第94話・帷幕とのこと
そういえば、明日で五月だったんだっけ?
色々と思い出しながら、ゴールデンウィークは大学とバイト以外に用事がまったくない。星天遊戯も未だにフィールドに出ることができないし、かといってSBOにログインして活動再開するってのはなんか逃げてるような気がする。
といっても、オレがどうこうできる状態ではないので、ビコウやボースさんたちに委ねるしかないのだ。
「あっと、さすがにこの時間に起きてるとは思えないな」
バイトから帰るや星天遊戯にログインし、魔宮庵の客室にある寝室を覗きこんでみる。
いつもならセイエイが布団で寝ているものなのだけど、その膨らみが見当たらない。
「ありゃ? セイエイのやつ別のところでログアウトしてるのかね?」
時間は午後十一時。そろそろしたら日付が変わって五月になる。
いままでフレンド登録していたプレイヤーは全員リストからデリートされているから、今誰がログインしてるのかもわからない。
「ビコウにも聞きたいことがあったんだけどなぁ」
囲炉裏を横にドタッと倒れこむオレ。大の字になって正直みっともない。
ビコウが言っていた『太陽と月』イベントは三日からだから、そろそろ解除してもらえんだろうか?
「オレ、別に悪いことしてないんだけどな」
たしかに、同日似たようなことはしている。
といっても、ムリヤリじゃないし、プレイヤー立ち会いのもとでやった合法的なものだ。そりゃぁ決着がそれをやった本人が思い出しただけでもドン引きだけどさ。
セイエイの話だと、あれからロバーツって人と一度顔を合わせたらしいけど、その時は特に文句は言われていないんだと。
それからむっちゃんがオレにやられてからはくやしいやらなんやらでレベル上げのポイントもそこそこに、魔法の書を買うためのお金集めてるんだとさ。
でリフレクトとか攻撃封じの書を買うらしいが、そういうのって結構高いと思うんだけど。
「運営からのメールはなし。まったくもってどうしたものか」
ゴロンと寝返りをうった時、ふすまがかすかに開く音がうしろから聞こえてきた。
「あれ? シャミセンさんログインしていたんですね」
うしろを振り返ってみると、ビコウが湯浴みの格好でオレを見下ろしていた。
まだ湯上がりして間もないのか、それともそういう演出なのかどうかはさておき、彼女から艶のある雰囲気を感じられる。
「温泉入ってたの?」
「ゲームとはいえ、温泉はいいものですよ」
オレの問いかけに対して、彼女はうなずくように応える。
セイエイもそうだけど、トッププレイヤーって実を言うとイベントとかレアアイテムの情報がない限りはかなり暇ってことなのかね?
と思ったら、ビコウの場合はレベルがカンストしていて経験値が得られるわけじゃないから、オレがいるサーバーではプレイヤーを監視する以外ほとんどすることないんだってさ。
オレは起き上がり、ビコウは対面するように囲炉裏を挟んで坐った。
「それはいいとして、兄や日本サーバーのスタッフから聞いた話ではシャミセンさんのアカウントをもうすこし停止の方向で行くそうです。あれ以来シャミセンさんの姿をフィールドで見たという人はいないようですが、いちおう念のために」
「そうか」
「あれ? もうすこし混乱とか文句をいうのだと思いましたけど、至って冷静ですね」
オレの態度に不服があるのか、ビコウは訝しげな表情で首をかしげた。
「オレがここでどうこうできる状態じゃないのは知ってるだろ? 運営ですらマミマミを捕まえられないってんだからさ」
「あぁそれなんですけどね。どうも中国サーバーで頻繁に出ているっていうプレイヤーキラーのうわさ……シャミセンさんは知ってるとは思いますけど。う~んどう言えばいいかなぁ」
なんとも煮え切らないビコウの口調。
「なんだ? もしかして警察よろしく犯行が行われている国が違うからそっちから取り扱えないとか言うんじゃないだろうな?」
外人が日本で犯罪を行った場合、当然だが日本の法律が適用される。
ただし、適用されるのは犯罪が起きた国で捕まって、その外人が日本に住んでいる場合に限られるのだ。法律でどうにかならないのかというと、世界全体の問題になるから結構国際法律は、各国の法律を決めることよりも難しいんだと。
「あっと、そこまでわかっているのならあれですけど。要するにマミマミの現在のアカウントが中国サーバーにあるので、事件があった日本サーバーの一存では別サーバーのプレイヤーが持っているアカウントの停止処分ができないんですよ。いくら同じゲームでも法律はその国のサーバーになりますし、ましてや本体が私みたいに病院にいて脳だけが生きているっていうのならまだしも、そもそも誰がやっているのかがわからないんです」
「プレイヤーがわからないってどういうこと?」
「あっとどう言えばいいかな、要するに夢都さんが使っていたVRギアに中国サーバーの不正アカウントが使用されていたところまではわかっているんですけど、そのアカウントが別のVRギアにも登録されていてそれが使用されているみたいなんですよ。マミマミ……夢都さんは今も病院で意識不明らしいですし、そのVRギアのアカウントを停止しようにもアカウント管理が中国サーバーにあるのと、事件の内容が荒唐無稽の扱いでして」
それはそうだ。ロクジビコウと直接会っているのはオレとセイエイだけで証拠もない。スクショ撮っけばよかったとすこし後悔。
「手に余らしていた理由はそれもあるのか」
そう指摘すると、ビコウはこれ以上にない苦虫を噛み潰した表情を見せた。
彼女も不正を見過ごすわけにはいかないのは重々わかっているからこそ、悔しいのだろう。
