人が死んでいた。


「ぅぉおおおおおおおっさい?」


「えっ? どういうこと? なにこれどういうこと?」


 残った二人はあまりに理解できないことが起きたせいか、混乱状態になっている。



「魔法盤展開」


 オレは魔法盤を取り出し、鑑定を意味した魔法文字を展開させていく。



 【CFYVIH】



 魔法が成功したらしく、ペロ・ミトロヒアと対峙しているプレイヤーの名前が簡易ステータスとして、観ることができるようになった。



 ◇エマヌエル/Xb12

  ・【混 乱】

 ◇マゼー/Xb19

  ・【混 乱】



 二人仲良く混乱のデバフにかかっている。


「やばいな」


 パーティーのうち、一人でも正常ならば心配はあまりしないのだけど、ふたりとも混乱となっていては最悪共食いだ。


「シャミセン……さん、ちょっと……気になること……ある」


「気になること?」


「ペロ・ミトロヒアが最初いた場所から一メートルくらいズレてる」


「それは攻撃魔法のダメージを食らったからじゃ?」


 それで怯んだんじゃなかろうか……。


「……違う。私最初に説明したけど、魔法は返される」


 つまり、そもそもダメージエフェクト自体は……。



「魔法盤展開っ!」


 オレは、あることを確認するため、ワンシアを召喚することにした。


「お呼びでしょうか? 君主ジュンチュ……」


 いつもの、仔狐状態でワンシアは召喚された。


「喋ってる?」


「うわぁ、なんだろうすごい懐かしい反応……」


「で、御用はなんですか?」


 ワンシアがオレに見上げるようにしてたずねる。


「あの犬のモンスターに向かって、【咆哮ハウリング】ッ!」


 指でペロ・ミトロヒアを示し、そう命じる。



「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ワンシアの体現スキルである【咆哮ハウリング】がフィールドに響き渡る。

 その範囲はレベルやステータスにもよるが、今のワンシアのステータスなら五〇メートル先にいるモンスターやプレイヤーに対して攻撃範囲になる。

 ただし、これも間合いによる修正がされていて、近いほど混乱、もしくは気絶に近いデバフを与える確率が高くなるが、遠いほどその確率は低くなる。

 ペロ・ミトロヒアとの間合いは……おおむね二五メートル前後。

 もし魔法だけじゃなく、スキル全体による攻撃や状態異常をうながす攻撃をしたとすれば、当然いまさっきと同じことが起きているはずだ。



「グルルルルル」


 ペロ・ミトロヒアが唸り声をあげる。

 魔法反発によるエフェクトが……出ていない。


「ってことは、体現スキルは攻撃可能ってことか? いやもしかすると……魔法盤展開っ!」


 もう一度、あることを確認するため、魔法盤を取り出す。


「……っ! いまのはその仔狐のスキルが対象外だっただけで、魔法武器じゃ反発を食らうっ!」


 オレの行動におどろいているのか、ニネミアさんはさっきまでとは違って流暢りゅうちょうな話し方になっている。


 【MZ】


 ◇ただいま展開した魔法文字に対して、複数の単語が検出されました。

  ・魔法武器の場合、こちらの武器が対照されます。

  ・現在表示されている武器のイラストを魔法武器として使用しますか?

  ・【はい】/【いいえ】


 作ろうとしていた魔法武器に対して、注意書きみたいなものが表記された。どうやら単語の文字数が二文字だけだったので、なにを作り出そうか判別されなかったようだ。

 その注意書きに重なった形で、中国製のクロスボウ……【】が3Dモデルとして表示されている。

 オレは迷わず【はい】を選択すると、スタッフはずっしりとした木製の【弩】へと変化し、オレの左手に収まった。

 【弩】の弓床には矢がセットされており、弦は弦受けまで張られたように引っ張られており、いつでも撃てるといった状態だ。


「狙い定める」


 ワンシアの【咆哮】がジワリジワリと効き始めているのか、ペロ・ミトロヒアはフラフラとした足取りになっていた。

 もしかするとさっき吠えたのも虚勢だったのだろうか。

 【弩】のトリガーを引く。ペロ・ミトロヒアに向かって矢が射出される。バシュッ! ――と、弓矢の鏃がペロ・ミトロヒアの身体に命中した。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ペロ・ミトロヒアは二度目の咆哮をあげる。

 ダメージゲージは……表示されていない。

 ……どういうこと?

