第122話・塗抹とのこと



「そういえば、さっきビコウとフィールドであったけど」


「たぶんクエスト攻略に行ったんだと思う」


「クエストって?」


「次の町に行くための……」


「あぁ、あの訳の分からないクエストか」


 いまだにどうして勝手に受理されたのかがわからない。


「そうだけど? シャミセンもそのクエストやるの?」


「いや、推奨レベルが5からだし、まだレベルが4だからもうすこし上げてから行こうかなって思ってる」


「わたしも、まだレベル4だからクエスト受理はしているけど、まだ攻略しようとは思ってない」


 あら? 猪突猛進じゃないってこと?


「このゲーム、普通の攻撃より魔法盤を使ったほうがダメージ大きかった」


 不貞腐れなさんな。たしかに属性による補正もあるから、やっぱり魔法のほうがいいってことになるんだろうね。


「それで、今日はシャミセンどうするの?」


「あっと、それより先に、本人に確認したいことがあるから一回落ちるわ」


「……本人?」


 オレの言葉の意図がわからなかったといった感じで、セイエイが首をかしげた。


「まぁ、それがログインしていたらいいんだけどな」


「待ってたほうがいい?」


「別にそこまでしなくてもいいよ」


 そう言うと、「わかった」といって、セイエイは食事を再開した。



 それからセイエイとは店の前で別れると、オレはホームへと戻り、ログアウトすると、VRギアを外さず、そのまま[星天遊戯]へとログインした。



 目を覚ますと、魔宮庵にある間借りした部屋の天井が目に入った。

 時間を確認すると夜九時前だった。


「っと、テンポウはログインしてるかなっと」


 できれば直接会いたいものだ。

 フレンドリストを確認すると、運良くログインしていた。


「いちおう謝りは言っておかないといけないし、どこにいるのかね」


 テンポウの居場所を確認すると、[馬鈴湖]だった。

 チャットで応答を呼びかけてみるが、返答はなし。


「戦闘中か?」


 いちおう場所は分かったし、こちらから向かいましょう。



 道中に関しては特になにも記すこともなかったので以下省略。

 馬鈴湖の近くまで行くと、ちょうどテンポウがゲートから出てきたのが視界に入った。


「あれ? シャミセンさんお久しぶりです」


 オレに気付いたテンポウが手を大きく振っている。


「会ってすぐで悪いけど、すみませんでした」


 オレはその場で土下座をした。


「って、なんでいきなりそうなるんですか?」


「理由はとりあえずチャットで話す。というか本当にスマン」


「いやいや、シャミセンさんが今装備している[月姫の法衣]の効果で、フレンド以外にはほとんど見えてないんですから、オープンもクローズも関係ないと思いますけど?」


 なにがなんだとわけのわからなくなっているテンポウだったが、


「と、とりあえず顔を上げてくださいっ! なにがあったのか教えてくれません」


 とオレの肩を優しくたたいた。



 オレは[NOD]の中で、セイエイがハウルにテンポウの本名を話したことを説明した。


「うぅわぁ……」


 それを聞いて、テンポウは怪訝な、というよりは嫌そうな表情を見せる。

 そりゃぁねぇ、自分が必死に隠していたことを、いくらなんでも何気なくバラされたら、当然そういう反応するよね?


「いや、話の流れでそうなったとはいえ、元はといえばオレがハウルが通ってる学校の話題なんてしたのが原因でな」


「あ、いえ。別に同じ学校の子で、しかもクラスが一緒だったことにおどろいて――というより、杏夲さんがハウルさんだったなんてそっちのほうがビックリですよ」


 あぁ、そういえばアイツも学校ではVRMMORPGやってることを隠してたんだっけか。


「でも、セイエイちゃんは私とハウルさんがお互いにフレンド登録しているし、同じ学校だったから教えたんだと思いますよ」


「あっと……」


「ほら、セイエイちゃんだって、ゲームが好きだけど、学校だと浮いちゃうから普段それを隠してるみたいなことを言ってたじゃないですか? ある時シャミセンさんのことを呟いたら、同じクラスだった綾姫さんが反応して、二人でよくゲームの話をしてるみたいなこと言ってましたよ。だからもしかしたら私とハウルさんも自分たちと同様に、リアルでもゲームの話ができたらいいんじゃないかって思ったんだと思います」


 つまり、同じ学校じゃなかったら教えるようなことはしなかったってことか?


