第148話・思い出話とのこと


 さて、フレンド登録しているメディウムの居場所は、ちょうど第二フィールドにいるのだけど、[居る]というだけで詳しい場所はわからない。


「それなら、この前いきなり現れたようなことしないの?」


 ハウルが、おそらく前にクリーズに言い寄られていたセイエイたちを助けようと、転移魔法で彼女たちの前にオレが現れたことをいっているのだろう。


「いや、これがまた条件があってな、フレンド登録しているプレイヤーの現在地が[フィールド]であることなんだよ。つまり町の中やダンジョンは対象外ってこと。あの時はセイエイたちがフィールドにいるってことを前々からわかっていたからできたんだよ」


 運営からは管理のためにプレイヤーの現在座標が表示されているだろうけど、プレイヤー側からしてみればどのフィールドにいるのかだけしかわからない。

 あれ? それって結構不便じゃね?


「便利なんだか不便なんだかわからないよね? それじゃぁ」


 オレの説明を聞いて、ハウルが苦笑を浮かべる。

 町の宿屋に転移することに関しては、どうやら相手に見えないよう、十秒間だけ姿を消すエフェクトが入るんだと。



「今、ちょっと思ったんだけど……」


「んっ? なに?」


「たとえばだけどね、このゲームに間欠泉があったとするよ」


「温泉がどこかにあるってこと?」


 そう聞き返すと、ハウルはちいさくうなずいてみせた。

 が、オレの言葉の意図がわかるや、ちいさくも激しく首を横に振った。

 おそらく、自分が間欠泉があったという喩え話に、オレがどこかに温泉があると聞き返したことに対して、自分が肯定してしまったことを否定したのだろう。


「で、そこにフレンドがいて、そこがフィールドっていう設定だとしたら……」


「いや、それはまずないだろう」


 と、オレはハウルの言葉を途中で止める形で否定した。


「なんでそんなこと言えるの?」


「このゲーム、セクハラコードが適用されているだろ? 男が女子の裸を見るってことは、いくら不可抗力であったとしてもセクハラ行為として判定される」


 と言っても、昨夜の掲示板でセクハラコードがあることを知っただけなんだけどね。


「まぁ、たしかにそうだね……、って? あれ? なんか引っかかるんだけど」


 ハウルは首をかしげ、「うむ?」といった表情を見せた。

 いや、女子が男の裸を見たところで、結局それも野郎が不利のセクハラになりませんかね?


「温泉は足湯しかり、うたた寝しかり、色々なジャンルがあるけども、大抵は裸にタオル一枚。外の雪景色を堪能しつつ頭寒足熱……、この場合は頭寒体熱ずかんたいねつと言ったほうがいいか。ほんのりと心身ともに火照っている状況にモンスターが襲ってくるみたいな野暮なことを運営はしないだろうし、周りからは不可視みえないように高い壁とかが作られているはずだ」


 オレはひとつ言葉を止め、


「この状況で、ハウルはそこがフィールドと言い張れるか?」


 とたずねてみた。


「言わないね。というかそもそもそんなことをされたらおちおち温泉施設があっても使えやしない」


 ハウルの表情が、それこそ一顰一笑いっぴんいっしょうを含んだ百面相と化す。

 いくらハウルがオレの母方の家に住んでいると言っても、今オレが住んでいる家からは近いし、会おうと思えば会える距離なんだけど、お互い若気盛りなお年頃で小難しいところもある。

 そういう状況だから、こういう何気ない会話って本当大事だよね。

 ただ温泉ならいい効能を頼む。



「はて、温泉?」


 なんかそれに近い単語に対して、引っかかるようなことあったなぁ。


「あ、私も温泉っていうかお風呂で思い出したことがあるんだけどいいかな?」


「あ、どうぞ」


 ハウルの発言を促すような形で、オレは手を差し伸べた。

 ちょうど、司会者が話をする偉い人にするような仕草だ。


「なんでそこで他人行儀? まぁいいや。あのね、まだ私が小学校二年生かそれくらいの時だったけど、お祖父ちゃんがやっている柔道の稽古で私と姉さんと、煌兄ちゃんの三人で武道館の近くにあった銭湯に行ったじゃない? それでお風呂から帰ってきたらお父さんたちにこっ酷く怒られたことがあったんだけど……なんで怒られたのか知らない?」


 ハウルが小二ってことはだいたい八年くらい前になるから、オレが小五くらいの時……。

 話の中に末妹である綾姫が出て来なかったのは、あの子が四歳よっつ五歳いつつくらいの時で、喘息持ちだったから柔道とか激しい運動ができなかったんだよな。

 ハウルの父親であり、オレの伯父さんは、結構温厚で子煩悩な人で、そんな人がハウルたちを怒るような……。


「あっ……」


 うん。なんとなく思い出してきた。

 というかオレは悪くないぞ。銭湯の造りが悪い。


「なぁんか悪いことでもした?」


 ハウルが凝視するように、ズイッとオレに顔を近づける。


「オレは無実」


「ってことは、その時誰かと一緒にいたってことは認めるんだ」


「認めざるを得まい。というかオレは巻き込まれた被害者だぞ」


 と、その時のことをハウルに言おうとした時だった。



「あれ? 私の相手はしないくせに年下の相手は良くするのねぇぇええええ?」


 それこそ、地の底から聞こえてきそうな嫉みが聞こえてきた。

 そこにはメディウムが目を細めながら、オレとハウルに近付いている。

 笑ってるんだろうけど、うん、声がどう聞いても笑っているようには聞こえない。


「あ、まり……メディウムさん」


 ハウルが普段の言い方でメディウムを言おうとしたが、すんでのところで訂正したのを耳にしながら、


「探す手間が省けた」


 オレはメディウムを改めて見据えた。

 オレが、それこそハウルの隣にいることが気に入らないのか、


「昨日、私夜中の二時まで煌くんの反応がないかって仕事の書類作成しながら[線]の着信とか確認してたのよぉ?」


「メディウムに返事を送って、すぐ寝たんですが?」


 メディウムの愚痴に対して率直に言い返した。

 というか仕事に支障がなかったんですかね?



