第95話・以往とのこと
星藍の病室で彼女から妙案を聞いた翌日の五月三日月曜日。『太陽と月』イベントの初日である。
早朝七時前にホームである魔宮庵の客室にログインしてみると、
「マスターとローロさん、白水からさっきメッセージが来て、三人ともお願いした装備品を今日までには完成させるって」
セイエイがいつものゴスロリ姿でオレにそう話してくれた。
ただ今日のは黒控えめなので甘ロリといったところか。
アカウント停止から数日、まったくフィールドに出てレベル上げもできてなかったから正直クリアできるという不安があった。
「鍛冶に必要なアイテムとか用意してくれてありがとうな」
必要な素材アイテムをほとんどセイエイが持っていて、夜光虫に関しては取り方を教えておいたら、ものの一時間で取ってきたんだとか。あれ、そういえばアクアラング覚えてなかったよね?
とたずねようとしたが、サクラさんが覚えていたことを思い出し、グッと喉の奥へと飲み込んだ。
たぶん一緒に行動していたはずだ。
「おねえちゃんからシャミセンからいくらか預かってるって言っていたからそのお金を使ったけど、よかった?」
えっと、あれからあんまりビコウには預けていなかったけど、だからといって引き下ろしてもない。
オレの記憶が正しかったらかなりの金額を預けていたはずだぞ?
「あぁ別に構わないよ……あれ?」
ふと妙なことを思い出す。以前シュエットさんに玉兎の法衣を作ってもらった時にかかった料金だ。
あの時はセイエイに全額払ってもらったから実質
それよりも強い装備品を拵えてもらったからその倍額は視野に入れないと……って完全にお金足りなくね?
ビコウに預けたお金の総額を思い出すや、オレの顔は一瞬で藍に染まった。
「セイエイ、とりあえず領収書ない?」
「いくらかかったのかってこと? ……えっと、月姫の法衣が三十万円で、赤光の錫杖が五万円、女王蟲の耳飾りに三万円ずつ払ってる」
ってことは合計で三十八万。必要な物を用意したセイエイにもいくらかお金が行ってるんだろうけど、かなりの失費だ。
というか毎度のことながらリーズナブルなローロさんの依頼金。お金のない初心者プレイヤーが頻繁に頼りに来るだけのことはあるなと実感できる。
「それからシャミセンがお願いしてたクリスタルのDEX上昇の話だけど完成してからの楽しみでいい?」
それは別に構わない。というか使ってくれるの?
「でも結構高く付いたな」
セイエイのことだから率直な金額だろう。空を使うような子じゃないだろうし。
「もしかしてお願いした装備品って課金じゃないと手に入れられないの?」
「ううん、シャミセンに見せたのは三人のオリジナル。だから課金は関係ないけど作るのに時間が掛かるし、ほかにもお願いしている人がいっぱいいるから、その人たちの分を止めてまで作ってもらってる」
ふと凛鈴に言われたことを思い出す。
――場合によっては無意識のうちに恨みを買っておるかもしれんからな。
オレ個人のためにセイエイたちに迷惑を掛けてしまっている。
セイエイは三人がオレを助けようとしてくれているのだから気にしなくてもいいとは言うけど、気にしてしまうのがオレの悪い癖だろう。
「オリジナルであんだけ強い装備品って……ほんとどんだけすごいのあの三人」
すこしの失費は致し方ない。
「それからマスターが、シャミセンがルビー持ってるって話をしたらそれも使わせてほしいって言ってた」
セイエイには装備品を渡すさい、使えるものはないかとオレの素材アイテムを、必要な物があれば好きに使っていいという条件で全部預けている。まぁシュシュイジンは本当に貴重品だからオレが常に持ってるってことになってるんだけど。
「なんかオレが想像している以上に装備品が強くなってる気が」
ビコウの妙案もかなり現実味が増してきた。
ただ鍛冶で使用できるクリスタルは一回使うとそれ以外は使えなくなるんだと。つまりミントクリスタルを使ったら、それ以降ミントクリスタルでしか使えないってことになるわけだ。
「昨日おねえちゃんが言ってた体現スキル。わたしもこの装備とシャミセンの高いLUKなら、DEXが低くてもできると思う。それに無理に倒さなくてもいいし……というか多分真正面から倒すことってできないと思う」
セイエイはそう言うと、ジッとオレを見据えた。
「だな。オレ個人だとマミマミとのレベルの差はあるだろうし、ロクジビコウに変化していたらそのステータスでほとんど負けてる」
「でも今度こそロクジビコウに勝とう。シャミセンなにも悪いことしてないのに……あっ」
セイエイは言葉を止め、虚空にメニューウィンドウを展開させた。
「どうかしたのか?」
「マスターからメッセージ来てる」
ということはシュエットさんもログインしていたってことか。
セイエイを一瞥すると、真剣なというよりはおどろいた表情でメッセージに目を配っていた。
「あぁっとあれがこうなってあぁなって」
「なんだ? もしかして失敗したとか?」
「うぅん、できたから取りに来てほしいって……ただ、やっぱりシャミセンのLUKおかしい」
セイエイが普段見せないほどに人を疑ったような目でオレを見つめる。そんなことを言われてもオレ自身どうすることもできんのだが、というかそういうのって鍛冶屋のステータスで決まるんじゃないの?
