第195話・枢とのこと
[エメラルド・シティ]でニネミアさんと出逢ったオレは、彼女とパーティを組み、オレと同様、ニネミアさんもいまだにクリアできていないという、北の沼地へと続く墓場へと足を踏み入れようとしている道中のことであった。
「おかしい。絶対おかしい」
「カカカカカカカカ」
目の前で、ボロボロの剣と盾を持った骸骨騎士が、ケタケタと人をプレイヤーを嘲笑するかのようにカタカタと歯を鳴らしている。
それこそまさに、『
「魔法盤展開っ!」
一度骸骨騎士との間合いを広げたオレは、魔法盤を取り出し、
【CHNQFCWZJF】
と、光属性を含んだ嵐……という意味の魔法文字を展開させ、骸骨騎士にぶつけた。
スタッフの先から吹き荒れる光の嵐が骸骨騎士を飲み込んだが、
――ザシュッ! と、骸骨騎士が得物を一閃するや、光の嵐は力任せに引き裂かれたポロシャツのように霞となって消えた。
「うん、こういうのってありなんだろうか?」
ダメージが全くないどころか、相殺されている気がする。アンデッド系って光属性の魔法が弱点ってイメージが有るんだけども。
◇ファザースカル/Xb6/属性【水】
と、ある程度ダメージを当ててきたからか、モンスターの簡易ステータスが表示されはじめた。
そこで知る衝撃の事実。骸骨騎士――ファザースカルの属性に、[闇]という文字がどこにもない。
「おーいジンリン? 骸骨ってアンデッドだよね? アンデッドだから普遍的に考えて闇属性とかじゃないの?」
「骸骨だからといって、闇属性という概念はこのゲームにありませんよ。モニターに呈示されている属性がすべてです」
「――ガッテムッ!」
サポートフェアリーからの忠告に、思わず叫んだ。
「道理でさっきから光属性の魔法とかぶつけてもダメージがほとんどないはずだよ」
HTゲージが表記されるのは、あくまでMOBだからこその配慮だろう。これがもしボスレベルだとしたら、うん、その時はその時でまた改めて考えよう。
「でも……この……骸……骨、ダメ……ージは……食ら……ってる。倒せ……ない、相手じゃ……ない」
ニネミアさんの言うとおり、攻撃によるダメージは矮小とはいえないとはいえない。でも初見殺しにも限度があると思う。
「魔法……盤展……開」
ニネミアさんが左手をかざし、魔法盤を取り出す。
「そういえば、どれくらい魔法文字持ってるんだろ?」
そう思った時だった。
「キシャァッ!」
このゲームの攻撃ターンは基本的に敏捷性ステータスに依存している。ニネミアさんよりも先に骸骨騎士が攻撃をするために、刃毀れした剣を持った右手を左手で掴み外すや、彼女に向かって投擲してきた。
「そんなのあり?」
さすが骸骨――と、感心している場合じゃない。
「ニネミアさんっ!」
やばい、骸骨に魔法をぶつけようとして間合いを広げすぎてニネミアさんとの間合いが空きすぎている。
ファザースカルが放った刀身の切っ先が、彼女の身体を貫こうとした刹那、
【JDMQFFMXF】
魔法盤が展開され、泥の塊がニネミアさんを保護するように現れる。
ザシュ……と、その泥から尖い棘が突出し、ファザースカルの
ファザースカルのHTはそのまま急転直下といえるスピードで壊滅していく。
「…………」
オレは、ニネミアさんではなく、ジンリンを見据えた。
「…………」
今までダメージを与えていたとはいえ、ファザースカルのHTはまだ九割ほど残っていたはずだ。
いくら水属性の弱点属性である土属性の魔法で攻撃したとしても、さすがに行き過ぎた攻撃力とも言える。
「モンスター……倒した……けど、リザルト情……報が出てこ……ない」
ニネミアさんの言葉に、ふと違和感を覚えた。
今対峙しているのは、ファザースカル一匹だけだ。
それを倒して、周りにオレたちを認識して攻撃を仕掛けてきているMOBの影はどこにもない。
本来ならばこの時点でリザルト画面が出てきてもおかしく……。
「……まさか?」
咄嗟に、泥の棘の影になっている、ファザースカルが投擲してきた自分の右手を見下ろした。
……カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ――。
右手は不気味な動きを始め、グッと地面をつかむや、それこそ飛び跳ねようとする蟋蟀のように骨を弾ませ、ニネミアさんを掴みかかった。
「っんニャロォッがァッ!」
今魔法盤を展開させるよりも、左手に持ったワイズを投擲したほうが早い。
咄嗟にぶん投げてみたけど、ファザースカルの手は、オレの手の大きさと然程変わらない。
的はちいさく、当たらなかったらどうしようかと考えている暇があったら、自分の幸運値を信じろといいたい。
「キャッ?」
ニネミアさんが身体をピクッとさせ、ちいさく悲鳴をあげた。
突然自分の背後に、俺が投げたワイズが、ファザースカルの右手の甲もろとも突き刺さったことにおどろいたのだろう。
◇経験値[4]取得しました。
ファザースカルの残骸を倒したことで、ようやくリザルト情報がポップされる。んっ? なんか経験値の数値に違和感。
「ジンリン、たしか経験値って、プレイヤーとのXbの差で決まるんじゃなかった?」
それを考えると、オレのXb[10]とニネミアさんのXb[19]を足して割った数値――[約15]と、モンスターのXbでもらえる経験値が決まる。
つまりは、本来なら[6/15=0.4]の計算になるはずだ。
それに本来なら二人パーティーとはいえ、モンスターが一匹というのもどうかと思うし。
「あぁ、お伝えしてませんでしたね。今日の、日付が変わるあたりに行われるアップデートで、モンスターとのレベルの差異による経験値計算は削除されたんです」
