第100話・催眠蟲とのこと


 マミマミのステータスには現在【5/8 20:34】と表記されており、彼女は中国サーバーのフィールドを移動しつつ、新しく設置されたフィールドの確認を行っていた。


『先日アップロードされたのは主にニ、三箇所。ひとつは『太陽と月』の報酬アイテムである[月光の指環]に対する効果の訂正。ふたつ目は[シーカー]というあたらしくできた地形と町。最後は[魔狼の森]。[魔狼の森]は地上フィールドだから下手をすると他のプレイヤー……いや、この場合はイベント参加プレイヤーに見つかる可能性がある』


 マミマミはできうる限りはあまり人目につこうとは思っていなかった。

 他のプレイヤーを襲っていたことに対しても、正確に言えば恐怖を植え付けるためであった。

 白昼の、なにもない平凡でゆったりとした時間に突然として、予報すら外れてしまうほどの夕立が降り注ぐのと同じように、人の生き死にというのは確定されていない以上はほとんどが偶然である。

 プレイヤーを殺すことが許されているゲームシステムであったとしても、それが行き過ぎた行動であったとすれば運営による制裁が下されるということは至極当然のことではあり、そのレッドネームプレイヤーが姿を見せなくなったという話が広まれば、誰しもがアカウント停止を喰らったと安堵する。

 言い換えれば夜道に徘徊している異常者が警察に捕まったことで町に平和が訪れた。……そこに住んでいる住民たちはそう安堵する。

 ――が、そんなものは氷山の一角にすらならないのが世の常であり、第二、第三の異常者が現れ、ふたたび不安に陥るものだ。



 韓国サーバーで起きたマミマミが仕向けたプレイヤー大量殺戮の原因は誰が悪いわけでもない。

 皆そのイベントが『イベントである』と思っていたのだ。

 イベントによるプレイヤー同士の血みどろな殺し合いは、本来ならばレッドネームにはならない。

 だからこそ、普段は決闘デュエル以外でプレイヤーを襲うことで経験値を多く手に入れることができるというシステムを忌み嫌っているセイエイが、[四龍討伐]においてシャミセンの装備品であった[紫雲の法衣]を盗んだ二人組に有無を言わせずに攻撃し奪い返した事例は、『イベント時に相手を攻撃してもプレイヤーキラーにはならない』というシステムを熟知していたからである。



(っと、ここか……)


 スッとマミマミは動きを止めた。

 フィールドマップではちょうどボースが治めている【聖牛邸】の土地全土から西へ十キロほど離れた場所にポイントが出ており、ちょうど森のざわめきがマミマミの耳をざわつかせていた。


