第104話・慫慂とのこと


 翌日明朝六時。試しにログインしてみると、


「おはようございますシャミセンさん」


 とビコウが囲炉裏のところで待ち構えていた。


「ゴメンな朝早くにログインさせるなんてことしちゃって」


「いえ、実を言うと結構寝起きがいいんですよ。それに点滴の時間までまだだいぶありますし……それよりメッセージ読ませていただきました」


 ビコウは険しい表情でオレを見た。


「メッセージにあったとおりだ。最新VRMMORPGのテストを前にセイエイがやることになっていたみたいな話題になったじゃないか」


 たしかその話題をセイエイが言った時、ちょうどビコウも一緒にいたはずだろうから聞いてはいると思う。


「えっと『ザ・ダークウィッチ・ナイトメア・オンライン』……通称『DNO』というタイトルのやつですね。ただこっちはまだ仮タイトルみたいなもので、その『ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ』っていうタイトルになったのって、実を言うと先日の水曜日のことなんですよ。箒や魔法を使った飛行能力とか、モンスターの設定とかもしないといけないので、まだ世界設定もままならないみたいですし、いちおう今年の秋からのサービス開始を目標にはしているみたいですけどね」


 ビコウの説明を聞きながら、オレは首をかしげる。


「なんでそこまで知ってるの?」


「ゲームのデザインシステム担当が[セーフティーロング]ですからね、そういうゲームが出るっていう噂は予々かねがね知っていたんですよ」


 同じ会社に関わっているなら、企画にそういうのがあったみたいなことを耳にしていたってことか。


「まぁ恋華の言っていたとおり、プレイヤーは人間に迫害された魔女となって、自分たちを虐げた人間の魂を喰らった魔獣を撃墜していくという内容のもので、わたし的にはうーんって感じなんですよね」


「おもしろくないってこと?」


「いや、ステータス画面のスクショを見せてもらったことがあるんですけど、星天遊戯と違って次のレベルまでのパラメーターも分かりますし、VRギアの人の感情を電気信号で読み取るっていうシステムをうまく使っているなぁとは思いますからね。まぁあとはプレイする人の腕にもよりますから」


「うまい人は楽しめるだろうけど、そうじゃない人は投げるかもしれないってことか」


 いまだにVR慣れしてない人もいるみたいだし、反射神経とか勘が鈍い人だと結構厳しいみたいですな。


「わたしはそれこそ恋華ほどじゃないですけどちいさい時からゲームが身近にあったので、アクションものは得意だったんですよ。特にモンスターを狩るやつとか」


「あぁ、オレもそのゲームに一時期はまってたけど、大学受験でラスト半年間の追い込み時期はゲーム禁止にしていたから、身体が鈍って見るに見れない状態になってた」


「……あれ? そういえば前にソードブレイカーやってたみたいなこと言ってませんでした?」


「あぁ、それも受験勉強の時に禁止してたんだよ。というかVRギア自体を近くに住んでる母方の祖父母の家に預かってもらってたんだわ。あそこ蔵があるから」


「あれ? もしかしてシャミセンさんの家って意外に金持ちだったりします?」


「ただのサラリーマン家庭だし、ばあちゃんの家は農家だよ。新米を保存するための蔵があるから、その一角に預けてもらってたんだ。うちにあるゲーム一式全部」


「すごいことしますね」


「おかげで最初の一ヶ月間は禁断症状出そうになった。普段学校の勉強そっちのけで斑鳩とソードブレイカーやっていたからなぁ」


 その時のことを思い出し、オレは身震いを起こした。


「廃人にならなかっただけよかったと思いますよ」


 憫笑しながらも、ビコウはすこしばかり難しそうな表情を見せる。


「でもどうしてまだ発表もされていないはずのゲームのタイトルがシャミセンさんのスマホにメールのタイトルで来たんでしょうか」


「運営の誰かがいたずらに送ってきたとかじゃないのかね?」


 ビコウから聞いた話で考えられるとしたら、それしかない気がするんだけど。


「それはあまり考えられませんね。急用の連絡で簡単なメッセージでしたら要件を題名に書くことはありますけど、プレイヤーにメールを送るのに題名だけっていうのは。というか最近だと[線]使いますし」


