第107話・藍宝石とのこと


 綾姫が見つけた妙にでかいホンバオシ・ラビットをロックしながら、オレたちはそれに近付いた。


「結構近付いたけどやっぱりでかいな」


 近くまで来たけど、モンスター確認のポップアップが出てこない。


「まだモンスターの攻撃範囲外ですね。どうします」


「うーん初めて見るしなぁ、警戒するに越したことはないけど」


 オレはチラリとセイエイを見据える。

 すごくウズウズしてます。戦いたい気まんまんですな。


「確かめてきてくれる? 一度戦闘から逃げてもしばらくは出現したままだろうし」


「わかった」


 セイエイは、それこそ鎖に開放された好奇心旺盛のドーベルマンのように、一蹴でホンバオシ・ラビットに似た大きいウサギのところへと駆け出し……もとい跳んでいった。



 すこししてセイエイがオレたちのところに戻ってきた。


「ホンバオシ・ラビットだけどホンバオシ・ラビットじゃなかった」


「意味不明すぎる」


「目の色が違う。ホンバオシ・ラビットは目が赤いけど、あのモンスター目が青い」


 目が青い?


「同族異種でしょうか?」


 あぁ、モンスターの見た目が似てるけど、攻撃方法が違うみたいなことか。


「でもわたし初めて見る。それと……」


 バツが悪そうな表情でセイエイは綾姫を見据えた。


「どうかしたの?」


「いまあれと戦闘するのはやめたほうがいい気がする。どんなモンスターなのか確認するためだったからすぐに逃げてきたし、攻撃内容はわからないけど」


 [セイエイさまからメッセージが届いています]


 セイエイから届いたのはホンバオシ・ラビットに似たモンスターの名前がポップされたスクショだった。



 [ランバオシ・ラビット]Lv22 属性・木/水



「レ、レベル22?」


「ちょ、ちょっとどういうことですか? だってことまだ初心者でも入れるレベル制限がされていないフィールドのはずじゃ」


 オレとサクラさんのおどろきっぷりを尻目に、


「えっとどういうこと? 煌兄ちゃんたちだったらそんなに難しくないんじゃないの?」


 と綾姫が怪訝な表情で首をかしげた。


「まだゲームを始めたばかりの初心者がどんどん先に進まないように、フィールドやダンジョンにはエリア設定がされているんだよ。その先に行くにはレベル制限をクリアしないといけないわけだな」


「初心者フィールドはレアモンスターを含んでも最高でレベル20なんです。でも同じレベル20でもステータス設定が低いので、実質レベル15くらいだと思っていいですけど」


「あれ? それだったらあのウサギも大丈夫なんじゃ?」


「サクラさんが最高でもレベルは20って言っただろ? つまりあのモンスターの設定上、それを上回っているってことだ。システム上そういうレベル設定になっていたらまず検索に引っかって間引かれる」


「それにわたしこのゲームだいぶやってるけど初めて見る。だからあたらしくアップデートされて出てきたんだと思う」


 セイエイがそう口にした時だった。



「お嬢っ! うしろっ!」


 悲鳴にも似たサクラさんの声が夕闇に染まったフィールドに響き渡った。

 セイエイの背後には、彼女を追いかけていたと思うランバオシ・ラビットの姿があり、その大きな手を大きく掲げるや、セイエイに向かって振り下ろした。


「――[かまいたち]」


 セイエイは振り向くことなく、双剣を縦横無尽に切り刻む。

 そのコンボダメージは積み重なっていき……ランバオシ・ラビットを一撃で仕留めた。


「毎度のことながらすげぇな……っていうか新技?」


「この前覚えた……っ?」


 セイエイが不快な表情で自分の頭を撫でるや、


「なにこれ?」


 といった表情で手のひらを見せた。」


 そこにはどっぷりと青いペンキのようなものがこびりついていた。


「いや、こっちに聞かれてもなぁ、なにそ……」


「キィシャァアアアアアアッ!」


 セイエイが見せた青いペンキのようなものに状況がまったく理解できていないオレたちの思考を、それこそ綺麗に作り上げた鍋の具材をぐっちゃぐちゃにかき混ぜたかのようなモンスターの雄叫びが四方から聞こえだし、よっつの影が上空に跳んだ。



 [ランバオシ・ラビット]Lv24 属性・木/水

 [ランバオシ・ラビット]Lv26 属性・木/水

 [ランバオシ・ラビット]Lv27 属性・木/水

 [ランバオシ・ラビット]Lv23 属性・木/水



 一気に四匹の簡易ステータスがポップアップされた。

 だから、フィールドのレベル設定無視してないか?

