第189話・二面相とのこと


 ドゥルールさんからクリーズのことをたずねられた後、街からフィールドに出てはみたものの、さてこれからどうしようか。

 特に予定もなにもないし、かと言ってフィールドクエストに挑戦しようと思っても、そのアナウンスをまったく受けていない状態だ。

 なにか特殊な、トリガー的なものにまだ遭遇していないのかもしれない。

 [エメラルド・シティ]に転移魔法で飛んで行くのもいいが、ちょっと気になることがあった。


「おーい、ジンリン?」


 呼びかけては見たもののまったく反応なし。

 こっちにはいないってことか。


「ビコウは用事があるって言ってまだ家に帰ってないだろうし、かと言って誰か誘うってわけにも――」


 どうするかなぁと考えていると、


「あれ? こんなところに珍しい人がいる」


 オレを覗きこむようにメイゲツとセイフウが声をかけてきた。


「っと、昨夜は大丈夫だった?」


「大丈夫でした。それに他に同じような人がいましたけど、クエスト失敗しても体に異常があったというわけではなかったみたいですよ」


 それはよかった。オレの考え過ぎか。


「それよりどうしたんですか? さっきから妙に落ち着きがありませんけど」


 傍から見るとソワソワしていたらしい。


「えっと、二人はあれからログインはしなかったの?」


「時間が時間でしたからね。クエストクリアしてからすぐ宿屋に戻ってログアウトしました」


 ということは、オレやセイエイがどうなったのかは知らないってことになるな。


「それからクエストの件ですけど、やっぱり報酬みたいなものはありませんでしたね」


「それって骨売り損のくたびれもうけじゃないか」


 あんだけ頑張って、もらえたのは経験値とレベルアップ。

 後はクエストに必要となる[ウィロードッグのカード]。

 カードを調べてみたが、説明文にはなにも書かれていない。



「で、二人はこれからどうするの?」


「テレポートでエメラルド・シティに戻ってから、レベル上げをしたいなと思ってます」


 なら誘うわけにもいかないか……。


「お時間がよろしければシャミセンさんもどうですか?」


「いいの?」


「「はい」」


 双子から同時に誘われた。まぁ誘われた以上断る理由なんてないんだけどね。


「そういえば、二人って掲示板とか見るの?」


「ゲームのですか? NODはクエストとかドロップ情報はネタバレ扱いにされていてほとんど読めたものじゃないですけど、星天遊戯のほうはよく利用してますね」


「それがどうかしましたか?」


 それぞれ違う言葉を返されたが、双子は挙って首をかしげた。


「……いや、ちょっと聞いてみただけ」


 まだ第二フィールドで、フィールドクエストをクリアしていないから、オレのフレンドはまだ誰も第三フィールドにいけてないんだよな。


「あぁ、でもちょっと気になるものはありましたよ」


 セイフウが、思い出したような仕草を見せた。


「なに?」


「っとですね、シャミセンさんがロリコンだっている事実が書かれてました」


「あらそうですか」


 今更って話なんだよなぁ。周りがそう見ているだけでオレはロリコンじゃないし。


「否定しないあたり納得しないでください」


「だから違うって言ってるでしょ」


 メイゲツがオレを睨みながら、セイフウを小突く。


「こぉら」


 その行為に、オレはすこし叱った。

 別にセイフウが悪いコト言ってるわけじゃないし、書き込んだやつがそう見えただけでしょ?


「そりゃ小学生とか中学生と一緒に仲睦まじくプレイしてるとそう見えるだろうさ。仮に違う人が似たような状況だったとしても、オレだってそう思う」


「それ認めてません?」


「あくまで仮にだ。たとえば女子小学生にスポーツを教えている高校生がいたとして、その子たちがどんなに可愛くあどけない天使のようなものだとしても、教える立場としてはあくまで教えているのであって、少女たちと仲良くしたいとは思ってないんじゃないか?」


「あれ? それだと私たちもそういう風に思われていたんですか?」


 メイゲツが、不服そうな目でオレを睨む。

 はて、なにかまずいことでも言っただろうか?



「それはあくまで教える立場としてだ。その子たちが恋愛対象だとしたら依怙贔屓してしまうだろうし」


「それもなんか納得がいきませんけど」


 今度はセイフウが、ちいさく頬をふくらませた。

 オレは君たちが不貞腐れたような声なのが納得いきませんがね。


「まぁ最悪セクハラコードでシャミセンさんを垢バンにすることくらい簡単ですけどね」


 なにを思ったか、セイフウがオレに脅迫してきた。


「いつぞや、セイエイさんの裸を見てるのにアカウント停止喰らわなかったじゃないですか」


「あれは不可抗力とセイエイがオレに裸を見られても然程テンパっていなかったからな」


 どっちかといえば、あの時はオレのほうが被害者側だと思うんですけどね。



 §



「あぁもうっ! ワンシア邪魔しないでっ!」


 氷の槍を躱され、不満気に声を張るメイゲツを、


「くくく、速さが足りませぬ」


 と、ワンシアがからかうような声で挑発する。


「メイゲツッ! 二人で連携っ! わたしがワンシアの動きを遅くするから――」


「お二人とも、作戦というものは相手に聞こえないことが大前提でございますよ」


 双子から聞いたことなのだが、オレと同じで今日は夕方から用事があってほとんどログインできないらしい。

 この時間、珍しくオレがログインしていたので見に来たんだとか。

 ただ会ってみたはいいものの、レベル上げする時間もあまりないようだった。

 しかたがないので二対一の変則デュエルをやっているのだ。

 ワンシア使っているのに二対一はおかしいだろうって?

