第137話・隠喩とのこと


 セイエイから、一緒にパーティを組んでいるハウルとメイゲツのレベルが上ったというメッセージがあったことを、テンポウとセイフウに伝えた。


「となれば、残りはテンポウってことか」


「メイゲツも目標のXb5にはいきましたからね」


 テンポウのXbは現在4。

 ハウルも、今日の目標であるXb5になったわけだけど、そのハウルから用事があるからログアウトするというメッセージが来ていた。



「あれ? 結構珍しい組み合わせですね」


 聞き覚えのある声が聞こえ、そちらに目をやると、


「ビコウか。今ログインしたのか?」


 聞いてみると、ビコウは小さくうなずいた。


「恋華からメッセージが来ていたので、見に行こうかなと思ったら、近くにシャミセンさんたちがいたので」


 様子を見に来たってところか。


「でも休まなくていいのか? バイトで疲れてるのに」


「シャミセンさん、こんな言葉がありますよ。デザートは別腹っていうのが」


 あぁ、そういうことね。


「要するにバイトであったストレスをこっちで発散しようってことか?」


「そうですね。どこかの誰かと一緒で」


 クスクスと含みのある笑みを浮かべながら、ビコウはとある人物を一瞥する。


「……? なんのはなし?」


 その視線の先……テンポウが怪訝な表情でビコウを見据え返した。


「なんでもない。……それで、今日はテンポウとセイフウのレベル上げですか」


「あぁ。しかしまぁあれだね。すげぇなパーティでの経験値って」


 オレはそう言ってから、NODでビコウとセイエイに初めて会った時のことを思い出した。


「そういえば、あれからあんまりレベル上がってないんだな」


 ビコウのレベルを鑑定してみると、



 ◇ビコウ/Xb8



 と彼女の簡易ステータスがポップされた。


「星天遊戯の時みたいに、ログインする時間があまりないからですね。そうじゃなくても、恋華と一緒にプレイする時間も少ないですから」


 ビコウは苦笑を見せながら、


「それに結構ソロでやるのは厳しいところがありますね。特に多勢に無勢ってところが」


 苦笑はいつしか嘆息へと変わる。

 NODはあくまで個人的にプレイしてみたかったと聞いているし、星天遊戯の方もまだサービスはしているから、バトルデバッガーである彼女が呼ばれるばあいもあるから、そっちを優先しなければいけない。


「昨日なんて、夜中の話ですけどデスルーラしかけそうになりましたからね」


「ビコウでも難しいの?」


「いや、難しいって言うよりは油断がほとんどね。モンスターも魔法文字を使ってくるから持っていない文字があるかも知れないって、それを見ようと集中すると他のモンスターからの攻撃があったりするから」


「でも、セイエイさんとパーティーを組んでいる時でしたけど、セイエイさん、モンスターが魔法文字を打つ前に攻撃していましたけど」


 星天遊戯の中では、セイエイと同様に遊撃タイプのステータスであるビコウもそうなのではないかと思ったのか、セイフウがそう本人にたずねた。


「あ、いや……あの子の場合はなぇ」


 ビコウが目を泳がせながらオレを見た。助けを求めるな。


「もしかして、セイエイちゃん……モンスターの魔法文字無視して攻撃してる?」


 テンポウがあきれたといった表情を見せる。


「あの子の場合、基本的に戦闘スタイル変わっていないからね。特にクロックアップが使えるようになってからは、星天遊戯の時と似たような戦闘スタイルになっていたし」


 それは今日の決闘でも思った。

 一瞬で決着が決まったが、セイエイの攻撃は主に、YKN上昇でモンスターを撹乱させて油断したところを攻撃している。

 ビコウの言葉どおり、基本的には星天遊戯の時とほとんど変わっていなかった。



 §



「セイエイにそっちに行っていいかってメッセージ送ってみましたけど」


 ビコウが、怪訝な表情でオレを見る。


「なんかあったのか?」


「すごく怒ってます」


「なにゆえ?」


「シャミセンさん、うちの姪っ子になんかしませんでした?」


「してない。まぁなにがあったのかは知ってるけど、というかどんなメッセージだったんだ?」


「メッセージタイトルで【特定の人に対してメッセージ拒絶ってできない?】って書いてあります」


 メッセージ拒否ならまだしも、個別のプレイヤーに対しての拒絶って余程迷惑なの送られてきているってことか?