「――初耳なんだけど」
ギョッとした声をあげ、オレはジンリンを凝視する。
「知らないのは当然ですよ、アナウンスしてませんし」
何を当たり前なことを……と言った表情でジンリンはオレを見つめ返す。
普通するよね? 結構重大なことだと思うし。
「ですが、この処置はパーティーを組んでいる場合のみに適用されているので、ソロで攻略している人には何の役にも立ちませんけどね。それにこれはパーティーの数から比例して算出されているので同数か、それ以上の場合は今までどおりの計算になります」
ジンリンが言うには、今まで小数点以下だった数値を一桁に計算し直すといったものだ。
つまり、いままで蓄積されていた小数点での経験値の数値は削除されたとも言える。
ジンリンはそこまで説明してから、
「この前の、ゲリライベントでも似たようなことがあったと思いますけど……?」
首をかしげ、オレを見すえる。
「あっと、そういえばあの時もパーティーの人数の割にMOBが一匹しかポップされいない時があったな」
あの時からある程度テストプレイみたいなことはしていたのか。
それに、入りの良い経験値も、そのテストの産出物だったということにもなる。
「んっ? 一桁の数値が整数の場合における小数点は切り捨て?」
「いいえ、分けて足すみたいな形ですね。たとえばプレイヤーのパーティーレベルが[10]として、モンスター二匹の合計値が[12]とした場合、本来の計算では1.2となりますけど、もらえる経験値は[3]になるわけです」
プログラミング的に面倒な計算式だな。
さて、話を聞きながら、このまま北の沼地へと向かおうかとした時だった。
[ビコウさまからメッセージが届いています]
というアナウンスがポップされる。
「ビコウから?」
なんだろうかと、彼女からのメッセージを開いた。
◇送り主:ビコウ
◇件 名:わけがわからない。
・今日、ドゥルールさんにクリーズのことを聞こうと思っていたんだけど、まったくその時のことを覚えてない。
・しかも連絡しようにも彼がログインしていないからメッセージの返事もまだ着ていないのでなんともいえない状況。
・ただ、なんでか私のHDに録画した覚えのないNODの映像が保存されていて、保存された日付が今日の夜七時あたりになってる。録画していたことなんてまったく覚えがないし、聴取を終えてから録画が終わっているらしくて、それからなにをしてたのかまったく記憶にない。
・会話の証拠として録画していたんだと思うけど、こんな話をしていたなんてまったく記憶にないんですけど。
・シャミセンさんが言っていた、記憶が飛ぶみたいなことって本当だったんだなと今実感してる。
・どうしよう? さすがに恐怖どころの話じゃなくなってきた。
・あ、証拠の動画ファイルはとりあえずフチンに送っておきました。
という内容。メッセージの文体からして、めずらしくテンパっている様子だ。
ゲームの中だと、オレに対しては敬語口調なのだが、それがリアルでの口調も混じっている
「ドゥルールさんと会うって言っていたくせに、この反応はどうなんだ?」
「……その時の、ドゥルールさんからクリーズのことを聞いていた時の記憶が欠如しているってことでしょうか?」
オレの肩に腰を下ろし、メッセージモニターを覗き見していたジンリンが顎に手を添えて唸る。
「記憶の一部か……、でもその聴取を撮った動画は保存しているけど、本人はまったく撮った事自体覚えていないって書いてあるし……」
あれ、ちょっと待て?
ビコウも、オレやセイエイが経験した記憶の一部が欠除したという現象を経験している。
だが、それを録画していた時の映像は綺麗に残されていると、ビコウからのメッセージには記述されている。
「録画――、そういえばシャミセンさまとクリーズが決闘をしようとした時、それを見ていたプレイヤーの一人がそれを録画をしようとしてましたよ」
ジンリンの言葉に、オレは喉を鳴らした。
「それ本当か?」
聞き返すとジンリンはうなずいてみせる。
「ってことは――その時の状況が映像として遺されているってことだよな?」
「まぁそういう……」
ジンリンは言葉を噛み殺し、ジッと考え込みだした。
そして、ハッとした表情で、
「ちょっと待っていてください。すぐに戻ってきます」
そう告げると、ジンリンの双眸に光がなくなった。
「おーいジンリン……?」
「シャミセンさま、なにかお聞きしたいことはありますか? メニュー画面を呼び出したい場合は、親指と人差し指の指の腹をくっつけた状態で虚空に向かって指を広げてください。メニューを広げましたら項目をスライドさせ、F&Aの項目を指でタッチしてください」
呼びかけてみると、ジンリンは機械で編集された声色になっており、本来の彼女の声とはまったく違っていた。
完全にF&Aに応えるだけのサポートフェアリーになっている。
「ジンリン……どうか……した?」
ニネミアさんが言葉を詰まらせる。いや、彼女の口調からしてそうなのか判断しかねないが、それでも心配している雰囲気ではある。
「オレがクリーズと決闘しているのを他のプレイヤーが録画しているかもしれないってことを思い出してから突然出て行って――、その録画された映像に……それを仕掛けた奴が映されているかもしれないってことか――」
オレとセイエイの記憶から欠如している部分が映されているかもしれないってことだ。
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