 いやいやテイマーは召喚獣とHTを共有しているから、実質二対一なのよ。


「さてオレもそろそろ――」


「シャミセンさんが出てくると、余計やり難いんですけど?」


 セイフウがオレに向かって一本の弓矢を放ってきた。

 オレはそれを軽々と避けていく。


「だぁもうっ! だからなんで避けるんですかぁ?」


 ぎゃあぎゃあ喚くな。軌道が読まれたらなんの意味もないでしょ?



「奇襲あってこその弓矢でしょ?」


 パチンと指を鳴らす。


「ゴォッ!」


 ワンシアがセイフウを狙い定め、口元から火槍を放つ。


「セイフウッ!」


「――っ!」


 間一髪、メイゲツの声でセイフウは火槍を避けた。


「――避けたとか思うなよ」


 オレは魔法盤を取り出し、魔法文字を展開させる。



 【NIFLNFXM】



 スタッフを地面に向けると、生い茂った草がゆっくりと凍っていき、一面が氷結した。


「わっ? ととととと」


 突然のことで対処できず、双子はすってんころりと派手に転んだ。


「いったぁ……――っ!」


 バンッと、今日は珍しく一回り大きく成長している狐姿のワンシアが、セイフウの両肩を前足で押さえ、マウントポジションを取っていた。


「魔法盤展開っ!」


 メイゲツが魔法盤を取り出し、セイフウを助けようと魔法文字を展開させようとしたが……、


「グルルルル」


 低い唸り声を上げながら、ワンシアの裂けた口元から滴り落ちるよだれ。


「…………っ」


 普段見せないワンシアの獣の本性に、セイフウは顔を青ざめているようだ。

 まぁ普段は見せないようにって言ってるけど、この子肉食動物よ。

 気品な性格だから彼女自身もあんまり見せないのだが、獣の生肉をあげた時のがっつきぶりときたら、飼い主のオレですら危険だと思ってしまう。

 それが見えているのか、メイゲツは魔法盤を取り出してはいたが、魔法文字を展開させようか迷っているようだった。


「うぅっ……」


 恨めしそうにオレを見上げているセイフウ。動きたくても動けないな。氷の上でもワンシアは爪でいくらか体勢を修正できるが、人間ではそういうことはできない。


「うぅぐぅっ」


 なんとか逃げようと、セイフウはズリズリと身体を揺すったりするが、


「やめとけやめとけ、余計ワンシアの爪が食い込むぞ」


「そうですよ、それに地面は凍りついていて、思うように動けな……」


 ワンシアの言葉が止まった。

 セイフウが自分の足をワンシアの身体に絡ませている。

 逃げることよりも、捕まえるほうを選んだか。


「捕まえたっ!」


 セイフウはそのままゴロリと身体を転がせると、二人は逆転した。


「魔法盤……」


 コツ……と、セイフウの頭にスタッフの先をつける。


「…………」


「勝ったと思うな、思えば負けよ」


「それって、普通は負けると思えば……じゃないんですか?」


 振り向きはしなかったが、声からしてセイフウは焦りを見せているようだ。

 状況はセイフウが有利になったのではなく、むしろ逆――悪化の一行を辿っていた。


「いやいや、人生の先輩からの餞別な。勝ったと思った時こそ緊張しろ。それ以上なにも起きないと確信した時が勝ちなんだよ」


 チラリとオレを見るセイフウ。


「セイフウッ! 視線をワンシアから離さないでっ!」


 メイゲツがそう教えたが、


「ゴホォッ?」


 ワンシアの火槍がセイフウの喉を穿った。



 ◇ゲーム・ウォン・バイ・[シャミセン]



