第114話・新世界とのこと



「あっつぅ……」


 九月も半ばなのだが、残暑厳しく、日が照っている。

 オレが通っている大学にあるテラスは吹き抜けで、いちおう強化ガラスによる屋根はあるし、日光による熱も遮る特殊加工となっている。

 そんな屋根の下にあるテーブルでレポートの整理をしながら、昼食をとっていると、スマホにメッセージが届いていた。



 ◇新作ゲームサービス開始のお知らせ



 星天遊戯の運営会社である、[セーフティーロング]から、会員全員に送られるダイレクトメールだった。



 ◇送り主:セーフティーロング運営より

  ◇件名:[ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ]正式サービス開始のお知らせ。

   ・*このメッセージは送信専用のため、返信いただいても対応いたしかねます。ご了承ください。

   ・日頃より弊社製作のゲームをご利用いただきありがとうございます。

   ・このたび、新作VRMMORPG[ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ]の正式サービス開始時期が決まり、会員の皆様にメッセージをお送りいたしました。

   ・正式開始は九月二七日(月曜日)午後八時からを予定しています。

   ・またVRギア本体に対するアップデートも実施されますこと。ならびにサービス開始時には大変サーバーが混雑する可能性がありますので、ログイン規制がかけられる場合があります。

   ・その時は時間を置いて再度ログインしてください。

   ・大変ご迷惑をおかけいたしますが、ご了承ください。



 という内容だった。本当はいろいろ書かれているけど、こっちは要点は開始時期さえわかればいい。



「バイト休もうかなぁ……」


 いやダメだろと自分で自分にツッコミを入れる。

 休みの日を狙って、データをインストールしましょうかね。

 いちおう恋華や星藍から、ある程度のゲーム内容は教えてもらっているけど、また最初から成長させないといけないわけだ。


「魔獣演舞みたいにコンバートできんものかね?」


 そんなことを呟いてみるや、


「制作チームの人に聞いたら、いちおうはできるみたいよ」


 と、中学生か、へたしたら小学生にしか見えない少女のような女性にツッコまれる。

 そちらに目をやると、星藍が不貞腐れた表情で、透明なファイルケースを胸に抱えていた。


「どうかしたの?」


「さっき一年生から『お嬢さん、お姉さんでも探してるのかな?』って云われたのよ」


 そういいながら、納得のいかない表情で頬を膨らませた。

 あぁ、星藍が同級生って知らなかったわけでね。


「それじゃなくても、警備の人や、わたしを知らない教授に呼び止められるたびに生徒証を見せないといけませんからね」


「いっその事首にかけてたら?」


「いちおうわたし煌乃くんの先輩なんだけどなぁ?」


 笑いながら睨まれた。


「長期の入院をしていて、出席にっすが足りなくて留年だっけ?」


「うぅ……まぁそれは自分がまいた種だから、いまさらなにもいわないけど」


 星藍はポケットから自分のスマホを取り出し、画面をオレに見せた。

 彼女にも[セーフティーロング]からのメールが届いていたらしい。


「わたしはちょうどバイトが休みなので初日から初められそうです」


 ドヤ顔で云われてもねぇ。別に楽しめればいいと思ってるし。


「それはそうと、コンバートできるかもしれないって」


「そうね。ただレベルが30以上じゃないとできないみたいなことを言ってたわよ」


 レベル30以上ねぇ……多分大丈夫だな。


「いちおう聞くけど、煌乃くんのレベルって、今どれくらいだったっけ?」


「んっと、なんだかんだで35だな」


「ということは基礎値で225か」


「いや、イベントとかもあったから、現在基礎値で240になるけど」


 たぶん星藍はオレがレベルアップ時のポイントをすべてLUKに振り込んでると思って計算したんだろうな。


「基礎の時点でカンスト手前じゃないの? わたしなんてレベルマックスだから、イベントとかクリスタル以外じゃパラメーター増えないのに?」


 悲鳴あげられてもねぇ。もはや装備品を加えるとカンストしてるんだけど。


「鉄門もたぶんバイトだろうから、やっぱりみんなより始めるの遅いかもしれないな」


「だったらわたしと恋華がレクチャーしてあげましょうか?」


 星藍がズイッと顔を覗かせる。


「まぁその時はその時だな」


 期待はしないでおきましょう。



「それより、今日はバイト?」


「そうだけど、星藍はどうなの?」


 他人のシフトなんて、基本見ないからねぇ。


「残念ながらバイトだね。店長から、客からセクハラされたら問答無用で反撃していいって言われた時はおどろいたけど」


 クスクスと笑いながら、星藍はゆっくりと対面する形で席についた。


「客商売だと普通は客優先だと思うんだけどなぁ」


「見た目がちいさいからね。子供が働いているって自治体からも言われたみたいよ。まぁ大学の生徒証があるし、いちおうこれでもスクーター通いだから。最近は車の免許欲しいなって思ってるし」


