第99話・罠・距離・枠とのこと


 たとえるならば、貴金属をドロドロと溶かし続けている溶鉱炉の中にいるような、グルグルと熱気の渦を目視しているかのように、形つくられていない数式のフィールドが、そのプレイヤーの目の前で渦巻いていた。

 もちろんフィールド事態の地形はきちんと構築されているのだが、これはプレイヤーの心理によってそう見えているだけである。



 そのプレイヤーは不正アカウントであるにもかかわらず、そのアカウントは杜撰な管理下によって監視されており、本来の姿を隠して中国サーバーで暗躍し、多くのプレイヤーを殺してきていた。

 人間の心理というのは末恐ろしいもので、たとえ覚醒剤くすりをやっていなくても、今まで起きた体験や経験によってPDSDに陥り、意志に即わず幻聴、幻覚が生じてしまう。

 犯罪を犯した人間の心理に基づけば、特に自分を見られているわけでもないのに[目視]られていると勘違いしてしまう。



 [它向悠發送管理信息]



 中国語で書かれたその文章をプレイヤーは無視しようとしていた。

 管理者……運営からのメッセージであったことは目に見えていたのはメッセージの送受信を切っていても、運営からのメッセージだけは受け取ってしまうというシステムだったからだ。もちろんそれを読むかどうかはプレイヤーの判断に委ねられている。

 ――が、それは一般的なプレイヤーに対することで、このメッセージを受け取ったプレイヤーは怪訝な表情でポップアップされたメッセージ受信を知らせるアナウンスとにらめっこをしていた。

 なぜなら、彼女……マミマミこと夢都はプレイヤーではなく運営側の人間であって、受信可能かどうかはVRのシステムをすこしいじればどうにでもなることだったからだ。

 もちろん運営からのメッセージを受信しないという設定にすることもできたが、今現在使われているVRアカウントは中国サーバーによって管理されているもので、彼女とて迂闊にアカウントデータをいじることができなかった。

 ステータス画面のレイアウトは共通しているため、どこになにがあるのかというのは中文を読めずとも理解はしている。

 マミマミは運営から来たメッセージを読むべきかと考えていた。

 もちろんここで読まないという選択肢があるにはあったのだ。



 ビコウの推理通り、マミマミが本来の職業である魔銃士の能力は使えど、その姿に戻ることができないでいた。

 なぜならば、魔獣演武時の容姿がそのまま残ってしまっているからだ。

 なので引き継いているプレイヤーに姿が見れないよう、今は他のプレイヤーが入れない[はじまりの町の裏山]にある隠しダンジョンの奥深くで息を潜めていたのであった。



『ミニイベント【紅桜梦】について。

 日頃より弊社のゲーム「星天遊戯(Show Ten Online)」をプレイしていただき、まことにありがとうございます。

 このたび、5月8日(土曜日)21時から夜23時59分までの期間中、あたらしく設定されました『魔狼の森』にてレイドボスイベントを行います。

 参加された方にはもれなく2,000CN相当のアイテムを贈呈いたします。

 またレイドボスにとどめを刺されましたプレイヤーには、10,000CN相当の装備品を差し上げますので、腕のあるプレイヤーはふるってご参加ください。』


 (右記は中国語で書かれている)



 何事かとマミマミは思った。そして興味がないことだとも思った。

 CNは課金した金額を表したものなのだが、コアなプレイヤーは一万程度は余裕で課金してしまうのだから、特にほしいというアイテムでもなかっただろう。ましてやレイドボスにとどめを刺すとなれば、漁夫の利を得る以外に方法がない。

