第188話・根幹とのこと


「昨日の晩、恋華とフィールドに出てテイムモンスターのレベル上げをしていた時の記憶が……ない?」


 大学の講義を聞きながら、オレの隣に座っている星藍が、「なにを云ってるんだか」

 と、怪訝な表情でオレを横目で見ていた。

 顔は講習を進めている講師のほうへと向けられている。


「セイエイにも一応聞いてみたんだけどな。キョトンとした顔で返された」


「あぁだから今日の朝、妙に苛立ってたのか」


 星藍はためいきをつく。


「あの子、怒られたりしても、それが納得できれば結構あっけらかんというか、あまりあとにはひきずらない性格なんだけど、逆に意味がわからないことになると声に苛立ちがあるのよ」


「その理由を聞いたのか?」


「ええ。本人から、本当ならシュエットさんのところで破れた法衣の修繕の依頼をしてログアウトしたかったみたいだけど」


 たしかに、恋華にしてみれば珍しく完全に午前様になっていたからなぁ。

 まぁ、オレが気付いたのがその時間になろうとしていた時だったからだけど。



「それで、流凪ちゃんが妊娠したって話だけど……」


「おっ、なんだ? 誰が妊娠したって?」


 話が聞こえていたのか、もしくは寝ていたのか、オレや星藍の後ろのテーブルに座っていた鉄門がたずねてきた。


「いや、昨夜NODでとんでもないゲリラクエストがあってさ。メイゲツがそれに巻き込まれたんだよ」


 オレは、その時のことを鉄門に教えた。

 ……もちろん[サイレント・ノーツ]に登場したスィームルグのことに関しても。


「それってつまりお前のギアにデータが入っていたってことになるんじゃないのか?」


「そうなんだろうかねぇ?」


 まぁ流凪ちゃん……もといメイゲツが妊娠みたいなエフェクトを食らったことに関しては、多分大人の対応といったところか、鉄門はあくまでゲームの中でのことだろうと考えているようで、掘り返すようなことはしなかった。


「でも、聞けば聞くほど妙な話よね? わたしは実際ゲームの中で見ているし、恋華も昨夜わたしがバイトから帰ってきて、兄が家にいないことをいいコトに、煌乃くんが見せたスィームルグのことで夜中の一時くらいまで話し込んじゃったから」