『他にプレイヤーの姿はない……早すぎた?』


 マミマミは警戒しつつ、姿をロクジビコウへと変化させた。

 ここで本来の姿のままだと魔銃演武からのコンバーターに気付かれる恐れがあったからだ。そこだけは抜かりがなかった。


『時間は[20:55]。イベント開始まで残り五分を切っている』


 しかし、それでも周りにプレイヤーの姿がないのが妙だとマミマミは勘付いていた。



 本来ならば少なくても五分前にはかなりのプレイヤーが身を潜め、レイドボスがどこに出てくるのかを推測しあっているはずだ。

 それなのにイベント開始五分前であるにもかかわらず、プレイヤーの姿は……マミマミ以外『存在していない』のである。



『おかしい、さすがにこれは……』


 そうマミマミが異変を感じた時、彼女の耳に微かにだが枝が折れた音が聞こえた。


「あいたたた……」


 暗闇の中、マミマミは[火眼金睛]による効果で周りが鮮明に見えていたため、森の中から出てきたプレイヤーの姿が見えていた。


「あぁ、まったく……足の裏にまで感覚があろうとはのぅ。危うく枝の刺を踏むところじゃった。まぁ色々と傷はついてしまったがHPに然程支障はなかろう」


 現れたプレイヤーは、見た目は五十半ばと思われる初老の男性プレイヤーであった。姿はそれこそ浪人と言える。

 足元は彼の言葉どおり踏んだ枝による擦り傷で赤くなっていた。


「おやぁ? もしかしてあなたもイベントに参加されるので?」


「えっ? あ、はい。あなたもですか?」


 マミマミはギョッとした表情で男性の問いかけに応じた。


「うむうむ、しかしなんだね。わたしは最近始めたばかりのものなのだが、VRゲームというのは感覚すら共感してしまうのか。すこし気をつけなければいけなくなるな」


「え、えぇそうですね」


 マミマミはその男性プレイヤーの言葉に唖然とする。

 ためしにプレイヤーのレベルを確認したが、


『名前が見えない?』


 と、怪訝な表情で男性プレイヤーを凝視した。


「おやおや美人に見つめられると反応に困ってしまいますな。ちなみにわたしの名はシェリというしがない初心者プレイヤーでございましてね。レベルはそうですな最近始めたばかりで10くらいしかありませんて、おそらく足手まといにはなるでしょうが」


「あぁそうですか。大丈夫ですよわたしだってそんなにログインしてませんから」


 マミマミはその反応から、間違いなく目の前にいるシェリというプレイヤーはゲームをはじめからそんなに間もないなと思った。



『イベント開始二十秒前になりました。プレイヤーの皆さんはスタート合図とともに……』


 突然電子的な音声が流れだし、一旦言葉が止まる。


「システムエラーでしょうか?」


「まぁ目の前にボスが出てきて皆さんで倒してください。みたいなものじゃないでしょうかね」


 シェリの言葉に応えながら、マミマミはゆっくりと指の形を銃のトリガーを引く構えへと変えていく。


「あぁ、そういえば……」


『それでは開始五秒前……』


「……なんですか?」


『――四』


「日本の言葉にこんなことわざみたいなものがありましてね」


『――三』


「ほう、いったいなんですかね」


『――二』


「いや、いやまったくもって、この状況にうってつけの言葉があるんですよ」


『――一』


「へぇ、それはなんですか? この状況にうってつけの言葉というのは」


『――0』


 カウントが終わり、甲高い電子音が鳴り響いた瞬間だった。



「『雉も鳴かずば撃たれまい』」


 シェリがその言葉を発するやいなや、パッと上へと飛び上がると同時に、マミマミの眼前に五つの弾丸が放たれた。


「くっ」


 避けていくうち、そのうちの二発がマミマミの身体を射抜く。


「な、ど、どこに? どこにプレイヤーの姿が? いや、それよりもなぜ? なぜわたしが攻撃を受けている? ボスは? ボスの姿はどこに?」


 愕然と困惑、その両方を併せもった複雑な表情でマミマミは周りを見渡す。


「あらあら、ちょっとは考えられたんじゃないの? レイドボス討伐イベントって銘打っているのに自分とわたし以外のプレイヤーの姿が、それこそ開始五分前になっても姿が見えないのはおかしいことだって」


 自分を罵るような声が聞こえ、マミマミは空を見上げた。

 眼前には木の枝に腰を下ろしながら見ているシェリの姿があり、彼女をカラカラとした笑い声で見下ろしていた。



「あ、あんたぁ……い、いったいナニモノよぉ」


「あれぇ? 自分がやったことあるくせにまだ気付かないの? それにさぁ、ここ中国サーバーですよね? 実はこのイベント日本のサーバーでも同時進行でやってるんですよ」


 シェリはゆっくりと口角を上げる。


「はぁ、馬鹿言ってんじゃないわよ? たしかに日本サーバーも似たようなフィールドだけど、[魔狼の森]なんてフィールドができたって話を聞いて……」


 ハッと我に返り、マミマミは言葉を失うと同時に、わなわなと震えた表情でシェリを見据え、


「あ、あんた今……『日本サーバー』って言った?」


 と問い質した。


「えぇ言いましたよ?」


 シェリの表情は雨雲のようにかげていく。


「な、なぜ日本サーバーのプレイヤーがこんなところに存在できているの? 普通監視局に見つかって制裁を喰らっているはずでしょ?」


「間違って入っちゃいました……なんて虫のいい言い訳はしないわよ」


 シェリはスッとその身を地面に落とし、綺麗に着地する。

 その優雅な立ち姿に、マミマミは唖然とし、言葉を失っていた。


「こっちは誰かさんが[四龍討伐]でやった不可解なエラーのおかげで色々とバッシングされているんだからね」


 スゥっと息を整えながらシェリは武器を構え、マミマミを睨みつけた。


「そ、それは[如意神空棒]? な、なんでそんなもの――」


 ハッと目の前のプレイヤーが何者かに気付いたマミマミは、


「やはりか……でもどうして? いやどうやって? たしかにあんたは運営に近いけどあくまでプレイヤーでしかない。それなのになんで日本サーバーのアカウントしかないあんたがっ! どうやって中国サーバーに来られた? 孫星藍、、、ンンンンンッ?」


