第138話・兢々とのこと
「それじゃぁ、わたしは恋華のところへ行ってきますね」
「あれ? ビコウさんはテレポート使えないんですか?」
セイエイのところへと走り去ろうとしていたビコウを、セイフウが呼び止める。
「あ、わたしの方は[O]の魔法文字を持っていないのよ」
「そうなんですか? てっきりビコウさんがセイエイさんに渡したものだと」
セイフウがオレを見る。なにか言いたいことがあるんだろうけど、
「そういえば、さっきジンリンが魔法文字の受け渡しはお互いに一文字一回しかできないって言ってたね」
テンポウがフォローするように、セイフウを見据えた。
「まぁ魔法文字を誰に渡すのかはその人の自由だから、わたしは特に気にしてないわよ。譲渡もそうだけど、魔法文字がどのローマ字に当てはまるのかは知ってるしね」
と、セイフウの考えを察したようなビコウの言葉。
「それはまぁ、オレだってメイゲツがハウルさんに魔法文字を渡していますから、特に口を出すわけじゃないですけど」
なんか納得してないセイフウの口調。なにか文句でもあるのかしらね?
「ワウッ!!」
なんとも煮え切らないセイフウの態度に苛立ったのか、ワンシアが吠えた。
「あぁ、別に文句があるとかじゃないからね」
「……いや、そうじゃないみたいですよ」
苦笑を浮かべながらも、ビコウの眼光が鋭くなっていく。
その視線の先にはモンスターがポップされていた。
……もしかして、ワンシアが吠えたのって、それを教えるためだったりする?
◇エアー・ラビット/Xb1/属性【風】
◇エアー・ラビット/Xb1/属性【風】
◇エアー・ラビット/Xb5/属性【風】
◇エアー・ラビット/Xb1/属性【風】
綺麗に四匹のウサギで統一されてた。
「Xb5がいますね」
「ほかは1だけどな」
経験値あんまり期待できないな。
今だとだいたいパーティーレベルは5だから、モンスターを倒しても得られる経験値は3だ。
正直スルーしたいけど、戦わざるを得まい。
モンスターを発見したことで、モンスターの簡易HTが表示されている。
「ジンリン……、思ったんだけどモンスターの中でXbが一番高いのが一番うしろにいるのって、仕様なの?」
「モンスターの特性にもよりますね。エアー・ラビットは群れを作りますが、基本Xbがフィールドの中でも低いので低いXbが高いXbを守るかたちです」
ということは、戦闘狂の特性だと問答無用で態勢が違うってことか。
「魔法盤展開っ!」
右手に魔法盤を展開させ、魔法文字を打ち込んでいく。
【WFJTFCW】
魔法文字が完成すると同時に、オレが差し出したスタッフから大嵐が吹き荒れる。
「あぁ~とっ! 前衛のエアー・ラビット二匹が、スタッフから吹き荒れる大嵐に巻き込まれて吹き飛ばされたぁっ!」
パーティーを組んでいないビコウが、実況アナウンサーみたいな事を言う。
手を出してしまうと、経験値を横取りしてしまうからだろうな。
「それって、ボタンを押さないで放ったらかしにしてたら実況アナウンサーが寝るとかしない?」
「なんのことかわかりませんけど。……もしかして、多分Xb1のウサギを一撃で全滅しようとしたんでしょうけど、さすがにまだそれはムリだったみたいですね」
うんそれはわかってる。
「魔法盤展開っ!」
セイフウが前に出て、魔法盤を取り出す。
【HFYWVYNQ】
魔法文字が完成されると、雨が降り始めた。
「蒸し暑っ?」
なんかシャワーを浴びてるような感じだ。
周りは涼しそうな格好だけど、男性プレイヤーは基本的にマント一着だから、体感温度というか湿温?
それがすごい高くて、不快だ。
「まぁ、
魔法文字からそう読みとったビコウが苦笑を見せた。
「でもダメージは与えられてますよ」
攻撃魔法として処理されたってこと?
「うーん、もしかしてこんなこともできるんでしょうか?」
テンポウが魔法盤を取り出し、
【HFYWJYVCH】
と魔法文字を打ち込んでいき、完成したところで、スタッフをモンスターの中心あたりに魔法陣が出現したけど、特になにも……。
「飲み込まれてる」
戦闘を傍観していたビコウが、ポカンと口を上げている。
Xb5のエアー・ラビットがズブズブと魔法陣のところで地面に飲み込まれていた。
「あっと、魔法盤の最初の四文字は
「
沼って、オレ習った記憶がない。
「……あれ? 沼?」
なんか誰かが使った記憶が。というか今日のことなのに覚えていないってのも問題だけど。
なんてことを考えていると、飲み込まれていたエアー・ラビットが這い蹲るように地面から戻ってきた。
「そのまま飲み込まれていればいいのに」
仕掛けたテンポウが頬をふくらませ、愚痴をこぼす。
「文句を言いなさんな。というか足止めに良さそう」
これ、もしかすると対人プレイの鬼ごっことかに効果的じゃね?
【ANQM】
放ったらかしにしていたわけじゃないけど、残っていたXb1のエアー・ラビットが、それこそ三匹同時に魔法文字を展開させ、風を起こした。
ダメージは然程ないけど、魔法を仕掛けると、うしろへと下がった。スタン状態?
「あ、ちょっとおもしろいやつがあるんですけど」
ビコウが口を出してきた。
「ビコウさんが面白いことって言い出すと、たいていこっちは面白くないことなんですけど、なんですか?」
テンポウが怪訝な表情でビコウを睨む。
「幻影って、英語でなんていうんだっけ?」
はっ? なにを言ってる?