 多数が参加するのがレイドボス戦であり、醍醐味でもある。

 陣形なんてものは勝手に取ればいい。

 仲良しこよしでやっていればいいのだ。

 それをうしろから、それこそ運んでいる魚を盗み取るトラ猫のように掠め取ればいい。

 誰がとどめを刺した刺さないで言い合うよりは、勝手に言い合っていればいいのだ。

 マミマミはそういう考えであった。



 はて……この文章をどこかで見たような。

 そうマミマミが気付くのにさほど時間はかからなかった。

 そしてこれが運営が自分を炙り出そうとしているということにも気付く。

 なるほどなるほど、誰かが自分と同じようなことをして強弱揃ったプレイヤーを殺しあわせようとしているのか。

 なるほどなるほど…………。

 薄闇の中、入ることも出ることもできない意識の中で、マミマミはうっすらと笑みを浮かべる。

 誰がこんなことを考えたのだろうか。

 そうだとすれば、かなりの酔狂といえるかもしれない。

 ならばその余興を見ることに変わりはないだろう。



 なにせマミマミが仕向けた韓国での事件は、成功しているのだ。

 レイドボスなど出てこず、その場にいるプレイヤー全員を殺しあわせた。

 百人以上あつまったプレイヤーはわけが分からず、またイベントなのだからデスペナはないだろうという安堵感から、マミマミの術中にハマッてしまったのが事の真相であった。

 それに気付いた運営が、強制的に全員をログアウトさせ、大本の中国には、サーバーが落ちたと報告さえすれば事足りる。



 睡蓮の洞窟にあるナツカのギルドハウスには、オレとビコウ、サクラさん、ナツカ、白水さん、斑鳩の姿があった。

 オレと斑鳩のバイトが終わる時間を見過ごして、ログインしたのはちょうど夜の十一時になろうとしている時に、ビコウから「ギルドハウスに集まって欲しい」という旨のメッセージが届けられており、集まったのである。

 ……ギルドハウス内の円卓に坐り、しばらく経っての事だった。



「……と考えれば、辻褄が合うんですよ」


 韓国サーバーで起きたとされる、レイドボスイベントによってサーバーが落ちたという斑鳩の話を推測し、話をまとめていたビコウは両手の人差し指の先をゆっくりと合わせながらそう告げる。


「それを仕向けたっていうマミマミが運営側の人間だったからできたってことか」


「でもマミマミはあくまで日本サーバーの運営だよな? どうしてそんな……あ、いや――そいつがやったっていう方法を考えればそんなに難しくはないか」


 斑鳩は唖然とした表情でビコウを見据えるが、自問自答に落ち着いたようで、それ以上は聞かなかった。


「しかし、だからといって、同じような方法で釣れるでしょうか? 相手だって同じことをしているんですから、警戒心は持っているはずですよ」


 サクラさんの言うとおり、オレが提案した方法ではあるのだけど、如何せん引っかかってくれるとは思っていなかった。

 あくまで可能性での話でしかないのだ。



「ところが人間というのはどうも面白いもので、同属嫌悪って言葉がありますよね? それと似たようなもので同じことをやろうとしている人間には、興味がなくても本能的に確認してしまうわけです」


「あぁ、要するに共通する話題があって、それが例えば万引きとかだったら、どこどこが狙われやすかったり、にくかったりがわかって情報交換がし易いってことか。道理で防犯カメラと鏡、警備員をひとつ増やしただけで被害が減ったなとは思っていたけど」


 オレはしみじみとそう言う。


「あれ? なんかすごい親近感が湧くような反応ですね」


 ビコウとナツカがオレを見据えながらそう口にする。


「ってことはあれか? ふたりともバイトとかしたことあるの?」


 オレがそう聞き返すと、二人はうなずいてみせた。


「大学受験の学費を稼ぐために半年くらいね。スーパーのレジとか棚卸しとかやってたわよ」


「わたしは十六の時に大型デパートの中にある書店のアルバイトを日本に渡る半年前までやってました。と言っても中国に住んでいた頃の話ですので日本ほど警備がしっかりしていた……とは言えませんでしたけどね」


 前者はナツカ、後者はビコウの反応だ。


「中国って警備システムどうなってるの?」


「い、いちおう防犯カメラとかはあるんですけど、病気っていえるほどに多いですし、お店に入ったらバッグ預けらされるほどに厳しいんですよ。日本のマンガやアニメとかいかがわしいDVDの複製品コピーを秘密裏に売っているお店も中にはあるので……それに警察も警察で賄賂まがいなこともしていてみたいで、防犯会社もどっちかというと香港とか上海といった繁華街あたりとか対岸沿いに警備が多いって感じですね」


 ビコウは自分の国の身の置き所がない話をしてしまっているせいか、かなり肩身の狭い雰囲気を醸し出していた。

 別にビコウが悪いってわけじゃないんだけど。

 あとどっちかというと、話しながら自滅していくタイプだなこの子。



「日本には一度ちいさい時に来たことがあるんですけど、その時に思ったのがお店や道路に防犯カメラの数が少なかったことと、小料理屋での店員の反応が暖かかったことですね」