 と叫び狂った。



「[化魂の経]……解除」


 正体を論破されたシェリ――ビコウは特に臆することなく、平然とした表情で変身スキルを解除した。


「ふぅ、やっぱりこっちのほうがいいわ。[四龍討伐]の時も運営じゃなかったら自由にステージを行き来できなかったし、まぁそのおかげであのエラーが人為的なものだったことがわかってスッキリしたけど」


 ゴキゴキと、本来ならば聞こえない硬くなった骨を鳴らしたような音がマミマミの耳元で響き渡る。


「あのさぁマミマミ……いくら知り合いでもね、ネットゲームの中でプレイヤーの本名を晒すってのはルール以前にネチケットがなってないわよ」


 と、ビコウはあきれた表情でマミマミを見据えた。


「それにしてもお粗末なものね。あなた運営側の人間だからってやっていいことと悪いことの区別くらいつくんじゃないの?」


「はぁ? いったいなにを――」


「プレイヤーもいないにも関わらず、あなたはわたしの知り合いの攻撃を受けた。それなのにまだ気付いてない? だったら教えてあげる。日本と中国って近いように見えて、実は遠い」


「だからいった……い――」


 マミマミはアッと口を開き、そして鬼の形相でビコウを睨みつけた。


「まさか待ち伏せしていた?」


「ノンノン、そんなもんじゃなくて、日本と中国じゃ『時間が一時間ズレてる』んだよ」


 その言葉に、マミマミは唖然とする。


「ま、まさか……星藍っ! あなた『一時間も前からこのフィールドにいた』?」


「正確に言うと『一時間以上前から準備していた』って言えるわね」


 ビコウの口角が上がると同時に、マミマミは背後に誰かいると勘付き、臨戦態勢に入った。



「[牛鬼]ィッ!」


 ドゴンと地面が揺らめく轟音よりも先に、マミマミは咄嗟に地面を蹴り上げ、木の枝へと飛び乗った。


「くぅっ! 恋華かぁっ! でもあんたは星藍と違ってただのプレイヤーッ! どうしてそいつが普通に中国サーバーにいるのよ?」


 砂煙が晴れるや、ジッとマミマミを見上げているセイエイを見下ろしながらマミマミは糾弾する。


「うーん、かすり傷すら与えられないかぁ。もしかしてわたしに変化してるからLUKがそっちにいっちゃってる? まぁそれはそれである意味チートな気がするんだけど」


 セイエイ同様マミマミを見上げていたビコウは愚痴をこぼしながらも、セイエイを一瞥する。


「なにか考えているようだけど、ひとつだけ決定的なことを教えてあげるわ。あんたたちとわたしはたしかにプレイヤーではある。でも決定的な違い……それは――」


「『運営か運営でないか』。『そのデータを把握できているかいないか』ってことでしょ?」


 マミマミの言葉を遮るようにビコウがその答えを言い当てた。


「……そういうこと。つまりはわたしのステータスは変幻自在ってわけ」


「それじゃぁ、ダンジョンの時に魔銃を使ってもMPが減らなかったのって」


「魔銃の発動条件を変更して、MP消費を『0』にしていたのよ」


「なんかズルい」


 と、セイエイは頬をふくらませ、ビコウを見据える。


「なんでわたしを見るの。まぁスタッフだからね、そういうことができることはあらかた予想はしてたからおどろかないけど。――だからこそ理解ができない」


「はぁ? まぁそうでしょうね。目の前に勝てないやつがいるのは当然ゲームとしては成り立たない。だからこそ理解できないでしょう。 Do you Understand?」


