第121話・殿とのこと


 ビコウとはその場で別れて、オレはのらりくらりと町に戻って、宿屋というよりは自分のホームへとも向かった。


「お帰りなさいませ」


 宿屋に入ると、正面にある受付で、村娘みたいな容姿をした女性が宿屋を利用するプレイヤーを応対していた。胸まであるピンクっぽい長い髪で幼く見えるが、顔立ちは大人っぽくアンバランス。


「休憩で」


 ログアウトはまだしない。大学のレポートしないといけないけど、だいたいは学校にいる時に、実験の様子を見ている片手間でやってるからね。家だとほとんどが再確認と言った感じだ。


「それでは[20]Kいただきます」


 あれ? 料金設定が高くなってない?

 オレがそんなことをたずねてみるや、


「えーとですね、さきほど修正されまして、お客様のXDEでの結果に寄って料金が変わるんですよ」


 つまり、ダイズを振ってオレの現在のXDEより下回ればいいわけね。まぁTRPGみたいで面白いといえば面白いか。


「ちなみに出た数値は見れませんので」


「結果しかわからないってことか。ところで最大値だとどうなるの?」


「えっ?」


 なんか、なにいってるのこの人って顔された。


「あのいくらなんでもXDEに100もふるプレイヤーはいないと思いますけど?」


 そこは装備品を含めろよとツッコミたかったがやめた。まぁね、それが普通の反応だろうからね。


「オレ、星天遊戯からのコンバートで、その時LUK240あったんだけど」


「えっと、たしかコンバートは基礎値の四分の一だったから」


 宿屋の受付嬢が、台の下へと屈み込み、なんかペラペラと取説を読み始めた。


「ちょ、ちょっとっ? ど、どうしますか? わたしXDEなんてレベルマックスでも60あればいいんじゃないかって思ってたんですけど」


 聞こえてる聞こえてる。どうやら運営と連絡を取り合っている受付嬢の慌てっぷりがなんとも滑稽なので、もうすこし畳み掛けてみるか?


「あぁ、コンバートってことは、基礎で60なんだろうけど、装備を含めたら74なんだよねぇ」


「うぅ、し、しかし……それは今現在のステータス。なまらめったに半額になるわけがないのです」


 おや、やけになった。まぁこっちもあなたの言葉を借りるなら、なまらめったに失敗ファンブルするってことはないでしょう。


「26%の確率で失敗するというのに金貨一枚」


 うしろでジンリンが呟いているのが耳に入ったけど、聞こえないふりしておこう。


「それでは……ごほん、気を取り直して、お休みになられますか?」


 選択肢に[はい]と[いいえ]が出てきた。


「まぁ別に20Kくらい払えなくもないからいいか」


 [はい]を選択すると、


「お客様、実は当店では只今タイムサービスをしておりまして、休憩料金の半額でご案内しているんですよ」


 と受付嬢は手をこまねき、猫撫で声で言った。


「お、成功した」


「ちくしょう、レベル4のくせしてなんつぅXDEの高さだ」


 おい、素が出てるぞ受付嬢。


「ちなみにどんくらいだったの?」


「それはお答えできません」


 聞くだけ野暮ってことか。


「あっとお客様、すこしお待ちください」


 んっ? なにか記念品でもあるの?

 とか思っていたら、受付嬢は再び身をかがめて、なにか作業をし始めた


「えっと……」


 一、二分ほど待ってみると、


「せ、千回やって、成功したのが740回……だと?」


 ということはだいたい74/100ってところか。

 うむ、期待値の74%を行ってる。いい傾向だ。


「うぅ~、それでは代金の[10]Kをいただきます」


 客商売なんだから睨まないの。スマイル0円。ちゃんと料金は払うから。



 五分ほどのクールタイムをし終えてから宿屋を出た。


「んっ、爽快だねぇ」


 腰を伸ばして軽くストレッチ。さてワームにリベンジといきますか?



 ◇プレイヤーの空腹値が30未満になっています。



 いきり立って足を踏み出した瞬間、いきなりなんか出てきた。空腹によるペナルティーでもあるの?


「空腹値が0になると最悪死にます」


 別に呼び出してもいないジンリンが出てきてはそう教えてくれた。


「マジで?」


 えっ、それって餓死するってこと? うわぁ、地味に嫌だなそれは。


「HT回復ポーションでも空腹値を回復させることもできなくはありませんが、なにか食事を取ったほうが回復量がいいですね」


 えっと、結局はリ○ビタンDみたいなもので、活力にはいいだろうけど、空腹は免れないってことか?


「といっても、食事処なんて」


 よくよく考えてみたら、そういうパラメーターがあるなら、いの一番に宿屋で回復するものじゃないの?


