第113話・欣然とのこと


 さて、今日はワンシアのレベル上げのため、[はじまりの町の裏山]を集中的に探訪。ここらへんは基本的に木属性のモンスターばかりだから、狐火を展開しとけばいいんだけど……


「常時発動できててればどれだけよろしいかと」


 戦闘のたびに発動、展開しないといけないんだよなぁ。うわぁ面倒とためいきをついていると、


君主ジュンチュ、モンスターの気配がします」


 ワンシアがそういう。

 気配? まったくなにも感じんのだけど?


「たぶん蜂以外だと思う」


 セイエイにも言われたが、オレを含んで、ハウルと綾姫も口々にはてなってかんじだ。

 近くでモンスターがポップした様子もないのだけど、たぶんこの子の場合は野生の勘だな。


「チルルも気配を感じてない?」


 ハウルの横に陣取っているチルルを一瞥してみるが、キョトンとしてる。


「ワンシア、案内してくれる?」


「御意」


 ワンシアはちいさく頭を下げるや、オレたちを気配がした方へと案内した。

 森の中……ついでにいうとゲート発見。


「ゲートだ」


 セイエイがつぶやく。たしかにゲートですけど、なんか不思議そうな顔でそのゲートを見ていた。


「こんなところにゲートなんてあったかな?」


「あたらしくアップデートされたりとか」


 よほどのアップデートじゃない限り、アナウンスされないんだよなぁ。

 セイエイが知らないってことは、どうなんだろうか。オレと綾姫は入れるのかね?



[この先はレベル20以上のプレイヤーのみが入ることができます]


 レベル制限20からだった。


「私入れないのかぁ」


 と、自分のレベルが条件に達していないとわかるや、綾姫が落胆する。


「シャミセンさん、明日あたり大丈夫ですか?」


 ハウルがそうたずねる。


「明日はバイトだからほとんどログインできないけど? 明後日ならなんとかできる」


「余計なお世話かもしれないけど、シャミセン大学の勉強大丈夫なの?」


 セイエイがすこしばかり当惑した目で訴える。別に心配してくれてるのだから余計なお世話ではない。


「大丈夫大丈夫。でハウル、なにか策でもあるの?」


「綾姫のレベルがあとひとつ上がれば20になるから、多分明日までに――」


「寝なさい」


 ハウルの言葉を遮るように、オレはハウルの頭を小突いた。


「どうせ徹夜覚悟でレベル上げする気だっただろ? 勉強そっちのけでネトゲーしてるってじいちゃんにバレてみろ、ギアを取り上げられるどころの話じゃなくなるぞ」


 普段は温厚であまり怒ることのない祖父なのだが、ゲームのやり過ぎで学校の成績が悪いとおもちゃを取り上げられることがほんとうによくあった。オレもその被害者の一人。

 まぁそれもあって、大学や高校受験の時は安心して祖父母の家にギアやらゲーム機を預けられたってわけだけど。


「むぅ、わかったよ」


 ハウルが頬をふくらませ、上目遣いで睨む。怒られた理由は言われなくてもわかってくれているようだ。

 綾姫を一瞥すると、


「別に今入るってわけじゃないだろうし、それにそろそろログアウトしないとまたお母さんに怒られそう」


 と、本人は違うことで悩んでいたようである。

 時間を確認してみると八時をすこし過ぎたくらい。



「ワンッ!」


 と、チルルが吠えた。なにか見つけた?