 急所を射られたセイフウのHTが全壊し、双子の負けが確定したのだ。

 デスペナ形式のゲームではないので、HTが全壊してもゲームが終わればすぐに回復される。


「はぁ、なんでシャミセンさんとデュエルするといっつも負けるかなぁ」


 地面に座り込み、膝小僧に顔を埋めるセイフウは、ジッとオレを見上げながら、口を尖らせている。


「愚痴りなさんな愚痴りなさんな」


「愚痴りたくもなりますよ。シャミセンさんってワンシアにちっとも命令とかしませんでしたよね?」


君主ジュンチュと妾は一心同体。以心伝心を極めてますからね」


 凛とした声でなにを言うか。


「そう判断したのはワンシアだろうが」


「…………」


「っと、メイゲツ、ちょっとこっち来い」


 ちょいちょいとメイゲツをオレの方へと呼び寄せる。


「……っ、なんですか?」


 うむ、彼女も彼女で納得のいかない負け方だったらしい。

 本来なら以心伝心こそ双子である彼女たちの専売特許なのはずなのだが、それがあまり働かなかったことに、メイゲツの不満気な顔が物語っている。


「今のは良い判断だった」


 メイゲツの頭を撫でる。


「でも、私セイフウを助けることできませんでしたよ?」


「いいえ、メイゲツさまの判断は悪くなかったと思います。もし君主ジュンチュが同じ状況だったとしたら、妾も下手に手を出してしまっては余計に状況が悪くなると思われますし、なにより魔法文字を展開しているあいだ、君主ジュンチュならスタッフの先でセイフウさまの喉を刺していたでしょうから」


 説明を聞きながら、双子はオレを見据えた。


「ちなみに、セイエイの場合は問答無用でワンシアの横っ腹をスタッフで刺していただろうけどな」


 あの娘の場合、こと戦闘になれば、どんな相手であろうと問答無用だろうけどな。



「わたし、そんな酷いことしない」


 納得がいかないような、そういう声が聞こえ、そちらに目をやった。


「っと、セイエイもログインしてきたのか」


 そうたずねると、初心者用の、最初にもらえる法衣ローブを纏ったままのセイエイはうなずいてみせた。


「テレポートで三人がいるところに来てみたら、ちょうどワンシアがセイフウを抑えこんでるところだった」


 中腰になったセイエイが、ワンシアの顔や頭を撫でながら言う。

 扱いにというよりは、セイエイの手触りが気持ちいいのか、ワンシアの目が細くなっている。


「あっと、じゃぁどういうふうに倒すんですか?」


「うーんと、今さっきのセイフウと同じ状況だったら……片足をワンシアの股に忍ばせて、左右どっちかの股関節を破壊して、わたしから離れて動けなくなったところで喉元を手刀で破壊してから隙ができた腹部に掌底か貫手。完全に動けなくなったら魔法文字でトドメを刺す」


「「そっちのほうが酷くないですかぁ?」」


 淡々とシチュエーションを説明するセイエイに対して、双子が同時にツッコミを入れる。

 うん、オレも今のはさすがに想像してなかった。

 言われた当のセイエイは「そう?」といった、キョトンとした目を浮かべていた。


「あわわわわわわ……」


 しかも云われているワンシアの顔は青褪めているし。



 時間を確認してみると、午後四時四〇分を過ぎていた。


「っと、アブねぇっ! そろそろログアウトしないとバイト遅刻するわ」


「んっ? シャミセン今日アルバイト?」


「あぁ、まぁビコウも今日はシフトが入ってるからな」


「私たちも夕方から出かける予定があるので」


 双子がそう付け加えると、こころなしか、セイエイの表情に陰りが見えた。


「うん……わかっ……」


 ポンッと、セイエイの頭に手を添える。

 突然頭を撫でられ、セイエイはキョトンとした目でオレを見上げた。


「誰にでも約束がある。お前だって誰かと約束をしていることだってあるだろ? それでいちいち気に病んでたら人付き合いなんてできないぞ」


「それはわかってるし、気にしてない」


 うん。それだけ聞ければじゅうぶん。

 誰かフレンドがログインしてくれればいいけど、まぁ高望み過ぎか。



「あっと、まぁセイエイたちにも言ったほうがいいか」


「どうかしたんですか?」


「いや、ログインした時にドゥルールっていう、ほら、クリーズと一緒にいたプレイヤーがオレに声をかけてきたんだけどな」


「ドゥルールさん、なにかシャミセンに聞いてきたの?」


 なんだろうか、セイエイの声に怒りを感じるんだけど。


「いやなぁ、クリーズがログインしているのにまったく反応がないらしいんだよ」


「それっておかしくないですか? たしか寝落ちをしたらログアウトされる仕様でしたよね?」


 セイフウがいぶかしげな目でオレに聞き返した。


「オレに聞かれてもなぁ」


 しかし、ログインしているのに反応がないってのは、やっぱりおかしいよな。うん、なんか嫌な予感が――。



「くけけけけけけ……」


 誰かが醜い声で嘲笑った。


「…………っ」


 周りを見渡したが、双子やセイエイがそんな笑い方をするとはおもえない。

 かと言って、周りのプレイヤーがオレに向かって嗤うような、そんなことをした覚えなんてない。


「シャミセンさん、どうかしたんですか?」


「あ、いや……なんでもない」


 三人と一匹が挙って、オレを見つめていた。

 その目はおどろきとオレを案じた色。


「うん、気のせいだ。大丈夫、ただのオレの気のせいだから」


 そんな彼女たちの気持ちに、オレは空元気な声で返した。


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