「食事と休憩は別料金です」


「なにそのパチンコ屋の換金システムみたいな仕様は」


 あれってパチンコ屋が換金もしているってよく勘違いされるけど、別々の扱いになるんだよ。



 パチンコ屋はお客に玉とコインを貸して、その結果に応じて景品を交換している。したがって金銭を渡しているわけではない。

 で、その景品と交換する場所は、古物商として取り扱っており、その景品を買い取る。

 客から買い取った景品を、今度は別の業者がその景品を買い集め、集めた景品をパチンコ屋に卸す。

 これがいわゆる三店方式になるわけだ。



「うーむ、ところで空腹値ってどれくらいで減るの?」


「状態にもよりますけど、今のシャミセンさまでしたら、一分につき[1]減るくらいですかね」


 状態にもよるって、もしかしてやばくなったらもっと減るってことか? そうなったら、最悪町のど真ん中で倒れるってことに……


「み、惨めだぁ」


 今度からはパンとかも買っておこう。



「あれ? シャミセン、こんなところでなにやってるの?」


 自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらに振り返る。


「セイエイか、今ログインしたの?」


 いつもどおりの、なにを考えているのかあまり良くわからないといった表情で、セイエイはちいさくうなずいた。


「シャミセンはなにやってるの?」


「今から食事に行くところ」


「それなら、いいところがある」


 そう言うや、セイエイはオレの手を握り、自分のところへとグイッと引っ張った。


「おわぁっ?」


 力負け。あれ? なんかすごいデジャブ。


「ひ、引っ張らなくてもちゃんとついていくっ! というか今CWVいくつだ?」


「『30』だけど」


 そういえば前に星天遊戯でパーティーを組んでた時もそうだったけど、この子のステータスはコンバートする手前の時は、STRが80以上はあったんだよなぁ。

 オレのステータスでは当然セイエイに力負けするのは目に見えているし、この子の場合、本当に魔法使わないで、通常攻撃だけでモンスター倒してそうだ。

 というか、ここらへんのモンスターなら魔法使わなくてもいいんじゃない?



 しばらくセイエイと手を握った状態で歩いていると、


「おい、なんだよあれ」


「ちょっと、もしかして恋人でプレイしてるの?」


「っていうか、あれってもしかしてだけど」


「あぁ、多分そうじゃないか?」


「マジか? なんかいつも一緒にパーティー組んでるから怪しいとは思ってたけど」


 という、すれ違うプレイヤーから口々と良からぬことを言われてる。

 手を放したほうがいいか……、オレからしてみれば別に嫌ってわけではないし、まぁセイエイの気分次第だな。


「着いた」


 ピタッと足を止めたセイエイが、目の前のお店を指さした。

 田舎町にありそうな古びた駄菓子屋みたいな外装で、看板には[恵風]と書かれている。


「……なんて読むの?」


「[恵風けいぷ]って読む」


 漢字の内容からして、恵みの風ってところだろうか。

 食事処らしく、店の中を覗いてみると結構プレイヤーがいて賑わっていた。



「いらっしゃいませぇ~っ! お好きな席へどうぞ」


 女子高生くらいの背丈をしたウェイトレスが、店に入ったオレとセイエイを見つけるや、元気よく声をかけてきた。

 ウェイトレスの制服ユニフォームは、黒紅梅くろべにうめだっけか、すこし紅を含んだような黒のエプロンドレスに、白のボンネット。

 まさにザ・メイド。これ以上にないメイドのオーソドックススタイル。


「空いてるお席に……」


 ウェイトレスがオレを見て、


「な、なななな、なんで煌兄ちゃんがいるの?」


 と、オレにではなく隣に立っているセイエイにたずねた。


「ご飯食べに来た」


 セイエイは首をかしげて、ウェイトレスの質問に応える。

 というか、それは目的であって、ウェイトレスの質問に対する答えじゃない。



 ◇ハウル/Xb2



 プレイヤーネームがわかるや、オレは怪訝な表情で、


「ハウル、こんなところでなにやってんだよ?」


 とたずねた。


「アルバイト形式のクエスト。このゲームって、モンスターのレベルにおうじてもらえるお金もあるけど、ドロップで手に入れられるアイテムを売る以外に、お金の期待ができないんだよ」


