第101話・死亡遊戯とのこと
「……っ? なっ!」
「自分を発火させた?」
「おどろくことじゃないでしょ? そりゃぁこっちもダメージを食らうけどねぇ」
ギョッとした表情で自分を見ているビコウとセイエイを見据えながら、マミマミは魔銃を向けた。
「その場から動かなかったことを後悔することね。薺煌乃っ!」
ドンという轟音が森のなかに響き渡った。
「勝った! 勝った勝った勝ったたたたたたたたたっ! これでわたしをバカにするような人間は一人もいない。このゲームで強いのはわたしになったぁあぁぁぁぁあああ」
狂ったレコードのようにマミマミは笑い狂う。
「シャ……シャミセンッ! おねえちゃんっ!」
マミマミのうしろに陣取っていたセイエイは塵風の先に叫んだ。
「無駄よぉ魔弾の威力が左右されるINTの最大値を255にしているからね。つまり強力な
「……
マミマミがくるりとセイエイに向かって魔弾を撃とうとした時、不安から安定へ、安定から確信へと変わった声がマミマミの耳に刺さった。
「はぁっ? なんで? なんでなんでななんで?」
塵風が晴れ、姿を見せたビコウが無傷であったことにマミマミは唖然とする。
「攻撃は通じたはず? それなのにどうしてあんたは無事でいるのよ? 星藍っ?」
「理解できねぇだろなぁ。あんたはその武器の特性を過信している。だからこそ理解できない」
目の前の、[紫雲の法衣]に着替え直したシャミセンを見つけるや、
「ま、まさかあんたがかばった? 死ぬかもしれない状況で?」
マミマミは愕然とした表情で叫んだ。
「夢都さんがどうして今までシャミセンさんのユニーク装備である[紫雲の法衣]を装備していなかったのか。それはただ単純な理由。あなた自身のステータスが低すぎたから」
ビコウがそう言い当てるや、マミマミは唖然とする。
「はぁ、なにを言っ……て?」
マミマミが言い返そうとした時、彼女の足が震え上がった。
「どうして今の今まで[紫雲の法衣]を使って行動していなかったのか、それはあなたがいじったステータスに限度があったから。いくら運営でもあまりにも強く設定していたらゲームの監視システムが異変を感じてボースさんたちに
そう論破され、マミマミはさらに表情を険しくさせていく。
「あんたはもう今日を最後にこのゲームにも、いや、もうこの会社が運営しているどんなゲームにも参加できないだろうからな。冥土の土産に面白いものを見せてやるよっ!」
シャミセンはアイテムストレージから[シュシュイジン]を取り出すや、
「来いっ! ワンシアァアアアアアアアッ!」
緑色のクリスタルが天空に放たれるや、光が放出され、シャミセンたちの目の前に一匹の仔狐が姿を現した。
「しょ、召喚獣? そ、そんなシステム」
「知らないでしょ? これはねぇGWが終わってすぐに実装された新しいシステムよ。魔獣演舞のテイムモンスターにあわせられたものだから、手に入れる方法は変わらないけど」
疑うような視線でオレを見据えるビコウに向かって、
「だぁかぁらぁ、オレだってもう実装されているシステムだと思ってたんだからさぁ、それにそもそもテイムモンスターになったのはワンシア自身だからな」
と言い返しておく。
「そ、そんなあまりにも殺生なことを申されるのですか?
「うん、人が聞いたら盛大な勘違いがするようなことを言わないでくれる? っていうか本当にMPが三割減るのな」
えんえんと嘘泣き(この場合は嘘鳴きというべきだろうか)をしているワンシアから視線をそらす。
「まぁ冗談はさておき、彼女が
「まぁそういう……」
なんか視線を感じたので、そっちに振り向くと、
「ジィイイイイイイ」
といった感じにセイエイがオレを凝視するように見つめていた。
「セイエイ、効果音を口に出しながら人を見ている人ってはじめて見たぞ」
「シャミセン、あれが召喚モンスター? なんか私のイメージだと綺麗な女の人だったんだけど」
あ、やっぱりうっすらと覚えていらっしゃったようです。
「まぁそれを今から見せてやるよ」
指をパチンと鳴らし、ワンシアを見据える。
「ワンシアッ! 【化魂の経】」
その唱えるや、ワンシアは可愛らしい子狐から妖艶なショルダーネックの花魁へと変化する。
「なっ? へ、変身した?」
「別におどろくことじゃないだろ? まぁこの子の場合はモンスターの特性だからレベルが低い以前の問題で最初から覚えていたけどな」
「そういうことでありんす。それじゃぁどう料理いたしましょうか」
「それに関してはワンシアに任せるわ。ただちょっと一つ聞きたいことがあるんだけど」
スッとオレを自分のうしろへと下げながら、ビコウがマミマミの目の前に立ちふさがった。
「なに? もしかして自分たちの勝利を確信して一番強いあんたがトドメを刺そうとでも思ったのかしら?」
「どうして? どうしてあんな自分の意識をサーバーに残してまでわたしを忌み嫌ったの。別にわたしは夢都さんになにかしたとは思ってないし、そもそもそんなに接点はなかったでしょ?」
