第93話・裂罅とのこと
星天遊戯のフィールドに出れずとも、魔宮庵のホームには入れる状態であったオレは、その翌日の早朝ログインしてみた。
そこにはセイエイが、オレと同じようにログインしていて、ジッとオレを見据えていた。
「おはよう」
「おはよう」
挨拶もそこそこに、セイエイがオレに向かって手を差し出してきた。
「なにそれ?」
「緋炎の錫杖、熟練度だいぶ上がっててマックスになってると思う」
そう言われ、装備品を確認してみると、錫杖どころか玉龍の髪飾り以外の装備品のほとんどがマックスになってた。
初期から持っていた女王蜂の耳飾りとてそれは同じなのだけど、鍛冶をお願いしようにも必要な素材アイテムに関してまったく無知なオレ。蜂の王という体現スキルを所有しているから、正直LUK上昇のために装備していただけで装備品としては手に余らしていた。
「それからこれテンポウから、シャミセンがログインしてきたら渡してって」
そう言いながら、セイエイがアイテムストレージから取り出したのはテンポウに貸していた土毒蛾の指環だった。
「お、サンキュー。と言ってもフィールドに出れないからなぁ」
「それでどうする? シャミセンが戻ってこれるまでに錫杖とか装備品の鍛冶をローロさんやマスターにお願いしておこうか?」
「なんかリストとかある? オレが持っているアイテムとかで大丈夫なら出すけど」
と言っても、そんなに良いアイテム持っていただろうか。
悩むより前に、すこしだけ確認。
「それはそうと、ゴメンなセイエイだって自分のことで時間があるのに」
「別に気にしてない。というかココらへんのモンスター一撃で倒せるからレベルアップとか期待してない。ただLUKが低いからシャミセンみたいにレアアイテム簡単に手に入れることできない」
セイエイの話では、図鑑が全部埋まるにしても、モンスター個体のデータだけで言えばイベント以外ほとんど埋まったようなものだが、レアアイテムの部分は穴だらけなんだとか。
すこしばかりションボリした口調だが、表情はキョトンとしている。気にするなってことかね?
「それからちょっと面白いことがわかった。セイフウたちが持ってるアイテムで法衣作れるってマスターが言ってた」
双子が持ってるアイテムで法衣ってことは、
「影狼の毛皮か」
そう聞き返すと、セイエイはうなずいてみせた。
「あれ? でもそれって毛皮だから法衣を作ること自体そう難しくはないんじゃ?」
小学校の家庭科でエプロン作ったくらいなのだけのオレでも、そんなに難しいものではないと想像ができるのだが?
「それが毛皮の効果がなくなるとかで難しかったみたい」
一番の売りである姿が消せるという効果がなくなったらただの法衣だものな。
というかそういう話になるってことは何度か作ったことがあるってことですかね?
