第98話・再挑戦とのこと


 ドッカクジを倒したのかどうかもわからない。

 普通ならばここでなにかしらのインフォメッセージがポップアップされているはずだからだ。


「そういうのが出ないってことは」


 そう視線をビコウに向けると、


「やっぱりあのドッカクジはわたしがデバッグしている状態のままだったということになります。モンスターにはかならずなにかしらのドロップアイテムが出るように設定されていたはずですし、なにより倒したというならばなにかしらインフォメッセージが出てくるはずですから」


 と口にした。

 [月姫の法衣]の効果でオレのHPはある程度は回復しているから動こうと思えば動ける。

 だがMPは全壊していて、脳みそがグルグルと誰かからかき混ぜられているかのようで気持ちが悪い。

 その影響か視界が定まっておらず、一緒にいるはずのビコウの姿すら認識できずにいた。


「大丈夫ですか? ムリなら今日はこのままログアウトしても」


「いや、さすがにここでログアウトするのはマズイだろ。大丈夫、ちゃんと魔宮庵のホームに戻ってから落ちるからさ」


 心配した口調のビコウに苦し紛れの笑みを見せる。彼女も当然だが、自分でもムリをしているのが客観的にわかっていた。

 それを知っていたのか、彼女もそれ以上はそのことを口にはしなかったようだ。



 MP回復ポーションをすこし飲んで、このグチャグチャした頭痛をどうにかしませんとね。

 そんな感じでMP10%くらい回復。その御蔭か視界がハッキリとしてきた。


「それはそうと……」


 心配していた表情はどこかに捨てた。

 そんな人を疑うような目でオレを見据えるビコウ。


「なんでそんな目を向ける?」


「好きで向けてませんけど……というか、ほんとなんなんですか? いくらなんでもさっきの演出はおかしいにも程があります」


 えっと、多分シルヴィアがオレを助けてくれたってやつだろうか?

 というか、そういう演出とかじゃないの?


「本当ならあのアイテムはクリア報酬ですから、ギルド会館で受け取るのが通例なんですよ。それなのにNPCが自分からプレイヤーにアイテムを与えるって……っ?」


 頭を抱えながらビコウはオレの左手薬指を見据えた。


「それ一回外して、別のところにつけたほうがいいですよ。色々と誤解されそうな場所ですから」


 そう言われ、あぁなるほどなと思った。



「…………」


 ふと、ビコウの表情が一瞬険しくなったのに気付いたオレは、


「どうかしたのか?」


 とたずねてみた。


「――兄からです。夢都さんの部屋を警察が調べたところ、星天遊戯における中国のサーバーと日本のサーバー、そのどちらのサーバーにも行けるよう設定されたVRギアのプログラミングソースが見つかったみたいなんです」


「それじゃぁやっぱり」


「インターネットは通信規制を敷かれていても抜け道なんて手にあまるほどありますから、その針の穴を通すほどのバイパスを夢都さん個人で設定していたということになります。しかもそれがサーバー自体を管理するレベルのところまでつながっていたようです」


「で、でもよ……いくらスタッフとはいえ、個人だけの力でそんなことできるのか?」


「普通はムリでしょうね。でもこんなパソコンのウイルスがありますよね? 感染したPCの操作を自由に見ることができるってやつです」


「そ、それこそ……不特定多数の人間がプレイするMMORPGを制作しているゲーム会社がそんな遠隔ウイルスに……」


 オレは言葉を止め、その考えに唖然とした。


「それじゃぁなにか? 学校の授業みたいに複数あるパソコンを監視できる管理者パソコンがマミマミの部屋にあったってことか?」


「極端な結論を言うとそういうことになりますね。だから日本のスタッフどころか、大本の中国のスタッフすらこんなデタラメなゲームになっていることに気付かなかったんだ」


 そりゃそうだろうよ? 自分の体内にすでにウイルスが入ってるなんて、それどこのジカ熱だって話だ。

 オレはふと、斑鳩が言っていたことを思い出し、彼女にそのことを話した。


「たぶん斑鳩さんが言っていた韓国サーバーが落ちたという事件も関連性はあると思います」


 ビコウはすこしばかり言葉を止めてから、


「セイエイが泉の中で感じていた気配も今思えば予兆だったということでしょう」


 と言葉をつなげた。



「すみません」


 ビコウが突然頭を下げ、


「ちょ、ちょっと? どうしたんだよ? 急に畏まって」


 と、オレはあたふたとした対応ととってしまう。


「元々はわたしたち運営の問題に、シャミセンさんを巻き込んでしまって」


「……って、そんなことかよ。まぁセイエイあたりのところから関わっているけど、別にそんなこと気にしてねぇよ」


「…………っ」


「まぁ普通に考えればただのプレイヤーが、運営の問題に首を突っ込んじゃいけないってのはわかってるけどさ……誰かが困っているのを見て、傍観者になるってのはどうもちいさい時から性に合わないみたいなんだよ。だから自分が考えるよりも前に行動しちまってるんだよ」


 そう照れ隠しをしてみせるや、ビコウはジッとオレを見据えていた。


「――んっ? どうかしたのか?」


「あ、いえ……変わってないんだなぁって」


 そう言われたが、そう言われる心当たりがない。


「あっと、どういう意味?」


「気にしないでください。ただの独り言ですから」


 ビコウはちいさく笑みを浮かべる。


「まぁ、こうなってしまった以上、オレはロクジビコウが取りやがった[紫雲の法衣]を取り返すだけだけどね」


 あとはこれだけのことをやったんだ。マミマミは然るべき処置を受けるべきだろうさ。


「そうですね。こっちもできるかぎり早くマミマミの居場所を突き止められるよう努力します」


 ビコウはそう言うと、スッとオレの手を握った。

 そしてグイッとオレを自分のところへと引っ張るや……――


「あの時、傘を貸してくれてありがとう」


 と耳元で囁いた。



「[月姫の法衣]があれば、この時間なら誰にも気付かれずに一人で戻れますね。わたしはそろそろ意識でも眠たくなってるので失礼します」


 そう言うと、ビコウはスッと姿を消した。

 アカウントの一時停止が解除されており、今のところフレンド登録をしなおした、ビコウとセイエイ、メイゲツとセイフウの四人を確認すると、全員ログアウトしているようだった。


「も、もしかしてビコウってあの時の女の子だったのか?」


 ものすごく昔の話だ。多分十年以上前の話。

 オレも朧気にそういう事があったなという記憶すらなかったけど――



 翌日、国民の祝日だからなのか、魔宮庵がある森を出て、はじまりの町付近のフィールドを窺ってみると、明朝だというのに多くのプレイヤーがモンスターとのバトルに勤しんでいた。

 まだプレイを始めたと思われる第三陣営のプレイヤーたちが一生懸命レベルを上げているのだろう。

 時期的にもよほど低いレベルやレアアイテムでないかぎりは、第一、第二陣営のプレイヤーがこの周辺にいるとは思わなかったから来てみたのだが、誰一人とてオレのことに注目はしていなかった。

 [月姫の法衣]の特殊効果であるプレイヤーの姿を消すというのは夜間にのみ発動されるから、現在日中というシステム上の扱いであるから、他のプレイヤーから見られるのは必然で、オレを一瞥してすれ違っていくプレイヤーも何人かはいた。


「あれ? そういえばセイエイとは何回かパーティーを組んだことがあっても、あの子のレベルが上がったところって見たことないな」


 ビコウから経験値について教えてもらったのだけど、どうも計算が合わない。

 ためしにメッセージで疑問を問いかけてみると、ちょうどログインしていたようで、返事がすぐに届いた。



『えっと、わたしもセイエイも基本的には気付いたらレベルが上がっていたって感じなので詳しい数値はわかりませんが、プログラミングのスタッフに聞くと、第二職業あたりから必要な経験値がレベルのランクによって上がってしまうようです。その分取得する経験値も上がるようですが、やっぱり詳しくはわかりません。

 だからなのか、第一陣営でもレベル45以上のプレイヤーは二十人いるかどうからしいですよ。』



 というメッセージだった。


「道理で百回以上は戦っているはずのセイエイがいまだにレベル44だった理由がわかった」


 一ヶ月前あたりにあったチーム戦の時からレベルが上がっていないのは気になっていたけど、そういうことだったのか。

 セイエイの場合はほとんど学校の勉強くらいで塾には行っていないそうだから、ゲームをする時間は十二分にある。

 それであるにもかかわらず、レベルが思った以上に上がっていない。

 そんなことを考えたらオレなんて大学があるわ、その勉強があるわバイトがあるわでかなり時間が限られてくるというわけだ。

 トップになれるのはいったいいつになることやら。

 ……まぁマミマミの件が片付いたら、のんびりプレイを満喫しましょ。

 というかそもそもそのためにこのゲームを始めたわけですし。



そんなことを考えてたら、

[ボースさまからメッセージが届いています。]


 インフォメッセージにそうポップアップされ、それを確認すると、


『シャミセンさんが取得した[龍星群]についてですが、このままシャミセンさんのスキルとして登録いたしました。

 またスキル内容を修正しておりますので、合わせてご確認ください。』


 という内容のメッセージだった。


「あら? もしかしてまだ実装してなかったとか?」


 どうやら経験値とか熟練値で覚えたというよりは、装備品の掛け合わせで覚えたといった様子だった。

 早速スキル一覧から[龍星群]の項目を選んで、スキル内容を確認してみた。



 [龍星群] 体現スキル 属性・火

 フィールド上にある岩石アイテムをサーチドロップし、それを火系攻撃アイテムという扱いとなって相手に投擲してダメージを与える。ただしプレイヤーの片手で持てる大きさと重さの石のみ。(最大5kgとする)使用者のMPの20%が消費される。

 *チャージ兼用可能。



「サーチドロップってなに?」


 聞き覚えのない単語。まぁゲームをやってる人なら知ってるのかもしれないけど。

 そんな感じなので、ビコウに質問のメッセージを送ってみる。

 公式サイト見たらってツッコまれそうだけど、如何せん中文なのでまったくわからん。

 ちょうどセイエイもログインしているんだけども、なんか流れてきにはビコウに聞いたほうがいいかなと。セイエイにはまだこの能力に関しては内緒にしておきたい。

 さて、ビコウはまだログインしているらしいので、返事が早かった。


『フィールド上にモンスターからのドロップアイテム以外で、摘んだり、拾うことでアイテムとして認識されるものが周囲に存在している場合、それを[探索]や[捜索]といったサーチ系スキルで見つけることを[サーチドロップ]と、このゲームではそのように総称しています。あの時はフィールドの関係もありますけど周りには石などもありましたから[龍星群]の効果が発動されたんだと思います。

 いちおう兄からメッセージをもらっているとは思いますが、どうやら一回で使用される石の容量は十個が限度らしいですが、まぁ攻撃力を上げれば投擲できる物の重さも変わってきますけどね』


 という内容だった。ひとつ五百グラムという感じですか。


「使用できるのは最大で五回ってところか」


 もちろんMP回復させればいいんだろうけど、周りに石がなかったら空振りになるし、最悪一個だとしたら避けられる可能性が高くなるから、使いどころが間違いさえしなければかなり強力なスキルといえる。



 インフォメッセージは上から新しいものになるから、その下をようやく確認してみると、


[ハウルさまからフレンド申請が届いています。]

[斑鳩さまからフレンド申請が届いています。]

[テンポウさまからフレンド申請が届いています。]

[ケンレンさまからフレンド申請が届いています。]

[白水さまからフレンド申請が届いています。]

[ナツカさまからフレンド申請が届いています。]

[セイエイさまからメッセージが届いています。]



 ……以下省略。


「一気に届いてたな」


 朝ログインしたからほとんど夜中とか、日付が変わってのことだ。

 インフォメッセージのポップアップを、スキル修得に集中のため受信オフにしていたのがわざわいしてた。

 多分セイエイか双子がみんなにメッセージでオレがフィールドに出られるようになったことと、フレンド登録可能になったことを知らせたんだろう。

 それら全部を承諾。ほかにもかなりフレンド登録が来たけど、噂でオレにフレンド申請をしたと思ってスルーしておいた。やっぱり一回会ってからフレンド登録したい。


『みんなにシャミセンがゲーム再開できるってチャットで言ったら、フレンド登録送るって言ってた。やっぱりシャミセンみんなから興味持たれてるって証拠だと思う。

 それともうひとつ、フチンがはじまりの町の隠しダンジョンにある泉の抜け道を探索したところ、日本サーバーから中国サーバーに行けたって報告を中国サーバーの管理スタッフから報告をもらったみたい。

 どうする? わたしはいつでも行けるからメッセージくれない?』


 やっぱり日本と中国のサーバーがつながっていたってことだな。

 今、たしかビコウはログインしているはずだ。

 ということは……チャットも可能だということになる。



 時間は午前七時になろうとしている。

 そのためだったのか、フレンドリストを確認すると、ビコウ以外は皆ログアウトしていた。多分朝食を食べるためだろう。



 とりあえずチャットにビコウが入ってきたことを確認してから、


「あっ、あっ、マイクのテスト中、マイクのテスト中」


 といった感じに応答を期待してみる。


「聞こえてますよ、どうぞ」


 返事が返ってきた。ちなみにビコウ以外は入れないように設定しておく。

 なぜならできるだけビコウ以外にことを勘付かれないようにしたかったからだ。まぁ運営には聞かれているだろうけど。


「セイエイからのメッセージで読んだけど……」


 オレはセイエイから聞いた日本サーバーと中国サーバーがつながっていたという裏付けがとれたということをビコウにも知らせる。

 もちろんといえばそれまでなのだけど、やはりビコウも知っていたようだった。


「わたしもそっちを捜索してみたいとは思ってますけど、如何せんやはり日本サーバーと中国サーバーではアカウント管理でエラーを生じてしまうのと、侵入なんてしたら運営に見つかって最悪プレイヤーのメインサーバー、日本サーバーならそっちでのログイン禁止になる場合がありますから」


「迂闊にはできないってことか」


 ある意味運営スタッフであるビコウは行けないのだろうかと思ったのだが、彼女はあくまでプレイヤーであって、バトルデバッグなどはアルバイトでやっているそうだ。よくよく考えてみたら彼女は年齢的にもオレと同じ大学生だった。

 運営スタッフが入れたというのはあくまで運営スタッフだったからというだけで、中国サーバーや他のサーバーに別のサーバープレイヤーは入れないが、管理や会議のために運営スタッフのアカウントが登録されているためだろう。

 ギルマスがギルドメンバー以外のプレイヤーをギルドハウスに入れるために許可書を出すというシステムと同じといったところか。

ただのプレイヤーが入ろうものなら、やはりビコウの言うとおりのことが起きる。


「マミマミもそれを危惧して、中国サーバーでの不正アカウントを持っていたってところか」


「そういうことになりますね。もともとあのダンジョンや、はじまりの町の裏山周辺のモンスターデータを設定していたのが夢都さんでしたから……あれ?」


「どうかしたのか?」


「いや、そういえばシャミセンさんがわたしに教えていた風遊ってプレイヤーのことですけど、確かに魔獣演武の時にそういった名前のプレイヤーとフレンド登録した記憶はあるんですけど、そういう名前じゃなくて、機種依存文字になるから説明になってしまいますけど、『かぜかまえ×ばつ』という中国語での『風』という漢字と、『遊』を『サンズイに遊ぶのしんにょうがないやつ』にしたものを『游』と書いたプレイヤーなら覚えがあるんです」


「それがフユじゃないのか? どっちもそう呼べるわけだし」


「それはそうなんですけど、『游』という文字は泳ぐという意味になるんです」


「……泳ぐ?」


 その言葉に、妙な違和感があった。



「普通なら転移システムを使えばいいのに、あえて泉の中にある抜け道を使っている。それにセイエイやサクラに確認をしたら、鎌々とはフレンド登録していたみたいだけど、現在地がはじまりの町だったにもかかわらず、睡蓮の洞窟はそこから五キロ以上は離れているはずなのに、一分もしないうちに自分たちよりも来ていたみたいなことを言ってました」


 それを聞いて、お互いにアッと声を荒らげた。


「鎌々の正体がマミマミだったっていう今だからこそ言えるけど」


「転移システムを使っていたってことになりますね」


「サクラさんが持っている転移魔法ってのはやっぱりスキルの書によるものなのか?」


「いやテレポートはアポート、アスポートといった転移魔法の上級スキルですけど、これって以前シャミセンさんがファイアとヒールを使っていくうちにフレアとキュアを覚えた時と同様で、魔法の熟練値とINTの数値で取得できるんですよ」


 知らないうちに覚えていて、アイテムや誰かから教えてもらうというわけじゃないってことか。



「……あのさぁ、いちおう聞くけどもし変身スキルを覚えたとして、相手の目の前で変身するか?」


「――っ? いやセイエイが覚えているアクアウェーブみたいに姿は変わらずとも見た目が変わるというやつなら別に使いますけど、変身スキルっていうのは相手の虚を突いて油断したところを叩くことに意味があるものですから、目の前で変身なんてしませんよ」


 そうなると、やっぱり彼女の言ったことは矛盾している。


「中国サーバーのスタッフとなんかそういうことで話になったことってないのか?」


「いえ今のところは……」


 ビコウは言葉を止めたが、


「今回の事件についてはいちおうむこうのサーバー対策部と連携して、しばらくは泳がせるみたいなことは言っていましたね」


 二秒ほどしてふたたび会話を始めた。


「そうか……ところでどうかしたのか?」


「なにがです?」


「いや、急に言葉を中断させたからさ」


「あぁすみません。VRギアに登録していたパソコンのメールアドレスに受信があったみたいで」


「あれ? それってあくまでゲームのプレイヤーからしか受信できなかったはずじゃ?」


「いやわたしの本体は今も病院のベッドで寝てますから、プログラマーの人が世間の流れに置いていかれないようにって、ゲーム以外の共有しているメールアドレスで受信するメールすべてが見られるように設定をしてくれていたんです。ちなみに今来たメールは割引サイトのメールみたいなもので気にするものじゃないですけど」


 まぁ身体が動かないから、割引メールもらってもしかたないやね。


「あれってIDとかパスワードを忘れると、正直どうでもよくなるよな」


「キャンペーン中に会員登録するとなにかもらえるとかポイントが増えるみたいなものはよくありますね。本体が動ける状態だったら受信拒否するかブラックリストに入れるんですけど」


「ふーん」


 ビコウの話を聞きながら、オレは頭の中で妙案を思い浮かべていた。



「運営からもらえるメッセージって拒否義務ないのかね?」


「いや、さすがにそれはムリですよ。重大なこととかたまに書いてますから」


「そうだよな。ってことは……不正アカウントでも受信はしてしまうってことだ」


「まぁ、いちおうアカウントといえばそうなりますからね。サーバーの中にプレイヤーアカウントが管理されていますから、個人に送る以外はほとんど自動送信……あっ!」


 ビコウがギョッとした声をあげ、


「もしかして……いやでもそれはちょっとムリがあるんじゃ?」


 とオレに聞き返してきた。


「でもよ、逆に個人に当てたメッセージが全員に渡ったような文章だったらどうなる?」


「個人にではなく全員に行き渡るようなメッセージ」


 ビコウがしばらく黙りこみ、そして言葉を発した。


「可能性は極めて低いかもしれませんけど……釣れるかもしれませんね。海老で鯛を釣るじゃないですけど、もし新しいイベントだといえば、個人にではなく全員に行き渡った文章だということになる」


「だろ? 中国サーバー限定のお祭りイベント。もらえる報酬アイテムは一万円相当の武器。これに乗っからない手はないってね」


「それって韓国の……いや逆手に取るってことですか。でもそんな簡単なことでかかりますかね?」


「かかるんじゃなくてかけるんだよ。マミマミは中国サーバーで変身スキルを使って身を潜めている。それって要するに元の姿に戻れないってことでもあるわけだ」


「魔獣演武は星天遊戯で分けられている四つの国のプレイヤーがプレイしていましたからね。マミマミを知っているプレイヤーがもしかしたらいるかもしれないってことですか」


 オレは「そういうこともあり得る」と口にした。



「ところでさっき魔獣演武に個別サーバーがないみたいなこと言ってたけど」


「あぁ、実は星天遊戯のサービス開始あたりでわたしも知ったんですけど、元々魔獣演武のシナリオに不具合があったとかじゃなくて、他国どうしのプレイヤーによるいがみ合いが事の発端で、中国側にある攻略サイトの掲示板に他国の悪口とかが書かれているのが見つかって、ゲームプレイがままならなくなってしまったというのがサービス終了の原因ですね。なんというかまぁ火の粉が多くなってしまって取り返しのつかないことになってしまったというわけです」


「運営難とかそういうんじゃなかったのか」


「あぁ、別に課金に頼るほど貧乏なゲーム会社じゃないので。そもそもわたしやシャミセンさんたちが使用しているVRギアを製作したのがこのゲームの運営会社でもある[セーフティーロング]ですからね。物好きな金持ちによる投資もありましたから、実を言うとお金に困っていたってわけじゃないんですよ」


「でもなんかそういうところに限ってどんどんゲームを作るみたいなイメージが有るんだけど」


 中国って聞いただけでパクリとか平気でやってそうなイメージがいまだにあるんだよなぁ。


「そういうことがないようにかなり厳しいチェックをしているみたいですよ。まず社長が面白いと思わないと企画すら通りませんから」


 あ、スタッフが勝手に作れないってことね。


「星天遊戯が企画に通ったのは」


「もともと中国の神話をベースに、恋華や兄、珠海さんと一緒にゲームシステムとかアイディアを考えてまとめた企画書が通ったんですよ。それに魔獣演武のデータをコンバートできるようにってお願いしたのはわたしでしたから」


「そうだったのか?」


「あまりにも突然のサービス終了で、しかも一週間もなかったんです。それじゃぁ関係のないプレイヤーが余りにもかわいそうだなと思って、サービスが終了する二、三日前に新しくサービスが始まるVRMMORPGにデータコンバートできるってアナウンスをしたんですよ」


 それがまさかこんなことになろうとは彼女も努々思っていなかっただろう。

 もちろん彼女は魔獣演武が終了してしまう原因となったプレイヤーによる多国間でのいさかいに巻き込まれたかたちでプレイできなくなった他のプレイヤーを思って考えたシステムだったのだと思う。



「とりあえずフチンにこの事を話しておきます」


 それを聞いてオレは、


「フチンって……中国語で父親って意味だったよな? ってことはビコウの父親って」


 ロクジビコウ……マミマミが見せたあの光景を思い出しそう訊ねるや、ビコウはそれこそ本当に、


「[セーフティーロング]の社長ですけど? だから意識が生きていても体が動かない植物人間状態になっているわたしがこうやってゲームの中で動けられているのは、病院の一室をわたし専用にって買い取って会社のサーバー一台を設置したくらいですから」


 とあっけらかんとした口調で答えた。


「聞かなかったほうがよかったかもしれない。というかビコウといいセイエイといい、家族全員廃人かよ」


「ちょっと違いますよ。廃人って日夜関係なしにネトゲーする人でしょ? わたしは眠たい時はやっぱり寝てますし、恋華だって決められた時間を守ってプレイしてますからね。兄はスタッフですから、っていうかあくまで日本サーバーでプレイをしているのはわたしと恋華、咲夢だけですからね」


 すこしばかりムッとしたビコウの声に、オレはちいさく吹き出していた。



「わかったわかった。とりあえずそのフチンにオレの考えたことができるか相談だけでもしておいてくれ」


「分かりました。できるだけ早くことが運べるようにします。それからちょっとゲームとは関係ないんですけど、実はわたしが休んでいる病院にあるサーバーには個室の監視カメラがこっちからも見られるようになってるんですけど、そこで妙な事があったんですよ」


「妙な……こと?」


「いや、いつも決まった時間に栄養剤が入った点滴を受けるんですけど、ここ最近妙な感じがするんですよ。なんかこう頭がクラクラするような、脳がズブズブと押しつぶされるような、ほらなんて言えばいいのか例えるなら風邪かインフルエンザかその判断ができない、体温がその境界線にいるみたいなそんな感じのダルさを感じるんです」


 身体が動かずとも意識は働いているわけだから、身体の異変に気付いてはいるってことか。

 ただ植物人間の悩みの種である外部に対する意思疎通ができていないというのは、オレが思っている以上に厄介なのだろう。

 内部ゲームからの損傷ならある程度は彼女自身の力で対処こそできるが、外部リアルからの干渉に手を出すことができないといったところか。



「ゲームのし過ぎとかじゃなさそうだな」


「いや前にも言ってますけど夜の時間帯はできるだけ意識を休ませてますからね。人間休める時はちゃんと休まないと」


 ビコウの嘲笑を耳にしながら、オレはそろそろ朝飯のためにログアウトしないとなと思い、会話を切り上げようとした時だった。


「そろそろゲームとは別の事務的な仕事バイトがあるので、このままログアウトしますね。それはそうと、[月光の指環]の修正があったようなので、後で確認しておいてください」


 そう言い残すと、ビコウはチャットから出ると同時に、ゲームサーバーからもログアウトした。


「最後の最後に気になること言って帰りやがった」


 まぁ能力が変更されていなければ特に気にすることじゃないけど。

 というわけで[月光の指環]のステータスを確認してからログアウトしよう。

 多分今日は大学の用事と、バイトで忙しいからテッペンまでログイン出来ないだろうけど。



 [月光の指環] (I+9 D+11 L+11) ランクSSR

 特定のステータスの数値を一回の戦闘につき一度だけ二倍にすることができる。ただし装備品の能力によって強化される効果にたいしては元の数値のみが適用される。



 今のステータスだと、[玉龍の髪飾り]の能力であるLUKの10%を他のステータスに付加されるという能力は、[月光の指環]による数値を二倍にする効果でLUKに使っても、基礎値と装備品による付加を加えた数値の10%のみが適用されるってところか。

 そうなると、もしたとえマミマミから[紫雲の法衣]を奪い返したところで、LUKの30%を魔法無効につかえたとしても、計算上は60%後半ということは変わらないってことになる。

 この能力で最低でも400のステータスの30%……120%で完全防備ができるとは思ってたんだけど。60%って以外に外しやすいのよ。

 ……すこし、というかかなり厳しい状況になるってところか。


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