第102話・羽蟲とのこと


「特別ログインボーナス?」


 はてなと首をかしげながら、オレは魔宮庵の客室にいるビコウにそう聞き返していた。

 ロクジビコウ……マミマミから盗られた紫雲の法衣を取り替えしてから、一週間くらい経っての晩は〇時をすこし過ぎたくらい。

 あれからバイトと大学の単位習得に必要な試験の勉強で時間がなく、ほとんどろくすっぽログインできていなかったので、現在どんなイベントが行われているのかを、ちょうどいいタイミングでログインしていたビコウをこちらに呼んでたずねていた。


「はい。明日の月曜日から金曜日までの五日間毎日ログインした人には装備している武器のステータス増加値のうち、ひとつだけポイントを増加できる特殊アイテムが譲渡されるんです」


「でもそれって別に効果であるんだからいいんじゃないのか?」


 オレのステータスパラメータって、玉龍の髪飾りの効果で補っているようなところもあるし。


「シャミセンさんが所持している装備品の効果は、基本的にLUKで変わりますからね。他の装備品も基本的にはパラメーターで上昇したり変化しますけど、たとえば……そうですね、[玉龍の髪飾り]はINTが30、LUKが20が基本の上昇値になりますよね? そのうちのどちらかに今回の特別ログインボーナスで手に入れられるアイテムを使うことで、どちらかの数値に+αが起きるわけです」


 いや、それは内容的にわかるのだけど。


「ログインボーナスでもらえる特殊アイテムを使った場合、5ポイントから10ポイント上昇する設定にしているそうなので、運良くLUKのほうに10ポイント入ったとしたらどうなります?」


「あっと、ちょっと待ってくれよ? 今のオレの合計LUKにそれを足すってことか」


 そう言いながら、オレは自分のステータスを確認する。

 ちなみに、紫雲の法衣はレイドボスイベント以外の時は装備しないでおこうということで、ビコウにあずけることになった。



「……っと、230になるな」


「そうなった場合、玉龍の髪飾りの効果はどうなります?」


「LUK以外のパラメーターに23ポイントプラスされる……っても、計算上1ポイント増えるだけなんだけども」


 オレがさほど気にするほどの上昇でもないんじゃと言った、不満気な表情を見せるや、


「レベル25の分際でパラメーターのひとつがカンストになろうとしている人がなにを言ってるんですか。そもそも玉龍の髪飾りだって手に入れられないものなのに手に入れちゃってるから、ますますシャミセンさんのアカウントデータおかしいんじゃないかって、ログインするたびに検査かけられているんですよ」


 と本音混じりに忠告された。

 っていうか、ログインしてからホームに入るまでのローディング時間が妙に長いなぁとは思っていたけど、そういうことだったのな。


「オレ、ホントなにもしてないんだけどなぁ」


「でも今までシャミセンさんが手に入れたアイテムとかって結構レアですし、そもそもワンシアをテイムできたことだってこちらの想像の斜め上の行動ですからね。VRギアに保存されているモンスターに関するデータを解析して、テイムしやすいようにしているとか」


「ムリムリ、オレそんな知識ねぇもの。ギアのHDDにゲームのキャッシュが溜まりすぎてフレームレート数がすくなくて動作にもたつくこともあるんだからさ」


 できてもメモリーの増築くらいですよ奥さん。


「うーん、運営の人間としてはアカウントデータに異常があったら即刻垢バンですからねぇ、それがないってことは……」


 ビコウはすこし考えてから、


「そういえば、シャミセンさんと初めて会った日の前日、局地的に大荒れだったじゃないですか。雷もだいぶ鳴っていたってネットの天気予報にありましたよ」


 と疑点を投じた。

 VRギアにはゲーム以外にもブラウザやメールソフトが搭載されているから、それで見たんだろうな。


「たしか斑鳩からもらったメールに貼られていた掲示板にVRギアが雷でおしゃかになったっていう書き込みがあって、つけっぱなしは危ないから気をつけろよってあったんだよ」


「シャミセンさんの住んでいるところって、その雷が落ちたっていう地方の近くじゃありませんでした?」


「そうそう……って、もしかしてオレの住所を知ってるってクチか?」


「いや、VRギア所持者にアンケート景品とか送る場合もありますから、一度シャミセンさんの個人情報を見る機会があって……あ、いやこれは別に変なことに使うわけじゃないですから」