 今のは遠目からでもわかるくらい、急所に命中していたはずだ。

 それならばダメージゲージが減少していてもおかしくないはず。

 そんな情報がまったく出てきていない。



「シャミセンさま、お待たせしました」


 パッとオレの目の前にサポートフェアリーであるジンリンが姿を表した。

 その羽根を揺らすたびに光の鱗粉が周りに散っている。


「今までどこに?」


「NODの運営が管理している掲示板を見て回っていました。例の、シャミセンさまとクリーズが決闘したところを録画したプレイヤーがいないか、その動画ファイルを掲示板に貼り付けていないか調べてみましたが――」


 ジンリンは一度言葉をためてから、


「ありましたが……なくなっていました」


「削除されているってことか?」


 オレがそう聞き返すと、ジンリンの顔は憂苦の色に染まった。


「掲示板やゲーム内の管理サーバーをくまなく調べてみましたが、やはりその動画はどこにもなく、完全に削除されています」


「もしかして、運営からしてみれば、なにか知られたくないことが映されていたってところか」


 ビコウも体験している記憶の欠除。

 ビコウはドゥルールさんとの会話を録画していて、そのデータがHDDの中に保存された状態になっている。

 逆に、オレとクリーズが、その時行われたらしい決闘の状況を、別のプレイヤーが録画して、その動画ファイルを掲示板に貼ったが瞬時に削除されている。



「それはそうと、いったいなにと戦闘をしているんですか?」


 ジンリンはチラリとオレやニネミアさんが対峙しているペロ・ミトロヒアに視線を向けると、


「あ……――」


 呆気にとられたような顔を浮かべた。


「あ、あの……おふたりとも? あのモンスターになにかしました?」


 震えた声で聞いてくる。んっ? なんかヤバイことでもあったのだろうか。


「妾の【咆哮】と、君主ジュンチュが魔法文字でつくった【弩】でそれぞれ攻撃しておりますが」


 ワンシアも、なにか拙いことをしてしまったのだろうかと、声に張りがなくなっている。


「ということは……おふたりとも魔法で攻撃はしていないんですね?」


「……魔法文字で作成した武器は攻撃魔法って判定されてないみたいだけど」


「魔法武器はあくまで魔法と武器の単語を組み合わせたものですので、武器だけの単語は通常武器として物理属性と判断されます……って、そんなことじゃないんですよっ! ペロ・ミトロヒアの咆哮を何回聞きましたか?」


 オレの質問に対してしっかりと返事をするジンリンだが、うん、だからなにをそんなに慌てている?


「えっと、たしか二回――」


「に、二回っ? モンスターの情報を教えていなかったボクにも責任はありますけど……今すぐ戦闘を中断して、あのペロ・ミトロヒアから逃げてくださいっ! まだあと一回の憂慮が……」


 ジンリンがオレの言葉に糾弾した時だった。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ペロ・ミトロヒアが三回目の咆哮を上げる。