 いや、それ以前にバイトできるシステムはどうなんだろうか。いくらクエストでも、結構繁盛してるぞ。


「あ、それはVRギアを登録した時に、年齢も書くでしょ? アルバイトのクエストは高校生からじゃないとできないみたい」


 つまりアルバイトをして、それに応じた給金を手に入れるってことか。まぁリアルマネーが動くってわけでもないからいいか。


「それでは、あちらの席にご案内致します」


 なんともキビキビとした様子で、メイド姿のハウルはオレとセイエイを、窓際の空いたテーブルへと案内した。



「それではご注文はなににいたしましょう?」


「腹がふくれるもの」


 新人イビリ。まぁ避けては通れぬ事柄だ。


「私の好きなモノを持ってきていいの?」


「冗談。お品書きをプリーズ」


「っと、テーブルの上にあるけど」


 ハウルが手で示した場所には、薄っぺらいラミネートフィルムが置いてあった。

 それを手に取ると、食事のメニューがウィンドゥとして出てきた。


「オーナー気まぐれランチみたいなのってないの?」


「このお店はNPCが料理長をしているからそういうのはないけど、聞いた話だと自分でお店を持てるようになったら、自由にメニューが作れるみたい」


 まぁその時は多分料理スキルとかないといけないだろうね。

 DEX……このゲームの場合はMFUだっけか、それが高くないと厳しいだろうな。


「それとモンスターからのドロップで食材を手に入れたら、それをこういうところに卸すこともできるって、さっき教えてもらった」


 セイエイがお冷を飲みながら教えてくれた。


「ちなみに、今日は木曜日だから[ツァドキエルのスープ]がオススメだよ」


 オススメと言われて注文しないわけがない。

 ちなみに、濃厚なシチューらしい。


「それじゃぁそれをメインディッシュにして、一緒にパンも。それからソフトドリンクを適当にひとつ」


 まぁこういうのはあくまでやりとりであって、実際はオレが選ぶんだけど。


「それでは料理ができ次第お持ちいたしますので、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 注文を取り終え、頭を下げたハウルは、その場から奥の方へと踵を返した。


「っと、ハウルちょっと待て」


 オレは、ハウルの接客ですこし気になったところがあったので、彼女を呼び止めた。


「っと、お客様、どうかされましたか?」


 なにか失敗しただろうか、そんな不安そうな表情でハウルは首をかしげた。


「確認した?」


「確認……」


 ハウルは怪訝な表情でオレを見据える。


「注文の再確認」


「えっとそうだった。それではご注文の品は[ツァドキエルのスープ]と[パン]、それから[ソフトドリンク]を、それぞれ二人分でよろしいですね?」


 ハウルがそう聞くと、オレはうなずいてみせた。


「ハウル、ゲームの中だと結局はプレイヤーがメニューを選ぶからさっきのでも別にいいけど、実際のお店では注文の確認をかならずしておくこと。注文の間違いっていうのはお客様に迷惑をかけるだけじゃなくて、料理をしてくれる厨房のスタッフにも迷惑をかけるんだ。だから確認はしっかりとしておくこと」


 いちおうリアルで食事処のバイトをしておりますからね。事務だけど。


「わかった。本当にバイトをすることになって、お客から注文を取る時は注意するよ」


 素直な反応というべきか、ハウルはしっかりとうなずいた。


「っていうか、お前が通ってる学校ってバイト禁止じゃなかった?」


「そうなんだよ。だからこういう服が着れるのって内心嬉しいんだよね。それにまだ[O]の文字が使えないから、チルルを喚び出すこともできないし」


 ハウルはそれこそ嬉しそうな表情で、その場でぐるりと一回転した。本当に嬉しそうだった。



「えっと、たしかハウルが通ってるのって」


「[彩梁女学院さいりょうにょがくいん]だけど? って、まぁ煌兄ちゃんとセイエイさんと話してるからバレてもいいか」


 通常状態での会話は、基本的にオープンチャットになっているから、本当のところ身バレしてしまうので口にしてはいけないのだけど、聞いているのが従兄と妹のクラスメイトだからな。しかもどっちもすでに顔が割れている。


「それ聞いたことがある」


「まぁ、都内で有名な女子校だからね」


 ハウルがカラカラと笑ってみせるが、


「違う、テンポウがその学校に通ってるって前に聞いたことがある」


 セイエイはキョトンとした表情でそう言い返した。


「えっ? 本当に? あの学校って規律が面倒だからVRMMORPGをやってる人なんていないと思ってたんだけど」


 目をパチクリさせながら、ハウルは口を開けた。


「そういえば前に一回、オフ会で会った時にあまりゲームにハマってるのを周囲に知られたくないみたいなことを言ってたな」


「名前わかる? もしかして私の同級生だったりしてね」


 おーい、花愛? いくら星天遊戯でフレンドになってるからって、図々しく聞くもんじゃないぞ?


「いや、さすがにそれはネチケットに反する――」


「川上里桜って名前」


 オレが止めようとしたすんでのところで、セイエイがそう口走った。


「おいまてこらぁっ、なにをサラッと言ってるのかね? ちぃみぃわぁ~」


 オレはセイエイの両頬を引っ張り、グルグルと回す。


「ファッ、ファミフェン、ふぃふぁい」


 涙目になっても許さん。というかテンポウに迷惑かかるでしょうが。


「川上……」


 ハウルが顎に手を添え、思い出し始めていた。


「ハウル、別に思い出さなくてもいいんだぞ。結局は同じ学校に通っているってことだけで」


「そうじゃなくて、その子私と同じクラスだ。しかも一学期の時に隣の席どうしだった」


 まぁ川上と杏夲だから、席が隣になってもおかしくはないか。


「まさかのクラスメイトだった! っていうか香憐の時といい、なんつぅ偶然だよ? まったく」


 それはそれでいいけど、あくまで聞かなかったことにしてあげてほしいものだ。

 それからセイエイはもうすこし、フレンドプレイヤーに関して暴露しないことを教えてやったほうがいいかもしれない。

 最悪……本当に最悪な結果になりかねないかもしれないからな。


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