 レベル27なんて、普通レベル制限30のところからじゃないと出ないぞ?


「えっ? なにこれ?」


「モンスターを呼び寄せた?」


「お嬢、大丈夫ですか?」


「大丈夫。……あれ?」


 オレたちのところへと歩み寄っていたセイエイがフラッと前のめりになって倒れた。


「お、おいっ! セイエイッ!」


「ちょ、ちょっと油断した……毒食らってる」


 よくよく見るや、セイエイの顔が紫になっていた。

 彼女のHPゲージがジワリ、ジワリと減っている。


「[キュアリス]」


 セイエイのところへと駆け寄ったサクラさんが状態異常回復の魔法をかけようとした瞬間、一匹のランバオシ・ラビットが彼女に襲いかかろうとしていた。


「木属性なら炎でどうだ?」


 チャージをかける暇などなく、通常のフレアで攻撃。

 命中し、セイエイとサクラさんから離すことができた。

 ついでに弱点属性補正が加わって大ダメージを……与えていなかった。

 ダメージはあたえられたけど、たぶん普通のダメージだと思う。


「っと、どういうこと?」


「おそらく属性によるダメージ計算が相殺しているんだと思います。たしかに木属性に火を使えばダメージは二倍の効果になりますが、逆に水属性に火属性の攻撃を仕掛けてもダメージが半減してしまう」


 サクラさんの説明を聞きながら、


「それじゃぁダメージ計算が100%になるってこと?」


 と綾姫が聞き返した。


「そういうことになるな。その説明だと[ダメージ×2÷2]になるから、結局ダメージ数が変わらないってことになるわけだ」


「あくまで得手不得手の属性に対してですから、現にお嬢の[かまいたち]は火と水ふたつの属性を持っている青鋒刀のふたふりを使ってはいても、体現スキルでの属性は物理にほかなりませんから」


 というよりは、ほとんど素のSTRで倒したと思うんだけど。


「もしかしたらだけど、金属性の魔法や体現スキルなら木属性に大ダメージをあたえられるし、水属性も通常ダメージになると思う」


 ふらふらと立ち上がりながら、セイエイは体勢を整えた。


「大丈夫か?」


「わたしは大丈夫。サクラ、みんなにフィジカルベール使って」


「わかりました。[チャージ]・[フィジカルベール]」


 サクラさんがワイトの先を天に差し魔法を唱えると、全員にVIT上昇のエフェクトが発生した。


「どういう攻撃をしてくるかわからんし、イタチの最後っ屁みたいな毒攻撃もあるから、セイエイの近接攻撃はとどめには使えないか」


「って、煌兄ちゃんうしろうしろっ! モンスター攻撃しようとしてるっ!」


 オレの目の前で慌てふためく綾姫を見据えながら、


「そうだなぁ……ワンシア、[君影草ジュンインツァオ]」


 とワンシアに命令した。


「ワンっ!」


 ワンシアが咆哮をあげるや、彼女の身体が白く光った。

 空中にはいくつもの光の矢が現れ、その鏃がいっせいにオレのうしろにいるランバオシ・ラビットに狙いを定める。


「こんっ!」


 ワンシアの声をトリガーに、光の矢はランバオシ・ラビットに撃ち放たれた。


「ぐぅぎゃぁああああああああっ!」


 チラリとうしろにランバオシ・ラビットは、それこそグングニルの槍に貫かれたような形となり、ダメージは一気に九割減っていく。

 あら、もしかして急所入ってる?

