第120話・賊名とのこと


 訳がわからないままシステムの上で受理されたクエストに頭を抱えながら、その日はこれ以上プレイする気にもならなかったのでログアウトした翌日。

 その日は運良くバイトが休みだったため、大学から帰って、午後七時ごろからのログイン。



 ◇ワーム/Xb1/属性【土】

 ◇ワーム/Xb5/属性【土】

 ◇ワーム/Xb2/属性【土】

 ◇ワーム/Xb1/属性【土】



 虫の軍団。大きさからして本当に気持ちが悪い。

 そしてXb5のモンスターが含まれてる。

 そのモンスターはうしろにいて、通常の攻撃では当たらない間合いにいる。

 二匹いるXb1のワームは前衛として、Xb2は中衛といった位置だ。

 前衛のワームがいっせいに攻撃を仕掛けてきた。

 スタッフの打撃で応戦。と言ってもCWVの低さでなんの意味もないが、虚勢を張るくらいにはいい。

 うしろへと一蹴し、モンスターとの間合いを空けると、魔法盤を展開させ、ダイアルを回して[[G][U][S][T]]と選択していく。



 【KDCW】



 四文字の魔法文字がオレの頭上に表記されると、スタッフの先から突風が巻き起こり、前衛二匹のワームをうしろへと吹き飛ばした。

 その一匹が中衛の、Xb2のワームにぶつかった。それによって、両方にダメージ判定が入った。

 ところでもう一匹は?

 突風によるダメージを食らっているが、倒せていなかった。

 JT消費は14。次の魔法を使うにもクールタイムがあるので、スタッフを投擲して目に突き刺す。血がドバって出てきた。

 それが致命傷になったらしく、光の粒子となったが、スタッフの全身が血で汚れてる。オレ自身は離れてたからなにもかからなかったけど、うわぁ、えんがちょ。



 一番うしろにいたXb5のワームが前へと飛び出してきた。



 【ΙΗΨ】



 そのワームの頭上に魔法文字が展開されていく。……っていうかギリシャ文字だった。


「えっ? そんなのあり?」


 まったく読めないので、魔法盤に刻まれていない文字が含まれているのかどうかも、というかなにを使ってくるのかも判断できない。

 いちおう防御はしておこう。

 クールタイムが終わった。急いで魔法盤を展開させて、[[G][U][A][R][D]]と打ち込んでいく。



 【KDYVM】



 オレの頭上には五文字の魔法文字が展開され、それと同時に、Xb5のワームの頭上には



 【ΙΗΨVΚΦ】



 という五文字のギリシャ文字が展開された。

 オレの身体を青色のオーラが包み込み、ワームはオレンジ色のオーラが包み込んだとと同時に、ものすごい速さで突撃してきた。

 いちおう身を屈めて防御に徹する。


「おごぉわぁっ?」


 残りHTが[17/32]と、ガードしたとはいえ、思った以上のダメージが入った。攻撃力増加の魔法?

 こっちは思い浮かぶ防御力増加の魔法を打ち込んでみたから良かったけど、後々こういうギリシャ文字を出してくるモンスターが出てきたらどうしようか。魔法発動前に倒しきるしかないか?



 そのXb5のワームは、ふらふらとしていて攻撃してくる様子がない。今がチャンスといいたいところだけど魔法を使うにもクールタイムに入ってる。

 血みどろのスタッフを握って、その先をXb5のワームの身体に突き刺す。

 クリティカル入ったっぽい。モンスターのHTゲージが半減し、しかもスタッフの先が地面に刺さったらしく、スタッフが杭となって動けないでいる。

 もしかして予測してなかった好機ってことか?