「ふん、知れたこと。あんたが死ななかったことが、植物人間のくせにゲームしていることが許せなかったのよ」
「そんな理由?」
理由を耳にして、ビコウは片眉をしかめた。
「えぇ理由なんてもんは第三者から聞けばつまらないものよ。でもねぇ植物人間は黙って死んでおけば家族のためになるのよ」
オレは平然とマミマミの言葉を聞いているビコウと、青褪めた表情で言葉を聞いているセイエイを交互に見据えた。
もちろんオレが口を挟むことじゃないからこそなにも言えず、ワンシアも似たようなものだった。
「はぁ……そうねぇ、植物人間は意識だけ生きてるから正直死んだとしても別にやっとかぁって思うものだけど」
ビコウは嘆息をつくように言葉を吐き出す。
「そ、そんなこと」
「セイエイ、黙ってビコウの言葉を聞け。あいつがそんなヤワヤワとお前を傷つけるような事は言わないって信じてるだろ?」
オレはビコウの言葉を遮ろうとしていたセイエイを制止する。
「でも……それって自分の意思でそうなったんだから別にわたし自身死んだところで後悔はしないのよ。たったひとつ後悔するとしたら、自分の責任だって思っている誰かさんに、違うって、ちゃんとゲームの中じゃなく、しっかりその子を抱きしめて、ずっとトラウマを背負わせないようにってしてあげることができないことなのよ」
「そ、そんなの無理に決まっているでしょ? だってあんたは一生植物人間のままなのよぉっ! 死ぬまで一生ねぇっ!」
マミマミの言葉を聞くや、うっすらとビコウは微笑む。
『本当はもう違うんですけどね』
ふとオレの耳元でビコウの声が聞こえ、ステータスを確認するとビコウと二人だけのチャット機能が展開されていた。
オレが彼女に視線を向けると、それに気付いたのか、ビコウはまるで合図を出すかのように腕を組んだ。
「そういうのは思考の停止っていうの。できないから諦める。無理だからできない。世の中そんなもんよ。でも……病気っていうのはそれが許されない。無理だから匙を投げるのは思考停止と同じ理論よ。あのサイコロの確率だって人間がやれば確率は『0』になる」
ビコウの言葉を聞きながら、セイエイはオレを見据える。
「シャミセン、どういう意味?」
「簡単な答えだな。ふたつのサイコロを振ってピンゾロを出す確率っていうのは普通なら[1/36]になるけど、人が振った場合、その人がピンゾロとか自由に出目を出すことがうまい人だった場合ならどうなる?」
「……っ? 確率なんて関係なくなる」
「そういうこと。だからわたしは天文的確率だろうと、医者が匙を投げようと、自分の意識が生きている限り、ううん、わたしという自我が存在している限り、目を覚ます確率を信じる。現に植物人間から目を覚ましてから幸せな人生を送ったっていう実例はいくらでもあるからね。絶望ほど情けない終わり方はないわ」
ビコウはゆっくりとマミマミを見据える。
「夢都さん……あなたはもう開放されなさい。本体が死んでるのにずっとこんな狭っ苦しい世界にいたところでなにも変わらないし、なにも変えられない」
「は、はははははっ! ほんとフザケてるっ! 巫山戯すぎてるっ! そんな夢物語が許されるわけがないっ!」
マミマミの手には魔銃が握られており、その銃口を自分のこめかみに押し付けるや、ケラケラと笑い出した。
「私が死ねば星藍の生命線である病院のシステムサーバーが落ちる。つまりはどういうことかわかるわよね?」
「無駄よ。そんなことが夢都さんにできるわけがない」
「だったら試してみる? この引き金を引いた瞬間、あんたはもうこの世から存在しなくなる」
目を虚ろにさせ、マミマミはビコウを見据える。
「それじゃぁねぇっ! お互い『また地獄で会いましょう』。シィイイユゥウウウウアゲェエエエエイィンンンンンッ!」
ドンという音が響き渡ると同時に激しい閃光が周りを包み始め、オレはとっさに目を伏せた。
「
平然としたワンシアの声に、オレは目を開け、周りを見渡した。
「いぃやぁ……」
セイエイの震えた声が聞こえる。
「だって、目を開けたらおねえちゃんいないんでしょ? そんなの嫌だ。やっぱり私があの時おねえちゃんを早く病院に連れて行かなかったのが悪いんだ。やっぱり私が――」
「…………」
スッと誰かがセイエイを抱きしめる。
「恋華、人が死ぬのは普通は誰にも予想できないの。元気な人だって突然死ぬことがある。でもね……わたしは恋華が結婚するまでは死ぬつもりなんてないから」
温かい声が聞こえ、セイエイはゆっくりと目を開く。
そこにはビコウが特になにもなかったかのような平然とした表情で、しっかりとセイエイを見つめていた。
「お、おねえちゃん? ど、どうして? どういう……こと」
唖然とした表情でオレとビコウを見ているセイエイを見据えながら、
「まぁマミマミのやったことはほとんど意味がないってことだ」