「具体的には?」


 バイト先が飲食店であるオレと斑鳩が、すこしばかり興味のある反応で聞き返した。


「まず席に座って出されたお水ですね。専門用語で『お冷』って言うんでしたっけ。ちょうど夏の暑い時期だったので、冷たくて美味しかったんですよ」


「でもそれ水道水で、まぁ殺菌消毒のために一度沸かしてはいるけどさ」


「いや、もちろんそれは知ってるんですけど、ムチンの知り合いの家でお世話になった時、そこに住んでる子供たちが普通に蛇口から出る水を飲んでいるのが不思議で、それを飲んだら美味しかったんですよ。なんかこう水道水って言われても信じられないっていうのが本音でしたね。中国の水道事情を考えると繁盛している場所でも水に関しては……正直ペットボトルで売られているお水ですら信用性……いや信頼性がないというか」


 そういえば、ビコウもセイエイと一緒で日本人と中国人との混血児ハーフだって、マミマミが見せた映像にあったな。

 そのことを彼女に確認をしたが、どうやら本当のようだ。


「あぁ、たまに出張で海外に行く上司が飲水だけは日本のがいいって言って、天然水の二リットルボトルを持っていくのを何回か見てるけど、まぁ確かに日本の水の浄化技術は世界一だからねぇ」


 社会人であるナツカと白水さんがしみじみに言う。


「まぁ後は防犯の違いですね。中国はさっき言ったみたいに防犯カメラがおかしいくらい設置されていますし、書店だと万引き防止にバッグとか手荷物を預けないといけないんですけど……たまにその中のものが減ってたりしてるので、ほとんどネットで注文してましたよ。店長からお客は万引きするものだとか言われましたし」


 うん、それって訴えればいいんじゃないかな?

 と思ったのだけど、店員が訴えられるどころか、逆に預けた人間が訴えられるんだと。世知辛いお国じゃのぅ。


「日本に来ておどろいたのは大きなお店でも防犯カメラが棚の通路にひとつあるかくらいでしたからね。どれだけ防犯に自信があるのかと思いましたよ」


「あぁ、まぁビコウが信じられないってのもあながち間違いではないんだけど、日本人って昔からこういうふうに感じているからってのがあるんだろうねぇ」


 ナツカの言葉に、ビコウは首をかしげる。


「『天知る地知る』とか『壁に耳あり障子に目あり』って言葉があるんだけど、要するに隠れて悪いことをしていても誰かがそれを見ていたり、聞いたり知ったりしている。つまりは誰かに見られていないとしても、悪いことをしているという恐怖から誰かから見られているかもしれない。その恐怖心がちいさい頃からあるからこそあまり悪いことができないってこと」


「それって、空き巣防犯のためにあえて外壁を低くしていて、頭が見えるようにしているみたいなものか」


 こうすると家の周りを歩いている人が目撃できるから、実はかなりの防犯になる。

 泥棒にとってもっとも嫌うのは見られることと時間がかかることらしいからな。


「ナツカさんやシャミセンさんの言う通り、日本の防犯システムというのは、中国の極端な監視社会というよりは人道的に抑制されていると思うとわかりやすいですね」


 サクラさんの付け加えを聞いて、なるほどねぇとビコウはうなずいてみせた。



「話を元に戻して、つまりはシャミセンさんが提案したその方法にマミマミが引っかかるかでしょうけど、ビコウさんの考えに基づけば引っかかる可能性はあるとは思いますよ」


 オレの隣に坐っている白水さんが、チラリとオレを見据えながらそう言う。


「うーむ、どうさのう」


 オレはヒゲもないあごをさすりながらう~むと唸った。


「赤毛のアンのマシューみたいな受け答えしないの。わたしも来るかどうかはとにかく、興味をもつという可能性はあるんじゃないかとは思うわよ。少なくとも参加者には二千CN相当のアイテムがもらえるんだから二千円分でも無課金にはありがたいわよ。特に薬草を作れるってスキルがあるプレイヤーじゃなくても」