 生き残っているXb1と2のワームがぞろぞろとオレに攻撃を仕掛けてきた。

 もう一回うしろへと下がって間合いを保つ。

 残りのJTは? [94/128]になってる。


「魔法盤展開っ!」


 魔法盤のダイアルを回して、[[T][E][M][P][E][S][T]]と打ち込んでいく。



 【WFJTFCW】



 オレの頭上に七文字の魔法文字が展開され、生き残っている残り三匹のワームの足元から激しい嵐が吹き荒れるや上空へと吹き飛ばされて、地面へと叩きつけられた。

 そのダメージによって、Xb1のワームは消滅、Xb2のワームの残りHTは一割、Xb5は残り三割といったところだ。

 しかもスタッフで打ち止められていたワームは開放され、クールタイムも終わって、[[Ι]]……と魔法を詠唱し始めていた。

「やべっ!」

 一撃で倒せなかったのがなんとも惜しい。別の言葉を組み合わせたほうが良かったかと思っても後悔先に立たずだ。

 素で防げる? 多分ムリ。避けるしかない。



 【ΙΗΨVΚΦ】



 詠唱していたワームの頭上に五文字の魔法文字が展開され、さきほどと同様、オレンジ色のオーラが包み込むと、オレに向かって突撃してきた。

 ワームの動くスピードが一気に加速し、オレに突撃してくる。

 間一髪避けられ……ないっ! クールタイムが終わっても魔法盤による詠唱も間に合わない。攻撃が当たるすんでのところで避け……られなかった。



 行動を起こすまでの判断が遅くなり、オレはモロにダメージをもらってしまった。


「がはぁっ!」


 HTが[5/32]となり、ゲージの色がレッドに入ってる。

 そして突撃してきたワームはマウントポジションをとり、シャクトリムシのように口を動かし、攻撃を仕掛けようとしていた。


「や……べぇ……またこいつにやられるのかよ」


 今更だけど火属性の魔法が使えるようになったのだから、それでどうにかできたんじゃないかと後悔する。

 VRギアを通して見える視界が、上からゆっくりと暗転していく。

 おそらくHTの少なさによる演出だろう。



 HTの残りが低いせいか、身体が思った以上に動かねぇ……。


「また最初からか……」


 経験値また集めないとなぁ。ほんと……このゲームを初めてから二回もデスペナを食らうって、しかもXbは違えど、同じモンスターにやられるって……どんだけヘタクソなんだよ。


『煌くんってさ、自分がちいさなミスって思ったことが、結局一番大きな過ちになることが多いよね?』


 あいつの声が聞こえた。誰が聞いてもオレを責めている呆れた声だった。

 あぁ、そうだな。本当にそうだ。

 なんで、最初に火属性の魔法を使わなかったんだろうな。

 どうして、大嵐TEMPESTを使った時に、火属性の単語を組み合わせなかったんだろうな。

 笑いが……自笑する嗤いが止まらねぇやな。



 あきらめようかと、目を瞑ろうとした時だった。


「らしくないですね。レベル4の分際でXDEが60もある人がもう諦めているですか?」


 ためいき混じりの声が聞こえた。相手をバカにするような、いや違うな。相手のステータスを知っているからこそ言える言葉だった。


「シャミセンさんには悪いですけど、残りの経験値はもらっていきますよ」


 その言葉と同時に、オレの顔すれすれをなにかが通り、乗っかっていたワームが吹き飛ばされた。


「あの時、シャミセンさんは言ってましたよね? 『運を味方にするんじゃない。運が味方になる』って」


 倒れているオレを見下ろしながら、女性プレイヤーは、苦笑を浮かべながらはっきりとそう言い放った。


「ビ……ビコウ……」


「どうやらまだPCの意識はあるみたいですね。フレンドリストに登録しているシャミセンさんの居場所が今日向かおうと思っていた目的地の近くだったので、すこし声をかけようと思ったんですけど」