「マスターにはミントクリスタルとルビーを渡してたから、AGIとLUKが上がるんだけど――メール送るね」
その言葉どおり、セイエイからメールが送られてきた。
VRギアに同期させているので、こちらからもメッセージとして受け取ることができる。
それを確認すると「たしかに」と、セイエイの複雑な表情が理解できた。
『シャミセンさんの依頼品が完成しました。
完成した装備品のステータスを送っておきます。
【月姫の法衣+α5 ∨+29 A+16 I+13 L+9】
かなり高いステータスになりましたけど、シャミセンさんってどれだけ高いLUKをお持ちなんでしょうかね?』
メールに書かれていたのは月姫の法衣の作製結果だった。
「クリスタルは前と同じで五個渡してる」
「ってことは一回1ポイント出ただけで後は2ポイントってことか」
宝石の品質によってステータスの上昇が変わるというのは白水から土毒蛾の指環を作ってもらった時に教えてもらったが、今回も期待していた以上の結果になっている。
「しかしまぁ、ビコウが言っていた体現スキルだけども、法術士が覚えるものじゃないよなぁ」
「実装されてない召喚アイテムを持ってる時点で法術士関係ないと思う。それに体現スキルとか魔法スキルは剣士でも覚えられる。ほとんどステータスによりけりだけど」
オレの愚痴にセイエイがツッコミを入れる。
「シャミセン、おねえちゃんが言ってるスキル覚えられると思う」
「まぁムリってわけではなさそうだよな。最低限必要なスキルを覚えていたわけだし」
「そうだね。……でもなんで今までそれ使ってなかったの? 攻撃を仕掛けるにしてもライトニングで奇襲をかけていたけど」
疑問に満ちた目でセイエイは首をかしげる。
「あまり信頼してなかったからな。それにかなり近付かないと先制取れんし」
いくら自分のLUKが桁違いでも、やはりなにかしらのサーチみたいなものをモンスターが持っているのだろう。
スキル成功確率が妙に低いのだ。低いスキルを使うほど酔狂なことはしない。
「シャミセンの職業を考えると、そうした方がいいかもしれない。そういうのって私みたいに近接攻撃とかAGIの高いプレイヤーが覚えるものなんだけど」
セイエイは苦笑を見せながら、
「でも体現スキルを覚えるって、結局はプレイヤースキルとか運だと思う。条件が同じでも一回で覚えられる人もいれば、何回やっても覚えられないって人もいるから。シャミセンが忍び足を最初のころに覚えたのだって、モンスターに気付かれなかったのが初期の段階でLUKが35も……今の私と同じだったみたいだし」
そう愚痴にも似た言葉を吐露した。
オレの基礎ステータスは前に教えているから、それからレベルとかを計算して言ったのだろう。
前にも思ったけど、セイエイって素で頭いいんじゃないの?