 なんて暢気に眺めていたら目の前のランバオシ・ラビットのHPが全壊したと同時に身体が破裂し、セイエイを襲った青色の血がオレの全身をシャワーのように塗りたくった。



「ちょ、自分で注意しなきゃって言った矢先なのに」


 綾姫が蒼白した表情でオレのところに近付く。


「えっと綾姫、多分シャミセンわかってワンシアに攻撃させたんだと思う」


「セイエイ、アタシが嫌いなのって自分を大切にしないですぐに身を挺して犠牲になる人なんだよ」


 キッと険しい目でセイエイを睨む綾姫に対して、


「いえ、そうではなくて……シャミセンさんの場合、よほどのダメージがない限りは基本的に大丈夫なんですよ」


 とサクラさんが綾姫を宥めた。


「……どういうこと?」


 オレの行動や、セイエイたちの態度の意味がまったく理解できていない綾姫は、目をパチクリさせながらオレを見た。


「まぁ納得しないのが普通だわなぁ。オレが今装備している[月姫の法衣]は瀕死と死亡以外の状態異常を1ターンにつき50%の確率で回復するから、あんまり危惧してないんだよ」


 もちろんそれで動けなくなったら元も子もないけど。

 基本的には瀕死以外はあんまり心配してないんだよな。


「そうなの? 嘘じゃないよね」


 マジマジとオレを見る綾姫。嘘言ってどうする。



 さて一匹倒したのはいいとして、ワンシアのMPがだいぶ減った。

 君影草ジュンインツァオって結構MP消費激しいな。だいたいMP20%くらい。


「テイムモンスターの大技はクールタイムがあるし、意外に使いどころ難しいな」


 かと言って魔法攻撃は正直厳しい。

 今覚えているので有効なのはライトニングくらいだし、アクアショットは威力があってもチャージを兼用しないといけないから詠唱時間を要する。そもそも水と水ではダメージが半減してしまい、さらに木に至ってはヘタをしたらドレイン効果で回復させてしまう。

