第105話・粃とのこと
「へぇ、なんともまぁ人と人のつながりっていうのは思いかげないところで磁力を発するんですね」
香憐が家に来たその日、バイトから帰ってしばらく経った午後十一時四十分頃のことだ。
メッセージの確認でもしておくかってことで星天遊戯にログインすると、ホームである魔宮庵の囲炉裏にはビコウの姿があった。
オレはセイエイが言っていたクラスメイト……香憐のことを、名前を伏せた形でビコウに話した。
「オレもそれにはおどろいたけど……、それよりなんか、ここ最近ログインするたびに会うけどホームの設定変えた?」
いつもいるからそう思わざるを得ないんだけど。
「わたしもいちおうは魔宮庵みたいな客間は持っているんですけど、レベル制限が30のところでして、あんまりプレイヤーを見かけないんですよ。比較的人が多いこっちのほうが監視する意味ではいいですからね。所有者が任意していれば他のプレイヤーも客室に入れますから」
「えっとボースさんはスタッフだから含まれないとして、今まで部屋に入ったのはビコウとサクラさん、それから双子が部屋に入ってるんだっけか」
これなら許容範囲内だし、セイエイが常時部屋に入れるプレイヤーを選んでいるようだ。ちなみにあの時パーティーに入っていたプレイヤーはカウントされず、自由に入れるんだと。
「シャミセンさん自身は部屋に招き入れるような人はいないんですか?」
「特にいないかなぁ、ログインしても大学とバイトがあったらする時間なんてほとんどないし」
腕を組み、すこし唸ってみせる。
「前々から思ってましたけど、深夜ログインをあまりしてないようですし、結構健康的な生活してますよね。日本の大学生って遊んでいるイメージありましたけど」
囲炉裏にかけられた鍋の具をかき混ぜながら、ビコウはジッとオレを見る。
「えっと、なに作ってるの?」
料理スキルがあるとは聞いてたけど、鍋の中は赤く濁っており、音がグツグツと煮え滾ってるんですけど。
「唐辛子を効かせた粥ですよ。なんか最近風邪気味で」
「本体は植物状態なのに風邪引くのな」
「多分別の入院患者の見舞いに来ていた人が風邪を抉らせていたみたいなんです。まぁ院内感染にはならない程度の微熱でよかったですよ」
ふと、ビコウの言葉に違和感を覚える。
「っと、食べてみます?」
ビコウは鍋の具をお玉で掬い上げ、小皿に盛るとオレの手前に差し出した。
「オレ辛いのってあんまり……、林檎と蜂蜜の辛口食べられるかどうかレベルに苦手だぞ」
「いや……それ本当に苦手な人に失礼な気がしますけど、大丈夫ですよ、男は度胸、なんでも試してみるものです」
赤粥に含まれている唐辛子の辛い成分が風に乗ってオレの鼻孔に刺激を与える。こういうのもVRギアの電気信号で来るんだろうか。
「ほんじゃぁまぁ……いただきます」
意を決してパクリと一口食べる。
「おっ? あんまり辛くない?」
意外に食べられるものですな。
「唐辛子の辛味はすると思いますけど、ケチャップとかココナッツミルク、粉チーズで味をマイルドにしてますから食べやすくはなっていると思いますよ。お粥というよりはリゾットに近いですね」
さすがに口に入れるたびに辛味は来るけど、これならいくらでも食べられる。
「アフッ! アフアフアフフアフアフ……」
一口、また一口と、それこそ止まらなくなってきた。
「うんまぁーい、身体の悪い汗が一気に吹き出して毛穴が新鮮な空気を吸い込もうとしているようだ」
ゲームなのにこの刺激。VRゲーム末恐ろしや。
「満足してくれたようでなによりです。それじゃぁ夜食でも嗜みながらでいいので話を訊いてくれます?」
そう言うとビコウは虚空にスッとウィンドゥを開くと、メッセージをオレに送ってきた。
[『ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ』公式サイト]
メッセージには『ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ』のHPアドレスが書かれている。
「『ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ』……通称[NOD]。会社では[ノッド]というコードで呼ばれてます」
「ノッド……ねぇ」
「ゲーム内容はそのメッセージに書いてあるホームページにありますけど、まぁ前に話したとおりです」
「公式ホームページができたってこと?」
「クローズドβテストが六月から開始されますから、その募集もかねたプレオープンみたいです。ちなみに……すでに一万以上の応募があったそうですよ」
あら、あんまりアナウンスされていないのに結構集まったものですな。
「VRギア登録者には事前にメールでアナウンスされていたみたいですけど」
オレの反応が納得していないのか、ビコウは懐疑的な態度で聞き返してきた。