 そういうのってできないの?


「できますよ。魔法文字でブラックリストって入れるんです」


「ムリじゃね?」


 ジンリンがわざわざ説明してくれたのを、オレはツッコミを入れた。


「まだ誰も[B]の魔法文字手に入れてねぇ」


「普通はそうなんですけど、運営としてはあまりそういうことをすると特定の人としかメッセージを交わさないプレイヤーも出るという懸念からですね。もちろんフレンド以外のメッセージを拒否する設定はオプションで可能ですけど」


 特定のプレイヤーだけを除外することは、現段階ではできないってことか。


「というか、恋華がこんなメッセージ送ってくるとは信じられないんですけど」


 事情をあまり知らないビコウが、それこそ驚いた表情でオレを見る。


「さっき事情を知っているって言いましたけど、どういうことか説明してください」


 身長差のせいか、ビコウはオレを見上げたかたちで問い質してきた。



 ……オレは、セイエイがそんなことを言った理由と思われる経緯をビコウに説明した。


「NODの運営をやっている知り合いに事情を説明して、そのバカプレイヤーのアカウントを永久停止にしましょうか?」


 声は春風のように穏やかだけど、目が怒ってらっしゃる。


「そんな権利ないだろ」


 星天遊戯の場合は、ビコウがアイディアだしていたというかいちスタッフだったからできただろうけど。


「っていうか話を聞けば聞くほど苛立ちしか覚えないのはなんででしょうかね? 人のプレイが間違っているって、そんなのその人の勝手だと思いますよ」


「まぁ、オレ自身プレイヤーキラーに対しては肯定なほうだけど」


「もちろん、わたしだって、基本的には相手のプレイに対して文句は言いませんよ。相手に迷惑をかけていたとしても、それはゲームの中での話であって、PKに関してもそうですけど、だからって相手をけなすような言動は許せませんね」


 ビコウは苛立ちを落ち着かせようと、ひとつ深呼吸をすると、


「ただ恋華がハウルとセイフウのレベル上げを手伝っていたのだって、あの子が好きでやっていたと思いますし、それを星天遊戯むこうでトッププレイヤーだったからって、弱い二人を除け者にしたのなら、恋華が怒るのも無理はないですよ」


 そう言い終えた、ビコウの憤怒の表情は……


「でもハウル殴られましたよ」


 というセイフウの言葉を引き金に――


「そのクリーズっていうバカの居場所わかりません? たしかこのゲームって相手を殺さなかったらPK扱いにはならないって聞きましたから」


 さっきよりは表情にゆとりが……あるわけない。完全にキレてないか?



「やめとけ。というかセイエイが決闘でクリーズにトラウマ与えてるんだから」


「第二フィールドでいい感じに平均Xb8以上のモンスターがポップする場所があるんですよ。HT一桁状態でそこに放り投げたら死亡確定ですね」


 すごい怖いことを考えてらっしゃる。


「だからやめとけって、もうセイエイたちの中では解決してんだから、蒸し返すな」


 あぁ……駄目だな。自分でもわかるくらいに、声色に感情が入り込んでる。憤りという負の感情が。


「それはわかってますけど、でも腹の虫が……」


「やめろって言ってんだよっ!」


 オレは声を張り上げ、ビコウの言葉を無理矢理押し殺した。



 その怒轟ともいえるオレの声に、ビコウとテンポウ、セイフウが、同時に、それこそ恐ろしい物を見るような目でオレを見据えている。


「たとえに、お前が本当にそんなことをして、クリーズが黙っていると思うか?」


「…………っ」


 なにか言いたいことがあるのだろうけど、オレは言葉を続けた。


「クリーズはセイエイが星天遊戯でのトッププレイヤーだってことを知っていた。ってことはすくなくてもあっちのプレイヤーだってのは間違いない。問題なのはむこうにセイエイとビコウの関係を知っているやつがいるかもしれない。そうなるとかなりやばい」