 錫杖を握りしめて警戒態勢。と行きたかったが、セイエイが特に気にもしてない表情だったので、モンスターがポップされたというわけではなさそうだ。


「あれ? シャミセンさん、こんなところでなにかしてるんですか?」


 声がしたのはゲートの方からだった。ゲートに入れるようになると、むこうの景色が見えるようになり、当然こちらの方も見ることが可能になる。


「セイフウとメイゲツか?」


 ゲートから出てきた二人を見て、オレはすこしばかり怪訝な顔でそうたずねる。


「そうですけど……っていうか、また増えてません?」


 メイゲツがそう説明しながら、視線を綾姫に向けた。


「は、はじめまして、綾姫といいます。職業は法術士です」


 あたふたと自己紹介する綾姫。


「はじめまして、メイゲツといいます。同じく法術士です」


「オレはセイフウっていいます。弓師です」


 と言葉を返すように双子が自己紹介をした。


「綾姫、言っとくけど二人ともお前より年下だぞ?」


「ふぇぇ? そうなの? でもネトゲーは年齢がわからないから基本的に敬語の方がいいって」


「そうですよね? でもオレとメイゲツは、そこのセクハラさんに最初から呼び捨てにされてますけど?」


 ジトーッと、オレを見据えるセイフウ。


「セクハラ? こ……シャミセンさん、この子たちに何かしたの?」


 なぁにもしてません。この二人にはなぁにもしてません。


「セイフウ、言葉を返すけど、オレ若干一名に初対面の頃から呼び捨てにされてるんだけど」


 そう言いながらセイエイを見る。


「メイゲツ、むこうなんかあった?」


 本人はそんなオレの視線の意図に気付くこともなく、あたらしく出現したゲートの先について、メイゲツに聞いていた。



「むこうですか? ちょっとした泉がありましたね。モンスターはレベル10から20、レアモンスターだと30までありました」


「結構強そうだな。属性はやっぱり木が多かったか?」


「いえ、どちらかというと湖が近くにありますからサブ属性で水を持っているモンスターが多かったです。それから最近だとテイムの可能性があるモンスターには、名前の横に[※]がついてました」