と答えた。
「そもそもゲームのデータが消えるのは致し方ないこととはいえ、わたしは身体が動かないだけで、意識に関してはもう大丈夫なのよ。まぁ生命線である酸素補給はベッドの側においてある酸素ポンペからだからそれを止められたら死んでただろうけど」
「えっ? それじゃぁ夢都さんがやったことは意味がない?」
「いや、意味がないってわけじゃないな」
オレがその先を言おうとした時だった。
「兄から連絡が入りました。わたしの個室に侵入した不審者を取り押さえたって」
「だろうな……」
「え、っと、どういうこと?」
理解できていないセイエイは、頭にはてなマークが浮かんでいるような表情でオレとビコウを見据える。
「VRギアは感情を脳からの電気信号で読み込みそれをステータスに反映している。まったくもって恐ろしいシステムだよ。でもだからって人を殺すなんてことはできないだろ?」
「現に人を催眠状態にしたり、最悪人を殺しかねないとして何度かマウスを使った電気信号の実験や、そのような異常がないかのメンテナンスをしてましたから。まぁそんな経緯があったなんてことを知っているのは、マシンを設計したわたしの両親くらいですからね」
「マミマミはあくまで日本サーバーのスタッフだ。その危険なシステムに関しては奥の奥で、しかも複雑に仕込まないといけないし、何回も実験しないといけない」
「それじゃぁ物理的におねえちゃんを殺すしかなかった?」
セイエイの言葉に、オレとビコウはうなずいてみせた。
「で、セイエイが言っていたボースさんと珠海さんの話で確信したからこそ、マミマミの狂言に乗ったってわけ」
「恋華、そもそも今回の目的はなんだっけ?」
「えっと、シャミセンが夢都さんに盗られた[紫雲の法衣]を取り返すのが目的……」
セイエイは唖然とした表情でオレを見据える。
「そういうことだ。まぁ亡霊はそのまま亡霊でいやがれって話だな」
オレはビコウを見据える。
『本当にいいのかよ? 言うなら今が一番いいタイミングだとは思うんだけど?』
『まぁ感動的なって意味なら今がいいんでしょうけど、実はそろそろしたら恋華の誕生日なんですよ。言うならその時が一番いいんじゃないでしょうか?』
チャット機能でビコウとオレだけしか聞こえないようにする。
その時見せたビコウの表情は、なんともカラッとした曇りのない太陽のような笑みだった。
「それじゃぁ、今日はもう遅いしさっさとログアウトしますか」
「そうですね。いくらわたしのフチンがこのゲームの最高責任者で今回わたしたちがした行動に関して目をつむってくれているとしても長居はできません。まぁクエストクリアってことでいいでしょう。あ、マミマミの自決ですけど、わたしたちがたおしたわけじゃないですし、そもそも別サーバーのアカウントが勝手にBANしただけですから、なんの恩恵もありませんよ」
ふと、以前ビコウがマミマミを倒した時の言葉を思い出し、オレはアッと目を見開いた。
まだチャット機能は続いていたはずだ。
『なぁビコウ、もしかしてお前……あの時最初から知ってたんじゃないのか?』
そうたずねたが、ビコウはちいさく笑みを浮かべるだけでなにも答えなかった。
ビコウはゆっくりとステータス画面から運営スタッフにしか使用できない転移システムをつかって、オレたち三人と威嚇攻撃をしていた白水さんを元の日本サーバーへと転送した。
「っと、まぁこれで解決ってことでいいのかね」
ログアウトした後、シャワーを浴びたオレは濡れた髪をタオルで拭いながら、脱衣所でそのあいだメールが来てないか確認するためスマホをいじっていた。
特に目ぼしいものはみあたらなかったが、
「なんだこれ?」
たったひとつだけ、妙なメールタイトルのものがあった。
【Welcome to Nightmare of darkness Witches】
というタイトルのメールだった。
「本文はなしか? なんだよこれ気味が悪いな」
特に気にすることでもないだろうさ。はいはい削除削除。
と楽観的に考えながら、さて明日は休みだ。珍しく大学の予定もなければバイトもない。
久しぶりだこんなに心からウキウキする休日は。
ふと、さっきの奇妙なメールについて考えてみた。
無駄なことだろうけど、すこし気になったのだ。
「……『闇の魔女の悪夢へようこそ』か……」
まぁ特別気にすることじゃないだろうけど、
『『ザ・ダークウィッチ・ナイトメア・オンライン』っていうタイトル。闇に染まった世界に
と、以前セイエイが言っていたことを思い出していた。
「まさかね……だってそれまだテストの段階で
それ以前に、どうしてオレなんかのところに似たようなタイトルのメールが届いたのだろうか。
その理由を考えれば考えるほど不気味に思えてきていた。
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