 ナツカの言葉を聞きながらも、オレはビコウを見据える。


「いや、引っかかってもらわないと困るというか、相手は中国サーバーにいるプレイヤーで、オレたちは日本サーバーにいるプレイヤーだ。つまりはパラレルワールドにいるようなものじゃないか」


「あぁ、そう言うだろうと思って、あえてマミマミが知らないダンジョンをレイドボスが出現する場所にしたんですよ。このゲーム、プレイヤーが新しくなった場所を自分で見つけないといけないっていう内容じゃないですか」


 ようするにそれすら利用するってことね。


「それにひとつ実験的なこともやっているみたいですから」


「実験?」


「まぁ簡単に言うと、MとWといったところですかね」


 ビコウの言葉に、オレは首をかしげる。


「っと、どういう意味?」


「テレビのチャンネルを変えている時、ちょうど同じタイミングで同じCMが流れている時ってあるじゃないですか。たまに企業が同時刻に民法のキー局ずつにパターンを作ったものを同時に流すみたいなことをすることもありますけど」


「あっと、つまりは……どういうこと?」


 理解が追いつかないオレと斑鳩は、眉唾ものを見るかのようにビコウを見据えていた。


「『M』を正面から見た場合、当然『M』の文字としか見れませんよね。だけどそれを逆さにした場合、同じ文字でも『W』に見えるわけです。つまりは同じフィールドにいるにもかかわらず、別のイベントが起きている。まぁMMORPGにおける、ソロイベントを邪魔させないように手配したシステムなんですけど」


「それを利用しようってことですか」


「まぁそういうことね。[四龍討伐]の時も同じことを実験的にしていたのよ」


「あ、道理で双子とパーティーを組んでボスを倒したわりには部屋に誰も入ってこなかったなとは思ったけど、やっぱりそういうシステムだったのか」


「いちおうレイドボスはパーティーの平均レベルの1.5倍に設定されていましたからね。戦闘中に他のパーティーが部屋に入ってきたら、ボスのレベルが上ってしまうので、そういうことがないようにボス部屋は別々に転移するよう設定されていたんです」


 そう説明しながらも、ジトっとオレを見るビコウ。


「トッププレイヤー以外の人がひとつのメダルのかけらしか手に入れられなかったのは、正直運営に近い身としては謝るしかできませんが……誰かさんが訳の分からない魔法とスキルを覚えるとは思ってませんでしたけどね」


 うん、言うと思った。というかホントなんで覚えたんでしょうかね?



「それはまぁそういうシステムだということがわかっただけいいとして、具体的にオレたちはなにをするんだ?」


「簡単な事です。そのイベントに参加するんですよ」


 ビコウはちいさく口角を上げる。


「いや、でもそのマミマミに送ったのはあくまで中国サーバーでのイベントだろ? ビコウはまぁ運営側のプレイヤーだからできなくはないだろうけど」


「そうですね。でも中国サーバーでプレイヤーを観視をしているスタッフから、日本サーバーのプレイヤーでもそっちにはいれるパスワードを教えてもらったんですよ」


「それ、言っていいのか?」


「大丈夫です。今回の事件が終わったらもっと複雑にするとか言ってましたから」


 ビコウはそう言うと、オレたちにメッセージを送ってきた。



『3uqtA rgwAr』



 そのダンジョンに行くためのパスワードというかシリアルコードっぽいけど、なんか妙な違和感がある。


「これって、なんで空白が入ってるんだ?」


「さぁ、なんででしょうかね。あ、パスワードはつなげて入れてください」


 オレの問いかけを、ビコウは視線を逸らすように応える。


「……あぁ、そういうこと」


「だろうね。まぁ気付いているかどうかは別だろうけど」


 なんかナツカと白水さんがニヤニヤとした表情でオレとビコウを交互に見てるんだけど、どういうことでしょうかね?