 もちろんセイエイとサクラさんならなんとかできるだろうが、あの青い血の状態異常ダメージが毒以外に、それこそ麻痺とかがあったら多分アウトだ。

 セイエイは基本的に近接攻撃優先だろうし、サクラさんは魔法を多く覚えていても、実際に使えるのは八個までで、戦闘中はストックの変更ができない。

 その中で金属性の魔法が入っていればだが、


「期待させているようで悪いですけど、金属性の魔法を入れてませんよ」


 と、オレの視線に気づいたサクラさんが、申し訳ないといった表情を見せた。



「うーん、ライトニングであいつらにダメージを与えられればそれに越したことはないけど」


 標的が大きいから命中率上昇の構えをとらなくてもいいとは思う。

 ただ、戻ってきたセイエイのうしろを取って襲おうとしたのを考えると、思った以上にAGIがあるのだろう。

 それに光属性は闇以外では通常のダメージしかない。


「シャミセン、どうする?」


 オレの指示を待っていたのか、さっきから妙に攻撃を仕掛けていなかったセイエイが、オレの顔色を窺っていた。


「あぁっと、普通の攻撃でダメージがどれくらいか――」


 言いかけた瞬間、セイエイは一蹴でランバオシ・ラビットの懐に入り攻撃をしかける。

 青鋒刀のひとふりが一陣の旋風を起こし、ランバオシ・ラビットを上空へと吹き飛ばした。


「あ……」


 セイエイがオレたちを見る。いつもの無表情というにはあまりにもぎこちない表情だった。

 たぶん武器の効果は自動で発動するから、やった本人もまさか出るとは夢にも思っていなかったのだろう。

 たしか青鋒刀の効果って、セイエイのLUK%の確率で発動するんだっけ。――その確率35%……


「ぐぎゃぁぁぁぁぁッ!」


 吹き飛ばされていたランバオシ・ラビットの身体が弾け飛んだ。

 青い血が辺り一面に降り注いだが、間一髪誰の身体にも当たらなかった。



「ご、ごめん」


 今にも泣きそうな声色でセイエイが頭を下げる。


「いいって、誰にも当たらなかったんだから結果オーライ」


「そうそう、それにあと二匹だし、みんなで倒せばいいよ」


 綾姫がうしろの方へと下がる。たぶん自分のレベルだと前にしゃしゃり出てしまったらかえって足手まといになると思ったのだろう。

 そういえばさっきから気にはしていたけど、ランバオシ・ラビットの攻撃対象がオレやセイエイになっている気がする。


「まさかねぇ……」


 いやだって、もうそういうこと起きるとは思わないし……っていうか思いたくもない。


「ワンシアの能力で[亡目]にすることはできるだろうし、動きを止めることも……」


 ワンシアに対しての命令一覧を見ていくが、そのスキルを覚えていなかった。

 おそらくテイムモンスター化したことによってステータスが一部修正されたのだろう。


「くぅん……」


 そんなオレの憂苦に、当のワンシアが眉尻を落としてオレを見上げた。


「いや別にワンシアが悪いわけじゃないから」


 ワンシアの顔をワシャワシャと撫でくりまわす。


じゃれてる場合ですか? モンスターの動きを止めることはできなくても遅くさせられたらいいんですけど」


 ストップとかないの? と思ったら自分のINTとLUKの計算で止められる時間が決まるんだとか。

 ちなみにその時間は[INT+LUK×レベル÷1000]らしい。

 ちなみに一秒を1000単位で計算するようだ。

 オレのステータスを一番いい状態で計算すると、

[120+221×26÷1000]ってことになるから、止められる時間はおおむね8秒(正確には8.865秒)になる

 っていうか、使いどころ難しいなこれ。



「あのー、あのウサギって、属性だっけ? 水属性のモンスターを氷魔法で凍らせることってできないの?」


 綾姫がなにを思ったのかそうたずねた。


「綾姫、モンスターの属性が水でも、綾姫が覚えている[スノウ]は水属性の魔法だから相性は……」


 アッと、なにかに気付いたセイエイがオレを見据えた。


「っと、どうかしたのか?」


「いけるかも……強力な火属性の魔法が当たれば火傷を負わせられるのと同じように、強力な[スノウ]だったら一撃で倒せなくても、モンスターを凍らせることができるかも――シャミセン、綾姫に[月光の指輪]装備させてあげて」


 と手を差し出した。


「っても、これを装備したところで……っ! そういうことか」


 セイエイの読みがわかった。

 オレのしたり顔に応えるかたちで、セイエイも笑みを浮かべていた。



「綾姫、[チャージ]って魔法は覚えてるか?」


「えっ? 覚えてない」


 慌てた表情で綾姫がそう応える。


「だったら今から覚えさせてやる。今から綾姫に[月光の指輪]を装備させる。これには一回の戦闘につき、一度だけプレイヤーのステータスのうちひとつをランダムで二倍にする効果があるんだ」


「なにそれすごい……でもそれだったらもう煌兄ちゃんが発動させてるんじゃ」


「発動させるのはあくまでプレイヤーの任意だ。さいわいにもオレはまだその効果を使っていない」


「バトル中でも装備品の交換は可能だから、パーティーの人にトレードすることもできる」


「で、でもどうやるの? チャージの魔法の書とか誰かが持ってるの?」


 いきなりいろいろなことを言われて頭がパンクしそうな表情で綾姫はまくし立てているオレとセイエイを見る。


「チャージの覚え方は簡単です。使いたい魔法の詠唱時間を長くするんです。最初は白いですがゲージが溜まってもしばらく我慢してください。するとゲージの色が青に変わります。それからさらにゲージを貯めていけば、青から緑へ、緑から赤へと変化していきます。チャージを覚えれば普段より強い魔法が発動されるんです」


 サクラさんがそう教える。


「で、でも……アタシ、うまくいくか」


「あいにく……今私の魔法ストックの中には氷をイメージさせる魔法が入っていないんですよ」


 サクラさんはチラリとオレを見据えた。


「ってわけだ。頼むぜ綾姫。お前への攻撃はオレたちが防ぐ」


 オレは装備品から[月光の指輪]を取り外し、綾姫に投げ渡した。



「それと……綾姫、ひとつだけ教えとこうか」


 [月光の指輪]を指にはめている綾姫に声をかけると、チラリとこちらを見た。


「……なに?」


「勝負に負けても心の中まで不貞腐れるな。ギャンブルは勝てば天国、負ければ地獄だけど、気持ちまで負ける必要はないんだよ。その一瞬に命をかけるのはおおいに結構。でもな、負けた勝負を負けてないって言ってやり過ぎる人間がギャンブル依存症になりやすい。勝負に負けたと認めることもまた勝利であり、そして次への糧となるっ!」