 オレ自身、どうしてそんなのがデータにあるのかがわからない。


「それと……花愛にも漣のことが知られた」


「花愛って、お前の従妹だっけ? たしかあの子漣のこと慕っていたよな?」


 同じゲーム好きだからってのもあったんだろうな。

 オレの家に遊びに来た時、漣が一緒だと、部屋の主であるオレよりふたりで話す時のほうが多かったし。

 ――漣の葬式で一番泣いてたのも……花愛だったんだよな。


「でもこういうのはアレだけどさ、漣さんって恵まれている気がするよ」


 星藍の言葉に、オレはなにも言い返せなかった。


「理由が曖昧なことに変わりがないけど、投身自殺したことには変わりない。これがもしもさ恋華だったらって思うと遣り切れないんだよ」


 星藍は表情を俯かせる。


「今はもう、香憐っていうなんでも話せるような友だちができたし、今の学校ではイジメに遭っていないみたいだからね」


「他の子がイジメられているみたいなことはないのか?」


「あるにはあるだろうね。あくまで恋華が標的にされていないだけで……あ、だからといって傍観者にはなってないわよ。あの子それだけは絶対したくないみたいだから」


 イジメらていた子が反発としてイジメる側にまわるみたいなことはよくあるが、多分恋華の性格からしてそれはなかったんだろうな。

 目の前で話をしている星藍もイジメられていたがイジメる側にはなっていないみたいなことを彼女から聞いているし、まぁそれが本当なのかどうかはわからないけど……。


「テレビのコメンテーターが云ってたんだけどな、イジメの加害者になることよりも、それを知っていてなにもしない傍観者のほうがたちが悪いそうだ」


 鉄門の言葉どおりだと思った。

 クラスメイトよりもまず教師が見知らぬ振りしていることのほうが問題視されているしな。

 以前星天遊戯の時、テンポウがプレイヤーに理不尽なことで喧嘩を売られていた時も、セイエイは状況を聞くよりも先にテンポウに声をかけていた。

 多分だけど、彼女はそうして欲しかったんじゃないかと勝手な想像をする。



「それで、やっぱり思い出せない?」


 星藍は、オレにもう一度昨夜記憶が欠如している部分を聞いてきたが、オレは頭を振った。


「まったく、レベルも上がっているわけじゃなかったからな」


 場所が場所だけに、どちらかと言えばセイエイがヤンイェンの戦闘経験の熟練値を上げるような感じだった……ということにしている。


「まぁ、でもなにも覚えていないってのはどうかしらね」


「それに関してはなんとも」


 うぅむ、なんかこう喉に魚の骨が刺さったみたいな、取れそうで取れないこの苛立ち。

 早々に解決できないとなぁ…………――――



 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡



 シャミセンに、クリーズのギア情報を調べてほしいとお願いされたジンリンは、電子の海に沈んでいた。

 その海は[0]と[1]が乱立しており、それが電子の世界であることを物語っている。

 電子の技術がどれだけ発達してこようと、結局は二進法の世界でしかない。

 色コードやゲームのパラメーター、画像ファイルなどは十六進数として処理されているが、十六進数一文字は0から9。次にAからFまでの英数字[16]を一桁とされる。

 それを二進法として整理すると四桁で済むため、見た目は分かり難いがコンピューター上処理がし易い状態になるのである。



 0101 0101 0101 0011 0100 0101

 0101 0010 0100 1110 0100 0001

 0100 1101 0100 0101 1000 0001

 0100 0110 1000 1001 0111 1100

 1001 0110 0111 1011 1000 1111

 1000 0011 1000 1000 1110 1010



 クリーズのVRギアから情報が提供されている[0]と[1]の乱立を見つけ、視線をある場所に向ける。

 [0]と[1]の乱立に赤いラインが重なるように現れ、視線を流していくとそれに沿って数値を塗っていく。


「ライン上の二進数を、十六進数二桁をひとつとして変換」


 赤く表示された二進数は読み込みやすいよう、十六進数二桁へと変換されていく。



 55 53 45 52 4E 41 4D 45 81 46 89 7C 96 7B 8F 83 88 EA



 合計十九組の十六進数が表示されていく。


「それをバイト文字に変換」


 十九組の十六進数はテキスト文字として処理される1バイト文字(半角数字)と2バイト文字(全角数字)へと変換される。


[USERNAME:榎本純一]


 そこに表示されたのは、クリーズが使用しているVRギアの所有者である榎本純一の名前が表示された。



「彼の脳波の状態は……」


 ジンリンはVRギアが読み込んでいる榎本純一の脳波状態を示している二進数を調べていく。

 そしてそれを先ほどと同様に十六進数二桁は1バイトとなるが……、



 6C 69 66 65 20 74 6F 20 64 65 61 64 6C 69 6E 65



 その1バイト文字を読み込んでいくに連れ、ジンリンの表情は焦りが見え始めていた。


「life to deadline……?」


 生死を彷徨う……そうとも取れるその表記。

 本来ならばVRギアが危険を察知し、強制ログアウトされるようシステムが発動される。

 だが、今なおクリーズのギアから情報が提供されている。


「――これはいったいどういう……」


 簡単な部分ならば読み込むことができるが、ことプログラミングとして複雑化された文字数ともなれば、読み込むことに時間がかかる。



「おい、ジンリン……戻ってこいっ!」


 シャミセンの怒鳴り声が聞こえ、


「あふぅふぁぁっっ?」


 ジンリンはその怒声にオドロキ、慌てふためく。


「もしかしてなにかむこうで起きている?」


 周りは[0]と[1]の渦で構築されており、声が聞こえたのは、彼女がシャミセンのVRギアとNOD運営が管理しているサーバーを行き来できる状態にあったからだ。

 ジンリンはもう一度クリーズの状態情報の波を見つめる。


「……こんなこと一度も――」


 ある箇所を見つめる。そこはクリーズが所有している魔法文字のステータス表記であった。



 59 47 49 4D 4C 4B 48 4E 4F

 45 58 4A 51 5A 54 53 56 43

 57 44 42 41 55 52 50



 合計二五文字の半角英数。

 処理される魔法文字を処置していない場合、その文字が表記されないようシステムとして処理される。

 しかしクリーズが所有している魔法文字のデータでは、使用可能となる魔法文字が二五文字すべて所有している状態として処理されていた。



 ジンリンはそれがあまりにも不釣り合いだと思った。

 シャミセンを通してみたプレイヤーですべての魔法文字を所有しているのはレスファウルのみだった。

 レスファウルのアカウントデータを調べたが、しっかりと手に入れた日時が表記されており、不正を働いていないことは実証済となっている。

 しかし――クリーズに至っては、魔法文字の取得日時がデタラメなのである。


「一九七〇年一月二日って……」


 どう考えてもおかしい。本来ならば最低でも二〇二〇年から始まるはずだが、それがどうして不正アカウントとしてではなく、通常アカウントとして処理されているのか……。



 6C 6F 67 69 6E 74 69 6D 65 3A 32 35 3A 34 32



 十六進数二桁をひとつとして処理し、それを見やすいよう、2バイトの、人が読むことができる英数字に変換させると、[logintime:25:42]と表示された。


「ログイン時間が二五時間オーバー?」


 ログイン時間は一度ログアウトするとリセットされる。

 もちろん累計ログイン時間は処理されるが、三桁からとなっており、二五時間も脳が働いていることは若さゆえに可能ではあるが、それでも睡魔を読み込まないということはない。


「ログアウトを催促する情報ポップの提供もない……」


 脳波を感知するVRギアのシステムが、ユーザーの脳波に発せられるα波を読み込み、覚醒状態が睡眠に近いほど睡眠を取るよう催促される。

 その通知はおおよそ十八時間となっているが、それをゆうに超えてなお催促が送られていない。

 調べれば調べるほど不審な点が多いクリーズのアカウントデータに、ジンリンは物言わぬ恐怖を覚える。

 だがそれよりも……、


「…………」


 誰かが自分を監視しているようなそういう視線をジンリンは感じ取っていた。


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