「結果的に、良かったってことかね?」


「じゃないですかね。もちろん普通そういうことをしてはいけないですけど」


 当人が許している以上、このことを穿ほじくり返すつもりはない。



「でもなぁ、身バレすると後々ヤバイことになるかもしれんし」


「まぁ、私やハウルさんが通っている高校は進学校ですから、よほどゲームに興味がない以上は他の子と接点はないでしょうから大丈夫だとは思いますよ。いちおう気をつけてはおきますけど」


「すまん。いちおう親戚としてハウルのこと頼む」


 要件も済んだので、魔宮庵へと戻ってログアウトしようとした時だった。


「もしかして、今日はそれを言うためだけにログインしたんですか?」


「そうだけど?」


「それじゃ、暇つぶしついでに、ちょっとした四方山話でも聞きませんか?」


 なんとも煮え切らないテンポウの表情。


「いちおう話は聞いておくけど、なんかあったの?」


「この前、ゲームとは関係のない、ホラー系の掲示板を流し読みしている時なんですけどね、なんでも[サイレント・ノーツ]っていうMMORPGをしていた[宝生漣ほうじょうれん]っていう女子高生が、プレイ中、脳に異常をきたして窓から飛び降りたっていう、話を聞くだけだとホラー系によくある面白みもない三文話なんですけど、これがなんかリアルで知ったことがあるみたいな書き込みが結構あったんですよ……」


 オレを見て話をしていたテンポウの表情が、徐々に強張っていく。



「え、えっと……シャミセンさん? 私なにか失礼なことを言いましたか?」


 すごい怖い顔をしてたんだろうな。


「まぁテンポウが他の人にバラすようなことをしないってんなら理由を言うけど?」


「も、もしかして……書き込まれた話が本当のことで、しかも知り合いだったとか?」


「知り合いも知り合いだな。それからちょっとその文章は間違ってる」


 あぁ、まったく、オレ自身が起こした大きなミスだよ。

 それが今頃になって、どうしてまったく関係のないゲームで思い出してしまうのかねぇ。


「あいつはテメェのマンションの『屋上』から『飛び降りてる』んだよ。……オレと斑鳩の目の前で――」


「……えっ?」


 オレとテンポウのあいだに静寂が訪れた。

 長い長い沈黙。息苦しくなるほどの、はやく誰かこの空気を壊してほしい。

 そう願ってやまないほどの甚だしい空気。


「ちょ、ちょっと待ってください? 目の前で飛び降りようとしていた人がいたのに、止めようとしなかったんですか?」


「……止められなかったというより、あいつは投身自殺をするところまで追い詰められてたんだよ。リアルでも……ゲームの中でも」


「いじめ……ですか?」


「世間一般的に言えばそうなるだろうな。でもやっていたやつらからしてみれば、ただのいじりだよ。あいつ多分セイエイよりゲームが上手かっただろうからな」


 オレは頭を振るう。思い出したくもないイガイガしいなにかが、胸を突き刺していく。


「す、すみません。無神経な話をしてしまって。私、シャミセンさんとその人のあいだでそんなことがあったなんて想像すらしてませんでしたから」


 テンポウは深く、本当に深々と頭を下げ、オレに謝罪する。


「別にテンポウが悪いわけじゃないって。もう二年くらい前の話だからさ、正直言うと、オレも今まで忘れていたんだよ」


 本当は最近になって漣がオレに言っていたことを思い出していたけど。


「それに、これはオレに対する罪なんだよ。アイツを殺すことになったのはオレだからな」


「で、でも……それは、自殺したのを止められなかったのであって、シャミセンさんが殺したってわけじゃ」


「いや、オレが殺したも同然だよ。学校に行かなくなったアイツが[サイレント・ノーツ]の中で、[エレン]って名前でトッププレイヤーになってたし、オレと斑鳩もそのゲームをやっていて、エレンとはよくパーティーを組んでたんだよ」