「でも法衣にできたってことは効果を持続できたってことになるわけか」
「そうだね。ただ幸運値が低いとモンスターにすぐに気付かれるって」
攻撃範囲が遠距離である弓師のセイフウはモンスターに気付かれないところから攻撃することができるので、毛皮の効果は特に必要ないだろう。
それだと装備しているのはオレみたいに攻撃範囲が中距離になるメイゲツってことになるのだけど、たしかレベル的にもまだLUKは30もなかったはずだ。
「ところで斑鳩から聞いたけど、新しい町ができたらしいね」
いつから実装されたのかってのは聞いてなかったので、改めてセイエイに聞いてみる。
「えっとシーカーっていう町。森に囲まれていてログハウスみたいな外装の家とか施設が並んでる。それから木工工事もできて、土地を手に入れられたら自分の家も作れるんだって」
それかなり条件難しくないですかね? ただそういうことだとDIYとかできそうだな。
「そうなると釘とか金槌、釘抜きとか色々と工具が実装されるってことか」
いや金槌だったら刀剣の鍛冶に必要だからすでに実装されているだろうけど。
「中国に住んでる子がいて、その子も星天遊戯やってるんだけど、実装されてるのはまだ日本だけだって。アナウンスはあったみたいだけど。それから四龍討伐もイベントで今度のゴールデンウィークの終わりにやるみたい」
そういえば、セイエイって中国人と日本人の
「うーん、なんか日本サーバーってテストで使われてるって気がするなぁ。サクラさんが言っていたモンスターも中国のデータって言っていたし」
「でも星天遊戯のオリジナルデータは中国のサーバーにあるはずだから、最初はそっちでやると思う。世界統一の実装サービスだとしたら特に」
オリジナルデータというのは、星天遊戯の世界を構築するために必要なネットワーク上のデータだ。
各プレイヤーのVRギアにインストールされるデータ容量が2GBと少ないのは、あくまでプレイヤーの基本データであって、後はそれこそストリーミングのようにキャッシュとしてデータが保存されていく。
「あ、そうだ。いちおうシャミセンが持ってる装備品を鍛冶で成長させたいんだったら、いいんじゃないかなってやつをリストアップしてみた」
セイエイはメッセージを送ろうとしただろうけど、アカウント一時停止のオレにメッセージ送れないことを忘れてません?
[登録メールにメッセージが届けられました。]
はっ?
オレは目を点にしながらセイエイを見る。
「メール送った」
「アドレス教えてたっけ?」
なんか当たり前のようにやってるから、ちょっと怖いんだけど?
「フチンにシャミセンにメール送りたいって言ったら簡単にVRギアに登録されているアドレス教えてくれた」
職権乱用過ぎませんかね? いや送ってきたのがリアルでも会ったことがあるからまぁいいけど、ってかそんな機能あったのかよ。
てっきりVRギアに登録されている個別IDを確認するために登録させていたんだと思っていた。
「登録しているスマホのアドレスをこっちのメッセージ機能でも確認することができる。あくまでシャミセンが止められてるのはゲームの中でのメッセージのやりとりとフィールドに出ることだから、他のことは特に規制されてない」
セイエイの話だと、VRギアに登録しているメールアドレスをゲームで共有させると読めるんだとか。ただし各ゲームのプレイヤーから送られたもののみになっているそうだ。
[セイエイさまからメールが届いています。]
インフォメッセージが普段のアナウンスとすこし違っていた。
さて、セイエイから送られてきたメールだけど、要件は特に書かれておらず、『無題2214.TXT』、つまりテキストファイルが入ってるのだけど……
「先に謝るけど口が悪くてゴメンな。もう少しファイル名考えないとなにが入ってるかわからないぞ」
無題ファイルが二千以上ってどんだけ作ってるのかって話だけど。
といっても、この天然少女は無題でも中身がどんなのか覚えてそうだな。ファイル名考えるのが面倒っていわれると本末転倒だが。
「チェックはするけど大学もあるし、今日はバイトだ。たぶん明日の朝までログインできないだろうから、どれにしようか考えておくよ」
「必要なクリスタルがあったら言って。クリスタル捨てたいくらいあるから」
クリスタルを捨てたいとか言うから、前々から気にはなっていたけど、それどういう意味?
レベル40以上のプレイヤーには運営から無償でクリスタルをもらえるって前に聞いたけど、それを使って強くしようとか思わないわけ?