 生徒証が偽造じゃないかって疑われるたびに確認の電話があるらしい。世知辛い世の中である。



 ♯



 それからすこし経って、九月二八日午後七時。



 ◇ようこそ[薺煌乃]さま。現在の時刻は[19:24]です。

 ◇あたらしいアプリがインストールされました。 

  ・【ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ】

 ◇ウイルスチェックを完了しました。このアプリは良好です。



 [星天遊戯]の時と同様、HPからダウンロードした基本アプリデータをVRギアのHDDにインストール。

 その後、ギアをはめ、ホーム画面にアナウンスポップが表示される。

 早速、【ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ】のアプリアイコンをクリックし、ログインした。



 視界に広がる世界は、暗澹あんたんとしていた。

 埃っぽい臭いと、血の臭い。生物が腐ったような臭いが鼻孔をかすめる。あまり長居したくない。

 殺伐とした廃墟の町並みであり、以前恋華が言っていたことを思い出す。


「まさに闇に染まった世界って感じだな」


 タイトル画面が邪魔だが、ところどころでほうきに乗った魔女が空を飛んでいるのが目に入った。飛行能力とかあるんだろうな。


「さてと、ゲーム開始」


 ポインターをログインに合わせてタッチする。

 すると、鏡が割れたような演出とともに、世界が反転した。



 光が収まると、部屋の一室だった。木造住宅で、木がむき出しになっている。

 その木にはランタンが掛けられているが、すぐに消えそうなほどの、仄かな光だった。


「っと、ここは……」


 周りを一瞥すると、[▽]といったポイントが出てきた。

 うしろに誰かがいる……ということだろうか?

 右に身体を向かせると、[▽]のまま。

 もう一度右に身体を向かせると、ポインターは[△]になった。

 そして、そこに青白い光が灯されていることに気付いたオレは、顔を上げた。



「ようこそ、見習いの魔導士さん」


 青白い光に包まれながら、スタイルの良さそうな妖精がオレを見ていた。

 竜胆りんどう色の腰まである長い髪で、顔立ちは高校生くらいだ。

 実寸で言えば全長6インチくらいだろうか。


「えっと、ナビゲーター?」


 オレは首をかしげ、目の前の妖精にたずねた。


「そうです。ボクはあなたがこのゲームで困った時に、親切丁寧に教えるナビゲーター。[ジンリン]と申します」


 そう名乗る妖精は、礼儀正しくお辞儀した。


「身長は10.30センチ。スリーサイズは上から6.10、3.54、5.51となります」


 そんなことまで聞いてない聞いてない。

 しかしまぁ、たぶん6インチだから、それを数値でかければ……意外にスタイル良すぎじゃない? というか犯罪的だな。


「ところで、オレにいろいろということがあるんじゃないか?」


「あぁ、そうでした。シャミセン、、、、、さまは――」


「ちょっと待て、なんでまだプレイヤーネームもなにも設定してないのに、オレをそう呼ぶんだ?」


 疑問に思ったオレは、ジンリンの言葉を遮った。


「シャミセンさまがプレイされていた[星天遊戯]のプレイングデータが、インストールフォルダに保存されています。そちらをコンバートすることも可能です」


「デメリットは? コンバートすると二度とゲームができないとか」


「それはありません。ただしこちらにデータをコンバートする場合、[星天遊戯]の現段階における基礎ステータスから算出されたものが、このゲームの初期段階での基礎ステータスとなります。その合計値を引いたポイントを振り分けることになります」


 なんという親切設定。まぁそれなら問題ないな。

 ただ、装備品が使えないのは致し方あるまい。


「ちなみに最初からポイントを振り分けることも可能です」


「魔法とかテイムモンスターのコンバートは?」


「魔法に関しては、このゲーム特有のシステムが有りますので、そちらは後々に説明させていただきます。また、シャミセンさまは現在[ワンシア]というテイムモンスターを連れています。ただしレベルが低いと召喚に失敗してしまう可能性があります」


 いちおうストックには入れられるってことね。魔法はシステム上コンバートできないようだ。


「オーライ。それじゃぁコンバートだ」


 オレがそう宣言すると、ジンリンはパッと右手の人差指を空にさした。



 ◇プレイヤーネームは[シャミセン]でよろしいですか?