 ビコウはキッと険しい表情を見せると、魔法盤を展開させ、



 【LXYJF IXYA】



 という九文字の魔法文字が、彼女の頭上に展開された。

 右手に握っているスタッフを天に掲げると、そこから熱風が吹き荒れ、ビコウを中心に、回りにいるワームすべてを切り刻んでいった。

 そのダメージによって、生き残っていたXb2と5のワームは一気に消滅した。



 ◇経験値[0.5]取得しました。



 経験値は自分が倒したモンスターの経験値しかもらえないようだ。


「ちなみに、わたしには「1.4」の経験値が入るという計算になりましたね」


 ビコウはそう言うと、ウィンドゥを開いた。


「はい。HT回復ポーションです」


 渡されたのは回復アイテムだった。



 ◇HTが[10/32]になりました。



 まったく回復してないけど、ゲージの色がレッドからイエローになった。


「回復ポーションは持っているんですか?」


「いちおう……っていうか、これももしかしてランダムだったりする?」


「多分そうだと思います。回復魔法を使おうにも自分のステータスに依存しているようですから、強力な魔法が使えるようになれば……あっ!」


 ビコウは手をポンッとならすと、ニヤニヤと笑みを浮かべた。


「な、なんだ?」


「このゲームのチュートリアルで言っていたことを思い出したんですよ。ほら、フレンドどうしなら魔法文字の譲渡ができるって」


 あぁ、そういえばそんなこと言ってたな。


「ちなみに先ほど使った魔法文字は[炎の爪FRAME・CLAW」ですから、シャミセンさん[C]と[W]の文字は持ってます?」


「いや、持ってない」


「それじゃぁ交換しましょう。ちなみに魔法文字に入れる方法は同じで、それが正解でなければいけないんですよ」


 [W]に対する文字はもうわかっている。ただ[C]に関してはまだ判明できていない。


「そういえば、厨房にある製氷機がすこし調子悪いらしいですよ。近いうちに修理をするみたいですね」


 いきなりなにを言ってるかなこの子……は――

 いや、違う……ビコウはヒントをくれたのだ。

 氷……英語で表記するとすれば[ICE]だから、このみっつのローマ字に答えが含まれていることになる。

 魔法盤を展開して、その三文字に関しての文字を探す。



 [I]はすでに[N]の文字が刻まれている。

 [C]は入っていないが、逆に対象となる文字に刻まれた[C]は[S]の文字と対象になっている。

 [E]は[F]に、そして対象としての[E]には[K]が当てはめられている。



「……必要な文字がわかった。それじゃぁ頼むビコウ」



 ◇ビコウさまから文字盤の情報提供が届きました。

 ・魔法文字の譲渡を受理しますか?

 ・【はい/いいえ



 ビコウがうなずくと同時に、そういった情報がポップアップされた。

 その申請に対して[はい]を選択すると、ジンリンが姿をあらわし、オレとビコウのあいだを取り持ちはじめた。


「それではおふたりは自分の魔法盤を展開させ、お互いのポインターを合わせてください」


 言われたとおり、オレとビコウはお互いの魔法盤に刻まれているポインターを合わせる。


「文字を送る側のプレイヤーは選択文字ではなく、魔法文字をポインターに合わせ、受け取る側のプレイヤーはその文字の対象となる文字を選択してください。それが正解であれば送られた魔法文字ははれて受け取る側の魔法盤に刻まれます」


 つまりそれが正解じゃなかったらもらえないってことか。


「外した場合はどうなるの?」


 いちおう聞いてみましょう。


「外した文字をその人から受け取ることができなくなります。他の文字に関しても同様です」


「つまり、最大で九回しかできないってこと?」


 ビコウがジンリンにたずねる。たしかに手に入れなければいけない文字は九文字だから、外した文字が使えないってことは最大で九回ってことになるな。


「セイエイとは交換してないのか?」


「文字を手に入れた時、交換しようかって聞いたら、自分で探すって言ってました。まぁあの子の場合は残り文字が少なくなれば、それだけ正解率も高くなりますからね」


 つまりそれを狙っているか、もしくはプレイヤースキルで攻略しようと思っているかってことだな。


「それではおふたりとも交換を開始してください」


 ジンリンにそう急かされた。

 ビコウは魔法盤に記された魔法文字を、[I]に合わせる。

 魔法文字は並べられたローマ字の外に書かれた文字だから、それと対象になった文字を選択しなければいけない。

 オレはローマ字から[C]を選択する。



 ◇不思議な光は、吸い込まれるように魔法盤へと刻まれた。



 というアナウンスがポップアップされた。



 ◇魔法盤に文字が刻み込まれました。

 *魔法発動時に[C]を選択できるようになりました。

 *魔法盤の熟練値が上がりました。

 *NQWが[1]上昇しました。



「うし、正解っ!」


 といっても、完全に答えを教えてもらってるけど。


「それじゃぁ、もうひとつ……」


 ビコウがそう口にした時だった。


「あ、そのプレイヤーとの魔法文字の受け渡しをもう一度するには、一日のクールタイムが必要になるんです」


 ジンリンから忠告が入った。


「マジですか?」


 オレがジンリンを見据えると、彼女はうなずいてみせた。


「マジもマジです。そんな連続で魔法文字が手に入れられると思ったら大間違いですよ」


 魔法文字はあくまで自分の力で探せっていうのが運営からのルールってことね。


「まぁ[W]の文字はわかってるし、探して見つけるとしますか」


 もしかしたら都合よくすぐに見つかるだろうし。


「それでも見つからなかったら、わたしに連絡をしてきてください」


 その時は本当に困った時にでも……とそう言おうとした時だった。


「あ、ビコウさまにも伝えておきますが、情報交換による魔法文字の譲渡に使用した文字は、もう誰かと交換することができなくなります」


 ジンリンに警告を促されるや、ビコウは怪訝な表情で見つめ返した。


「うそっ? っていうことは交換は本当に九回しかできないってこと?」


 しかもそれを正解しないともらえないのだから、最悪一文字も交換することができないっていう可能性もあるってことじゃないのか?


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