「だって基礎ステータスってレベルを上げた時とかイベントで手に入れたポイントで増やすんじゃないの?」
イベントとかクエストで手に入れたポイントは使うけど、ステータス上昇のアイテムは使わないってことね。
なんとなく、この子が純粋にトッププレイヤーだってことがわかる。というか完全にプレイヤースキルじゃないか。
装備品の効果はセイエイのバトルスタイルだと使い勝手が悪いようだし。
「でもいいのか? いくらなんでもオレなんかに尽くして」
そういうアイテムならサクラさんとかに渡せばいいのに。
「クリスタルってそんなに使う人いない。そりゃぁステータスを上げるアイテムだから使うって人もいるだろうけど、装備品にクリスタルの効果が付加できるからそっちに使う人のほうが多い」
玉兎の法衣を作るときにセイエイがシュエットさんに渡したミントクリスタルはLUKを増やすことができて、最大で2ポイントをランダムに付加できる。これはプレイヤーのステータス上昇だけでなく、鍛冶で使った時にも適用されるんだとか。
本来の玉兎の法衣にはLUKがないそうだ。
「……んっ? ってことは五個使っていたはずだから――全部2ポイント付加されていたってことか?」
シュエットさんがセイエイに送ったメッセージにあった「予想してなかったことが起きた」ってのはこの事だったわけだ。
「そろそろ朝ごはん」
言われて気付いたが、もう七時を回っていた。
「お嬢、そろそろログアウ……あら? シャミセンさんもいらっしゃいましたか」
案の定、サクラさんがそれこそタイミングよく客間のふすまを開けて対話しているオレとセイエイを一瞥する。
「おはよう」
「おはようございます。お嬢そろそろ朝食の時間ですのでログアウトしてください」
サクラさんが坐っているセイエイを見下ろしながら言う。
「わかった」
セイエイは立ち上がるや、寝室へと入っていく。
「ここでログアウトしても問題はないだろうて」
「見られたくないからじゃないですかね?」
見られたくないからって、けっこう目の前で強制ログアウトしてますけど?
サクラさんもセイエイがログアウトしたということが分かったからなのか、はじまりの町にある屯所でログアウトするんだと。
その二人を見送ると、オレもログアウトした。
時間は夕方、大学が終わったあたりだ。
スマホに届いていたセイエイからのメールに添付されているテキストファイルを開いてみる。
* * * * *
【
プレイヤーのINTの30%が炎系魔法攻撃に付加される。
【炎系の名前が付いている武器】+【
【赤光の錫杖】 S+9 I+20 L+10
プレイヤーのMP20%を魔法スキルの効果に付加できる。
【錫杖系武器】+【日輪草】
【月姫の法衣】 ∨+29 I+13
夜のあいだだけモンスターまたはプレイヤーに見つかる確率がLUKによって低くなる。*パーティーには姿が見えている。
装備時、常時HPの10%が回復。状態異常50%の確率で回復する。
【玉兎の法衣】+【月見草】+【影狼の毛皮】
【
すべての虫モンスターからの状態異常を無効化できる。
レベルの低い虫モンスターから攻撃されることがない。*特性【|反逆者(リベリオン)】を持ったモンスターには通用しない。
【女王蜂のイヤリング】+【夜光虫】+【蜜蝋】
* * * * *
「うわぁ、どっちにするかねぇ」
服とか装飾品はこのふたつでいいのだけど、また難しい二者択一ですこと。
「ステータスだけで見ると紅蓮のほうがいいんだけど、魔法効果は炎系にしか適用されていないのか」
今持ってるのはファイアとフレアだけ。炎系そんなに持ってなかった。
「逆に赤光はLUKの増加値が高いし、魔法効果は全部に適用されている」
MPの20%増加はかなり期待できる。
仮に今のレベルで、セイエイが提示してくれたアイテムを装備した場合をすこし計算。
ザッと見積もって、効果は253付加ってところか。
ダメージ計算でそうなるのかね?
「うーんDEXとか増やしたいところだけど、ダメ元でセイエイに相談してみるか……っと?」
テキストファイルをスクロールしていくと、
「ローロさんとシュエットさんに作れるかって聞いたら二人とも作れるって言ってた。それから装飾品は白水にお願いしてる」
と付け加えられていた。
どんだけすごいんですか? あの三人。
共通してDEXが高いんだと。鍛冶職人半端じゃない。
とにかくこれで決まった。
セイエイにはDEXとLUK上昇のクリスタルをお願いして、鍛冶に必要な代金とかはできる限り払うと伝えておこう。
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