第103話・蜜蝋とのこと


「おぉらぁぁらおらおらおらおらおららおらぁ」


 バイトから帰って、簡単な夜食を食べたあと、風呂に入る。

 それから一服にとコーヒーを飲みながら大学のレポートを終わらせていく。

 そこまではよかった。そこまではいつもと変わらない日常だったのだけども、


「あんの客、まじでありえねぇええええええっ!」


 と怒り心頭、烈火の如く、魔宮庵の周辺にいる虫モンスターがポップするのを見つけるや突撃、もとい八つ当たりでごぜぇますよ。


「こちとら高校のころからあの店でバイトさせてもらってんだよ。バイトでも働いている意味では年季ってもんが違うんじゃぁっ! 大卒で有名店の正社員だかなんだかしらんけども、人んとこの料理にケチつけてテメェの店をおべっかしてんじゃねぇっ!」


 虫モンスター発見。速効フレアで攻撃して命中。

 INTの高さは魔力の強さ。ここらへんのモンスターなら急所に当たれば一撃で倒せる。



[プレイヤーのレベルが上がりました]

[午前〇時になりました。ログイン制限時間がリセットされます]


 気付いたらレベル上がってた。

 早速レベルアップ時のポイントはすぐにLUKに全振りして、基礎値が165、装備による上昇を含めて221になった。



「なんかまた一段と荒れてますねぇ」


 うしろから声が聞こえ、そちらに目をやると、緑色のエルフ調の服装をしたプレイヤーが、それこそ微苦笑でオレを見据えていた。


「あれ、白水さん? どうしてここに?」


 っていうか、オレ今月姫の法衣を装備してるからプレイヤーに見つかりにくいはずなんだけど。


「必要なアイテムがここらへんに出てくるモンスターからレアアイテムとしてドロップできると鍛冶や生産スレに書き込まれていたので、それを探しに来たんですよ。ちなみにフレンドリストに入れている人には見えない確率が低くなるみたいですよ」


 白水さんはそう説明しながら、


「それはそうとどうかしたんですか? あまりパーティーを組んだことがないので普段どんなプレイスタイルなのかわかりませんけど、かなり荒れてるじゃないですか」


 と聞いてきた。


「お見苦しいところを見せてすみません」


 オレはいやはやと、頭をかきながら下げた。


「いやいいですよ。たしかシャミセンさんって大学生でアルバイトもしてるんですから、ストレスたまってるんじゃないんですか?」


「いや、まぁそれもあるんですけど、実は今日お客の一人がカクカクシカシカ……」


 と、今日あったとこを白水さんに噛み砕いで説明した。



「今からそのバカを殴りに行きましょうか?」


 なぜ、そうなる? ヤーヤーヤーとか歌いながらですか?


「それって作る側どうしやっちゃいけないことですよ。そりゃぁ批評されることはあるかもしれませんけど、一方的に味が不味いと言うのは、そのお店を貶していることと変わりないですよ。もちろんお客さんでしたら厳しい意見もあるかもしれませんけど、お店の事情なんて客の知ったことじゃないですからね。作る側としてはそういうものは叱咤激励って思わないと、こっちも負けられない気持ちにはなりますよね?」


 すみません、バイト先だとオレの担当って伝票整理の事務とウェイターくらいなんですけど。あとレジ打ち。


「私だってゲームの中では三歌仙なんて謳われてますけど、リアルだと最初はシルバー細工を何回も見るに耐えない作品ばかりでしたし、ゲームを始めたころは初期職業が[弓師]だったからAGIとDEXを上げないとモンスターに命中しない、弓矢も消耗品だからレベル上げもままならなかったんですよ。アクセサリーの鍛冶スキルを上げるためにいっぱい装飾品を作成しましたけど、ほとんど失敗してますからね。大体五百回作製したとして、成功したのが五十個がいいところですよ。ナツカやセイエイちゃんたちが進んで素材用アイテムを取ってきてくれたりしてくれましたから、ここまでこれましたけど」


 もともとアクセサリー作りをリアルで、それこそ商売できるレベルでやっていたみたいだから、そういう意味ではプレイヤースキルがあったのだろうけど、VRに慣れていなかったというところは他のプレイヤーとかわりないってことか。