「セイエイ、そろそろログアウトして朝ごはんにしたらどうかね?」
魔宮庵では聞きなれない男性の声が聞こえ、オレはそちらへと目を向けた。
頭が黒牛……ボースさんだった。
「フチン、もうそんな時間?」
「あっと、なんでボースさんが? たしか間借りしている客室にはプレイヤーが許可した人じゃないと利用できないんじゃ?」
「いやいや、そこはまぁあれですな。管理者特権といいますか」
ボースさんはカカカと笑う。
オレはチラリとセイエイを一瞥する。
「セイエイが呼んだんじゃないの?」
その問いに、セイエイは首を横に振る。呼んではいないってことか。
「まぁ、兄がここに来たってことは、わたしの妙案に乗ってくれたってことですよ」
ヒョコッとボースさんの大柄な体躯に隠れるような形で、ビコウが顔を出した。
ほんと兄妹とはいえ、見た目によっては親子くらいの背丈だよな。いや、ビコウの身形が幼いと言えばそれまでなんだけど。
「……それじゃぁ、シャミセンのアカウント停止は解除されたの?」
「あぁ、シャミセンさんが紫雲の法衣を持っていないというのは運営もわかっていたし、四龍討伐で一部始終を見ているプレイヤーもいるからな。そのプレイヤーから聴きこみをして、彼が無実だというのは前からわかっていたんだ。それに裏山の隠しダンジョンで起きていた中国サーバーからのモンスター出現もあらかた片付いた」
「もうひとつ加えると、中国サーバーの管理者の話では、ヒャクガンマクンのデータにダメージ無効のスキルが加えられていたって」
「それ、弱点を攻撃してもキツイんじゃ?」
「しかもかなり強く設定されていて、いくら運営が自分のステータスをいじることができても、倒すことはできませんでしたからな」
もしそれを知らずに隠しダンジョンを実装していたら、かなりのプレイヤーがデスペナを食らっていたことだろう。
難しくても頑張ればクリアできるという塩梅が必要になってくる。
そうじゃなければ、ただの難しいだけのクソゲーになってしまうからだ。
「スタッフは何回もプレイしているから簡単だと思えてくるけど、はじめてプレイする人にそういうことは言えないんですよ。だからわたしもできるかぎりバトルデバッグをするときは、モンスターのレベル前後にステータスを設定してもらって、大丈夫ならそのままフィールドに出してますけど、ちょっと倒すのが厳しい場合はすこし手を加えたりしますね。ただ最終的にはプレイヤースキルで決まりますけど」
説明をしながらも、ビコウはオレを見据え、
「それで、わたしが提案した話ですけど……病院でもいいましたけど、やってみます? 今のところシャミセンさんのアカウント停止が解除されたことを知ってるのは運営以外はわたしとセイエイだけですけど」
不敵な笑みを浮かべる。
「そのスキルってすぐに手に入れられるの?」
「いいましたよね。シャミセンさんのステータスならDEXが低くても覚える確率は100%だって」
その根拠が思い当たらないのだけど。
「しかしいくらシャミセンさんのAGIとDEX、そしてなによりLUKが高いとはいえ、本来あのスキルはシーフが覚えるものだが」
法術士が覚えるようなスキルではないだろうと、ボースさんは頭を抱え、ビコウに視線を向けた。
「法術士は基本的にINT優先のステータスになるからわたしがシャミセンさんに覚えさせようとしているスキルなんて普通は覚えない……だからこそマミマミの意表をつくことができる」
ビコウはすこし呼吸を整えるように胸を隆起させ、ジッとオレを見据える。
「…………っ」
その鋭い眼光に、オレは思わず生唾を飲み込む。
ビコウの目は笑っていなかった。
「それじゃぁ、はじめましょうか……」
パチンと指を鳴らし、オレとビコウの足元に紫色の魔法陣エフェクトが出現し、オレとビコウを飲み込んだ。
真っ白な光に包まれ、オレは思わず目を瞑ってしまう。
「シャミセン、もう目を開けていいですよ」
しばらくしてビコウの言葉が聞こえ、オレはゆっくりと目を開けた。
周りを見渡すと何もない異空間だった。
足の裏がなにかに当たっているという感触はあるけど、それ以外にはなにもない。
そこが地面なのか、床なのか、はたまた忍者のように、ヤモリのような格好で天井に足を着けているのか。
それすらもわからない奇妙な感触。
ただまわりは暗いというよりは薄闇で、土毒蛾の指環がもつ夜目スキルは発動されるほどの暗闇ではなかった。
「ここは?」
「わたしが運営から頼まれて利用しているバトルデバッグ用のサーバーです。ここなら運営以外は誰にも気付かれずにスキルを覚えられるはずです」
そう言うや、ビコウは虚空にウィンドゥを表示させ、なにかの作業を始めた。
「グゥルルルルル」
その瞬間、うしろ獣の唸り声が聞こえ、オレはそちらへと目を向けた。
[ショーラドッブ]Lv25 属性・火
羆だった。でも属性が木じゃなくて火になってる。
しかも口から火が出てるんですが、今にも吐き出しそうだし。
「レベルはシャミセンさんと同じにしています。ただ……ちょっと普通より強いですよ」
その言葉を裏付けるかのように羆の先制攻撃。通常攻撃だからか刹那の見切りで交わすことができた。
「こいつを倒せってことか?」
「いいえ、そいつからアイテムを盗るんですよ」
いや、そう簡単に言うけど、こいつなに持ってるの?
