第88話・千種とのこと


 ありえない。

 そう、ありえないのだ。

 ボンヤリとパソコンのモニターが煌々と光を放っている。

 その光に照らされながら、星天遊戯日本サーバーのスタッフリーダーであるボースこと、孫丑仁は困惑した表情を浮かべていた。

 時間は現在午前三時四〇分あたり。

 ちょうど、シャミセンがドゥージャオショウこと一角獣ユニコーンに瞬殺されたところである。

 ボースはその様子をモニタリングしていた。

 もちろん、これら一連の流れに対しては、単純にシャミセンの油断で死亡したものなのだとボースは思ったのだが、それではない。

 彼が悩んでいたのは別の、もっともこのゲームを管理する立場として言える重要なものだと謳っていた。



「どうしてこんなデータがある?」


 ボースは納得のいかない苦痛に満ちた表情で吐息する。

 出現するモンスターに関しては、ボス以外は特に決めてはいないため、ありとあらゆるファンタジーやRPGから拝借してきてはいるが、ユニコーンのような、ボスモンスターやキーモンスターとしての役割を与えてもおかしくないモンスターが、それこそ何もない、ただのフィールドで出現するなどという設定は、いくら娘や妹よりゲームが疎い彼であっても、シナリオ的には可怪しいと思えてならない。

 だが、そのユニコーンを登場させるという話を彼は知らない。

 それを設定している彼の妻である孫珠海の口から聞いてはおらず、登場させるとなれば、彼の耳に入らないということはなかった。



「またエラーか」


 ボースのパソコン画面には現在、十六進数の乱数が画面隅に表示されている。

 ゲーム内の映像が移されているウィンドゥはちいさく調整され、代わりにその周辺で出現するモンスターのデータがリストとして重なるように表示されている。

 その中に……ユニコーン――ドゥージャオショウのデータが入っていなかった。



「そっちはどうだ? データはあったか?」


「いえ、こちらからの関与ができません。まさかあんなところにも出現していたとは」


 スタッフの一人が目を擦らず、ジッと画面を見つめていた。


「それだけじゃない。ジンスチュエに他のモンスターを呼び出すという能力はなかったはずだ」


「ジンスチュエの催眠効果はこちらとしては100%の確率でかかるように設定されてましたからね」


 もう一人のスタッフが言う。

 LUKが100以上でなければジンスチュエの催眠を打破できないという設定は、いうなればレベルマックスのプレイヤーがバランスよく職業に合わせたステータスポイントを振り分けた場合、LUKが100以上にはそうそうなりはしないだろうと考えて、ジンスチュエの特性を避ける方法としてそう設定させている。

 それこそLUKを高くするのはギャンブラーくらいなものだ。

 シャミセンはもとよりレベルアップ時のポイントをLUKに振り分けると決めているため、レベル14の時点ですでに100以上を優に超えていた。

 それはもちろんスタッフもわかっているため、彼にジンスチュエの討伐ができることは容易に想像できたのだ。

 だからこそ、あえてセイエイが苦手とするジンスチュエ討伐のクエストを彼らに出したのである。



 またプレイヤーキラー討伐のクエストを出したのは、MMORPGにおいて、もっとも手厳しいことである空アカウント(初回特典欲しさにアカウントだけ作って、後はプレイしないこと)が多くなり、レベル10以下のプレイヤーが、それこそレベルの高いプレイヤーに殺されることが多くなってきたからだ。これは一種の掃除にほかならない。

 プレイヤーを襲うことはゲーム上黙認してはいるが、あまりにも行き過ぎた行動をするプレイヤーキラーもいる。

 それを管理していたボースの手に余るほどに多くなってしまい、またレベル30以上からとあるクエストをクリアすれば獲得できるギルド特典を利用したプレイヤーキラーをリーダーとしたギルドも、少ながらず存在していた。



