第149話・愚劣とのこと


 パーティーレベルを見て、経験値にさほど期待できないことがわかった。

 一匹のモンスターのXbが8以上か、群れでも合計でそれに等しくなければいけない。

 いちおう第二フィールドは最低が3なのだけど、もし3+3の二匹では、もらえる経験値は小数点以下。そこにXb4が含まれていても結果小数点以下に変わりはない。

 最大値の四匹でも全部が3だともらえる経験値は4で、増えはするけど分が悪い。

 かといって、高いXbの群れでは、おそらく力負けしてしまうだろう。

 ここは一匹でXbの高いモンスターが出てくることを期待しましょう。



 オレとハウルは魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。



 【CDJJZQ】



 オレとハウルの頭上に、[召喚SUMMON]を意味する魔法文字が展開されていく。

 それぞれの足元に六芒星の魔法陣が現れ、仔狐と黒狼が姿を表していく。


「んっ? ハウル、もしかして同じこと考えてない?」


「煌兄ちゃんも、探索スキルでモンスター探そうとしてた?」


 思ったこと言われた。まぁチルルも同じスキル持ってるからいいんだけどね。

 オレはワンシアに、ハウルはチルルにと、モンスターの探索をさせようとした時だった。


「あれ? 魔獣をやってたハウルはわかるけど、煌くんも召喚獣使えるの?」


 メディウムが首をかしげた。

 それでもなんとなくだが、納得していない様子ではある。


「でも友達から聞いたけど、魔獣はコンバートできないはずじゃ」


「あ、私は魔獣から星天にコンバートして、そこからNODにコンバートしてるんだよ」


 ハウルがそう説明するが、


「それじゃぁ煌くんはなんなの?」


「オレも星天からコンバートしてるからね」


「……まぁいいわ。それでその二匹をどうするの?」


 説明を聞くのに飽きたのか、話題を変えるメディウム。

 とりま、モンスターの探索だ。



 ♯



 モンスター探索を初めて二分弱。

「ワンッ!」

 とチルルが吠えた。どうやらモンスターを見つけたようだ。

 それを合図に、オレの目の前にモンスターがポップアップされた。



 ◇ジャガー・ペイン/Xb10/属性【火】

 ◇ズーフィリア/Xb4/属性【火】

 ◇グリード/Xb5/属性【闇】

 ◇エクスクレモン/Xb6/属性【水】



 モンスターのパーティーレベルは合計で[25]か。



 さて、モンスターの説明をさせてもらうと、ジャガー・ペインは黒豹にスプラッターな雰囲気。今もぼたぼたと血が滴り落ちてるし、どうも腸が見えてる。


「うぅわぁ……」


 ハウルがマジで嫌そうな表情を見せてる。そう言えば怖いやつって嫌いだったんだよなぁ。

 小学生か中学あたりまでしか知らないから、歳相応に慣れてるかと思ったけど、やっぱり嫌いなものは嫌いってことね。



 ズーフィリアは梅紫色の毛をした仔馬のモンスター。

 鋭い眼光でオレたちを見ていて、好戦的だということが目に見えるのだけど、なんか視線の先が下の方に行ってるのが気になる。


「んぐっ? 君主ジュンチュ、なんかさっきからあのモンスターが妾を凝視注視熟視監視しておるのですが?」


 オレの足元にいる仔狐形態のワンシアが、それこそ引っ込むような形でオレの足に擦り寄っている。


「アウゥゥゥ……」


 チルルも似たように、ハウルの足に擦り寄っていた。


「ハウル、ズーフィリアってどんな意味か知ってる?」


 メディウムにそう聞かれ、ハウルは首をかしげる。


「えっと、どういう意味?」


「それ以上はやめろ」


 っていうか、もしその言葉通り、そういう意味での設定だとしたら、運営に文句があるんだけど。


「えっ? なに? 煌兄ちゃんも知ってるの?」


「むしろ、知らないほうがいいぞ」


 と、オレが言うが先に、ハウルの顔が赤らめていた。

 その近くにはメディウムが耳打ちするように、唇をハウルの耳に添えている。