 クスクスと笑うようにビコウを見下ろしながら、マミマミは魔銃を向けた。


「それじゃぁさよなら」


 トリガーが引かれ、セイエイとビコウにそれぞれ五発ずつ火の属性が付けられた魔弾が撃ち込まれていく。



『これだけ接近していて銃の軌道さえ読めれば避けることは可能だけど、闇夜の中でされたらたまったものじゃないわね』


 ビコウはチャット機能でセイエイに言う。


『たぶん中国サーバーで起きてたプレイヤーキラーに対する被害がほとんど夜に限ってだったのも、月が隠れたり、灯りがないと視界が悪くなるからってのがあったのかも』


 セイエイはチラリと、マミマミではなく自分たちのうしろを一瞥する。


『恋華、相手に悟られたら作戦なんて最初からなかったになっちゃうからね。それに……わたしはあの人のLUKを信じてる』


『で、でも……さっき夢都さんが言ってたよね? 自分のステータスを変えるなんて造作もないって。シャミセンのLUKでも[月光の指輪]の効果で二倍にしても勝てるなんて思ってない』


 その言葉に、ビコウはうむぅと唸る。

 確かに[月光の指輪]による効果でならLUKは桁違いになるから難しくはないが、カンストしてしまい255までしか上昇しない。

 だが今まで彼を見ていたからこそ、ビコウは別のことを考えていた。


『バカね……わたしだってシャミセンさんのLUKが夢都さんのステータスを上回るなんて思っていないわよ』


『バッ……なんか勝てる攻略法とかあるの』


『そんなのはないわ。今言えることは――夢都さんはとんでもないプレイヤーを敵に回しちゃっているってこと』


 その言葉に、セイエイは唖然とする。

 シャミセンがそれほどまでに驚異的なものなのだろうか。

 そう思ったのだ。



「避けてるばかりじゃ話にならないわよ。それにあんたたち二人ってわけでもないでしょ?」


「やっぱりそう思う?」


「えぇ、イベントが開始したと同時に奇襲があった。つまりはまだ一人プレイヤーがいる。遠距離攻撃が可能なプレイヤーがね」


 マミマミはそう言うや、魔銃を暗闇に向けて魔弾を放った。


「…………っ」


「手応えあり。といってもかすった程度か」


 その言葉に、ビコウとセイエイは呆然とした表情でマミマミと弾の軌道先を交互に見据えた。


「ちょ、ちょっと夢都さん? たしか魔弾は弓矢と同じ扱いじゃなかった? いくら性能が良くてもシステム上中距離扱いだったはずよ?」


「そう普通ならね。でも……それも変えちゃったら意味ないわよねぇ」


 歪んだ笑みを浮かべながらマミマミはビコウの問いかけに応える。



『鏡花さん、大丈夫?』


『いちおう致命傷は受けていませんから、HPに関しては大丈夫ですが』


 チャット先の白水の声に覇気がないと勘付いたビコウは怪訝な表情で暗闇を見据える。


『ちょっと視界が定まらないかな。最悪だねこれ……[暗闇]を喰らってる』


「…………っ!」


 マミマミはビコウの驚愕とした表情で察し、


「あらあらまぁまぁなんということでしょう。遠距離攻撃タイプの職業でもっともおそれないといけないのは『視界が見えなくなる』こと。スコープから照準を合わせても、それが見えなくなっちゃったら意味なんてないものねぇ」


 と罵った。


「毎度毎度人の考えてることを逆撫でしてくれるわね」


「ふふふ、真実なのだから逆撫でしているという言葉もないでしょう。それにどこにいるのかなんてのは最初からわかっていたけど」


「それも運営者権限の能力ってわけ? 普通考えて最初に攻撃した位置から動いていると思うものだけど」


「それは思ったわよ。最初からね、あなたのうしろに誰かいるってのも」


「見過ごしていたわけか。そのわりには二、三発喰らってるじゃないの」


「さすがに遠距離攻撃で連続攻撃可能なスキルを使ってくるとは思ってもいなかったとしか言い様がないわ。うん言い訳はしない」


 マミマミはゆっくりと銃口をビコウに向ける。



「今の一撃でその狙撃手は能力的に戦闘不能リタイアとなった。なぜなら遠距離優先の職業は命中率を上げるためにDEXにポイントを振り分けて、他の部分にはあまり振り分けていないって考えるのが妥当だろうからね。防御力にポイントを振り分けていても、まぁそんなに気にするものでもないでしょ? 問題はその銃弾の威力と機能性、それから狙撃手の腕ですべてが決まるわけだから」