「慌てなくてもいいって、というかもしかしてメッセージ送ってきたのって」


「いや、あれはちょっと面白いプレイヤーがいるなぁって、プレイヤー監視している時に知って、興味があったからメッセージを送ったってところですね」


 とビコウははにかんだ笑みを見せた。


「興味があった?」


「だってレベル10のプレイヤーが、それこそほかのパラメーターに見向きもしないでLUKにレベルアップ時のポイントをつぎこむなんてよほどの物好きじゃないですか。賭博師系のジョブならわかりますけど、職業が魔術師ソーサラー系ならひと目会ってみたいなぁって思うじゃないですか?」


 つまりあのメッセージもオレがログインした時に会う可能性を考えて送ったってことか。


「フタをあげたら初心者どころかトッププレイヤーでした。しかもチーム戦イベントの時、リーダー特権でメンバーのステータス見れたけど……なんにもわからなかったものな」


「あ、はははは……」


 とりあえずわかったことがある。

 彼女の場合、自分に不利な事があると人の視線から目を逸らすってところだな。


「まぁ別にいいけどな。……でもあの雷がなにか原因だったのかねぇ?」


 つけっぱなしにはしていたけど、別にどこかが壊れたみたいなこともなかったし。……


「それはそうとそれだったらビコウの方はどうだったんだ?」


「雷が落ちたくらいでサーバーダウンするほど脆弱なマシーンは使ってませんよ」


 と胸を張って言い返された。


「というのは冗談で、わたしが入院している病院に雷が落ちて停電なんてしたらそれこそ人命に関わりますから。物理的に電線が切れるほうが怖いですけど、まぁいちおう予備電源もありますけど」


 そっちのほうが怖いってことね。



「それはそうと、そろそろしたら恋華の誕生日なんですけど」


「あっと、たしか来週の日曜日だっけか」


「シャミセンさんはどうですか? たぶんあの子から誘いのメールが来るとは思いますし、オフ会したメンバーにはいちおうCCメールで誘ってはいるみたいですけど」


 集まるとしたら基本的にいつものメンバーだろうな。


「食事とかはセイエイの家でやるのか?」


 たしか結構大きいから大所帯でも大丈夫な気がするんだけど。


「……でもあの子もたまには――」


 ビコウが言葉を止め、虚空にウィンドゥを開いた。


「あっと、恋華からですね」


「こんな時間にか?」


 ステータス上の時計を見ると、午前一時になろうとしている。


「寝惚けてログインしたら、わたしがいたからメッセージを送ったってところですか」


「いつも思うんだけど、あの子VRギアはずさないで寝てない?」


 寝惚けてログインすることもあるってことは、VRギアを着けっぱなしで布団の中に入ってそうだしなぁ。


「咲夢や兄から注意されているんですけどね。っと、そんなことより吉報ですよ」


 ビコウは手招きするようにオレを自分の方へと呼び寄せた。



 ◇送り主:セイエイ

  ◇件名:聞いて聞いて

  ・クラスメイトでゲームやってる人いたヽ(≧▽≦)ノ

  ・今日クラスで誰か知ってる人いないかなぁってシャミセンのこと呟いたら、反応してくれた女の子がいた。

  ・その子も星天遊戯やってるみたいで、今日の夕方ゲームの中で会ってフレンド登録もできた。

  ・明日、その友達習い事お休みみたい。パーティー組む約束もできたからすごい楽しみだけど、まだゲームを初めて三日くらいで時間もないし、VRMMOにも慣れていないみたいだから頑張って教えてみるよ。(`・ω・´)ゞ

  ・初心者向けでレベル上げがしやすい場所ってどこかない?

  ・それからわたしの名前を教えたら、彼女のほうが前から知ってたらしいけど、あれ? わたし最近はポイント制の闘技大会にも出てないし、自分の名前ってほとんど晒してないのに、なんで彼女知ってるのかな?



 ウィンドゥに表示されているセイエイが送ってきたメッセージは、喜び半分おどろき半分と言った内容だった。


「しらんがな。っていうか、そのクラスメイトもオレの名前で反応するなよ」


「いや、結構シャミセンさんって自分が思ってる以上に有名ですよ。それだけ注目されているんですし、有名税ってことで諦めてください」


 うしろから彼女の吐息にも似た声が聞こえる。あと位置的にビコウがオレの上に覆いかぶさった形になってるから、彼女の胸が当たる当たる。

 この柔らかさもVRギアの電気信号によるものですかね? 末恐ろしや。


「さいですか。っていうか初心者のレベル上げ場所ねぇ」


 そんなものがあったとしたら、まずオレが教えてほしかったところです。


「あの子、最初のレベル15までは猪突猛進で手当たり次第にモンスターを倒してましたからねぇ、その分デスペナが何回もありましたけど」


「運営的におすすめな場所ってあるの?」


「そうですね。彼女が中遠距離の攻撃スキルを持っているかどうかにもよりますけど、はじまりの町からすこし歩いた先の森にある蜂の巣周辺あたりが実を言うとレベル上げにいいんですよね」


