第92話・鼓吹とのこと
バイトから帰ってしばらくしてのことだ。
机の上においていたスマホからメール受信のメロディーが流れだす。
「っと、誰からだ?」
画面を指でスライドしてみると風遊からのメールだった。
『シャミセンいまSBOログインできる? オソいジカンだけど12ジまでギルドでマってる』
風遊は日本語の勉強をしている割には、メールで送ってくるときはあまり漢字を使わない。
まぁ難しい漢字を使われるよりは楽だからいいのだけど。
「SBOねぇ?」
ふと時計を見ると夜十一時を軽く超えている。
なにか話があるというのは文面からも想像がつくし、もしかしたらマミマミについてなにかわかったのかもしれない。
「メールのアドレスは教えていたからな。ログインしていないってわかってから送ったのか」
風遊とはフレンド登録しているからオレがログインしていないことを知って送ったということになるな。
さて、特に勉強をする気力もなし。と学生なのだから勉強しろとツッコみたいところだが、バイトで疲れてそれどころじゃない。
ただデザートしかり、ゲームは別腹である。
美少女に誘われるがまま、ホイホイとSBOにログインするオレなのであった。
SBOにログインし、目を開けた場所はホームであるギルドの詰所だった。
見渡すと侍やら忍者やらの姿をしたプレイヤーが、パッとわかっただけで二百人くらいたむろしている。
男女の数を比例すると、7:3といったところか。
「あ、シャミセンキました」
声が聞こえそちらに振り向くと、すこしきわどい忍装束をまとった風遊が自分をアピールするかのように手を振っていた。
彼女の名前はたしか中国語で
「っと、待たせたな」
「いいえ、ワタシもイマサキホドログインしたところです」
風遊は笑みを浮かべてはいるが、どうやら結構待っていたらしいな。風遊の隣に坐っている凛鈴のつまらなさそうな表情を見れば一目瞭然だった。
「なんじゃ? 風遊が珍しくフィールドにも出ずにギルドで待っておると思ったら、待ち人がおったのかえ?」
怪訝な表情でオレを見る凛鈴を尻目に、
「シャミセン、マミマミオソろしいヒト、みんなカノジョにやられてる」
キッと険しい表情で風遊は口を開いた。
「具体的に……あっと、わかりやすく掻い摘んで説明してくれ」
「マミマミ、マホウスキルをツカってベツのヒトになってオソっている。ワタシのトモダチもそれでヤラれたイってました」
「うむ、つまり変身スキルを持っているということか。しかしそのようなことができようとは」
「そのマミマミってプレイヤーは魔獣演武からのコンバーターなんだ。あっちでは高い知能と器用があればプレイヤーとテイムモンスターが変身スキルを覚えられる」
「ヘンシンするにはステータスどれくらいヒツヨウですか?」
オレはハウルから教えてもらった必要パロメーターを二人に教える。
「それほど高い能力だとしたら、かなりのレベルだと思っていいかもしれんな」
たしかにマミマミが変身能力を覚えていたにしても最初に会った時はレベル5だった。
まぁスタッフだってことがわかったから、なにかしらデータを弄ったと思うのだけど……。
――あっ!