「あ、ちょっといいか……ビコウ、[月姫の法衣]ってパーティー以外には見えないんだよな」


「何回もその実験して見つかっていないんですから自信を持ってくださいよ」


 ビコウはオレの言葉を聞くや、あきれた表情で肩をすくめる。


「大丈夫ですよ。実を言うとシャミセンさんが来るまでのあいだ、暇だったから[密偵]と[隠蔽]のスキルを使って、身を潜めた状態で洞窟の入り口に入ってくる人たちを観視してましたけど、まったく見つかりませんでしたから」


 白水さんの職業である狙撃手は武器の性能で攻撃範囲が変わるらしいけど、最低でも五百メートル以上は離れられるらしい。


「シャミセンさんを撃ってもどうせ高いLUKで避けられるだろうと思って二、三発撃ったんですけどね。まぁ予想通りというべきかダメージカウンターが出ませんでしたよ」


 やめて! ほんと冗談でもやめて! あと目がなんか怖い。



「シャミセンさん、シャミセンさん」


 グイッと法衣の布を引っ張るようにビコウがオレを呼び寄せる。


「昨夜わたしが言ったこと忘れてません?」


「はぁ、なにを云って……あっ!」


 ビコウがなにを云ってるのか思い出した。


「なんで『左手の薬指』に指環を嵌めてるんですかね? たしかこのゲームにそういうイベントがあったなんて聞いてませんよ」


 サービスが始まってからまだそんなに経っていないし、そもそも公式サイトはいまだに翻訳対応してないから読めなくて諦めた。


「GWが過ぎたらまぁ大きなイベントはメンテナンス以外にないし、六月はジューン・ブライドの季節だからそういうイベントも視野には入れておかないといけないけど」


 うん、イベントを考えることもできるっていいね。ただこのギスギスとした状況をどうにかしてください。


[私もちょっと君主ジュンチュに一言あるんですけどね]


 なんか久しぶりにワンシアからポップアップメッセージが送られてきた。いやだからなんでそんなことできるの?



 この一連の流れを傍観していたナツカを一瞥すると、なんともクスクスと人を嘲笑したような雰囲気だったので、


「なぁナツカさん、白水さんどうかしたの?」


 と聞いてみた。もちろん私情プライベートなことなら話さないとは思ったんだけど。……


「あぁ、昨日だっけか白水が付き合っていた彼氏が浮気していたのを目撃したみたいでね。そいつを半殺ししたらしいのよ」


 なにそれ怖い。


「はぁるぅかぁ……」


 鋭い眼光でナツカを睨みつける白水さん。

 その眼光は、まさに人を殺めかねないほどだった。


「まぁ別にいいじゃないの。あんたどころかそいつと付き合っていたっていう女たちと一緒に殴る蹴る爪でひっかく、首を絞める……まではさすがに言い過ぎか」


「いくら私でもそこまではやってないわよ。あぁ今思い出しても腹の立つ。ナツカッ! ログアウトして呑みに行くわよ」


「明日、平日なんだけど」


「どうせあんたの部署は客からのクレームを右から左に受け流すだけでしょうが。場所はいつものところだからね」


 そう言うと、白水さんはドロンと消えた。

 多分ログアウトしたのだろう。

 フレンドリストを確認すると白水さんの項目がグレーになっていた。



「……行ったほうがいいんじゃない?」


「いや、行くけどさ。その日も延々惚気話を聞かされた挙句に、あの子かなり酒癖が悪くてねぇ。あぁもう今日は午前様だぁ」


 長嘆の念を謳いながら、ナツカはテーブルに突っ伏した。


「社会人の痛いところだな」


「キミたちは酒の力で愚痴を出すほどストレスためないようにね」


 なんか重みあるナツカの一言を最後に、そのまま会議は解散へと進み、オレは魔宮庵に戻るやそのままログアウトした。



 翌日早朝六時。GWが終わって平日なので短い時間だけどメッセージ確認にログインした時だった。


「…………むぅすぅ」


 ホームである魔宮庵の寝室で目を覚ましたら、薄いピンクのパジャマ姿をしているセイエイが、それこそハムスターみたいに頬を膨らませてオレを上からのしかかるように見下ろしてた。


「おはよう。朝から機嫌悪いけど、どうかしたの?」


 心当りがないからそう聞かざるを得ない。

 あと起きれないから退いてくれない?