 本当、あの時はバカみたいに遊んでたな。


「だけどある日、エレンと一緒に討伐クエストをしていたオレは、パーティーを組まないかって言ってきたプレイヤーと野良を組んだんだよ。まぁ別にオレとエレンは気にしてなかったんだけど、その時エレンのことを、普段呼んでいる時と同じように[漣]って打ち込んちまったんだ」


「……もしかして、その野良パーティーをしようって言ってきたプレイヤーが、シャミセンさんたちとはリアル、、、で知り合いだったんですか?」


 テンポウの問いかけに、オレはうなずいてみせる。


「普通なら、MMORPGじゃなくてもネットの中ではHNハンドルネームで呼び合うけど、あの時、ちいさなミスをしてしまった」


 それがあの結果につながったんだ。


「笑いたければ笑えばいいさ、罵倒したければ罵倒すればいい。オレはそれだけのことをしたんだからさ」


「そんなこと、誰もしないと思いますよ」


 テンポウはゆっくりと、オレの言葉一つ一つをしっかり聞いてくれるような、そんな温かい眼差しをオレに向け直した。


「もしそれが原因だったとしても、私はいじめられたという思い出が特にないのでわかりませんし、当事者でなければもっとわからないと思います。だから生半可なことは言わないでおこうって思いますけど、でもシャミセンさんがやったことが原因じゃないと思います」


 オレはジッと、テンポウを見据える。


「自殺したその人がどんな人で、どれだけのことをされたのかわかりませんけど、結局逃げたってことじゃないですか」


 その言葉を聞くや、オレはテンポウに掴みかかっていた。



「テンポウ、お前なに言いだすんだよっ?」


「私の家って熱心な仏教徒なんですよ。だからこそ言えることがあります。自殺したら地獄もなければ、天国もないっ! 冥界もなければ極楽浄土もどこにもいけないっ! ないないつくしのどうしようもない存在なんですよ。そりゃぁその人をバカにするようなことを言ってるかもしれませんけど、でも――自殺したってことはシャミセンさんたちからも逃げていたってことじゃないですか? 親に相談もしないっ! 助けてって叫ぶこともしないっ! 悲鳴くらいあげてもいいんですよっ! 助けを乞う権利がっ! 誰かに許可をもらう必要がありますか? ないですよね? ないのにその人はなにもしなかったっ! なにもしなかったから――」


「オレなんだよ……」


「えっ?」


 オレは掴んでいたテンポウの胸座をゆっくりと離し、フラフラと肩で息をしながら、彼女から少しだけ離れた。


「オレが最初の、いじめの主犯だったんだよ」


「なっ?」


「漣のやつ、あまりにも人のいうことを鵜呑みにするからさ、それが面白くてオレはアイツをからかっていたんだ。頭を軽く叩いたり、アイツが読んでいた本を取り上げたりみたいなことをやっていた」


「…………」


「黙って聞くだけか? 反論は? 人を殺すくらいのひどいいじめはしなかったのかって聞かないのか?」


「人が喋っている時は最後まで聞いてから反論をしなさいって言われてますから」


 テンポウはしっかりとオレの目を見て、話を聞いている。

 興奮して思ったことを考えもせずに喋る人間と、冷静に物事を考えてから発言する人間とじゃ、ここまで表情も違うんだな。

 冷静になろうぜ薺煌乃。結果が変わるわけじゃないんだ。


「了解。でも……オレにとって漣はただの昔馴染みだったからお互いに戯れている……幼稚園の時からよくからかっていたから、アイツもそれがわかっていたんだと思う」


 あぁ、なんか色々と思い出してきた。


「だからこそ、あいつが本当に傷つくようなことはしなかった。もし対象が心から傷付くようなことをしてしまったら、それまで割り切っていたギリギリのラインを超えてしまうからな」