そうだ。似たようなプレイヤーが身近にいたじゃないか。
「どうかした? ハトマメテッポウタベたようなカオしてます」
風遊が怪訝な表情で首をかしげる。
それを言うなら食ったようなのだけど、言葉は違っても意味はわかっているみたいなのでツッコまないでおく。
「オレが今まで会ってきたことのあるマミマミは、本物が連れていた変身能力を持つテイムモンスターだったという考えかたと、マミマミは使用できるVRギアをふたつ持っていたという考えがある」
「じゃがVRギアを同じ人間がふたつ持つことはできないはずじゃ」
「たしかにそうだ。でも同じ人間が二台のVRギアを持つのではなく、二人が二台のVRギアを持つことは可能だろ?」
オレの言葉を聞くや、凛鈴と風遊はギョッとした表情でオレを見据える。
「た、たしかにそう考えれば日本サーバーでアカウント停止を喰らっているはずのプレイヤーがふたたびプレイヤーとして同じゲームに参加できている。しかし同じ住所に二人以上住んでいなければ別のVRギアは使えんし、そもそもアカウント停止を喰らった元のデータは使えんはずじゃ」
凛鈴が捲し立てるようにいったが、もしかすると逆なのかもしれない。
アカウント停止を喰らったVRギアがサブマシーンとして使用していたものであって、ロクジビコウに変化していたマミマミこそがメインVRギアだったと考えるべきだ。
そしてどうやってか中国サーバーでプレイしている。
しかも別のルートを使って日本サーバーでも行動しているということ。
「どちらも変身能力を持っていたってことか」
それだと魔獣演武でどれだけレベルを上げていたのかって話だな。
ステータスを考えるとレベルは30以上を超えていると考えるのが自然だ。
「それからヘンシンデキるイガイにジュウをツカっているようです」
魔銃士というステータスは変わっていないってことになるな。
「しかし二重アカウントをどうやって作成したかじゃな」
「それならすこし考えがある。もしかしたら中国に住んでいたころのものを使っていたって考えもあるかもしれない」
「でもそれはスコしムズカしい。ワタシやシャミセンたちがツカっているVRギアはヒトつのアカウントしかサクセイできません。それにスんでいないところのはツカえない」
「あぁ、だから二人必要なんだよ」
風遊は、さらにわからないといったように、キョトンとした表情を見せる。
逆に凛鈴はうむという納得した表情を見せていた。
「なるほどな。日本サーバーでアカウント停止を喰らっても、中国に住んでいた知人、もしくは家族が登録したVRギアを使っていると考えるべきということか」
「もうひとつは星天遊戯に変身スキルが実装されたのは魔獣演武がコンバートできるようになってからだ。風遊も知ってるビコウも変身スキルを持っているけど、彼女は魔法ではなく体現スキルとして覚えていたらしいからな」
ロクジビコウが見せたステータスを考えるとそうなるのだろう。
「そうなのですか? でもなんでシャミセンそのことをシってる?」
「一度変身した状態で会ったことがあるからな」
「その状態でよくそれがビコウというプレイヤーだとわかったな」
それはあれだな。雰囲気がそうだったからって言うとなんともオレ自身不可解なんだけど。
「しかしお前は聞けば聞くほど
凛鈴がそう愚痴を零す。災難に遭っているって意味なのだが、風遊を一瞥すると困惑した様子で凛鈴を見据えていた。
「凛鈴、意味わかっていないみたいだぞ」
オレがそう忠告すると、
「あぁすまなんだ」
凛鈴は苦笑を浮かべ、風遊にかるく頭を下げる。
「レベルの差は明らかだけど、不正アカウントで超激レア装備を盗られた以上、取り返すことに変わりはねぇよ」
「すべてはゲームの中だというのに、随分と
「人がせっかく成長させて手に入れたアイテムだからな。そりゃぁゲームだからって割りきれていれば苦労はしないさ。それにゲームだったからこそ、そういう無茶な注文ができるんじゃないか?」
「この件はお前さん自身が招いたような問題じゃ。星天遊戯のアカウントを持っておらんし、それ自体に興味がない儂には至極関係のない話じゃが、ひとつだけ助言をしておいてやろう。……走れ」
凛鈴はちいさく笑みを浮かべるや、スッと立ち上がり詰所を後にしていく。
「どういうイミですか? ハシるって」
「……あぁ、そうだな。あのロリババアはたまに意味のわからんことを言うからな」
言葉の裏を理解できていない風遊を置いてきぼりに、オレは凛鈴の言葉を噛みしめる。
走れ……走り続けて、けっして立ち止まるな。立ち止まるということは諦めるということだ。
「走るのはいいけど、すこしは歩かせてほしいものだけどな」
すこしばかり文句を言いながらも、凛鈴の背中を押す言葉にオレは感謝した。
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