 あと成功失敗関係なしに、鍛冶スキルの経験値は増えるそうだ。



「まぁ人に話したらなんかスッキリしましたし、白水さんがよかったらそのレアアイテム探し手伝いますよ」


 オレはそう言うと、彼女にパーティー申請のメッセージを送った。


「シャミセンさんのLUKでしたら、もしかしたら一発で手に入れられるかもしれませんね」


 彼女から[YES]の返答。

 ちなみにお互い学生であり社会人なので、そんなに深くはログインできない。そのため午前一時まで探索するという制限時間を設けた。



「さてと、それじゃぁモンスター探索にはこいつのスキルを使ったほうがいいかもしれませんね」


 オレはアイテム一覧から[シュシュイジン]を取り出し、


「来いっ! ワンシアッ!」


 翠色のクリスタルを天に掲げると、オレの前に魔法陣が展開される。

 光が吸収されていき、一匹の仔狐が召喚された。


「へぇこれが噂の召喚獣ですか」


 あら? 結構おどろかないものですな。

 と思ったらセイエイから話には聞いていたんだとか。

 星天遊戯から始めたプレイヤーもテイムモンスターが手に入れられるっていうアナウンスはされているそうだからいいんだけどね。


「たしか探索スキルを持っているはずだから、それを使って探せばかなり楽になりますよ。で、どんなモンスターなんです?」


「えっとアピスという蜂モンスターですね」


「あぁ、それだったら夜光虫が手に入れられるあたりで何回か見かけてますよ」


 オレがそう答えると、白水さんは訝しげな表情を見せた。


「見かけているのに戦闘にはなったこと……あぁそういうことですか」


 勝手に納得された。まぁオレが持っている体現スキルの[蜂の王]に加えて、あの時は女王蜂の耳飾りを装備していたからレベルが低い蜂モンスターは攻撃してこないんですな。

 ちなみに今現在、[月光の指輪]を外して、[女王蟲の耳飾り]を装備中。LUKが下がってるけど、VITとINTが上がっているからいい。


「あらためて戦ったこともなかったし、これを機にレアアイテムをゲットしますかね」


「テイムモンスターが魔獣演舞と同じシステムでしたら、モンスター図鑑に登録されているモンスターを選んで[探索]や[分布]を選べば自動的に追跡するみたいですよ」


 ありがたいアドバイス。早速試してみますか。

 図鑑からアピスの項目を選んでから、サブメニューを開いて[探索]を選択。

 命令がワンシアに伝わったのか、早速鼻を空に向けて引くつかせ、ゆったりとした足取りでオレと白水さんを先導した。



「ところで思ったんですけど、白水さんの職業って攻撃タイプは遠距離ですよね?」


「装備品にもよりますけど、イベントとかレイドボスと対峙する時はライフルを使うのでまぁ遠距離といえばそうなりますね」


「それだとモンスターの大きさを考えて、命中率も低くなるんじゃ?」


「そういう時のためのスコープですし、今は中距離攻撃可能の魔銃を装備していますから」


 そう言いながら、白水さんが取り出したのは拳銃だった。

 トリガーに人差し指をかけてグルグルと銃を回す。

 見た目森の番人みたいなエルフ調なのに、攻撃方法が拳銃とはこれ如何に。


「魔銃ですからMP消費はしかたないですけど、1ターンに全体MPの5%を自動回復できる装飾品を装備していますし、覚えている攻撃魔法を相手の急所に当てるのが楽になるんですよ」