「おいこらまて。知らぬが仏って言葉があるんだけど?」


「知らぬは一生の恥って言葉もあるわよ」


 言葉の意味が違うわ。っていうか知らなくても恥じゃねぇよ。むしろ知らないほうが幸せだよ。


「高校一年生になんつぅこと吹き込んでんだよ」


「あ、だ、だいじょうぶ。おどろいただけだから。うん。そう云う意味なんだ」


 ハウルは平然を装っているんだろうけど、全然できてない。


「とりあえず、ワンシアとチルルは後退してサポートに回ってくれ」


「御意っ!」「ワンッ!」


 二匹が似たような声色で吠えると、それぞれオレとハウルのうしろへとまわった。



 グリードはマントを羽織った幻影ファントム系のモンスターのようなのだが、あまりこちらへと攻撃を仕掛ける気配がない。

 それがなんとなく不気味だ。

 んで最後。エクスクレモンという大ネズミのようなモンスター。


「うぅ……」


 ふとワンシアのほうに視線を落とすと、彼女は両前足で鼻を抑えていた。


「どうかしたか?」


「不快な臭いがします。早々にやつを倒すことをおすすめします」


 なんか命令された。別にどれから倒してもいい気がするけど。


「それでしたら、妾のステータスを見たほうがいいですよ?」


「んっ? どういうこと」


「見ればわかります」


 モンスターはモンスターで自分のステータスを確認できるんだろうな。

 さて、言われたとおりワンシアのステータスを確認してみると……。



 ◇テイムネーム【ワンシア】 ◇属性/【木】

 ◇モンスターネーム【フ・チュアン・シャンマオ】

 ◇テイムマスター【シャミセン】


 ◇Xb3

 ◇HT:27/27 ◇JT:76/76

   ・【CWV:6】

   ・【BNW:9】

   ・【MFU:6】*

   ・【YKN:8】*

   ・【NQW:19】

   ・【XDE:9】



 えっ? なにこれ?

 一部のステータスが赤くなっており、数値が下がっている。

 下がっているのはMFUとYKN。おおむね30%くらい。

 それに釣られてなのか、BNWとNQWも減少していた。


「おそらくですが、あのエクスクレモンとかいうネズミのモンスタースキルだと思われます」


 あれ? ジンリンからそういうのはボス系にしかないって言われたんだけど。


「いえ、あれは技というよりは体質にそういう効果があるのではないでしょうか」


 あぁ、なるほどね。エクスクレモンって、溝鼠ドブネズミっぽくて、近付いたら臭そうだもんなぁ。

 チルルとワンシアはどちらもイヌ科の動物だから、臭いがダイレクトに来ていてステータス異常を発しているのだろう。

 今は低いステータスだからまだいいけど、これが後々高いステータスになると30%の減少は意外に厳しいかもしれない。

 これは早々に倒したほうがいいかもしれん。

 っと、いちおうハウルにも教えておこう。



「魔法盤展開っ!」


 教えるやいなや、ハウルは魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。



 【WFJTFCW】



 完成させた魔法文字は[突風TEMPEST]。

 それをエクスクレモンに集中砲火ならぬ集中暴風。

 ダメージは? HTを確認すると弱点属性による補正も入って、三割減少。


「ワンシア、[咆哮ハウリング]ッ!」


 ワンシアのスキルでモンスターの動きを止める。

 ただし、Xbに差がありすぎたのか、動きを止められたのはズーフィリアとグリードだけ。

 残りのエクスクレモンとジャガー・ペインには効果が出ていない。


「魔法盤展開っ!」


 オレは右手に魔法盤と取り出し、ダイアルを回していく。



 【NINIXF】



 氷柱をできるかぎり作り上げ、それをジャガー・ペインにぶつける。

 弱点属性だけど、ダメージがどれだけはいるか。

 氷柱がジャガー・ペインを貫く寸前、それこそ氷は融けて消えた。


「あらぁ?」


 もしかして、こいつも体質による効果があるってこと?

 そのジャガー・ペインは敏捷を活かし、ハウルに攻撃を仕掛けてきた。



「くそっ!」


 魔法盤のダイアルを回し、左手をハウルに差し伸べる。



 【YTZVW】



 魔法文字が展開されると、オレの左手が光ると同時に、ハウルはグイッと、見えない手でカラダを引っ張られた。


「きゃっ?」


 あ、引っ張るのはいいとして、勢い任せにやってしまったら、


「おわたぁっ?」


 そりゃぁオレが受け身を取れないやね。

 ハウルがオレに覆い被さるかたちで、二人して倒れこんでしまった。


「ちょ、なにやってるの?」


 あきれた声でメディウムがオレとハウルに視線を向けていた。


「あいたたた……、大丈夫かハウル」


 二人して起き上がると、オレはハウルにそうたずねた。


「う、うん。大丈夫。ありがとうね。助けてくれて」


 どういたしまして。というか降りてほしい。

 しかしジャガー・ペインとハウルは結構離れていたのに、ホント一蹴でレッドまで来てたな。

 そのジャガー・ペインはヒット&アウェイのスタイルなのか、攻撃に失敗したとわかるや、パッと間合いをイエローのところまで下がった。

 こいつ、意外にできそうだな。



「魔法盤展開っ!」


 メディウムが声を上げると同時に、左手を魔法盤のダイアルに合わせる。



 【CHNQNQK AHNT】



 長い魔法文字が展開されていき、メディウムのワイズが光の鞭へと変化する。


「はっ!」


 メディウムは覇気を見せるや、パッと飛び出し、グリードへと攻撃をしかける。

 見た目からして光属性であろうその武器は、グリードにダメージを与える。


「チルルっ! [魔弾]」


 ハウルの指示で、チルルは口元から火属性の魔法弾を繰り出す。

 その弾は弱点属性であるエクスクレモンへと向けられ、一割ほどダメージを与えられた。



 【YSDY MYKKFV】



 オレは魔法盤のダイアルを回し、魔法文字を展開させる。

 水属性の短剣ダガーを作り上げ、それをズーフィリアに向けて投擲。

 これなら氷じゃないから、体質で融けるようなことはないはず。

 ズーフィリアは避けようとしたみたいだが、ダガーの刀身は眉間を射抜いた。

 弱点属性だったがダメージは二割与えられたかどうか。

 やはりモンスターはプレイヤーとXbが一緒でも、すこしばかり強く設定されている気がする。



「えずいことするわね」


「煌兄ちゃん、それホント偶然なの?」


 短剣がズーフィリアの眉間を射抜いたことに対して、従姉妹二人がなんか文句言ってきた。


「別に狙ってるわけじゃないのになぁ」


 オレはちらりとワンシアを見る。


「あ、あははは……」


 オレの視線から逸らすように顔を背けるワンシアは苦笑を見せた。


「ワウゥッ!」


 チルルが吠える。気を抜くなってことか。


「っ! ふたりとも魔法反射の魔法とか持ってない?」


 メディウムが狼狽えたような声で、オレとハウルにそう聞いてきた。


「なぁら、くそっ!」


 急いでダイアルを回す。



 【JNVYKF】



 以前ビコウから教えてもらった[蜃気楼MIRAGE]の効果で、自分の身代わりを作り上げ、できるかぎりモンスターの群れとの間合いを広げる。

 蜃気楼の効果で自分のHTが計算上7%の数値で減少していた。


「あ、そういえばハウルはなんで使えるの?」


「この前セイフウちゃんから教えてもらった」


 あ、なるほどね。と、納得した瞬間だった。



 ゴオッ!

 地響きと轟音とともに、オレの視界が赫々に染まり、激しい火柱がオレとハウルの身代わりを飲み込んだ。


「えっ? なにこれ?」


 発射されたと思われる方向に目を向けると、ジャガー・ペインが口を大きくひろげて佇んでいた。

 というかいきなりで、しかも魔法文字の展開が全然なかったんだけど?