  ・よろしければ【はい】にタッチしてください。

  ・名前の変更を希望される場合は【名前変更】をタッチしてください。

  *【は い】/【いいえ】/【名前変更】



 目の前にウィンドゥが表示され、質問が始まった。


「[はい]っと」



 ◇プレイヤーのレベルがコンバート条件に達しています。

  ・【星天遊戯】のプレイングデータをコンバートしますか?

  ・よろしければ【はい】にタッチしてください。

  *こちらでデータコンバートしても、【星天遊戯】でのプレイ続行は可能です。

  ・【はい】・【いいえ】



「さっきジンリンから確認取ったからな。[はい]を選択ぅっ!」


 二回ほど確認をとると、



 【シャミセン】/職業:【風術師】

  ◇Lv:35

   ・【STR:14】

   ・【VIT:9】

   ・【DEX:19】

   ・【AGI:13】

   ・【INT:10】

   ・【LUK:240】



 という、装備品を省いた状態における、[星天遊戯]でのオレの基礎ステータスが表示された。



 ◇このデータからポイントを算出します。よろしいですか?

  ・【はい】/【いいえ】


「「はい」っと」


 [はい]を選択して、三秒くらい経つと、



 ◇データのコンバートが完了しました。


 と表示された。そのウィンドウの下に、



 ・【STR:3】

 ・【VIT:2】

 ・【DEX:4】

 ・【AGI:3】

 ・【INT:2】

 ・【LUK:60】



 と再構成された数値が表示されている。

 自分で言うのもなんだけど、LUKの高いこと。



 えっと、LUKの元の基礎値が240だったから、その四分の一が表示されているわけだ。

 おそらく他のパラメーターも、元の四分の一で算出されたのだろう。



 ◇ステータスにポイントを振り分けてください。

  *残りポイント26ポイント。



「ここからポイントを加算していくわけね」


 さて、どう振り分けようか。

 魔法の世界だからINTを増やしたほうがいいのだろうが、


「LUKをそのままにして、26だと割って5で余るな」


 ――またダイズで決めようか。


「ゲーム中断は可能?」


「この画面のままにすることは可能です。一日悩むプレイヤーもいますから」


 ジンリンがそう応える。なら答えは一つ。


「ちょこっと、小一時間待っててくれ。すぐに戻るから」


 あ、その前にこの画面をスクショしておこう。



 さて、VRギアを外して、残り残高を思い出す。


「えっと26ポイント余ってるから、5D5になるな」


 早速ダイズを振ってみる。

 一投目。


[2・4・4・2・5]


 右から、STR、VIT、DEX、AGI、INTに振り分けられる数値。

 合計で17ポイント減ったから、残りポイントは9になる。


「9は5で割り切れないから、残りをINTに振り分けてみるか」


 ということで振り分け完了。ゲームに戻りますか。



「お帰りなさいませシャミセンさま」


 おれがゲームの中に戻ると、ジンリンがちいさく頭を下げた。


「ポイント振り分けは決まりましたでしょうか?」


「あぁ、ほんじゃポイント振り分けしますかね」


 パラメーターそれぞれの横にあるポイントのアップダウンにポインターを合わせ、ポイントを振り分けていく。



 一分後――。



 ・【STR:5】

 ・【VIT:6】

 ・【DEX:8】

 ・【AGI:5】

 ・【INT:16】

 ・【LUK:60】



 ◇ポイントの振分はこれでよろしいですか?

  ・【はい】/【いいえ】



 という画面とアナウンスが表示される。



「これでよし」


 [はい]を選択すると、オレの足元に魔法陣が展開され、包むように上昇した。



 【シャミセン】/見習い魔法使い/0K

  ◇Xb:1/次のXbまで0/10【経験値0】

  ◇HT:6/6 ◇JT:16/16

   ・【CWV:5】

   ・【BNW:6】

   ・【MFU:8】

   ・【YKN:5】

   ・【NQW:16】

   ・【XDE:60】



 ステータス画面を見て、オレは思わず、「なにこれ?」

 と素っ頓狂な声を上げてしまった。


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