 双子の説明を聞く限り、本当に新しく配置されたステージらしい。

 ちらほらと他のプレイヤーが出入りしているが、あまりテイムモンスターを連れている人はいなかった。


「私は魔獣演舞からですけど、シャミセンさん以外にテイム連れているプレイヤーっていませんね」


 それもあってか、オレとハウルがテイムを連れていることで注目を集めていた。



「どうする? 一度町まで戻ろうか」


 ここからなら急げば五、六分で着くだろうな。

 と言いたいところだけど、もしかしたらショートカットできるかもしれん。


「シャミセンさん、なんか悪いコト考えてません?」


 メイゲツがそうつぶやく。別に悪いことは考えてませんよ。

 ただちょっと時間短縮を考えてただけ。


「セイエイ、ワンシア抱えて走れる?」


 セイエイは応えるようにうなずく。


「でもシャミセンさん、綾姫はどうするんですか?」


 ハウルの問いかけに答えるかたちで、オレは綾姫を背負った。


「ぴゃうっ?」


 うん。うしろで綾姫がおどろいてるけど、綾姫のAGIはたぶんそんなに高くないだろうし、双子のほうがもう少し高いだろうしね。


「ちょ、煌兄ちゃんっ! 見てるっ! なんか色々と視線感じる」


 ぽかぽか背中を叩かれてるけど、痛くもない。


「綾姫? しまいにゃぁ落ちるぞ」


 ちょっと悪戯しましょうかね。


「……落ちる?」


 ピタッと綾姫が殴るのをやめた。

 それと同時に、オレはパッと一気に走りだした。


「えっ? ちょ、ちょっと? 煌兄ちゃんっ! 止まってっ! 崖っ! 崖っ! 目の前がぁけええええええっ!」


 綾姫の悲鳴が聞こえると同時に、オレは崖から飛び降りる。

 身体が落ち始めたのと同時に、右手を天に掲げた。

 土毒蛾の指環の効果でオレの身体は宙に浮き、背中に負われている綾姫も一緒になって浮いている。

 崖下までの高さもだいたい十から十五メートルくらい。

 ゆっくり落ちればまぁ死なないでしょう。


「ちょっ! 死ぬぅっ!」


 ちらりとうしろを見ると、綾姫がビクビクと目を強くつむっていた。


「心配すんな……それよりほら、ちょっと目を開けて周りを見てみろ」


「へっ?」


 綾姫はゆっくりと双眸を開き、周りを見渡した。

 空を飛んでいるオレたちの視線の先には、はじまりの町の街灯が点々と、空の星のように輝いていた。



「すごぉい、綺麗」


 綾姫が呆然としたのと、陶酔した表情で景色に見惚れていた。


「たしかに綺麗だ」


 思わずスクショ。月は裏山の背にあるから一緒に撮れなかった。


「綾姫、感慨深いだろうけど、そろそろ落ちるスピードあげていい?」


 たしか今のLUKは229だから、その半分、114秒。

 そろそろ浮揚時間が……。



 ガクンとオレの身体は地面に引っ張られた。


「あっ……」


「えっ? ちょ、ちょっと?」


 バタバタと悲鳴をあげる綾姫。まぁそんなに慌てることでもないでしょう。ちょっとダメージ喰らうくらいだろうし。


「大丈夫、ちゃんと背負ってるから、綾姫にダメージが有るわけでもなし」


「じゃなくてっ! 下が川っ! 川っ!」


 は? なに云って――。

 足元を見てみると、山道……ではなく、川だった。


「あ、思った以上に跳んでた」


「冷静にツッコんでる場合かっ!」


 まぁ落ちるもんは仕方ないね。川の水位が高いことを祈りましょう。最悪デスペナにならないことも祈っておこう。



 バシャンと、オレと綾姫の身体が水面に叩きつけられた。


「わっぷっ? アップっ! どぅあっぷ」


「綾姫、助かったんだから落ち着け。足つくから」


 落ち着かないと水位の低い川でも溺死することだってあるんだぞ。


「えっ? あ、本当だ」


 しかしまぁ水に入ったせいか法衣がビッショビショだねぇ。

 これって、時間が経てば乾くんだろうか。



「……煌兄ちゃん」


「なに?」


「こっち向かないで」


 振り向こうとした瞬間止められた。


「どうかした? もしかしてどこか部位破壊でも」


「いいからこっち向かないで」


 怒られた。まぁたぶん水で法衣が濡れて下着が見えてるってところでしょうか。

 綾姫のHPを確認すると、そんな気にするほどの減少はなかった。


「焚き火でもしますか」


「いいって言うまで振り向かないでよ」


 念を押された。まぁいいけど着替えは持ってるんかね?



 [セイエイさまからチャットが来ています]