照妖鏡を教えてくれたのも、プレイヤーの変身スキルを見破るための秘策としてだったのが、それを作るのに必要なアイテムが日本サーバーになく、それ以外に今のところ打破する方法がないらしい。
「本来ならログインもできないシャミセンさんをこうやってホームでの行動だけに制限がされています。メッセージだってVRギアに登録しているメールのやりとりでできてますし、アイテムの物々交換はできていたでしょ?」
それを聞いて、「もしかしてオレが装備品の鍛冶をセイエイに代理でお願いしたのを……?」と聞き返した。
「はい。それ以外にも色々と作れるものはあったんですけど、まぁおもしろいものを紹介するわねあの子もって思いましたよ」
とビコウは微笑を漏らす。その笑みは心なしか楽しんでいるようにも見えた。
「おもしろいもの?」
はて、あのリストの中にそんなのあっただろうか。かなり強いというのは説明を読んだだけでもわかったけど。
「使う人間によっては盗まれた紫雲の法衣以上に質が悪くて、敵にまわしたくない装備でしたよ。さすがに察知するスキルは実装されているスキル以外は完全にプレイヤーによりけりですから」
紫雲の法衣より質が悪くて察知スキルのいる……
「あっ」
それがなんなのかオレは気付き、ビコウを見やる。
「シャミセンさんのLUKならプレイヤーの誰からも見つからず行動が可能です」
「運営からは見つかるってことか」
「それはまぁ仕方がないですけどね。行動ルートとかログで調べられますから」
まぁそれは彼女の言うとおりだけども、プレイヤーからは見つからないってことか。
「影狼って結構倒すの面倒?」
「影狼の毛皮の弱点は覚えてます?」
質問に質問で返された。まぁ心当たりがあるからうなずいておこう。
「それを強化したのが月姫の法衣なんですよ。影狼の法衣も毛皮と同様にLUKで見つかりにくくなりますけど、犬種系やレベルの高いモンスターにはすぐに見つかってしまいますね」
その説明通り、クレマシオンが連れているケルベロスは犬種系であると同時にレベルの高いテイムモンスターだ。だからすぐに見つかったってことだな。
「それからすこしお聞きしますけど、セイエイにお願いした装備品を着けた場合のステータスをちょっと教えてくれません?」
「レベルは今のでいい?」
「それでも構いませんよ」
いちおうメール機能は使えるから、それをメモ代わりにして整理してみるか。セイエイにはクリスタルでステータスを上げてほしいとはお願いしているけど、なにを上げるのかは彼女に任せている。
だから今はまだ通常のステータス上昇で計算しないといけないな。
「……ってステータスになるんだけど」
オレのステータスを説明すると、ビコウはすこしばかり考えこみ、
「そうなるとあの体現スキルが手に入れられますね。しかも成功率100%で」
不敵な笑みを浮かべながらビコウはうむとうなずく。
「――体現スキル?」
って、それってフィールドに出ないと覚えられないんじゃないの?
そんな表情をしていたのか、ビコウは流し目をするようにオレを見据えた。
「大丈夫ですよ。ちょっとムリして三人には鍛冶をお願いしてますから、ゴールデンウィークのイベントには間に合うと思います」
間に合うかどうかはさておき、それを装備するオレ自身がフィールドに出れないんじゃ意味がないのでは?
「それに関しては心配しないでください。それでちょっと五月二日……今度の日曜日ですけど用事とかってあります?」
バイト以外はほんと用事がない休日。先日の祝日だってほとんどバイト以外に用事がなかった。大学の手伝いとかも特に言われてない。
いくらなんでもそれはないだろうと、あれこれ思い出そうとしたが、大学に入ってから大学や昔の友人とか、ショッピングとか外に出る用事ってあった? と色々思い出したがまったく思い出せず、終いにはウワァと頭を抱えてしまった。
「あれ? オレ考えれば考えるほどリアルだとボッチじゃね?」
「なににヘコんでいるのかはあえて聞きませんけど、この前私の病室に来たじゃないですか」
「っ? ってことはそこに来いってこと?」
でもどう病院の看護師に言えばいいのやら。家族でもなければ実際に会ったこともないし。
「そこは大丈夫です。当日はセイエイとサクラも行くそうですから」
それに同行して欲しいってことか。
「二人には話してるのか?」
「さきほど話をして了解を得てます。といっても用事があるのはあくまでわたしのほうですから、シャミセンさんの都合が悪ければ別にいいですよ」
「まぁその日はバイトも夜からだから大丈夫だけど、ここじゃ話せないの?」
「それができればこっちも苦労はしないんですよ。シャミセンさんを運営が監視してはいますけど、例のことを知ってるのは今のところわたしとセイエイだけですからね」
ワンシアのことはまだ運営には気付かれていないってことか。
あれからワンシアのことを聞いてこないセイエイにすこし疑問に思ってはいたけど、そういう理由だったのな。
セイエイもセイエイで空気を読んでいるってことか。
「わたしがシャミセンさんたちがいるサーバーにいない時はイベントサーバーのデバッグをしているか、病院のサーバーで休んでいるかですからね」
「ってことは、そっちだと話ができるってことか」
「そういうことです」
ビコウは目を細める。彼女がオレのことでどんなコトを考えているのかはわからないけど、聞いてみる価値はあるな。
その二日後……オレと恋華、咲夢の三人は、星藍が入院している病室へとやってきた。
そこで彼女から聞いた妙案は、オレの想像を裏切ってくれた。
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