 ――この世のすべてが反転した。



「…………っ!」


 なにかオレの身体を貫き、切り刻んでいく。

 その攻撃は構えることも、況してや目視することもできないまま、あまりに唐突すぎる攻撃を受けたオレのHTは急激に減少していく。


「――っ!」


 ワンシアがなにかに気付いたのか、それに飛びついた。

 しかし、その刹那、風の渦に巻き込まれ一瞬にして身体を切り刻まれ光の粒子となった。


「……なっ?」


 そこにいたのは――ペロ・ミトロヒアだった。

 ちょっと待て? どう考えても……可笑しい。

 ペロ・ミトロヒアがいた場所は、オレたちよりも二五メートルも先にいた。それが一瞬にして、風のように現れ、オレやワンシアに攻撃を仕掛けている。

 瞬間移動? それに近いことが起きたんだろうか。

 とにもかくにも、あまりに突然なことでオレの思考は追い付いていなかった。

 ――――めのまえがまっくらになった。


 ♯



「…………」


 自分に攻撃を仕掛けてきていたシャミセンとワンシアを仕留めたことで満足したのか、ペロ・ミトロヒアはその近くにいるニネミアに見向きもしなかった。


「――――っ」


 ニネミアは魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。

 シャミセンがやったことは、ペロ・ミトロヒアを倒すための方法だと判断し、魔法の単語を含まない、武器の名前だけの単語を作ろうとしたが、


「攻撃……しないほうがいいわよ」


 不意に、彼女にとって聞き覚えのある声が聞こえ、そちらへと視線を向けた。


「…………***――?」


 ニネミアは、その名を呼ぶがNGコードにひっかかり、雑音だけが耳に残った。


「――どうして? どうしてあなたの名前が喋れないの?」


 目の前の、竜胆色の長髪をなびかせるちいさな妖精に、ニネミアは恐怖を覚える。

 ニネミアが思っていることが、いや、目の前にいる妖精がそうなのだとすれば、そもそも彼女はこの世にいないはずなのだ。



「さぁ……ね――。まぁそれよりも――魔法盤展開っ!」


 その妖精は、プレイヤーたちと同様、丸く作り削られた円盤を取り出し、その石版に備えられているダイアルを回していく。


「ペロ・ミトロヒア……たしか第四フィールドにある妖精の丘を護る番犬――クー・シーの手下用に作成されていたモンスターのはず。それがどうしてこんな、まだ駆け出しのプレイヤーがいてもおかしくない第二フィールドなんかにいるのか……すこし妙な気がするけど」


 冷たく言い放つその声は、凛とした空気のように透き通っていた。



 【CDJJZQ】



 召喚魔法の魔法文字が完成され、ジンリンの足元に魔法陣が展開されていく。



「現れよ……アバドン」


 ジンリンが呼び出した召喚獣は――異形の一言で済ませられた。

 長い髪に冠を戴いた女性の頭と、鉄の胸当てをした馬の体。

 その胴体には蝗の羽根が生えており、尻尾はサソリのようにするどい。


「…………っ」


 それを目の当たりにしたニネミアは言葉を失う。


「グゥオオオオオオオオオオオオオッ!」


 その異形な召喚獣に恐怖したのか、ペロ・ミトロヒアは攻撃を受けていないにもかかわらず、咆哮を上げる。


「運営権限コード。『現フィールドにおいて、本来出現しないモンスターは速やかに削除する』」


 ジンリンの言葉に、アバドンは光の渦を作り上げ、ペロ・ミトロヒアを飲み込んだ。



「ふぅ……」


 ペロ・ミトロヒアが消えたことを確認すると、ジンリンはちいさく、安堵したためいきをつく。


「これも***のしわざかしらねぇ」


「あ、あなた――ほんとうに***なの?」


 ニネミアに声をかけられ、ジンリンはそちらへと視線を向ける。


「なんで? だってあなた自殺したって――二年前ニュースで……」


 混乱しているニネミアに対し、彼女の眼の前にいる妖精はなにもかもすべてあきらめたかのように、瞳に光を宿すことなく、肯定するようにうなずいてみせた。


「そうね。……まぁどこから話すべきなのかだろうけど、正直わたしもわからないのよね。ただ一つだけ言えることがあるわ」


 ジンリンはちいさく笑みを浮かべた。


「またこうやって煌くんに逢えたことが、こんなに嬉しいなんて想いもしなかった」


 その言葉は、乙女が恋焦がれる相手と邂逅したものに近かった。



「煌くんって……もしかして***がVRギアのモニターテストの時、わたしや他の人に言っていた幼馴染のこと?」


 ニネミアの問いかけに、ジンリンはちいさくうなずく。


「だ、だったら今すぐに言わなきゃっ! だって――」


 好きな人だったんでしょ? と言葉を発しようとしたがグッと飲み込む。


「それができれば苦労なんてしないわよ。どうしてわたしがこんな状態になったのかもわからないし」


 ジンリンは目蓋を伏せ、


「そもそわたしは――煌くんがテンポウさんや白水さんにわたしのことを説明するまで、わたしが煌くんや出間くんの目の前で自殺したことなんて知らなかったんだから……。あの日、あなたと橋渡しのゲームの攻略方法を教えてさよならしてから、ずっとこのゲームが開始されるまで眠っていたようなものだったからね」


 VRギアのテストプレイでニネミアとエレンが最後に会話したことを言い当てられ、その言葉に、ニネミアは言葉を失った。

 あの時、二人の近くには誰も居ないはずだった。

 ニネミアが目の前のジンリンの虚言に訝しげな気持ちを抱いていたことに変わりはないが、それが自分を混乱させるためなのか、どうかも判断しかねない。

 そして、ジンリンが見せる苦痛の声に虚偽の色がなかった。


「とにかく、わたしはただの、煌くんを支えるためのサポートフェアリーだから。いまはあまり彼を刺激したくない……」


「……わ、わかった」


 ジンリンの言葉を、ニネミアはただただ聞くしかなかった。


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