 銃は遠距離攻撃もできるから、牽制にも使えそうですな。


「それに私や楓ちゃんみたいな弓師系の職業は、目標がちいさいほど命中率のパラメーターが上がりやすいんです」


 遠距離であればそれだけ攻撃を避けられるデメリットが高くなるってことか。


「そういえば、ナツカとの会話からオペレーター関係の仕事をしてるみたいですけど、やっぱりクレームとかってあるんですか?」


「私は通販会社の注文受付担当ですね。逆に陽花……あ、ナツカのほうがクレーム担当なんですよ」


 別に言い直さなくてもいい気がするけど。ナツカの本名知っているし。……


「それはそうと、シャミセンさんの装備品って思ったほど確率高くないんですね」


「どういうことですか?」


「だって、いま装備している法衣ってたしかプレイヤーのLUKの20%の確率で見つからないってシュエットさんから聞きましたよ」


 ってことは、44%ってことになるけど、


「確率っていうのは、総合で60%からが本番ですから」


 と、オレは応えた。


「それじゃぁ私に運が寄ったってことですかね」


 白水さんは困却した表情を見せた。たぶんそうだと思う。

 シュエットさんが設定した効果なら56%見つかるわけだし、さらにフレンドリストに登録されているプレイヤーに対してはさらに確率が高くなるわけだから、そういった計算でもあっている気がする。



君主ジュンチュ、見つけました』


 先導していたワンシアの声が聞こえ、オレは周りを見渡す。

 周りは木々に囲まれており、いかにも蜂モンスターが出てきそうな雰囲気だ。


「[蜂の王]のスキル反応はないけど」


「……たぶんすでにどこかでポップしていたと考えるといいかもしれませんね」


 白水さんも拳銃のスライドを引き、いつでも攻撃できる体勢に入っている。


「発見したらまずは白水さんが牽制攻撃。その次にオレとワンシアで攻撃を仕掛けてみます」


「わかりました」


「きゅん」


 そう作戦を立てながら、オレたちはゆっくりと回りを見渡していく。

 木々の隙間にちいさく飛び交っている物体発見。



 [アピス]Lv14 属性・木



 モンスター反応あり。

 ただし向こうはオレたちには気付いていないようだ。


「目標との距離、おおよそ328フィートと見たり」


 白水さんがそうつぶやく。彼女の片目に装備されているスコープで目標との距離をフィートではかれるようだ。


「えっと……たしかフィートって12インチだから、1フィート50.56センチだっけか」


「30.48センチメートル。およそ100メートル先ということです」


 速効で訂正された。


「100メートル先だったら拳銃で攻撃できません?」


「やってみます」


 白水さんは拳銃を構え、アピスに狙いを定めた。

 気のせいか銃口が赤い光を吸い込んでいる気がする。


「[ファイア]ッ!」


 魔力を込めた弾丸が撃ち放たれた。

 弾が命中し、アピスのHPゲージが六割減少した。

 拳銃のスライドを引くと、それこそマグマのような色をした弾丸がこぼれ落ちたが、地面に落ちる前にシュンと消えた。


「うーん急所には当たらなかったみたいですね。弱点属性の火系の魔法を込めたんですけど」


 白水さんの悔しそうな表情を尻目に、オレはライトニングで攻撃を仕掛けてみる。

 羽根に掠ったみたいだけど、HP二割減少して、残り二割を切った。


「あの、私スコープを使った状態で攻撃したのに、命中率を上げているとはいえ、なんで普通のライトニングが、それこそ命中しそうにない部位を掠ってるんですかね?」


 狙撃手としてのプライドなのかどうかは知らないけど、多分運だと思う。


「あ、こっちに近付いてきた」


 さすがに遠くから二回も攻撃されればアピスもオレたちに気付いたようで、蜂特有の寒気がする羽音を立てながらオレたちに突進してきた。


「ワンシア、[狐火]っ!」


 オレがパチンと指を鳴らすや、ワンシアの周りにちいさな火の玉がポツポツと現れ、アピスに向かって攻撃を仕掛けていく。


「キュキュキュ」


 アピスの全身は炎に巻かれていき、じわりじわりとHPが減少していき……全壊した。



「アイテム獲得のアナウンスがありませんね」


 いつもだったらドロップのアナウンスが出るものなのだけど、オレは自分の足元に近付いてきていたワンシアを見下ろした。


「ワンシア、ちょっとモンスターが消えたあたりを調べてくれ」


 そう命じると、ワンシアはサッとそちらへと走っていった。


「ドロップしていないのでしたら、アイテムは出ていないんじゃ?」


 疑念に満ちた目で白水さんは首をかしげる。

 まぁ普通はそう思いますけど、このゲームそういうところが一筋縄じゃいかないんですな。


「くぅん」


 ワンシアがなにか、ひょろ長い棒みたいなものを咥えて持ってきた。


「おぅよしよし……」


 それを受け取ると、


[レアアイテム[蜜蝋]を手に入れました]