「う、うん」


「難しく考えるな。ただ一途に……効果がINTに当たってくれることを願えばいいんだよ。それで失敗しても誰もお前を責めない」


 そう言い残すと、オレはセイエイとサクラさんを交互に見渡し、できる限りダメージを最小限に抑えながら、綾姫への攻撃を防ぎ始めた。



「お願い。[月光の指輪]の効果をINTに当たって」


 綾姫はギュッと[月光の指輪]を装備した右手を握りしめ、ワンドを上空へとかざした。


「ぎぃしゃぁあああああああっ!」


 二匹のランバオシ・ラビットは咆哮をあげるや、鋭い爪を空高く掲げ、セイエイとサクラさん目掛けて振り下ろした。


「できるだけ綾姫から注意が向かないように、それからできれば攻撃も禁止」


「わかった」


「わかりました」


 セイエイとサクラさんはすんでのところで攻撃を避けていく。オレも[刹那の見切り]の効果で避けることができていた。



 チラリと綾姫の方を見ると、魔法詠唱のエフェクトが白から青に変化していた。


「まだだっ! まだそこから色が赤に変わるまで我慢しろ」


 オレの注意が綾姫に向いた瞬間、大きな影がオレを包み込んだ。


「なっ……!」


 気付いた時にはすでにランバオシ・ラビットの顔がオレの目の前にあった。


「ぐぅわっぎゃぁっ?」


 その勢いのまま、オレはランバオシ・ラビットとともに地面にたたきつけられる。のしかかりとかありですか?


「綾姫ッ! チャージに集中してっ! チャージ中は普通の魔法詠唱と違って、失敗したらその分MPが消費しちゃうからっ!」


「……っ!」


 セイエイが綾姫が魔法キャンセルしてオレを助けようとしたのが見えたのだろう。怒気にも近い険しい声で綾姫の動きを制止した。


「そういうことだ。っていうかいつまでも乗ってんじゃねぇっ!」


 オレは両足を曲げ、のしかかっていたランバオシ・ラビットを蹴り飛ばした。

 うしろを見た瞬間、綾姫の足元から展開されている魔法詠唱のエフェクトが緑に変化し、――そして赤へと変化した。



「――っ! 今だぁあああああっ!」


「[スゥノォオオオオオオオオオオオ]ッ!」


 綾姫のワンドを中心に、吹雪が横殴りの竜巻となって吹き荒れ、二匹のランバオシ・ラビットに食らいついた。


「ぐぅぎぃぎ……ぎぎ……ぎぎぎ……」


 次第に青の毛色は白へと染まっていき、ランバオシ・ラビットの動きが鈍くなっていく。



「さぁて、どうしてやろうか……」


 オレはバキバキと指を鳴らす。まぁイメージだから実際には鳴ってないんだけどね。


「…………」


 物言わぬ、動くこともままならないモンスターを一方的にやるっていうのは気がひけるけど、


「遠くまで吹き飛ばせば毒攻撃を受けることもないよな?」


 オレの笑みはひどく歪んでいた。



 魔法の詠唱を始める。

 オレの足元に展開される魔法詠唱のエフェクトの色は白から青へ、青から緑へ、緑から赤へ……。

 そして――赤から金へ!


「[ワンチュエン]ッ! [アクアショット]ォオオオオッ!」


 錫杖から繰り出された水の波動は、それこそテキストのカノン砲のように強力な砲弾となり、二匹のランバオシ・ラビットを吹き飛ばした。

 ――二匹のHPは全壊し、遠くの方で弾け飛んだ。

 青い毒の雨はオレたちの身体に振りかかることはなく、別のプレイヤーに当たるという二次災害もなかった。



[綾姫のレベルが上昇しました]

[綾姫が[チャージ]を覚えました]


 勝利と同時に、綾姫のレベルと[チャージ]獲得のアナウンスが出た。


「か、勝ったの?」


 呆然とした表情で綾姫はその場でへたり込んだ。

 たぶん緊張が一気に解けて足腰が覚束なくなったのだろう。


「うん、バトル勝利のアナウンスも出たしね」


 セイエイが笑みを浮かべ、綾姫に手を差し伸べる。


「す、すごいね……VRゲームって――まだ手が震えてる」


 綾姫は震えた自分の手をジッと見つめた。


「っと安心するのはまだ早いぞ」


 オレはワンシアをランバオシ・ラビットが破裂した場所へと走らせた。


「……っ? 煌兄ちゃん、ワンシアになにさせてるの?」


「まぁちょっとな……」


 …………しばらく待っていると、ワンシアがなにか口に咥えて戻ってきた。


「よぉし、よしよしよし」


 戻ってきたワンシアの頭を撫でながら、口に咥えているアイテムを手のひらで受け取った瞬間、


[SRアイテム[藍宝石サファイア]を手に入れました。

 プレイヤーに[宝石鑑定]のスキルがありませんでしたので、宝石店で鑑定をしてもらってください]