「ミラージュでしたっけ?」
「ミラージュは蜃気楼だろ? まぁ意味的には幻影でも合っているかもしれないけど」
「あのシャミセンさま? 幻影は陽炎って意味ですからミラージュではないですよ」
ワンシアが突っ込んできた。さすがモンスター特性で幻影が使えるだけのことはある。
まぁ、あくまで星天遊戯の中での話だけど。
「ちなみに幻影は「ヒート・ヘイズ」といいますね」
教えてくれてありがとう。でも文字数的にはミラージュのほうが効率良さそうだな。
「スペルなんだっけ?」
「鏡よりは難しくないと思いますよ」
うわぁ、最初の文字がわかっても……。
「あ、別に困るわけでもないか」
たしかシステム的に使える魔法文字がある場合は先読み機能があるんだっけ。すっかり忘れてた。
「でも蜃気楼って……、どんな効果があるんですか?」
「モンスターの攻撃を一定の確率で無効にできます」
「それってようするに鏡ってこと?」
「あ、鏡だと成功率は低いですね」
試してみた結果だろうな。
「まぁ、ちょっとやってみるか」
オレは魔法盤を構え、ダイアルを回していく。
『ミラージュ』だから、最初の文字は[M]ということは間違いないだろう。
となれば、次は[I]、三文字目が『L』、四文字目が『L』、『A』、『G』、『E』――
◇魔法が作成されませんでした
魔法文字の完成と同時に、エラーメッセージ。
「あれ?」
思わず唖然としてしまう。しかも戦闘中だから失敗でスタン状態になってしまった。
「あぁ~、やっぱり失敗した。せっかくヒントあげたのになぁ」
ビコウが頭を抱えながら嘆息し、オレを睨んだ。
「もしかして、[R]だったりする?」
そう聞き返すと、ビコウは応えるようにうなずいた。
「それじゃぁこうなるんですか?」
セイフウが魔法盤を取り出し、
【JNVYKF】
と魔法文字を打ち込んでいく。
魔法文字が成功したのか、うっすらと人影のようなものがセイフウの目の前に合わられた。
「成功した?」
目を点にして、セイフウが驚懼してるが、出した本人がおどろくなよ。
目の前に現れたセイフウの蜃気楼に気を取られたのか、もしくは攻撃対象がそれになったのか、Xb5のエアー・ラビットが鋭い爪を振りかざし、それに攻撃を仕掛けるが……
幻影だから、攻撃の意味を成さない。
「って、なんかHTが減ってるんですけど?」
「うぉっ? ビックリした?」
セイフウの悲鳴にも近い叫声が、それこそすぐ近くにいたせいもあって、すごく耳が痛い。
「あ、ごめんなさい。っていうか魔法使ったのにHTが減るってどういうことですか?」
どうやら本来魔法を使うことで減少するはずのJTがHTと一緒に減っていることにおどろいているようだった。たしかになんでだろう?
「あっと、わたしも使った時思ったんだよね。だからちょっとジンリンに聞きたいんだけど、これってもしかして身代わり?」
ビコウがちらりとオレの肩の上で耳を塞いでいたジンリンを見据えた。
「あっと、たしかにビコウさんのおっしゃるとおり、
まぁ一撃必中の攻撃を避けるというのに、コストもなしにっていうのは虫のいい話ってことだろう。
「むやみに使い続けると詰むってことか」
「というか、それをするくらいだったら、守備力か敏捷をあげてください」
ジンリンの言うとおり、そのふたつが高ければ、避けることも耐えることも可能だろう。
逆に使い続けていると、対策として全体攻撃とかされるだろうし、あくまでも単体攻撃での、逃げの一手だということを、頭のすみにでも置いておきましょう。
「ほいっ!」
ちらりとテンポウの方を見ると攻撃でエアー・ラビットを光の粒子にしていた。
「残ったのはXb5のだけか」
そろそろとどめを指しますか。
【YNV MNVW】
と、魔法文字を打ち込むと、スタッフはダーツの槍へと変化した。それをエアー・ラビット目掛けて投擲。
シュンッ! と、名を表すように風を切った音とともに、エアー・ラビットの眉間に突き刺さった。
魔法の属性は風だったが、クリティカル判定が入ってくれたのと、テンポウが繰り出した熱の沼のダメージがあったおかげで倒せた。
「うわぁ、えげつない」
「もうちょっと、胸とかおなかとかを狙わないんですか?」
「まぁ、シャミセンさんのXDEの高さだと、命中しないほうがおかしいですけど」
テンポウ、セイフウ、ビコウの順番に感想を言われた。
あれぇ? なんだろうか、すぅごくデジャヴを感じるんですけど。
こっちは攻撃が命中すればいいやって気持ちで投げたから、命中しただけよかったって思ってるのに。
こういう倒し方をすると、たいていは悪人みたいな扱いなのかね?
「なんかすごい疲れた」
「でも、魔法文字を試すという意味でなら、こういう弱いXbのモンスターが出る場所で試した方がいいですよ」
ビコウが、このゲームが手厳しいって感じる気持ちがよく分かる。
魔法文字を失敗するってことは、対応していないという可能性があるってことだ。もちろん英語のスペルがわかっていないといけないというのが前提にあるけど。
攻撃魔法は、攻略時に使用する魔法以外は、基本的に戦闘中じゃないと使えない使用になっているようなので、それを試すために、ビコウも色々と試してみているってことだろう。
蜃気楼も、そのうちのひとつだった。
しかもこれ、デフォ状態でも使える魔法文字だったからこそ、教えたってところだな。
経験値は特に、というか計算していたとおりに、3しか増えていなかった。
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