 たしかに、運営からだったらなにかしらの情報がメール本文に書かれているはずだしなぁ。


「じゃぁやっぱりいたずら?」


「あぁっと、そっちはまずないと思いますよ。そもそもそのタイトルだって、ゲームの最初に出てくる決まり文句みたいなものでしたし」


 いろいろ考えられることもあるだろうけど、いまのところ為す術もなくってところか。


「星天遊戯に関係しているのならこちらから調べることもできますけど、まだそのゲームはテスト段階ですし、後々βサービスをするとは思いますけどほとんど抽選ですからね。まぁ気にせずサービス開始されてからでもいいんじゃないですかね。ここで空理空論をいったところで、そもそもの答えは変わらない気がしますし」


 なんともまぁ楽観的な子ですこと。


「なんかこう背中に痒いところがあって届きそうで届かないみたいな、変な感じだな」


 オレがそう言った時だった。


「わたしは身体が柔らかいのが自慢ですから、結構痒いところにも手が届きますよ」


 そう言いながら、ビコウはうしろを振り向くや、


「ほら、両手が肩甲骨のところで組める程度ですから」


 と言った感じに両手を背中の上で組んだ。


「おおすげぇ」


 オレが拍手喝采した瞬間、ビコウが当惑したような表情を見せた。


「どしたの?」


「い、勢い余ってブラのホックが外れた」


「マジで?」


「冗談ですけどね。というか下着までしか脱げないのでブラのホックなんてあるわけないじゃないですか」


 ビコウがちいさく舌を出しては、いたずらっ子のような笑みを見せた。


「なんか朝から疲れてきた」


「わたしはこれから点滴の時間までちょっと探索をしないといけないので、また晩にでも」


「おう、また晩になぁ」


 お互いにそう交わしながら、ビコウは転移魔法で消えるのを見届けながら、オレもログアウトした。



 その日の夕方五時のこと、意外に大学が早く終わったのでバイトがあるまでちょっと家に帰って、すこしだけログインしましょうかねと、実家の玄関を開けた時だった。


「ありゃ、靴が多い……?」


 普段ならこの時間はまだ母さんの靴しか下駄箱の外に出ていないはずなのだけども、それがどうも二組加わっている。

 ひとつはちいさいピンク色のもの。おばあさんが適当に選んで履いてそうなやつ。

 もうひとつは、女子中高生が好きそうな色のスポーツ靴だった。


「だれかきてるのか?」


 そう思いながら靴を脱ぎ、リビングの扉を開いた。



「あ、こう兄ちゃんお帰り」


 扉を開けるやいなや、若い元気な声が聞こえてきた。

 声のほうに視線を向けると、肩まであるボブカットの女子中学生がお茶菓子を嗜んでいた。


「お、香憐かれん久しぶりだな。って部活はどした?」


「アタシが来ておどろいてるのに、そういうツッコミは入れるんだね」


 そう言いながら香憐は苦笑を見せる。

 彼女は杏夲きょうもと香憐と言って、今年中学に入ったばかりの女子中学生であり、オレの母方の従妹いとこにあたるだ。


「今週はテスト勉強で部活動がお休みなんだよ」


「ほほうこうぼうは今日も元気じゃなぁ。大学はどうじゃ勉学に励んでおるか?」


 香憐の隣に坐っていた老婆がそう言う。

 彼女は母方の祖母で、名前は杏夲りんという豪快な女性である。

 見た目はそれこそ歳相応なのだけど、農作業をしているおかげか、筋骨隆々、米十キロの袋くらいならば軽く持ち上げられるという、見た目を裏切るほどにアンバランスでアグレッシブなお方だ。