 というアナウンスが表示された。



「ほ、宝石? え? でもなんで? だってアイテムを手に入れたなんてアナウンスどこにも出てこなかったよ」


「え、っと……なんかこのゲームってモンスターを倒した後に周りを探さないと手に入れられないアイテムもあるみたいなんですよ」


「なにそれひどくないですか?」


 サクラさんの説明を聞きながら、さらにおどろいた顔で綾姫は愚痴をこぼす。ほんとそのとおりだ。



 [藍宝石] 宝石/素材アイテム ランクSR

 ランバオシ・ラビットという青眼の兎の瞳に眠っているとされている宝石。

 売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのINTが付加される。



 藍宝石のアイテム鑑定をして、さて誰にあげようかねと思う。

 まぁ内心決まってるんだけど、やはりみんなの意見を聞いたほうがいいな。


「わたしは綾姫にあげたほうがいいと思う」


 と、たずねるよりも先に、セイエイがいの一番にそう言った。


「えっ? いいよアタシの装備まだ弱いし」


「いえ、今回の戦闘で一番の貢献者となったのはほかならぬ綾姫さんです。勝者は名誉と栄光をは昔からの習わしですからね」


 サクラさんはそう言うや、綾姫の背中を押し、オレの前へと差し出した。


「ってわけだ。勝者はただただ喜びを噛みしめればいいんだよ」


 オレは綾姫に藍宝石を渡す。


「あ、それと貸していた[土毒蛾の指輪]と[月光の指輪]は返してくれよ」


 といちおう言っておいた。



「あ、そういえばサクラさん」


 返してもらった[月光の指輪]をアイテムリストの中にある装備品の項目に入れなおし、[土毒蛾の指輪]を装備しなおしながら、オレはサクラさんに声をかけた。


「本当は氷魔法使えたんじゃないんですか?」


 あの時、『魔法ストックの中には氷をイメージさせる魔法が入っていない』とオレたちに言った。

 つまりは[フリーズ]を魔法ストックの中に入れていなかったということになる。


「魔法ストックの難しいところは予想していない状態になってしまうことですね。通常攻撃に属性が加わればいいですけど、ほとんどは効果によるものですし、ストックに入れている攻撃魔法の属性とモンスターとの相性が悪いと打つ手がなくなってしまいますから」


 メイゲツみたいなパーティーのステータスを上昇させたり、回復させるなどのサポート優先のストックになってしまうと、いざソロの時は却って厳しい状況になってしまう。

 オレも、[ライティング・ブラスト]のコンボ条件である『連続でクリティカルが成功しないといけない』という賭けを考えると、あまり使いどころを間違えられない。最初の一撃でクリティカルに当たらないと次の攻撃が発動されないからだ。


「それはそうと……シャミセンさん、先日[チャージ]のテキストが変更されたの知ってました?」


 そうなの? ほとんどテキスト読まんからねぇ。

 ためしに図鑑から[チャージ]の項目を選んで、確認してみますか。



 [チャージ] 補助魔法

 このスキルを魔法ストックに入れている場合、魔法の威力をINTの20%を数値分加算される。



 という内容に訂正されていた。


「計算がわからないんだけど」


「たとえばINTの数値が30とします。その場合チャージを使うと、INTに+6が加算されるんです。魔法の効力はすべて100となりますので、それにチャージで算出された分が加算されるんです」


「ということは綾姫のINTは70以上って言っていたから、装備の効果で二倍になれば最低でも140。その20%だから28が魔法効力の基礎値である100に加算されるわけか」


「そういう計算になりますね。さらにいえば攻撃魔法なら弱点属性に加えられれば二倍になりますし、魔法はINTが攻撃力になりますから」


「ってことは、魔法効力が二倍になるから……って、あれ? それってカンストしてねぇ?」


 何これ怖い。


「あの、おどろいているところ申し上げにくいのですけど」


「んっ? どうかしたの?」


 オレが首をかしげるや、


「シャミセンさんが[チャージ]を使われた場合、ご自身のINTはすでに、それこそ[月光の指輪]の効果で二倍にしなくてもカンストに近いと思いますが?」


 と苦々しい笑みでサクラさんは嫌味をはいた。


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