「あ、Xb10あたりのモンスターはヒントなしだって聞いたことあるわよ」


 メディウムからそう言われ、オレとハウルは唖然とした表情で彼女を見やった。


「しかも、モンスターを見てないと攻撃のタイミングが分からなかったりするしね」


 星天の場合、一撃死するほどの強力な攻撃を受ける寸前、アラームで危険を教えてくれるのだが、メディウムやチルルが気づかなかったら多分飲み込まれて死んでたな。

 この戦闘が終わったら、チルルの身体を思う存分撫で回してやろう。



 それはそうと、さっきから気になっていたんだが、


「グリードって、どんな攻撃を――」


 そっちに視線を向けると、グリードに魔法のエフェクトが入っているのか、紫色のオーラが身体を包み込んでいる。


「みんな耳をふさいでっ!」


 メディウムの叫びをかき消すように、


「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼」


 グリードの阿鼻叫喚とも取れる咆哮が周囲に響き渡っった。



「ぐぅぬぅっ?」


 あまりの大音量に、オレだけじゃなく、ハウルやメディウム、チルルとワンシアが地面に倒れ込む。

 HTが徐々に減っていく。もしかしてダメージ判定もあるってことか?

 しかも、ワンシアやチルルが使える[咆哮ハウリング]と同じく、相手をスタン状態にさせ……、

 ――いや? ちょっと待て! この状態だと――。

 視線をジャガー・ペインに向けると、攻撃力増加と思われるエフェクトが身体を包み込んでいた。


『くそっ!』


 早くスタン解除されろっ!

 右手を動かそうにもちっとも動かない。動かなければ魔法盤が展開されない。

 さすがに詰んだ――。



『負けると思うな。思えば負けよ』


 デスペナを覚悟した間際、MMORPGでパーティーを組んでいた時、強いモンスターにやられそうになったオレに対して、漣から言われた言葉が脳裏をかすめる。

 あはは……お前が言うなよ。

 お前だって、負けたって思ったから、オレの目の前で身を投じたんだろうがっ!

 それに……まだ負けたって思ってねぇよ。


『運を味方にするんじゃねぇ。運が味方になるんだよっ!』


 いくら制限をかけていたとしても、オレの運の良さを見縊るなよ運営っ!



 ピクリと右手が動いた。


「魔法盤展開っ!」


 急いで魔法盤のダイアルを回す。

 ゴオッ!

 ジャガー・ペインの口元から一撃死の炎が轟音の響かせ、動けないハウルたちへと放たれる。



 【JNVVZV】



 攻撃反射の魔法文字が展開され、鏡のようなものがハウルたちを庇う形で炎との間に現れた。

 [mirror]は、プレイヤーの知力NQW防御力BNWをかけた数値からXb%の数値が、攻撃してきた相手やモンスターの魔法攻撃値を上回っていれば、本来与えられるはずのダメージ値の10%を相手に返すことができる。

 だが、失敗してしまえば……その10%が加算された形で術者にのみダメージがぶつけられる。

 モンスターのステータスはわからない。

 だけど、それでもオレのほうが――



「きゃはっははははははぁははぁかはかははぁはあきゃはは」


 ……誰かが、愚劣な行為を嘲笑するように、グチャグチャになった歯並びを隠しもせず、みっともない嗤い声がオレの耳を劈いた。

 その刹那、ズンッと、オレの心臓を赤い光が貫くっ!


「がはっ?」


 なにか起きたのか……、[MILLER]の数値よりも、ジャガー・ペインの炎攻撃のほうが上回ったってことか?

 [MILLER]の失敗によるペナルティーで、本来のダメージに10%が加算され、オレのHTが一気に全壊していく。



『嘘つき……』


 声が聞こえた。

 身震いするほどの悍ましい悲鳴に近い少女の声。

 首元をなにかがつかむ。

 オレを絞め殺すほどに……

 視界が真っ赤に染まる。

 ドロドロとしたなにかがオレの脳裏を掴んで離さない。


「********!」


 誰かの悲鳴が聞こえたと同時に、オレの視界は朱から闇へと変わった。


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