「おぉ、ばっちゃも元気してたみたいだね」


「カカカ、まだ七四よ、若いもんには負けぬわ」


 胸を張りながら老婆は威張る。


「そういうのって年寄りの冷や水って言わない? そろそろ自分の年考えないと腰やっちまうぞ」


「おばあちゃん、去年トライアスロンで完走したみたいだからまだ大丈夫らしいよ」


 香憐が冷や汗を垂らすように言う。……マジですか。


「そうだ、ちょっと煌兄ちゃんの部屋行ってもいい?」


「別に構わないけど、どうかしたのか?」


 オレが首をかしげながら香憐を見据えるや、


「まだ内緒」


 と言い返された。



「おぉ家の近くだからちょくちょく遊びに来たことはあったけど、あんまり変わってないね」


 オレの部屋に入るや、まったく変わっていない風景に香憐はおどろきを隠せていないようだった。

 そういえばオレが大学受験で構ってやれなかったから、香憐がオレの部屋に入るのっておおむね半年以上ぶりになる。


「あんまりは余計だ。代わり映えしないって言ってくれ」


「それってあまり変わらない気が」


「気持ちの問題だ。それで、オレになんの用事だよ?」


 香憐は机の椅子に座り、オレはベッドに腰を下ろす。



「うん、実はクラスメイトでゲームが大好きな子がいてさ。その子、勉強ができるんだけどおとなしいから最初ゲームするとは思わなかったんだよ」


「まぁ人間見た目が八割って言われてるからなぁ。結構意外だったんじゃないか?」


「うん、ほんと意外だったよ。……その子が『煌兄ちゃんのことをつぶやく』なんて思わなかったもの」


 ……はっ?


「えっと、香憐ちゃん? それってどういうこと?」


 なにがなんだかさっぱりわからないんですけど?


「煌兄ちゃんって、よくゲームの名前決める時ってめんどくさいからいつもシャミセンってつけるでしょ? RPGとかじゃなくてもボードゲームとか」


「まぁ香憐がよく遊びに来てた時はわかりやすいようにってつけてたけど、ってか苗字とはいえ、ナズナって女の子っぽくてちょっと恥ずかしかったんだよな」


 ナズナの別称であるぺんぺん草。ひいては三味線のほうがなんとなくだけどいいかなと思って、プレイアブルキャラの名前に付け始めたんですな。


「孫恋華って子に心当たりはない? メガネをかけているストレートパーマの娘」


 香憐の表情がそれこそ炯眼の眼差しでオレを見据えた。


「もしかしてセイエイのことか?」


 素直にそう応えるや、


「あぁやっぱり知ってた。っていうか煌兄ちゃんも星天遊戯やってたの? なんで教えてくれなかったわけ?」


 と不満たっぷりに言い返してきた。


「オレはお前がVRギアをもってる事自体がおどろきなんですけど?」


 あれ、結構高いんですよ。たしか最低推奨スペックでもフルセットは二万くらいしなかったっけ?


「入学祝いにおばあちゃんが買ってくれたんだよ。ただ勉強が思った以上に難しいし、部活も入ってるからあんまりログインできなかったんだ」


「もしかして三日しかやってなかったとか」


 たぶん初めてから三日という意味じゃなくて、プレイ時間が合計で三日という意味だったってことか。


「そうだけど、なんで煌兄ちゃんそんなことまで知ってるの?」


 怪訝な表情で聞き返された。さてどう返答しましょうか。


「なんとなくはダメ?」


「ダメじゃないけど、別に本当のことだから気にしないよ」


 ばあちゃんに似てサバサバした子ですこと。



「それでさぁ、そのセイエイって子ほんとうゲーム上手いね」


「パーティー組んだのか?」


「うん、私職業を魔法使いにしたんだけど、VRの操作に慣れてなくて最初のポイント振り分けの時にINTに70くらい振り分けたら、ほかのとバランスがおかしくなっちゃって」