「身バレする可能性があるってことですね」


 テンポウの言葉どおりだ。

 というか、もしかするとだけど、この子、オレが感情的になっている理由に気付いているな。


「見た目がさほど変わらない双子の場合は、家族だってのがほとんどの人が気付いている。でも……そうじゃなくてもセイエイがむこうで他のプレイヤーに思われていたこと忘れたのかよ?」


 セイエイとビコウは星天遊戯のスタッフとつながりがある。

 そもそも……VRギアを制作したのがビコウの父親だ。

 それを知っているのは、オレやテンポウ、ケンレン、ナツカだ。

 白水さんと双子はそのことを知らない。

 だけどビコウとセイエイは、オレの知っているかぎり、オレと同じく無課金プレイヤーだ。

 だからこそ、星天遊戯でのレベル上げの大変さを知っているし、事情をしらないやつが言っていい話じゃない。



「あの子もわたしも……純粋にキャラを成長させてるはずなんだけどなぁ。純粋にゲームが好きなだけなんだけどなぁ」


 ビコウは、ふぅ……と溜息混じりの深呼吸をする。


「シャミセンさんの言うとおりですね。あの子自身の中で解決しているんだろうし、スタッフじゃないわたしがどうこうするものじゃない」


 ビコウは申し訳ないといった表情で、オレにではなくテンポウに目をやると、すぐにオレへと視線を向け直した。


「聞いたことありません? 強い課金装備を使っても倒せないって話」


「それ、単純にヘタクソなだけなんじゃ?」


 セイフウの言葉に、オレは同意するようにうなずいてみせた。


「わたしもそうだとしか思ってませんけどね。強い武器を手に入れたって、それを使いこなせないようじゃ宝の持ち腐れ、猫に小判、豚に真珠。まぁそれを理由に自殺、、した人がいるそうですけど、そんな単純な理由で死ぬ人は、そもそもゲームをするなって話です」


 不意にマントを引っ張られ、オレはそっちに目をやる。


「どうかしたのか? テンポウ」


 視線を向けると、テンポウがそれこそ不安そうな目で見つめ返してきた。


「大丈夫ですか? 今ビコウさんが話してることだって」


 事情を知っているテンポウが、そうオレに聞き返す。


「大丈夫だ。あいつは……こんなバカみたいな理由じゃねぇよ」


 もちろん、ビコウが話している人をバカにしているというわけじゃない。ただ同じネットゲームの中だったとしても事情が違うんだ。

 むこうはただ課金して手に入れた強力な武器を使いこなせず、挙句の果てに自殺した。

 漣の場合は、今まで積み重なってきた重みに耐え切れずに自殺した。

 同じ自殺でも……理由も経緯も――ぜんぜん違うんだよ。



「まぁ恋華にはブラックリストの件は説明して、フレンド以外にはメッセージを受け取らないようにって伝えておきます」


 というか最初からそうすれば早い話で、そもそもセイエイがそれを知らないとは……。

 オレはふと、[恵風]の料理人であるラディッシュさんや、[エメラルド・シティ]の門番に、名前やXbが表記されているということに、今改めて違和感を覚える。

 プレイヤーではないのだから、そもそも名前はとにかくXbが表記されるというのに違和感があったのだ。


「ジンリン、ちょっと聞いていいか?」


「はい、なんでしょうか?」


「このゲームってプレイヤーだけじゃなくて、NPCにも名前とかXbが表記されてたが、その人達からメッセージが来たりする?」


「はい。お店を経営しているNPCから、お得意先になっているプレイヤーに対してメッセージを送る場合があります。もちろんその場合はプレイヤーとして、、、、、、、、受理されますので」


 それを聞いて、オレだけじゃなく、ビコウたちも唖然としていた。


「もしかすると、セイエイはフレンド以外のメッセージ拒絶知ってるけど、ラディッシュさんからのメッセージが受信できなくなるから、やろうにもできない状態か」


 だから普段からフレンド以外からのメッセージ拒否ができるという設定をしていなかったと考えれば筋が通るな。

 というか、クリーズも、その本人から拒絶されているのわかってるのに、しつこいというよりは懲りないな。

 これは本当に……ビコウが考えていたことを実行せざるを得ないかもしれない。

 まぁそれよりも先に、セイエイのフレンドが[B]の魔法文字を手に入れるほうが無難に終わるんだけどなぁ。


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