「昨夜、おねえちゃんとサクラと一緒になんの話してたの?」


「あっと、マミマミをどうとっ捕まえようかっていう話をしてた」


 嘘は言ってない。


「それならいいんだけど、……あ、おねえちゃんからパスワード送られてきた」


「あ、さいですか。っていっても偽造イベントは今週末の土曜日だからな」


 えっと、今日は木曜だから明後日ってことになるか。


「うん、でもシャミセン仕事大丈夫?」


 心配しているのかしてないのか微妙な表情だが、くびをかしげているところを見る限り、セイエイは心配してくれていると思っていいのかもしれん。


「いや、ビコウと話してオレのバイトがない日をやってもらったんだよ。最悪斑鳩に変わってもらっても特に支障はきたさないと思うしな」


 とはいえ、斑鳩はパソコンのタッチミスによる計算ミスが多くて仕方なく接客と調理(仕込み)に回されてるから、修正程度はしないといけないのは目に見えてるけど。


「それでマミマミから[紫雲の法衣]を取り返せる確率って高い? [盗む]と[極め]を覚えてもやっぱり盗める確率って低くなるだろうし」


「あぁ、そのことなんだけどな、[月光の指環]の効果でLUKを二倍にしたところで、[玉龍の髪飾り]の効果は元の数値しか適用されないんだよ。ってことは[盗む]スキルの成功確率は変わらないってことになる。[極め]を使ったところで10%増加するだけだから、正直五分五分ってところだな」


「レベル上げたほうがいいかな?」


「さすがにそれはちょっと厳しいな。今日だってバイトがあるし、明日も土曜日に休むって言ったら店長から、『よし、土曜日になにがあるかは知らんが、その時間シフトの子に変わってもらう代わりに、その子のシフトを代われ』って言われたからね。だから二日連続でシフトが入ってる」


「えっと、それって店長って人にとっては特に支障はないんじゃ?」


 まぁね。曜日が違うだけで働く時間帯は変わらないわけですから。店としては特に支障はないよ。あと役職で給料が変わるわけでもないからね。正社員なんて店長とオーナー以外いないからね。



「それじゃぁ満足にレベル上げができないってわけだね」


「そういうことだな。それから……クリスタルはいらないから」


 セイエイの指先がピタリと止まる。多分アイテムストレージからなにかしらクリスタルを取り出して、オレにやろうと思ったんだろう。


「……いいの?」


「さすがにオレのことでこんなに迷惑をかけちゃったからな、これ以上かけさせるわけにもいかないって。それにちょっとした作戦は考えてるんだよ」


「……作戦?」


「あぁ、ちょっと気になることがあって、ボースさんにもすこしばかり気にはかけてほしいんだよ」


 オレがセイエイにある程度の推測を口にするや、セイエイは唖然とした表情でオレを見据えていた。



「ちょ、ちょっと待って? た、たしかにおねえちゃんの部屋には中の様子がわかるようにって監視カメラがつけられていて、それをおねえちゃんは確認できるけど……だからって」


「普通、病院の点滴ってのは栄養を与える役目もあるのに、ビコウの話だと身体のダルさを意識的に感じているそうだからな」


「おねえちゃんからそんな話聞いてなかったけど、でも普通考えると運動してないにしても、意識的には身体を動かしているはずだから身体がダルくなるなんてこと、星天遊戯の中では見せなかったし」


 不安そうな表情を見せるセイエイだったが、


「フチンには後で説明しておく。それにフチンもフチンで妙な話を聞いているってムチンと話してるのを聞いたことがある」


 と口にした。


「妙な話?」


「うん、おねえちゃんが入院していた時にちょうど同じタイミングで看護師が一人増えたらしくて、おねえちゃんの担当している看護師はベテランのおばさんなんだけど、そのおばさんが教育係してるんだよ」


 まぁ別におかしい話ではない気がするんだが。


「普段はそのおばさん看護師と一緒に行動してるみたいなんだけど、夜勤の時の見回りの時間に限っておねえちゃんの部屋の様子を確認しているみたいなのを目撃されていて、それを他の看護師が聞いたら、換気を良くしているみたいなこと言ってたって」


「どう考えても、部屋でなにかしていたってことだな」


 とはいえ、点滴が終わったら、回収するのが当然だから……。


「点滴針はいつも新しいのにしてるよな?」


「おねえちゃんの話だと朝昼晩の三回は受けてるって」


 おしっことかはどうしてるんだろっていう野暮なことは聞かないほうがいいか。


「ってことは、それ以外の時間になにかをされているってことか。でも腕には点滴針以外は呼吸困難にならないように鼻孔に酸素ポンペの管が付けられているくらいだったし」


 点滴針と注射針では針の太さは違うって聞くし。


「警戒はしておいたほうがいいかもしれないね」


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