「想像するんです。このモンスターならなにを持っているのかって。ただ見た目ではわかりませんし、倒さないと手に入れられないアイテムを盗むことはできません」
つまり倒してから捌かないと手に入れられない毛皮とか牙は盗めないってことね。
「グゥヌアアアアアアア」
チャージを掛けたライトニングを放とうとした一瞬、魔法詠唱よりも先に羆の炎がオレを包み込んだ。
「ぐぅなぁっ?」
HPが一気に三割ほど削れたが瀕死エラーにはならなかった。ってか強くね?
「きしゃぁあああっ!」
オレの攻撃よりも先に連続で羆の攻撃が優先される。
大気を炎に変換しているのか、爪が赤く燃え盛り、オレの身体を一閃した。
HPが残り半分を切る。
「あっ、言い忘れてましたけど装備品の効果は全部無効化にしてます。今シャミセンさんは自分のステータスとスキルでないとショーラドッブを倒せないってことですね」
おいちょっと待てっ! それって鬼畜ってレベルじゃねぇぞ。
玉兎の法衣があればどうにかなっていたかもって思うけど、今装備してるのって[玉龍の髪飾り]と[土毒蛾の指環]だけで、あとは裸同然だ。
とりあえず、セイエイからもしかしたらってことで装備品をある程度もらったからそれを着けてるけど、まったく期待もなにもできない。
「きしゃぁああああああっ!」
オレがビコウに目を向けていたという油断をモンスターが見逃すわけがなく、うしろに回りこむや鋭い爪を振り下ろした。
「ぐぁああああああっ!」
レッドゾーンからの強烈な一撃。急所攻撃判定も相まってオレのHPは全壊した。
「く、くそ……な、なんだよ? これ……」
オレの身体は光の粒子となってその場から……消えなかった。
それどころか、HPが全回復し、身体が動く。
「ここはバトルデバッグするためのサーバーですからデスペナはないんですよ。だから思う存分闘うことができます」
そう言うけど、オレあまりアクションRPGって苦手なのよ。
「モンスターをレベルではなくステータスで見るというのはどうでしょうか? たとえばVITは高いけど、AGIとSTRが低いモンスターの場合と、AGIとSTRは高いがVITが低いモンスターの二種類がいたとします。その場合戦い方をどうしますか?」
まるで謎かけだ。そんなことを考えている余裕すらない。
だけどモンスターのステータスだって運営が決めている。
つまりは……レベルと見た目で判断するなということだ。
「つまりあの羆はAGIとSTRは高いがVITは低いってことか」
「もうひとつ付け加えると、強力なスキルは一種類しか持っていません」
スキルって言うと、最初に出してきた火炎放射だな。
それが発動される時、口から火がこぼれだしていて、その瞬間だけ羆は動いていなかった。
「スキルは使用した回数によって発動する時間が変わってきますけど、モンスターにはそういったシステムは適用されていません」
ビコウの説明を耳にしながら、もう一度羆を見据える。
口から火がこぼれだしている。火炎放射を放とうしている合図だ。
「こっちは動くことができるってことは避けることも可能ってことだな」
最初は油断してまともに食らったけど、今度は違う。
羆との距離を保ちつつ、サイドへと回りこみ、そこからライトニングをチャージで放つ。
それよりも前に羆が炎を放つが、動けなかったのか、顔を向けてている方角にしか放つことができないらしい。
ねずみ花火みたいにグルグル回りながらってことをしないだけ安心か。
「ダメージを与えることってできないのか」
攻撃は当たったにしても、羆のHPに変化がなかった。
「今回はあくまでシャミセンさんにスキルを覚えさせることが目的ですから、そういうのは入れてません」
「うん笑いながら言ってるけど、それ結構大変だよ」
いまだになにを持ってるのかわからないし。
「それじゃぁ聞きますけど、RPGの盗みスキルってモンスターからどうやって盗ってると思います?」
「それってシステムで決まってるんだろ。薬草とか武器を持ってるかもしれないモンスターだったら……かもしれない?」
モンスターから盗めるアイテムはシステムで決められているが、もし意外なものを持っていると想像し、それがどこにあるのかを見極める。
例えば森のモンスターなら薬草とか回復系を持っている。
だけど属性を考えると、火に関係するアイテムを持っている場合もあるかもしれない。
「ガァおっ!」
羆が大きな体躯からは想像できないスピードでオレに爪を振り下ろす。刹那の見切りで避けることができ、ふたたび間合いを保つ。
火炎放射を放ってからのタイムラグがほとんどないのが気になるけど、盗むってことはかなり近付かないと行けないってことになるから、いくらAGIが高くても、反撃をくらえば意味がない。
よほどの運が必要になってくるってことか。
「しからば」
パッと羆に突撃する。その瞬間、羆は炎をまとった爪を振り下ろしたが、体現スキルは刹那の見切りで避けることができた。
「オラッ!」
すれ違った瞬間、羆の身体に手を当てる。
……なにかがふたつ光った。
「今のって……」
首根っこのところには赤い光。お腹のところには緑色の光がそれぞれ点滅している。
「くうぎゃぁっ!」
羆は振り返りざま、腕を振り上げる。
刹那の見切りでかわすことができず、オレの身体を下から上へと一閃する。HPが一気に二割減った。
羆の口から火が漏れ出す。
「チャンスは今ってことか」
とりあえず、お腹のほうを狙ってみる。
火炎放射が放たれるよりも先に、そのお腹に手を当てた。
オレの手のひらにエフェクトが発動される。
[[弟切草]を盗むことができました]
アイテムを盗んだというインフォメッセージが出てきた。
「盗めた?」
安堵するよりも先に、羆の火炎放射が発動し、オレの身体半分を焼き焦がした。
HPが残り四割まで削れ、さらに火傷の状態異常。
「アイテムを盗めたのはいいですけど、モンスターを倒さないと意味ないですよ」
ビコウはちいさく笑みを浮かべる。
モンスターとの戦闘でデスペナを喰らってもアイテムを盗られるということはないが、盗んだアイテムはロストするらしい。
「くそっ? そういうことは先に言えよ」
それよりもまだ体が動き、羆の攻撃も辛うじて避けることができた。
「[ヒール]ッ!」
HPを魔法で回復させる。それでも全体HPの一割が回復した程度だ。
羆の口から煙が立ち昇った。火炎放射の合図だ。
その場から逃げようとしたが、片足が焼け焦げ、思うように動かない。
「ちょっと賭けてみるか」
すれ違い様に見つけた首根っこに光る赤い光。
普通なら弱点部分だとは思うのだけど、いったいなんだろうか。
オレは手で弓矢を射る体勢で羆を見据える。
「ぐぅぎゃぁああっ!」
羆が口を大きく上げたが、火炎放射は発動されていない。
さっきと違う。ってかひとつしかもってないんじゃなかったの?
いや……違うな。ビコウは羆はスキルをひとつしか持っていないとは言っていない。一種類しか持っていないと言った。
「シャミセンさんっ、避けてください!」
ビコウの口調が慌ただしい。一撃で倒されるほどの強烈な攻撃が来るってことか。
――上等だっ!
オレの運と羆の運、どっちが高いのか、勝負してやる。
死んでもろとも、また盗んでやるさっ!
オレの身体を包み込む魔法エフェクトが青から緑、緑から赤、赤から金へと変わっていく。
魔法エフェクトの色彩が変わり終えた瞬間、羆の喉頭が赫々に染まり、今まで以上に熱風を放つ火炎放射が放たれた。
「[ワンチュエン]ッ! [アクアショット]ォオオオオオオッ!」
見えざる弓矢を放つように指を外すと、虚空に魔法陣が出現し、そこから激しい水柱が放出される。
そして羆の火炎放射と激しくぶつかり合っていく。
「いぃけぇっ!」
激流は炎もろとも羆を飲み込む。
羆のHPが一気に削れ、…………全壊した。
[体現スキル[盗み]を覚えました]
[[アクアショット]の項目に[アクアキャノン]が追加されました]
[体現スキル[極め]を取得しました]
[[火熊の毛皮]を手に入れました]
[[火熊の牙]を手に入れました]
[[火熊の爪]を手に入れました]
ビコウが覚えさせようとしていた[盗み]のスキルを覚えるどころか、アイテムや魔法スキルの成長、さらには聞いたことのないスキルまで覚えていた。
「…………」
その様子はビコウにも伝わっているらしく、おどろいたとも信じられないとも言った表情でオレを見据えていた。
「えっ、と……なんで[極め]まで覚えたんですか? わたしそれ覚えてないんですけど」
ツッコミを入れられたが、
「知らんがな」
としか言えない。本当に偶然だろうし、オレだってどうして取得できたのかさっぱりわからんから説明できない。
とりあえず覚えたスキルの説明を見てみるか。
[盗み]
相手の特定の場所に触れることでモンスターやプレイヤーからアイテムを盗むことができる。
盗むアイテムは所持者が所有しているアイテムからランダムで決まる。
*装備品を盗むことはできない。
成功率は(AGI50%+DEX50%)×(LUK30%)%
[極め]
モンスターの弱点位置を見つける事ができ、また攻撃を避けることができる。
*クールタイムあり。
*盗むスキルを持っている場合、相手の身体に緑色の点滅が出てくる。そこに触れるとアイテムを盗む確率が10%上昇する。
[アクアショット] 属性・水 消費MP10%
水の弾を発動し敵にぶつける。
チャージに属しており、ためる時間によって、バブル(無色)→ショット(青色)→ブレット(緑色)→バスター(赤色)→キャノン(金色)と変化する。
*チャージがスキルストックにある場合、消費MPは5%になる。
どうやら[極め]は刹那の見切りのハイスペック版といったところだな。モンスターの弱点がわかるってところは戦闘をスムーズに進めるのに役立ちそうだ。
「と、とりあえずわたしが想像していた以上に早く覚えられましたね」
ビコウはそう笑みを浮かべたが、笑みが引き攣ってる。
よほど想像していた以上のスピードで成功したことにおどろいているってことだな。
「あ、手に入れたアイテムは持って帰って構いませんよ」
それはありがたい。ただ経験値はもらえなかったみたいで、レベルアップもなかった。
まぁデスペナを喰らってからアカウント停止だったから、正直期待もなにもしなかったけど。……
と思ったら、実を言うとあの羆はまだフィールドに出す手前のテスト段階のようで、経験値のポイントを設定してなかったんだとか。
「まぁプレイヤーのレベルにもよりますけど、だいたいモンスターの経験値はパーセンテージで決まりますからね」
「ってか、パーセンテージで決めてたの?」
おどろきの真実。どうやらレベルの差でもらえる経験値が決まるんだと。
すべてのモンスターは均一して経験値が100から50の5段階区切りを乱数で決められていて、その数値にプレイヤーのレベルが割られるとのこと。
レベルが上がるに連れ、計算上小数点が出てくるから、モンスターを百匹倒せばレベルは上がるけど、高レベルになるほど経験値が上がりにくいというのはそういう理由があったからだ。
例えるならモンスターがもつ元の経験値を50ポイントと仮定して、オレの今のレベルが25ならもらえる経験値は2ポイントになる。
逆に言えばレベルマックス手前のレベル49の状態で元の経験値が50であるモンスターを倒しても、もらえる経験値は1しかない。
ただしモンスターが多数出てきた場合、その合計にレベルを割った数値が経験値となり、パーティーを組んだ場合においてはその人数分に割られるのだが、その場合バランスを取ってモンスターの経験値はパーティの人数に応じて+10(四人なら40といったところ)となり、パーティーの平均レベルで割られるんだとか。
ってことは、オレとセイエイがパーティーを組んだ場合、25+44で69になるから、その半分のレベル34(小数点切り捨て)がパーティーの平均レベルになるわけで、モンスターの合計が100とした場合、二人だとそれに20ポイントが追加されるから、もらえる経験値は3ということになる。
経験値が表示されないというのは1より低い数値は切り捨てになるからという理由と、レベルの差が激しく、辛うじて勝利しても、経験値が50でプレイヤーレベルが25ではもらえる経験値が少ない。
経験値があまりにも増えないという不具合に気づかれないためってことらしい。ポイントはあくまで1からしか増えないわけだ。
プレイヤーを倒した場合はプレイヤーとのレベルの差に関係なく均一して50なんだとか。プレイヤー二人倒してひとつ上がる……そりゃぁ殺人者も出てきますわよ。正直そっちのほうが効率いいし。
ただレッドネームになると宿屋やお店を利用できなくなったり、モンスターからの経験値は通常の1/10だったりとデメリットもやっぱりあった。
それからこのシステムは通常のフィールドのみで、イベントには適用されていないということになっている。
「それじゃぁそろそろ戻りましょうか」
ビコウは微笑を浮かべ、パチンと指を鳴らす。
ふたたびオレと彼女の足元に紫色の魔法陣エフェクトが出現し、オレたちを飲み込んだ。
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