「あぁほらVRギアのアカウント登録の時に情報メールを受信しますかってチェック項目があっただろ? あれ面倒だからチェック入れなかったんだよ」
そう応えるや、
「あぁそういうことですか。それなら知らなかったっていうのもなんとなくわかります」
と頭を抱えられた。
「ちなみにその募集はすでに締め切られていますから、いまさら応募することもできませんね」
「それじゃぁテストがうまくいけば、そのまま正式にサービスが開始されるってわけだ」
「あくまでシステムに滞りがなければですけどね。セキュリティーもしっかりしているだろうし、クローズドβテストに当選したプレイヤーも正式サービスの時は他のプレイヤー同様最初からになりますし、シナリオは変更されるようですよ」
ビーター対策ってところか。
「ただわたしとしては、自分の両親が設定したVRギアの脳波感知システムが悪用されないでくれることを祈るしかないですね」
「マミマミはそれを利用して悪事を働こうとしていた」
ある意味それが一番危惧する部分だよなぁ。
「……かもしれませんね。本体はすでに死んで魂だけがゲームの中にいて、彼女の本心があんなことをしていた。夢都さんの最期を見たのはわたしとシャミセンさん、セイエイだけですから……いちおう兄には報告してはいますけど」
「そう言えばセイエイのバーサーカー状態以外はあまり見てないけど」
結構他のプレイヤーがマナー悪いことをして苛立ったらなりそうなものだけど。
「あの子の場合は周りの雰囲気を読むことはできるかどうかはちょっと不安ですけど、基本的には素直な性格なので感情が爆発してしまったってところでしたからね」
「ってことは感情をコントロールできる人もいるってことか」
「アレクサンドラさんみたいに
セイエイがキレたのも、ある意味マミマミが原因なわけだけども、
「オレ、一回だけプレイヤーキラーにキレてるんだけどなぁ」
四龍討伐のさい、クレマシオンがセイフウにやったことにたいしてキレたのを今更になって思い出してきた。
「その時、なにか変化はありました?」
「変化……ねぇ、だいぶ前のことだからほとんど忘れてるんだけど」
思い出してもただただ苛立つだけだから、難しそうな表情だけして場を乗り過ごしましょうかね。
「今日はこのままメッセージ確認だけですか?」
ビコウが不意にそう声をかけてきた。
「そうだけど? っていうか大学で手伝っている実験のレポートも書かないといけないからフィールドに出られんぞ」
「だったらちょっとご迷惑をかけたってところですかね」
申し訳ない表情でビコウはたずねる。
「別にどうってことはないさね。ビコウには色々と情報をもらっているし……」
そう返答しながら、オレは虚空にウィンドゥを開き、受信メッセージを確認した。
[白水さまからメッセージが届いています]
[セイエイさまからメッセージが届いています]
一人目、白水さんからのメッセージ。
『先日はアイテム狩りの強力をしてくださってありがとうございました。
さきほどテスト段階ですが、手に入れた蜜蝋を使って【誘虫蝋】という、虫モンスターを呼び寄せるロウソクが作れたので、運営にデータを送ってみました。
もし作りたくなりましたら、材料一覧書き記しておきますので参考にしてください。【蜜蝋×2+クモの糸×3】
追伸、宝石を砕いた砂をクレヨンにできないかどうか以前に、まずクレヨンの製造方法を知るほうが先でした。』
昨日ゲットした蜜蝋で作ったってことですか。
いつものことながらよくまぁ作れるなと思う。
王スキルを持ったプレイヤーはどうなるんだろうか。
『虫避けスキルをもってるプレイヤーでもモンスターを誘えるかどうかテストした方がいいかもしれませんよ』
という返信メッセージを送っておく。
『友達が明日シャミセンと一緒にパーティー組むみたいなこと言っていたけど、私も明日入ってるから大丈夫だよ』
という、いつもどおりに淡々とした内容だった。
今日の夕方、香憐が誘うみたいなことは言っていたけど。
『了解。明日はバイトが休みだから夜の七時くらいからログインできるぞ』
と返信しておこう。
「うし、確認と返信完了」
今日はこれでログアウトしますかね。
「ビコウもやっぱり落ちるの?」
「そうですね。もう時間も時間ですし。スタッフから新しいモンスターに関するバトルテスト依頼はきていないので今日は止めますよ。ここ最近はドロップアイテムをきちんと手に入れられるかのテストが大体ですから、のんびりやっていくつもりです」
えっとレアアイテムのドロップがちゃんと機能するかってことか。
「百回戦闘して割合が正しいかといった感じですね。ただドロップアイテム自体が出ない時もあるので」
「えっと宝石とかみたいにモンスターを倒してから周りを探さないとアイテムがないっていう可能性は?」
「あ、ははは……否定できないところが痛い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます