第97話・銀と金とのこと


「しのびがぁとぉおるぅう、けものぉみぃちぃ~~、かぁぜぇがぁかむぅいのぉ、かげぇをぉきぃいるぅうう」


 夜も深まってきた午後十一時。オレは闇に染まり静けさを孕みだしてきた魔宮庵の周辺を探索していた。


「ひぃとりぃ~~、ひぃとりぃいい――カムゥイィイイイイ」


「カムゥイィイイイイ」


 うしろでビコウがコーラスしやがる。


「ひぃとりぃ~~、ひぃとりぃいい――」


「カムゥイィイイイイ、カムゥイィイイイイ」


「一番いいところを歌わないでくれる?」


 うしろへと振り向きながらそうツッコミを入れる。あと結構これ古い曲なんだけど、オレの祖父がたまに口遊むから覚えていただけで、よく知ってるなと感心してしまう。


「まぁコーラスがあると盛り上がるじゃないですか……って、本当にだぁれも気付きませんねぇ」


 ビコウはテヘペロみたいな表情でそう茶化しながら、周りを一瞥していた。

 時間が時間だけに、森の中を探索していると深夜行動しているプレイヤーと多くすれ違ったのだが、ビコウ以外には……つまりオレに関しては、まったくと言っていいほど気付いてはいないようだった。

 すれ違う男性プレイヤーのほとんどはビコウの容姿を裏切るほどの豊満な胸に目が行ってましたけどね。

 女性プレイヤーは睨むような目の人もいれば、こんな人っているんだみたいな感心したような目で見ている人もいた。

 うん、完全にオレの存在がビコウ以外には見えていないってことです。



「会話もどうやらチャット形式になるみたいだし、便利といえば便利だな」


 [月姫の法衣]の効果であるプレイヤーの姿を消すというやつはパーティー以外には使用者のLUKで決まる。


「数値のなん%っていう説明は書いてなかったけど、どうなんだろ」


 色々解決したらシュエットさんに聞いてみよう。


「まぁ30%だったとしても、今のステータスで計算したら65%だろうから、そうやすやすと見つかるとは思えませんよ」


 ビコウは苦笑を浮かべながら、


「それはそうと、金角と銀角を捕まえるのに、どうして深夜帯を選んだのかそろそろ教えてくれません?」


 と首をかしげながら聞いてきた。



 午後は大学で手伝いがあったからログアウトして、ふたたびログインしたのは午後九時になってのことであった。

 とりあえず夜のあいだっていうのは午後六時から翌午前六時までの時間帯らしいね。簡単に言うと日が沈んで日が昇るまでのあいだが夜の時間帯という設定になっているようだ。


「あっと、このゲームを始めた時、最初の戦闘で[忍び足]を取得したのはいいんだけど、何回か失敗したことがあってさ、これって意外にもLUKって関係ないんじゃないかなって思えてきたんだよ」


「まぁ[忍び足]はモンスターの気配を察知するセンサーに触れる確率を低くするスキルですからね。今のシャミセンさんならそれはないとは思いますけど、初期のステータスだったらって思うとまぁ警戒はするでしょね」


「で、[四龍討伐]が終わってからナツカのギルドでビコウが『太陽と月』のクエストボス……いやNPCについて説明しただろ」


 そう指摘すると、ビコウはすこしばかり思い出そうとするような仕草を見せ、


「シャミセンさんみたいに高いLUKにしているプレイヤー対策に、二人のAGIとLUKを50前後くらいに設定されて……あっ!」


 と口にするや目を見開いた。



「それってさぁ、つまりはプレイヤーの姿が『観視えている』から気付かれて逃げられるってことになるんじゃないか?」


 実を言うと[月姫の法衣]を装備し自分の姿を消してから、何度かモンスターを見つけては戦闘をしてきている。

 そのすべてにおいてオレはモンスターとの間合いをレッドゾーンまで持って行き、モンスターから気付かれずにアイテムを盗み取ることに成功していた。

 もちろん何度か失敗もしてきているし、犬種系のモンスターには一発で見つかってしまったりもしている。

 だからこそなのか期待値は65%というよりは50%未満と言ってもいいくらいの感じだ。

 まぁモンスターの特性みたいなもので見つかっているようなものだから、半分諦めてるけど。



「つまりはNPCに気付かれない確率を上げるってことだ。そうでもしないとビコウが言っていたアイテムもゲットできないしな」


「うーん、そんな簡単に手に入れられるかなぁ」


 ビコウは片眉をしかめ、オレを見据えた。


「あら? 結構いい作戦だと思ったんだけど」


 意外な反応にオレは首をかしげる。


「もともとはその方法でマミマミから[紫雲の法衣]を奪い返せるかもと思って教えたことですから、作戦の予行練習としてはいいんですよ。ただNPCの二人がどこにいるのか、正直言ってわたしも知らないんです。フィールドだけじゃなくて、もしかしたら町にも出ているかもしれないじゃないですか」


「あ、言われてみればたしかに」


 相手はNPCだもの、町には出てこないという保証なんてものはない。

 [月姫の法衣]の効果は町やプレイヤー憩いの場所では無効となっているらしく、姿が消せたのは魔宮庵を出てからのことだ。


「いい考えだとは思ったんだけどなぁ」


 腕を組み、「うーん」と唸るオレ。


「まぁ二人のうち一人に遭遇できたとしても、さすがにそれは自分の運に任せるしかないですよ」


 ビコウが笑みを浮かべながら言う。

 と言われても、それってプレイヤーの運であって、キャラのLUKは関係ないよね?

 ビコウの話では対象はこのゲーム全域で、それぞれフィールドに一時間で5%ずつの確率で出現するように設定されているそうだ。

 でもそれって結構厳しくない? 百回モンスターと遭遇したとしても、95%は遭遇しないってことになるよ。



「まぁ、もらえる恩恵が十万Nか、基礎ステータスのひとつを一時的に二倍にする装備ですからね。運営もさすがにシャミセンさんの運がいいとはいえこれ以上与えてやるほどやさしくはないと思いますよ」


「装備品かぁ、装飾とかだったらちょっと考えものだな」


 といっても、[女王蟲の耳飾り]をはずしたところであまり変化はないんだけどね。


「まぁ今はそんなこと気にせず、そのNPCが出てくるのを期待しましょう。ほら、またモンスターが出てきましたよ」


 ビコウが指差した方へと目を向けると、たしかにモンスターがドロップしたというエフェクトが出ており、そこから赤色のカマキリと紫色したカエル。そしてウネウネと動きの鈍そうなカタツムリが出現した。



 [ホォタンラン]Lv11 属性・火

 [ヴェレーラーナ]Lv8 属性・水

 [サリガリ]Lv9 属性・木



 見事なまでに属性がバラけた。

 オレとモンスターとの間合いはちょうどグリーンに入っており、魔法で攻撃できる。

 ただモンスターはオレとビコウに気付いていないらしく、まわりをウロウロとその気持ちの悪い双眸で見渡している様子であった。

 先制するなら……今だな。

 オレはギュッと錫杖を握りしめ、そこからサリガリ……カタツムリの弱点属性である[フレア]をチャージで放とうとした時だった。



「きゃぁああああっ!」


 少女の悲鳴が背後の茂みから聞こえ、オレとビコウはそちらへと目を向けた。


「……あ、チャージかけていたから注意がそれてエラー起こしてる」


「なにやってるんですか……じゃなくて、今の悲鳴ですよね?」


 んなもん聞かれんでもわかってる。

 目の前のモンスターは、未だにオレたちに気付いていないようだけど、悲鳴にもどこ吹く風って感じだった。

 多分モンスターにはそういうのが聞こえないよう設定されてるってことか。


「行ってみるか」


 そうたずねたが、「どうせ行くんでしょうに」と言った表情でビコウはうなずいてみせた。



 声がした茂みへと入って行くと、ぽつんと丸くバラけたところへと出た。


「こんなところがあったんだ」


 ビコウが呆然とした表情で周りを見渡す。

 たしかにそこだけ繰り抜いたかのように円形に木が抜け落ちていて、月の光がオレとビコウを照らしている。

 というか知らなかったのか。

 オレがそんな疑問そうな表情で見ていたのか、


「茂みって入れる場所とそうじゃない場所があるんですよシステム的に。だから入れる場所ならほとんど行ったことはありますけど、今回のははじめてです」


 と言い返してきた。

 いつもの知らないうちにアップデートしていて、入れる場所が増えたとかそういうんじゃないの?



「っと、悲鳴が聞こえたのはこの辺りだったよな?」


 周りを見渡してもモンスターの姿もなければ気配がしないんですが?


「もしかしたら罠という可能性も考えられますから警戒してください」


 ビコウはメイン装備の[如意神空棒]を構え、戦闘態勢に入っていた。


「まぁ石橋を叩いて渡るのはいいけど、そんなにツンケンとしてたらモンスターだって出てこなくなるぜ」


 オレは中心にあった切り株に腰を下ろす。


「ほら、ここからだと繰り抜いたみたいに空が見えるし、もしかしたらモンスターが出てこない憩いの場所かもしれないぞ」


「まぁ、この辺りはおなじ森の中とはいえ魔宮庵までかなり離れていますからね。モンスターが出てこないセーフティーポイントだと思えばですけど」


 ビコウはオレの無警戒な態度を見るや、あきれた笑みを浮かべる。

 そうそう元が可愛いんだから怖い顔してたらもったいない。



 ふと周りを見てみると、ちょうど隅のほうにも切り株があり、そこには十六、七歳くらいの銀髪の佳人が佇むように腰をおろして、足をぶらぶらさせながら空を眺めていた。


「ほら、あそこにも休んでいるプレイヤーがいるみたいだし、やっぱり憩の……」


 オレは言葉を止め、黙ってビコウを一瞥した。


「……やっぱりシャミセンさんのLUKっておかしいと思いますよ」


 顔面蒼白の表情でビコウはそうつぶやいていた。



「…………」


 オレたちの気配に気付いたのか、銀髪の佳人がゆっくりとこちらへと視線を向けた。


「あ、あれって……今回のイベントで捕まえないといけないNPCの一人である[シルヴィア]です」


 シルヴィアって、銀の正しい発音が『シルヴァー』だからなのかね?


「いや、普通にいるんですけど? モンスターみたいにドロップアップされるとかじゃなかったのか?」


 しかもなんかこっちを見てるだけであまり逃げるって気配じゃないのが気になるが、


「近付いてみたら、やっぱり逃げるかね」


 意を決して、そうビコウに問いかける。


「ど、どうなんでしょうか。正直言って完全にわたしの存在には気付いているみたいですけど、逃げる素振りを見せてはいませんし……」


 ビコウは困惑した表情でシルヴィアを見据える。

 そのシルヴィアは切り株に坐ったままで動こうとはしていない。

 ただ感じたものを言えば、警戒はしているのだ。

 ビコウが自分を捕まえに来るかもしれないプレイヤーだったとしたら、シルヴィアはかならず逃げるだろう。

 今回のイベントはそういうクエストであり、いわば鬼ごっこである。



「だけどこんな演出だなんて思って……」


 バキバキッと枝を踏み折ったような音が周りの茂みから聞こえ、オレとビコウは険しい表情で周囲を警戒した。


「――っ! なにか来るっ?」


 ビコウの悲鳴にも似た警戒する声と同時に、目の前から激しい炎が吹き荒れ、オレとビコウを包み込んだ。



「くそぉっ? いったいなにが起きた?」


 慌てた表情でオレは周りを見渡したが、煙に巻かれているのか、周りがよく見えない。

 ダメージも炎をモロに喰らってしまいHPが三割減少している。しかも火傷のおまけ付きだ。


「でも[月姫の法衣]の効果で1ターンHPの10%を回復。状態異常も50%の確率で回復すると」


 うしろからビコウの声が聞こえ、オレはそちらへと視線を向ける。


「ビコウは大丈夫か?」


「とりあえずは大丈夫です。レベルマックスでもダメージは食らいましたけどね。しかも火傷をプレゼントされました」


 回復は……と思ったら、ビコウの装備品である[金剛琢]の効果で自動回復するようだ。心配してすこし損した。


「それよりシルヴィアは?」


 煙に巻かれていて見えないが、誰かが去ったような気配はしなかった。



 ふと空を見上げると、大きな影が目に飛び込んだ。


「……っ! おいビコウ……ちょっと聞くけど、ここってボスとかでるのか?」


「知ってたらわたしがいの一番に警戒してますし、こんなところにホイホイ入っていきませんよ」


 口調からして苛立ちと焦りが感じ取られる。知らなかったってことか。



 煙が晴れ、その大きな影が姿を見せた



 [ドッカクジ]Lv** 属性・木



 三メートルは優に超えている青白い二本角の牛鬼。

 右手には真っ赤に染まった金棒が握られており、口からはダラダラとヨダレがこぼれ落ちている。



「レ、レベルの鑑定が不明……だと?」


 モンスターを鑑定してみると、そう表記された。


「ドッカクジって、そんなまだバトルデバッグ中でエリアボスとして出すのは五月中旬の大型アップデート以降の予定のはずよ」


 ビコウは唖然とした目をうかべながらそう口走った。


「ちょっと待てっ! それって普通出てこないんじゃないのか?」


「わたしだってそんなの知りませんよ。わたしはあくまでモンスターのバトルに不具合がないかを調べてますから」


 それにしてもどうしてこんなのが突拍子に出てきた?



「ぐぉおおおおおおっ!」


 ドッカクジが握りしめた金棒を振り下ろす。

 地面にぶつかると同時に地割れが起き、オレとビコウのあいだを引き裂いていく。


「くそっ! [極め]っ!」


 攻撃の衝撃を避け、体勢を整えたオレは、スキルでドッカクジの弱点を探した。



[モンスターに急所はありません]



 というエラーメッセージが出てきた。


「な、なんだよ? これはっ!」


 興奮のあまり、オレはビコウに苛立ちをぶつけてしまう。


「わたしも知りませんよそんなことっ! でも属性が出ているということは、その弱点属性でダメージを与えられるはずです」


 ビコウはそう言うと、[如意神空棒]を構え、口唇を震わせた。

 彼女の足元に魔法エフェクトが発動しているのか、青白い光が彼女を包んでいる。



「[金糸縛影きんしばくえい]っ!」


 ビコウの周りに細い金色の糸が現れるや、ひとつの大きな縄へと変化する。

 ビコウは鞭のような縄を手に持ち、それをドッカクジに振りかざした。


「ぐぅぬぅっ?」


 ドッカクジの腕に縄がグルグルと巻き付き、ビコウはそれを引っ張りながら、片方の指にグルグルと回し始めた。

 その空間から丸い刃のようなものが7つほど姿を表していく。



「[維持神の円月輪(ヴィシュヌ・チャクラム)]ッ!」


 それら7つの円月輪すべてがドッカクジを切り刻んでいく。

 さらにいえば、円月輪は飛び去っていくわけでもなく戻ってきてはドッカクジを更に切り刻んでいく。

 金属性の術だからなのか、弱点属性でドッカクジにダメージを与えている。

 ……それでも全体の一割を削るのがやっとだった。



「[チャージ]ッ! [フレア]ッ!」


 オレはドッカクジの隙をついて、チャージをかけていたフレアをぶつけた。レベルがわからなくても属性が判明しているのなら、その弱点をできるかぎりつけばいい。木属性なら炎が弱点になっているはずだ。

 攻撃が決まった瞬間、ドッカクジは左手をオレの向けて広げる。

 そこには白く光る輪っかのようなものが指に掛けられていた。


「……っ! まっ!」


 ビコウの言葉が遮られる。


「な、なんだよ? あれ……」


 オレが放ったフレアが、その輪っかに吸い込まれていた。

 オレは愕然とした表情でその光景に言葉を失い、


「あれなに? あぁいう攻撃無効のスキルとかあるの?」


 とビコウにたずねた。



「あれは[金剛琢]と言って、相手の魔法攻撃を吸い込んで無効化にするんですよ。でも成功する確率は30%に設定されていたはずだから大丈夫だと思ってそのままにしていたんです」


 ビコウが苦痛に満ちた目でオレを見据える。

 って、制御してその確率って、三割バッターレベルじゃねぇか?

 三割って意外に強いのよ?


「でも、たしかビコウも似たような名前の装備品持ってなかった?」


「わたしが装備している[金剛琢]も『吸い込む』という意味ではおなじ役割ですね。ただ相手の武器を吸い込むというよりは状態異常を回復させるという意味で設定されてますけど」


 ビコウはそう説明しながらも、


「こういうことが起きるかもしれないから、魔法で攻撃力を上昇させた接近戦があまりできないんです。わたしとセイエイってどっちかというと接近戦向けのステータスなのに」


 とドッカクジを睨みつけた。



「倒す術はないのか?」


「シャミセンさんは法術士ですから、グリーンからの間合いでも攻撃魔法が使えますし、わたしも遠距離攻撃は可能です」


 ドッカクジの[金剛琢]の効果はイエローまでしか通じない。

 つまりはそれ以上は近付けないということだ。


「逃げるが正解?」


「わたしのレベルでも一人で戦うとなれば、結論から言えばそうなりますね。流石に武器を取られたら徒手空拳だと格闘系の職業以外は心もとないですし」


「それじゃぁ、あの悲鳴は……」


「おそらく別のプレイヤーが遭遇してしまい殺されてしまった。そう考えるのが自然ですけど――っ?」


 ビコウはなにかに気付いたような、そんな表情でドッカクジのうしろを見据えた。



「えっ?」


 その光景に唖然とする。

 いつの間にいたのか、ドッカクジのうしろに立っているシルヴィアがゆっくりと手をかざした。


「…………」


 シルヴィアの周りに光が放たれ、その光がオレに向かって飛び込んできた。


「シャ、シャミセンさん?」


「な、なんだぁ?」


 その光はオレの左手の薬指に集結していく。



「ぐぅぬぅ……」


 ドッカクジの声が慄きに感じ取られる。

 左手の薬指に熱いなにかを感じ、オレはそれを見据える。

 そこには銀色に光る装飾を施した指環がはめられていた。



 [月光の指環] (I+9 D+11 L+11) ランクSSR

 特定のステータスを一回の戦闘につきランダムで一度だけ二倍にすることができる。



「ク、クエストクリアの報酬アイテム?」


 なんで手に入れられたのかはさておき、[土毒蛾の指環]の代わりに[月光の指環]が装備されている。


[[龍星群]を取得しました]


 それと同時に、なんかスキル取得のアナウンスが出たようだが、まったく身に覚えがない。


「ぐぉおおおおおおおおっ!」


 呆然としているオレを尻目に、ドッカクジが咆哮をあげ、口を大きく開く。


「まさかさっきの炎? シャミセンさん避けてください」


 ビコウの声が聞こえたが、オレはゆっくりと錫杖をドッカクジに向けた。



「ごォワァッ!」


 ドッカクジは炎の塊を吐き出し、オレに向けてぶつけてきた。


「[龍星群]っ!」


 そうスキルの名前を詠唱するや、オレの周りにある大小様々な石ころが浮かび上がり、激しい炎をまとうや、それこそ流星のようにドッカクジに向かって放たれていく。

 炎がそれにぶつかっていき、激しい爆発音が鳴り響く。



「くっ?」


 身体に流れ弾がぶつかり、オレのHPが二割ほど削られていく。


「ぐぅぬぅ」


 あまりにも突然のことだったのか、予想だにしていなかったドッカクジは体勢を崩している。


「ビコウッ! さっきの縄みたいにドッカクジの動きを封じてくれっ!」


「わかりましたっ! [金糸縛影]っ!」


 ビコウの金色の縄がドッカクジの身体を縛り上げていく。


「ぐぅぬぅおおおおっ!」


 ジタバタと縄から逃れようとするドッカクジの動きに合わせて地面が波打つように揺れ始める。


「ぐぅぬぅっ? さっきより力が強くなってる? さすがに攻撃力100以上でも、抑えきれ……ない?」


「[龍星群]っ!」


 もういちど、さっきのスキルを詠唱し、流星をドッカクジにぶつける。

 龍星群の属性が炎だったのか、ダメージが積み重なっていき、ドッカクジのHPが一気に半分削られていった。



「す、すごい」


「まだだぁっ! [龍星群]っ!」


 もう一度、龍星群をぶつける。

 ドッカクジはビコウの縄で身動きが取れず、すべての流星をまともに食らっている。

 それでもHPが残り三割になっただけだ。

 オレのMPもどんどん削られていっている。残りあと一割を切った。



「[ワンチュエン]ッ! [龍星群]っ!」


 周囲にあるすべての石ころが野球ボールくらいの大きさの炎となり、ドッカクジに食らいつく。

 オレはMPが0になったと同時に意識が朦朧としていた。

 これってもしかして知恵熱とかそういうやつ?


「…………」


 砂煙が晴れ、ゆっくりとドッカクジが姿を見せる。

 その体躯は青ではなく朱にそまり、ダラダラと身体が溶け始めている。それと同時にビコウが縛っていた縄も溶けて切れており、ドッカクジの束縛が解かれている。

 ドッカクジのHPは……微かに残っていた。



 久しぶりに、ロクジビコウにやられた時以来だな。

 この絶望感は――


「は、ははは……さすがにボス相手にゴリ押しが許されるわけねぇよな」


 オレは薄れていく意識の中、ジッと金棒を振り上げていくドッカクジを見上げる。


「シャミセンさんっ!」


 動けないオレの目の前にビコウが立ちはだかり、振り下ろされていく金棒からオレをかばおうとした時だった。



 その金棒がビコウの眼前ギリギリのところで一時停止するや、まるで砂上の楼閣とはこのことかと言わんばかりに、ドッカクジのむくろはしずかに、砂のようにサラサラと散っていった。


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