「難しいですよね。その境目がどこにあるのか」


「オレが嫌いな食べ物が給食に入っていたらわざと入れたり、上履きの片方だけ交換したりとか」


「あの、上履きの部分ですけど、それってシャミセンさんも困るんじゃないですか?」


「あぁ困った困った。やったのはいいけど、よくよく考えたら男子と女子とじゃわかりやすいようにって色分けされてるの忘れてたんだよな……ほんと、今思い出すとどうしようもなくバカバカしいことをして困らせてたもんだよ」


 その場に座り込み、オレは空を見上げた。

 時間も時間だけに、空には星が出ている。


「でもさ、オレとあいつのあいだには境界線があったんだ。これ以上踏み出してはいけないっていう境界線が。でも……別のやつからしてみたらそんなものあるなんて想像もしないだろうさ?」


 オレがそう言葉にすると、


「まさか……他の子たちがそれ以上のことをし始めた?」


 と、テンポウは唖然とした口調で聞いてきた。


「あぁ、下駄箱に直されていた漣の上履きがなくなっていたり、机の中に虫の死骸が入れられていたり、給食の量が極端に少なかったり、机を離されていたりな。たしかにオレもアイツをからかっていたけど、さすがにそんなことしねぇよ。漣が本気で泣くようなことは絶対しないって、自分でも線くらいは引いてたんだからさ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ? いままでシャミセンさんとその人のあいだには、腕白わんぱくな男の子が好きな女の子にどう接したらいいかわからなくて、しかたなくからかってしまったみたいな可愛らしい話だったはずなのに、いきなりハードすぎるんじゃないですか?」


 テンポウが険しい目でオレに詰め寄る。

 好きな女の子にねぇ……、それが当たってるんだから、女子の想像力は末恐ろしい。


「しかも、タイミング悪すぎだろっていいたくなるほどで、アイツの親父さんが詐欺にあって一億っていう多額の借金を作って蒸発しちまったんだ。いちおう本人は学校に来てたけど、いつどこで糸が切れるか、オレは心配だったんだ」


「助けられなかったんですか?」


「さっきも言っただろ? オレは最初のいじめの主犯だったって。オレ自身もアイツをからかっているのかいじめてるのかっていう曖昧な境界線を切れなかった。いやもしかしたらもう切っていたのかもしれない。自分が思っているだけで本当は傷つけていたんじゃないかって、今も思い出すたびにそう思うんだ」


 からかいもいじりも、度が過ぎれば結局は一緒ってことだな。

 本当、嫌だねぇ思い込みっていうのは。


「周囲からすればオレがアイツをいじめていた。そうとしか見えていなかったってわけだ。その後アイツは母親と一緒に実家に戻ったらしい。再会したのは高校に入学してからだったよ」


「運命的な再会というべきか、喜ばしいというべきか」


「オレとしてはまたアイツと同じクラスで嬉しかったよ。でもさ……再会したアイツの目に……光なんてものはなかったんだよ」


 オレはそれ以上は話したくなかった。

 小学生の時、漣が引っ越したその日に見たアイツの表情には、オレや家族とは戯笑するくらいに、まだ糸は切れてなかったんだと思う。

 でも、再会した時にみたアイツの目には……光もなにも映っていなかったんだよ。



「……シャミセンさん、こんな話を聞いておいてなんですけど、今日はどうするんですか?」


 テンポウも、これ以上オレからつらい思い出を話してほしくはなかったのだろう。

 別の話題に切り替えよう。そんな雰囲気を思わせる口調でそうたずねてきた。


「大学のレポートもあるから今日は魔宮庵にもどってログアウトするよ」


 自分でもわかるくらいに弱々しい返答だった。


「それじゃぁ、ハウルにはオレが謝罪しに来たって伝えておいてくれ」


「それは別に構いませんけど」


 オレは今度こそ踵を返した。

 その場から逃げたかった。

 いや、オレの救いようのない昔話を、ただただ黙って聞いていたテンポウが見せていた憐憫とした目から逃げたかった。

 逃げて、逃げて……全部放り投げてしまいたいくらいに。

 オレはすれ違っていく全部のモンスターを倒すことなく、逃げ続け、魔宮庵に戻ってログアウトすると、なにもせず、そのまま眠りにつくことにした。


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