「それで煌兄ちゃん、話の続きだけど」


 ハウルが急かすようにオレを見る。


「…………」


 オレはただただ黙ってメディウムを指さした。


「は? なに? いきなり私を指さして? 私がどうかした?」


「ボイラー室からの覗き窓」


 オレがそうつぶやくと、


「覗き窓? あぁなに? 二人してそんな昔の話してたの?」


 メディウムはそれこそ悪びれないというよりも、悪いことをやったという自覚がない子どものような笑い声を上げた。


「覗き窓って?」


 事情が飲み込めないハウルが、怪訝な表情で首をかしげた。



「いやいや、そこの銭湯って、温泉じゃなくて、ボイラー式のお風呂だったじゃない。で、女湯と男湯のそれぞれにちいさいドアがあって、普段は鍵がかけられているんだけど、そこに住んでいる私の同級生がちょうど店番をやってたのよ。で、その子にお願いしてボイラー室の鍵を拝借して、煌くんをびっくりさせようっって思ったのよ」


 メディウムの自白(罪の意識がないのに自白とは言わないだろうけど)に、ハウルはただただ呆れて物が言えない表情を見せている。

 まぁ、ここまではいいんだよ。


「で、ちょうど道筋でお風呂が覗ける小窓があってさ、煌くんをそこに連れて行って……」


「あぁ……それはさぞ興奮しましたことでしょうね?」


 ハウルが軽蔑の目でオレを見る。

 オレ、どっちかというと被害者なんだけどなぁ。


「しかも、その時ちょうど*ちゃんの……」


「メディウム」


 オレはちいさく鋭い声でメディウムの発言を止めた。

 さすがにそれ以上は言わせない。

 まぁ好きな子の裸体を見れたことに関しては真鈴姐さんに感謝するけども――じゃなくて。

 そういえば、さっきメディウムの言葉に雑音が入った気がするのだが。


「あっ……と、ごめんごめん。トラウマを思い出させるところだったわね」


 オレが止めた理由に気付いたメディウムが両手を合わせてあやまってみせた。

 もしかして、自分の言葉に違和感があったことは気づいてないのか?


「そうじゃなくても、ふたりともオレを渾名で呼びすぎ。まぁ今に始まったことじゃないからいいけどな。それからハウルはメディウムを間違っても本名とか、普段の言い方で呼ぶなよ」


「はーい……ってあれ? ビコウさんは結構セイエイちゃんのこと本名で言ってるけど、そっちはいいの?」


 と、ハウルはオレが注意したことと、ビコウとセイエイの普段のやりとりに矛盾を感じたのか、そう聞き返してきた。


「あの二人はいいの。本名って言われても周りからしてみればハンドルネームにしか聞こえないらしいから」


 そう言い返すと、ハウルは、


「言われてみればたしかに」


 と納得してくれた。



 〒



「さてと、それじゃぁ今日はどうしようかね」


「パーティーを組んでレベル上げ」


 しかないよね。


「それはいいけど、ふたりともレベルそんなにないわね」


 メディウムがなんか文句言いやがります。


「メディウムは……っていうかもうそんなにあるの?」


 ハウルが驚懼するように、メディウムを見据えた。

 彼女が驚くのも無理はない。

 メディウムのXbが[10]と、すでに二桁台に突入していたのだ。


「いやぁ、ここ最近は家に持ち帰った仕事の寸暇を惜しんでログインしていたからねぇ。それにログイン制限がないから夜中もログインして、フレンドとレベル上げしてれば一日二日でこれくらいにはなるわよ」


 自慢するな。廃人め。


「爺ちゃんに怒られても知らんぞ」


「あぁ、私が夜更かしとかしてることくらいお祖父ちゃん知ってるわよ。まぁ社会人だから自分の好きにやれって言われたけど」


 まさかの認可済みだった。


「っていうか、煌くんまだそんなこと気にしてたの? っていうか目が届いていないんだから気にすることじゃないと思うけど」


 オレができるかぎり夜更かししないように務めていることを、メディウムはもののみことに論破しやがる。


「身体が慣れちまってるの。夜更かしできないわけじゃないけど、それをしたら翌日すんげぇダルいんだよ」


 オレがケンカ腰にそう言い放つ。



「二人はいいだろうけど、私はお母さんに怒られるからそんなに長い間……多分九時までしかログインできないからね」


 ムッとした表情でハウルが言う。

 たしかに今日はハウルとメディウムとパーティーを組んでのレベル上げだ。



 フィールドに出るあいだ、現在のステータスを確認する。



 【シャミセン】/見習い魔法使い【+5】/7530K

  ◇Xb:7/次のXbまで46/70【経験値256】

  ◇HT:154/154 ◇JT:343/343

   ・【CWV:20+2】

   ・【BNW:20+2】

   ・【MFU:23】

   ・【YKN:19】

   ・【NQW:34+15】

   ・【XDE:88+14】



 ここ最近ログインできていなかったからレベル上がるどころか、ほとんど経験値もなかった。

 これに、ハウルの現在Xb6と、メディウムの10を足して3で割ると、パーティーXbは8になる。

 うむ。結構きびしくないですかね?


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