 というアナウンスが出てきた。



「ひどくないですか?」


 白水さんが脱力したようにためいきをつく。

 まぁお気持ちは察しますけどね。


「でも蜜蝋って普通蜂の巣の中でできるものじゃ?」


「もともと蜜蝋というのは、蜂が巣を作る時に体内から分泌する蝋のことを言うんです。養蜂の映像で木箱に入れられた板に黄金色の部分と白い部分がありますよね? 白い部分がいわゆる蜜蝋になりますから。それを剥がして、黄金色のはちみつだけを残した状態の板を撹拌機に入れて絞り出したのがはちみつになるわけです」


 ちょっとしたうんちくを教えてもらいながら、さてなにに使えるんだろうかと、蜜蝋を鑑定してみた。



 [蜜蝋] 素材アイテム ランクR

 溶かしてロウソクやパラフィンにすることができる。

 ロウソクの火から甘い匂いを出すことができるため、虫系モンスターを誘い出すことが可能となる。



「パラフィン?」


 あまり聞き覚えのない単語なんですけど。


「ロウソクやクレヨンの原料ですね。実は最近のアップデートで[石榴石]を砕いて作られる[金剛砂こんごうしゃ]がこっちでも作れるようになったので、他の色が付いている[祖母緑]とか[紅宝石]といった宝石アイテムで、魔法属性を加えたものが作れないかなと思ったんですよ」


 それっていわゆるMODってことですか?

 そうたずねてみると、


「あ、それとは違いますよ。あくまでゲーム全体のバランスに影響がないようにと運営に言われていますから、装備品や回復アイテムの生産職プレイヤーはアイテムを作る前にいちど運営に審査登録に出さないとダメなんです」


 と言い返された。

 作れるからといっても、好き勝手にはできないってことか。



「申請登録ができてからも、ある程度は修復もしないといけないので登録してから早くて一週間、遅くても二週間はテストプレイされるんです」


「結構時間かかるんですな」


「早いほうな気もしますけどね。土毒蛾の指輪の効果も、元々は夜目に加えて飛行能力を備えたものにしようと思ったんですけど……飛行とかすると川とか湖を飛び越えられるからゲームバランスが悪くなるってことで浮揚だけになったんですよ。運営からの修正でLUKの半分を浮揚時間になったんです」


 言葉を濁しながら上目でオレを見る。彼女は年上だけども、身長的にはオレのほうが高いのでそういう視線になっていた。



「それじゃぁこの調子で必要な分ゲットしていきますかね」


「そうですね。蜂モンスターは出現場所付近に巣があることが多いですから、その周辺を探索すれば」


「おのずと集まってくるってことですか」


 オレがそう聞き返すや、


「そういうことです」


 と笑みを浮かべた。



 以下午前一時まで探索しては戦闘してアイテムゲットのロール作業。


「一時間くらい探し集めて結局十個しか出ませんでしたね」


「まぁ後はこっちの腕の見せどころですから、アイテムが必要になったらまた依頼に来てください」


 そう言うと白水さんは虚空にメニューウィンドゥを開き、転送アイテムを使おうとした時だった。


「そういえばちょっとネットで噂になってるんですけど、今年の秋からあたらしくVRMMORPGがサービス開始するそうですよ」


「へぇ、タイトルはなんですか?」


 何気なくそうたずねると、


「『ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ』っていうタイトルだそうですよ」


 白水さんの言葉を聞くや、オレは身に覚えのない悪寒を感じた。


「どうかしましたか?」


「あ、いや……なんでも。それじゃオレは魔宮庵に戻ります」


 ぎこちない笑みを浮かべながら、オレは頭を下げた。


「そうですか。それじゃぁおやすみなさい」


「おやすみなさい」


 白水さんはスッと光の粒子となって睡蓮の洞窟へと飛び去っていった。



 彼女の、匂うことのない残り香に鼻孔を擽られたような気がしながら、フレンドリストからビコウの項目を選び、彼女にメッセージを送った。


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