 しかし、ドゥージャオショウに関しては、まったくのイレギュラーだった。

 もう一度、シャミセンが死んだフィールドの設定を見直す。

 出現するモンスターのレベルは10から15の乱数で、モンスターのステータスはレベルの150%前後としている。

 つまりレベルが10としても実際はレベル15ほどの力があると想像してもらえればいい。

 もちろん奥に進めば進むほどモンスターの力が強くなる。

 これは別にこのゲームだけではない。他のRPGにおいても、それこそスタンダードな設定である。

 だからこそこれ以上はそのレベルにならないと進むことができないというゲートを設置していたのだ。

 そして実際レベルよりも強いという設定は、それこそダンジョンの奥地辺りにならなければ出現しないよう設定がされていた。



「他の、ジンスチュエが呼び出したモンスターはどうだ?」


「そちらはこちらが作成したもので間違いはありません。ただあのフィールドでそれら四匹が出現する設定にはしていなかったはずです」


「星藍が違和感を覚えなかったのは少々気になるが」


 彼女も勘付いてはいただろう。ボースはそう感じ取る。

 それでもなにも報告をしてこなかったということは、勘違いとなるか、原因をあえて泳がせているか。……


「どうもシャミセンさんの周囲はこちらが想像の斜め上を抉られるような感じだな」


 頭を抱えながら、ボースは深夜帯になってから三度の欠伸をしたのであった。



 パシャリと、馬鈴湖の水面から少女が姿をあらわした。


「いちおうここも設定通りといえばそうなるのかしらね」


 姿を見せたのはビコウだった。

 彼女はアクアラングで水中に潜んでいるモンスターの調査をしていたのである。

 湖に潜んでいるモンスターのレベルは平均で20前後となっており、サブ属性はあるにしても、メイン属性が【水】であるため、弱点属性は【土】となる。

 しかしもともとの関係性である五行相剋自体を知らないプレイヤーもいるため、電気系の魔法を弱点として設定されていた。

 そちらの属性は【陽】となっている。


「特におかしな部分はなし。やっぱりシャミセンさんがそこにいたと思うと話がまとまるんだけど」


 ビコウはモンスター図鑑のウィンドゥを開くと、マップ検索でモンスターの確認を始める。


「あと一キロ範囲を調べてみますか」


 ビコウは岸へと上がり、ゆっくりと、場所を決めずに範囲先まで足を向けた。



 モンスターの出現確率にプレイヤーのLUKは関係していない。

 かならずその場にモンスターが出現するように設定はされているが、どのモンスターが出るのかは平等なのだ。

 たとえば二種類のモンスターが出るとして、出る確率は50%。

 三種類なら30%、四種類ならば25%と設定されている。

 ビコウはシャミセンを助太刀してからかれこれ二時間以上、馬鈴湖周辺の調査をしていた。



「それにしたって、死んでないにしても、意識だけで生きててもやっぱり眠いものは眠いわね」


 ビコウは愚痴をこぼすや、「あふぅ……」とだらしのない欠伸を浮かべた。


「すこしステータスの調整をしたほうがいいかしら。レベル表示の20%上昇とか」


 自分で言って、さてこれで攻略できるだろうかとビコウは思う。

 もちろん、ゲートを通れる制限としてレベル30にしているため、ソロプレイでない限りは倒すことができるだろう。

 いくらビコウとてそこまで鬼畜ではない。

 きちんとゲームとして成立するよう調整をしている。



「それにしても水鏡がどこにあるかよね」


 ビコウはすこしばかり片眉をしかめた。

 彼女がシャミセンにロクジビコウ……マミマミの変身能力を打破する方法として提示した[照妖鏡]を作成するために必要なキーアイテムである[水鏡]がどこに存在しているのかを知らないのである。


「[照妖鏡]のアイテムデータも、魔獣演武の中国サーバーにしかなかったみたいだし、さてどうしたものか」


 そもそもロクジビコウの問題以前に、装備を盗まれたのはシャミセン自身が悪いのだから、自分がそこまで首を突っ込まなくてもいいのではとビコウは思った。

 しかし、だからといって、マミマミの存在を野放しにできなかった。


「兄から聞いた話では、夢都さんは意識不明の重体で病院に入院しているって言ってたけど」


 表向きは睡眠薬を大量投与オーバードーズしたことによる意識不明となっているが、実際はVRギアに搭載されている脳波に関係しているのだろうとビコウは推測している。


「孫悟空がなんだかんだで玄奘三蔵を放っとけなかったってのはこんな感じだったのかしらね」


 ビコウは、自分で言って苦笑する。



 ふと空を見上げると、薄闇が次第に白へと変わっていく。

 夜明けであった。現在時間は午前五時ちょうどのことである。


「あぁ、こういう演出なんだ」


 普段、彼女は夜のあいだは意識を休ませている。

 それは我々が寝ていることと同じことだ。

 その場から動かないし、瞑って目を休ませている。

 だからこそ、こういった朝日が昇るという演出を見るのは、実ははじめての経験であった。



 日が昇るという演出はさながら、変わらぬ日の出を見ることなのだが、


「もしこのゲームが長く続いてくれたら、初日の出イベントとかしてみたいものね。ぜんざいとか甘酒とか振る舞ったりして」


 とビコウはちいさく笑みを浮かべる。

 それこそはじまりの町の裏山の山頂を、その時だけモンスターが出ないように設定し、全部のプレイヤーが初日の出を見られるように……。


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