「基礎ステータスのパラメーター値見せてくれる?」


「ここで書くの?」


「名前と職業、それから現在のレベルとステータスの基礎値見せてくれるだけでいいって」


「うーん、思い出せるかなぁ。あ、ノートのうしろに書いていい?」


 そう言いながら、香憐は机の上に置いてあったノートに手を伸ばした。


「使わなくなったプリントやるから、その裏面に書いてくれ」


 オレは腰を上げると、机の引き出しに入れている大学から提出されたプリントを香憐に渡した。



 それから五分後。


「煌兄ちゃん書けたよ」


「おう、見せてみろ」


 プリントを受け取り、香憐のステータスを目で追った。



 【綾姫】/【職業:法術士】

  ◇Lv:10

  ◇HP:85/85 ◇MP:350/350

   ・【STR:18】

   ・【VIT:17】

   ・【DEX:13】

   ・【AGI:12】

   ・【INT:70】

   ・【LUK:15】



 ちなみに[綾姫]と書いて[アヤメ]って読むんだとか。

 試しにパソコンで変換したら出てきた。

 日本語入力ソフトで違うだろうけど、オレのパソコンで使っているソフトの語彙の中に入ってた。


「本当に群を抜いてINTが高いな」


 単純計算でMPはだいたい350くらいか。


「やり直そうかなぁって思ったんだけど、キャラクター作成をしなおすとペナルティーがあるっていうから、今は魔法で攻撃しながら頑張ってる」


 まぁ装備品にもよるけど、本来魔法使いは中距離から魔法で攻撃するのがデフォですからね。


「魔法って初期の段階だからファイアとヒールだけ?」


「うん、それからスキルの書を買ってサンダーとスノウの魔法も覚えた」


 スノウってたしか氷系の下位魔法だっけ。

 使ったこともなければ、他の人が使っているところを見たこともないのでなんとなくしかわからない。


「魔法を使い続けると上位魔法覚えることもあるから試してみたら」


「セイエイも同じこと言ってたよ。それから法術士は中距離から威嚇する感じに攻撃した方がいいって。近距離攻撃してくるモンスターにはギリギリのところで目を攻撃するとダメージに加えて目眩ましもできるって」


 お、本人が心配していた以上にしっかりとサポートできてるじゃないの。


「それでさぁ、今日の夜って煌兄ちゃんログインする?」


「今日はこれからバイトがあるから何時になるかわからんし、早くでも十一時は過ぎてると思うぞ。そういう時間だったらまず寝なさい。子供のうちは変に夜更かしすると身体に悪いし、成長ホルモンの分泌が悪くなる」


「おじいちゃんみたいなこと言うね。あぁっと、それじゃぁいつだったら入れる?」


「明日はバイトがないから大丈夫だと思うぞ。なんだったらセイエイも誘うか」


 何気なくそう提案してみるや、


「えっと? 煌兄ちゃんって恋華ちゃんとフレンド登録してたの?」


 喫驚きっきょうしたような表情で聞き返された。


「まぁ色々あってな、彼女だったら宿題してるかどうかはわからないけど、まぁいつも夕方あたりからログインしてるみたいなこと言ってたし」


「よし決まり。明日学校で恋華ちゃんに話してみるよ」


 香憐はそれこそ興奮したような表情でうなずいた。

 恋華もクラスメイトにゲームやってる子がいるとそれだけで楽しいだろうし、趣味を共有できる人がいることは良いことだ。



「さてと、そろそろバイトだからオレは出かけるわ。あ、別にゲームしても構わないけど、VRギアには触るなよ」


「ううん、おばあちゃんが用事が済んだら買い物して帰るって言っていたし、アタシも帰るよ」


 香憐の、どことなく嬉しそうな表情に安心しながら、


「そうか。それじゃぁまた明日な」


 と彼女の頭を撫でた。


「煌兄ちゃん……」


「あら? もしかして嫌だった?」


「子供扱いされてるみたいだからちょっとって思うけど、まぁいつもされてたから今更って感じだけどね。もしかして無意識に他の娘にもしてない? 煌兄ちゃんって子供好きだし……特に小さい女の子とか」


 はて、やってますかねぇ? って思い出したら結構やってる。

 まぁ無意識ですから仕方ないね。


「いちおう言っておくがロリコンじゃないぞ。子供好きってところは否定しないけど」


「わかってる。身内から犯罪者なんて出てほしくないからね」


 香憐の笑みは、それこそ冗談半分本気半分といったそんな表情だった。


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