『……たしかに夢都さんの言うとおり、鏡花さんのステータスはもともと生産系にしようとしていたからそうなったわけで、だからこそ高いDEXが必要になるから、それがあるから難しい装飾品が当たり前のように作成できる……っ?』


 ビコウはゆっくりとマミマミの姿を凝視する。



『そういえばわたしに変身しているという部分は今更どうってことはないのだけど、だからこそまだ理解ができないことがある。どうして彼女はあの時シャミセンさんにわたしのステータスを見せた?』


 ビコウは武器を構え臨戦態勢に入る。セイエイも同時にふたふりの青鋒刀を構えた。


『本来のわたしのステータスを見せることで恐怖感を植え付けるため? でもそれだったらクリスタルを大量投入オーバードーズしてステータスをカンストした状態のものを見せればいいだけなのにそれをしていない。いやそれができなかった?』


「夢都さん、ちょっと質問なんだけど」


「なに? というか人に質問するなんて余裕ね」


「それはそっくりそのまま返すわ。あのさぁ麻雀って牌を取る前にサイコロをふたつ使ってどこから取るみたいなことをするでしょ? あれって自動以外だとピンゾロが出る確率ってどれくらいだと思う?」


「……単純計算で[1/36]ってところでしょ?」


「そう単純な計算だとね」


 スッとビコウは[如意神空棒]の中心に両手を合わせる。



「でもわたしは先に言ったわよね? 自動以外だとって」


「はぁ、なにを言ってるの? サイコロの出目の確立は[1/6]。そのふたつだから単純計算で[1/36]。間違ってなんてないでしょ?」


 片眉を顰めながらビコウを見据えるマミマミは、いったいこんな状況でなにを言っているのかと鼻で笑う。


「そう計算上はそれで間違ってない。でも……」


 ゆっくりと[如意神空棒]を振り回し、攻撃態勢に入りながら説明していくビコウに向かって、マミマミは魔銃を向ける。

 どちらから攻撃を仕掛けてもおかしくない状況ではある。

 しかし、マミマミはビコウの問いかけに疑問を持ち始めていた。


『サイコロは絶対確率、、、、。どれだけ賽をふろうと出目の確率は変わらない、、、、、、、、、、、


「それでいいの? 推理でもっとも気をつけないといけないのは言葉の矛盾。登場人物ではなく地の文にも気をつけないと犯人にはたどり着けなくなるわよ」


 ビコウは振り回していた[如意神空棒]の動きを止める。


「どうして動きを止めた? 何かしたっていうの?」


「別にちょっとした準備運動ウォーミングアップとでも思って」


 ビコウはカラカラと笑うように言い返す。


「それじゃぁ攻撃開始といきますか」


 その言葉を言い切るや、ビコウは[如意神空棒]の先を地面に突き刺した。


「[維持神の円月輪]ッ!」


 それと同時にマミマミの周りにはむっつのチャクラムが浮揚しており、しっかりとマミマミを捉えていた。



「なっ?」


 マミマミの言葉を遮るようにむっつのチャクラムがいっせいに斬りつけるように飛び交っていく。


「い、いつの間に? でもこれくらいの数なら避けられる」


 スッとチャクラムの軌道をなぞるようにマミマミは攻撃を避けていく。


「あらら奇襲にもならないか。でもさぁここらでちょっと答えを教えてあげようか」


 攻撃が避けられることなど最初からわかっていたビコウは、人差し指を立て口唇に添えた。


「答え? あぁさっきのサイコロのやつ? どうでもいいじゃないそんなこと。ここであんたたちが死ぬことに変わりは……」


 マミマミはハッとした表情で周りを見渡した。



「自動以外……つまり手動の場合においてはその確率は……『0』になる」


 その言葉と同時に、マミマミの背中をふたふりの刀が切り裂いた。


「あぁがぁっ?」


 突然のことで困惑し、マミマミは魔銃を縦横無尽に撃ち始める。


「どぉこぉだぁっ! どこから攻撃してきたぁっ! 合いの子がぁ」


 混乱状態に陥り、マミマミは無我夢中で攻撃を仕掛けていく。


「いくらなんでも混乱しすぎでしょ? でもだからこそ狙える。[金糸縛影]っ!」


 金糸の縄が地中から飛び出し、マミマミの四肢を縛り上げた。


「がぁはぁっ!」


「今だよっ! シャミセンっ!」


 セイエイの言葉を耳にするや、マミマミは目の前を凝視した。


「どこだ? どこから狙っている? いやどこにいる?」


 スッとなにかが目の前にいる気配を感じた。

 これはビコウに変化したことによるLUKの高さから相手の位置がわかったのではない。……殺気を感じたのだ。



[プレイヤーから[紫雲の法衣]を盗み取りました。]