 簡易ステータスにセイエイからチャット送信のポップが現れた。


「もしもしシャミセンでした」


「なんで過去形?」


「まぁそれはいいんだけどね、なんか用事」


「あぁ、はじまりの町に戻ったけどシャミセンたちがまだ裏山にいるから」


 気になってチャットしたってわけか。


「ちょっと緊急事態エマージェンシー。衣服の装備品ってプレイヤーの容姿とか関係ある?」


「別にそれはないと思うけど、どうかしたの?」


 オレは綾姫ともども川に落ちたことを説明した。


「だったら待ってて、ちょうどこの前ドロップアイテムで法衣手に入れたから」


「それでいいから持ってきてくれる?」


 そうお願いすると、


「わかった、すぐ持ってくる」


 とセイエイはそう言うとチャットを切った。



「煌兄ちゃん、誰からだったの?」


 声をかけられ、うしろを振り向く。

 綾姫の身体はまだ完全に乾いてはいなかったが、、インナーが見えない程度までは乾いたようだ。


「さっきセイエイからチャットがあって、いらない法衣があるみたいだから持ってくるってさ」


「そっか。でももうすこし楽しみたかったなぁ。っていうか煌兄ちゃん、ああいう景色知ってたの?」


 いや、まったく。偶然だねぇ。


「あ、花愛お姉ちゃんからメッセージ来てる」


「なんて?」


「今どこかって」


 姉妹どうしお互いにフレンド登録してるんだから、それで確認すればいいんだろうけど、たぶんさっきのセイエイと一緒で[はじまりの町の裏山*10]って出ていたのだろう。


「オレが一緒だから心配するなって送っといて」


 すくなくとも一人じゃないのだから大丈夫だろう。


「そうだね。でもすごいなぁ……こんなすごいこと普段は体験できないし」


「空は飛べないけどね」


 たまに掲示板を覗くけど、オレ空飛ぶ結界魔術師なんて言われてるけど、実際浮揚しているだけで自由に空を飛んでるわけじゃないんだな。

 ムササビみたいに皮膚をひろげて滑空してるのだって、実際は空を飛んでるってわけじゃない。


「ほうきにまたがってとかでできないのかな?」


副職業サブジョブに宅急便がついたりしてな」


「ちいさい黒猫を連れたりね」


 クスクスと笑みを浮かべる綾姫を微笑ましく見ていると、


『もう帰りたくないな……あんな腐った世界なんか――』


 という、少女の言葉がオレの脳裏にささやかれた。



「……んなわけねぇだろ、どんなにつらくても、ゲームはゲームでしかないんだよ」


「……? 煌兄ちゃん、どうかしたの?」


 上目遣いでオレを見る綾姫が、キョトンとした表情で見る。


「いや、なんでもない。そろそろしたらセイエイが来るだろうし、それから町に戻ってログアウトするか」


「了解」


 綾姫はオレの横にしゃがみ込み、川の水に手をいれる。


「つめたーい、こういう感覚もギアの特徴なの?」


「そうだなぁ。VRゲーム末恐ろしや」


 それから五分くらいしてセイエイがやってきて、綾姫にドロップした法衣を渡した。

 その時、サクラさんも一緒だったため、オレを残して二人をはじまりの町へと送っていった。

 ちなみにワンシアは勝手に魔宮庵に戻ったんだとか。



 一人川辺に残されたオレは、のんびりと魔宮庵へと戻りますか。

 そう思い、歩き始めた時だった。


「うわぁっ! や、やめっ! やめてくれっ!」


 プレイヤーの悲鳴。でもモンスターの反応はしない。

 声がしたほうへと言ってみると、プレイヤー三人が一人の剣士系のプレイヤーをいたぶっていた。



[**** Lv** 剣士]

[モナステリオ Lv24 剣士 *レッド・ネーム]

[アーダルベルト Lv31 魔導士 *レッド・ネーム]

[ヤヴリンスキー Lv25 弓師 *レッド・ネーム]



 一人をのぞいて、全員レッドネーム。

 ってことはいたぶってる三人はプレイヤーキラーで経験値を上げてるって感じだな。



「てめぇ、こんなところでなにやってんだぁ? オレとの約束破って暢気にゲームなんかしやがってよぉっ! あぁそうかそうか、ほんじゃぁまぁお前がゲームんなかででかい顔してるってことみんなにバレてもいいんだな……慎吾」


 あ、もしかしてリアルで知り合いっぽい?

 でもMMORPGの中ではそういうのってネチゲットじゃないんだな。

 レベルの差は――甚振られているほうは伏せられていて分からなかったが、結構良さげな装備付けてないか?