 自分で出していたウィンドゥを閉じ、オレの背中からすこし離れると、


「あそこあたりはこちらから近付いたり攻撃しないかぎりは比較的おとなしいミツバチをデザインしているので、弱い虫属性なら炎系魔法だけでもかなりのダメージをあたえられますし、運が良かったらモンスターをまとめて倒すこともできますよ。……ただあの周辺だとちょっと気をつけないといけないこともあるんですよ」


 と忠告してきた。


「気をつけないといけないこと?」


「魔宮庵のホーム獲得イベントに出てきた絡新婦……バンシレイには七人の女妖がいて、さらにはミツバチ、アブ、クロバチ、ハンミョウ、ウシバエ、ブヨ、トンボといった七匹の羽蟲がいるんですよ」


「ほうほう、でそれがどうかしたの?」


「いつものアップデート修正で、その中で一番弱いミツバチの出現確率が高くなってるんですよ」


 ビコウは申し訳ないといった表情で頬を指でこする。


「あれ? でも普段もミツバチ出てるじゃないか?」


 なにをそんなに危惧する必要がある?


「通常なら高くてもレベル3なんですけど、そのミツバチの場合最低でもレベル10からなんです」


 セイエイがパーティーを組もうとしてる子はまだ初めて三日の初心者だ。それを考えたらかなり強いモンスターということになる。


「まぁよほどの確率で出るんだろ。強いモンスターがポップするにしても、逃げられなくもないわけだし」


「いや、レアモンスター扱いになりますから逃げるの不可能になってます。あと周りに蜂の巣があったら仲間を呼んだりしますし」


「なっ? それってヘタしたらその子ヤバイんじゃ?」


 目を見開きながら言い返したオレに対して、ビコウはちいさくうなずいてみせた。

 セイエイが一緒なら大丈夫だろうけど、ソロでプレイするとなればちょっと気をつけないといけない。


「なので基本的には炎系魔法で松明を作るなりして虫系モンスターが近づかないようにしたほうがいいんですけど、恋華が持っている三昧火なら一時間くらいロールできるから大丈夫ですけど……あふぅ」


 ビコウがおもむろに欠伸をうかべる。


「そろそろお互いにログアウトしたほうがいいな」


 いい感じに夜も更けてきているし、ビコウはとにかくオレは明日も大学だ。そろそろ寝たいところです。


「そうですね。ところで本当にわたしが紫雲の法衣を預かっていていいんですか? ギルド会館にある貸し金庫を使ったほうがいい気がしますけど」


「でもそれって月に五百円くらい課金しないとダメだったろ? バイトしているとはいえ、給料は学費や携帯代で消えてるし、将来必要になるかもしれないからあまり無駄金は使えないしな、あくまで無課金で行けるところまで遊びたいしね。正直効果を考えると使いどころが難しいし、魔法属性を持ったレイドボスイベントでもない限りは普段着で使うにも宝の持ち腐れだからな。カンストした場合、VITの増加は85になるし」


 単純計算で、あとレベル5上げればいいしね。結構早い段階でカンストしそうだ。


「いやまぁほんと……シャミセンさんのステータス増加可笑しくないですか?」


 あきられた表情を向けられてもどう答えりゃいいんですかね?

 オレ、最初に決めた成長過程のレールを走ってるだけですわよ。



「わたしも入院しているとはいえ、いつでもこっちのサーバーにログインしているわけじゃないんですけどね。わかりました、いちおう預かっておきますし、必要になったらメッセージとかチャットで言ってきてください。それじゃぁおやすみなさい」


 そう言うと、ビコウはスッと、光の粒子となって消えた。



 ためしにセイエイがログインしているかどうか確認してみると、彼女の名前はグレーになっていて、ログアウトしているようだった。

 他のメンバーも全員ログアウトしている。


「ふぁぁ……っと、特に急いでレベル上げする予定もないし、今日はログインボーナスのアイテムだけ確認したら落ちますかね」


 明日は大学に加えてバイトもあるから夕方ログインすることができない。

 最近フレンドリストのメンバーに会ってないなぁと思い、寂しい気もしながらログアウトするのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る