 というポップアップがビコウとセイエイの簡易ステータスに表示された。


「い、いったいなにが? なにが起きた? いったい誰が私に触れた?」


「あぁやっぱりプレイヤーが触れた感触はあるんだ。それはいいとして、夢都さん、自分のアイテム確認したら? 特に盗られるおそれがあるアイテムとかさ」


 ビコウがケラケラと嗤う。


「はぁ、なにを……ない? ないないないないない?」


 自分のアイテムストレージに[紫雲の法衣]がなくなっていることに気付くや、愕然とする。


「どうして? どうやって? まさか……覚えたっていうの? そんな事ってありえない。普通そんなスキルを覚えてもなんの意味もないのに」


 呆然とそして危惧するかのようにマミマミは周りを見渡していく。



「なぁ、マミマミ……あんたさぁセイエイの武器の効果を彼女自身から教えてもらってたんだろ」


 男の声が聞こえ、マミマミは唖然とする。

 声は聞こえど姿が見えない。いや目の前から声が聞こえていた。


「セイエイの武器の効果は彼女のLUKに依存している。もちろんそれを上げれば効果が発動される確率も上がるが、あの子はそんなもん気にせずに武器を使っている。オレのキャラメイクなんかよりも狂気的なギャンブル性を孕んでいる。それが二回もあんたを攻撃した時に発動されているんだからなぁ」


「なっ? なにを言って? 青鋒刀の効果は強力な一陣の風でしょ? そんなの一度も……」


 たしかにセイエイの青鋒刀の効果である一陣の風によるダメージは起きていない。

 にも関わらず、ダメージ計算があった。


「[牛鬼の腕輪]は単純にSTRを二倍にするだけだから。避けられたら攻撃力もなにもないから」


 ムスッとした表情でマミマミを見据え、そうセイエイは答えた。


「で、でも……あ、あんたがLUKを上げるなんてことはしないはず。だってイベントをクリアできなかったし、クリスタルを使っているとも思えない」


「えぇまぁそれに関しては異論はないわね。だからこそ理解できないでしょ? 効果が発動される確率は35%で普通は期待なんてしないって」


 ビコウはそれこそ哄笑する。


「でも逆に考えればあの子は自分の気持ちに素直過ぎるからこそ自分のステータスが制限されてるのよ」


「はぁ、素直過ぎる? いったいどう言う?」


「だって遊撃のステータスは攻撃力と敏捷性の高さで決まる。あとはまぁ適当にって言ったら、この子本当に自分のステータスをレベル5までそのふたつに交互に極振りしてたからねぇ。さすがにそれじゃぁダメでしょってことで軌道修正できたけど」


 キャラキャラと腹を抱えながら表情をゆるめるビコウを見据えながら、


「おねえちゃん、笑いすぎ」


 とセイエイは頬をふくらませた。


「にゃはははごめんごめん。でもだからこそ言えることがあるのよ。彼は[盗む]の成功確率を信じていた。セイエイも自分の能力に自信がある。レベルの差とかステータスの違いなんかじゃない。自分のプレイヤースキルを、プレイヤー自身の幸運を信じたのよ」


「……彼? はっ? あんたたちに寄生しているあのプレイヤーか。周りに集まるのはそれに興味をもっただけでしょ? そうでなかったらあんな吹けば飛ぶようなプレイヤーが強くなるわけないわ。どうせ[盗む]を覚えたのだって、あんたが社長に無理言って覚えさせたんでしょうに」


 マミマミはケラケラと笑い、自分の身体を発火させた。

 その炎によって、ビコウの[金糸縛影]は溶け切れ、マミマミは自由の身となった。


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