「よっしゃ、こいつも殺しちまそうぜっ! だまってオレたちに殺されろよ。どうせそんなに強くねぇんだろ」


 弓師がそう提案する。えっと、たしか――、あぁ面倒くさい。いちいちレッドネームの名前なんぞ覚えてられるか。

 助けるかどうかは、甚振られてるプレイヤーがどう出るかだ。

 みたところ、けっこういい装備してるんだけどなぁ。

 自分から攻撃を仕掛けないってことは、こいつらからリアルで嫌な思いをさせられているってところだろう。



「おらぁっ! さっさとやられろよっ!」


 剣士が剣をプレイヤーに目掛けて振り下ろす。

 HPがどれくらい減少したのかはわからないけど、甚振られているプレイヤーは苦痛を見せてるだけで、実際はそんなに減っていなそうだ。


「くそっ! おらぁっ!」


 魔導士が魔弾をぶつける。それでも偽りの苦痛を見せてるだけで、甚振られている方はまったく平然とした表情をしてる。


「ち、ちくしょうっ! おまえっ! なにか使ってないか?」


 弓師がそう尋ねるが、名前のわからない剣士はぶるぶると震えた表情で否定する。


「なわけねぇだろ! それじゃぁなんで死なないんだよ?」


 剣士が武器を突き立て、名も知れぬ剣士のお腹を刺した。


「な、なんだこりゃ? まったく、まったくダメージを喰らわねぇ」


 剣士がうわごとを言う。

 どういうこと? ダメージ減少のスキルを使っていたとしても、HPが減らないってことはないだろう。

 それにさっきから攻撃を仕掛けられているが、やはり自分から攻撃しようという仕草がなかった。


「…………」


 名も知れぬ剣士の口が動く。


「くそっ! こいつ学校でもうざってぇんだよなぁ。声がちいさいからなにを言ってるのかわからないし――」


 剣士がツバを目の前のプレイヤーに吐き捨てる。



 その瞬間、なにかのスイッチが作動したのだろうか、名も知れぬ剣士の中心に魔法陣が展開され、三人のレッドネームプレイヤーを包み込んだ。

 その魔法陣から無数の手が生えだし、三人の足を掴む。


「お、おいっ? なんだこれ? てめぇいったいなにを――」


 三人の声は遮られ、彼らの身体は干からびていく。


「まさか、ドレイン系の魔法か?」


 それにしてもかなり強すぎやしないか? 一人は第二職業いってるレベルだったぞ。


「て……てめぇ……おぼえ……てろ……、殺してやる――ころ――し……」


 最後の一人が捨て台詞を吐き捨て、光の粒子となる。



「…………」


 視線を感じ、オレはそちらを見る。


「見てましたか?」


「途中から。っていうかあいつらって――リアルで知り合い?」


 そうたずねたがプレイヤーは応えない。まぁその反応が普通なんだけど。


「それにしても今のはすごいな。ドレイン系の魔法?」


「…………」


 睨まれた。応える気はないってことね。

 でも発動条件はなんとなくわかった。


「ダメージを蓄積して、そのダメージ分を吸い取るってところか。しかもダメージは永続的に蓄積される」


 えっと、たしか基礎と装備品を合わせても255でカンストになるから、HPとMPは最大で12,750で、それ以上にはならない。

 たぶんダメージ蓄積は一度発動してしまうと最初からになるのだろうけど、それまでいくらかダメージをためていたってところだろうな。


「あの、いいですか?」


「んっ? あぁごめんな……」


 名も知れぬ剣士は頭を下げると、オレとすれ違うように川上の方へと去っていった。



 すこし、さっきの剣士が使ったドレインスキルが気になったので、同じドレイン系の魔法を持ってそうなケンレンに聞いてみるか。

 ちょうどログインしているようだった。タイミング良すぎる。


「ダメージ蓄積のドレインスキル? いや聞いたことないわね」


 チャット先のケンレンから返ってきた言葉は意外なものだった。


「ケンレンって死霊術師だろ? ってことはドレインとか覚えてるんじゃないかなって思ったんだけど」


「私の職業スキルは倒したモンスターやプレイヤーの残留思念をNPCとして使うことはできるけどね。ダメージを蓄積してその分をドレインするって、それってすごく面倒じゃないかな?」


「あるにはあるってことか?」


「そのスキルを使っているプレイヤーを直接見たってわけじゃないからまだ仮説でしかないけど、もしデスペナなんてしたらその蓄積分も消えるってことじゃない?」


 そのまま残ってるってわけじゃなさそうだな。


「ってことは、少なくてもダメージ減少のスキルか装備効果があったってことだろうな」


「こういうことはビコウに聞いたほうがいいんだろうけど、来月から今まで以上に忙しくなりそうだからね」


「まさか大学がオレと同じだったとは」


 そうつぶやくと、


「あぁセイエイから聞いた。病院でかなりおどろいてたみたいね」


 クスクスと笑われた。


「その剣士プレイヤーだけど、リアルで知り合いとなれば報復を受けそうね」


「報復ねぇ……もしそれができてたら自殺なんてしなかった、、、、、、、、、、んだろうな」


「はっ? 自殺?」


「いや、なんでもない。ゴメンな、用事があったのにチャットなんてして」


「いいよ。ログインしてすぐだったから。それじゃぁまたね」


 ケンレンはそう言うとチャットを切った。

 彼女はあまり詮索しなかったが、オレのつぶやきに対して気にはしていたのかもしれない。



 でもさ……思うんだよ。

 現実に居場所がないから仮想現実で居場所を探そうと彼女はした。

 だけど仮想現実でも彼女の居場所がなかったら、どこに居場所があるのかって――


『もう帰りたくないな……あんな腐った世界なんか――』


 また……彼女の声が響いた。

 ヌルヌルとした血のような声。洗っても洗ってもこびりついて取れないバスルームのカビのように、頭の中で言葉が繰り返されていた。


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