第87話・千慮とのこと


 白水さんから教えてもらったジンスチュエが出現しやすい場所へとやってくる。時間は午前三時二五分。

 この時間はモンスターのレベル……というよりはステータスが上昇されており、前から一撃で倒せていたはずのモンスターもクリティカルが適用されない限りは、二、三ターンかかることが多くなってきていた。

 いくらLUKが高くても、STRは装備の効果があるにしてもレベル相応じゃないので、攻撃が急所に当たらない限りはさほどHPを減らすことができないでいる。


「と言っても、MP節約のために通常攻撃してるからなんだけどねぇ」


 と、自分に説明も兼ねたツッコミを入れる。



 一度立ち止まり、フレンドリストを見てみると、全員ログアウトしてた。


「もしかして、ラプシンがログインする時間を狙ってたのかね?」


 深夜だったら出てくるだろうと思って尾行していたってことか。

 ラプシンのレベルからして、ホームははじまりの町にある宿屋だろうし、というか運がなかったな。


「っと、あれ?」


 なんかひとつ忘れているような気が……。

 そう思いながら、装備を確認してみると土毒我の指環を装備していなかったことに気付く。


「あぁ返してもらってなかったんだっけ」


 テンポウに貸していたことを思い出し、メッセージで返却のお願い。まぁ、本人はログアウトしてるから返事は明日以降だな。



 月明かりがあるから夜目がなくてもいいのだけど、ジンスチュエが気の影に隠れてしまったら探すのがめんどくさい。

 川の上流へと差し掛かる。周りは木々で囲まれていて、モンスターの気配もなんとなくだか感じる。



「チィルルルル」


 近くからジンスチュエの鳴き声が耳に入る。

 耳を澄ませて、二度目の鳴き声が聞こえたほうに視線を向けた。



 [ジンスチュエ]Lv11 属性・木/陽

 [ジンスチュエ]Lv12 属性・木/陽

 [ジンスチュエ]Lv11 属性・木/陽



 あの、多くないですかね?

 というか電線に止まってるスズメですか? キミたち。

 はたから見れば、チュンチュンワールドだ。

 カナリア版チュンチュンワールド。



「チルルルル」


 ジンスチュエが三回目の鳴鐘。

 普通だったら飛び去るらしいが、その動きもなし。

 たぶん、三匹それぞれ一度ずつ鳴いているということだろうか。

 それだったらまだチャンスはあるってことね。

 ゆっくりと近付いていく。間合いをグリーンまで持って行き、そのギリギリのところから、


「[チャージ]、[ライトニング]ッ!」


 弓のように構え、赤色のチャージでライトニングを放った。

 光の矢は三本と別れ、それぞれのジンスチュエに命中したのはいいのだけど、クリティカルの判定なし。



「チィルルルルルル」


 一撃で倒せなかったことで、三匹が慌てふためき、テンポウと一緒の時に聞いた鳴き声を三匹同時に出した。



「がぁるるるるる」


「グゥルルルル」


「ごぉあああっ」


「しゅるるるる」



 なんか、色々な獣の呻き声が聞こえてきたんですが?

 ゆっくりと周囲を見渡してみると、よっつのおどろおどろしい視線がオレに差し込まれた。



 [ビンシャンス] Lv10 属性・水

 [スンリンシオン] Lv11 属性・木

 [レイフウ] Lv7 属性・金

 [フオコウシュア] Lv9 属性・火



 インフォメッセージに出てきたモンスターは上から、

 氷のように透き通った透明感のあるライオン。

 葉っぱをまとったグリズリー。

 ゴロゴロと身体に稲光をまとっている虎。

 炎のように真っ赤に燃えていながらもシュルシュルと舌を出している大蛇。

 ……の計四匹。

 モンスターのレベルってあまり信頼できんのよなぁ。

 というか全然見たことないのしかいないんですが?

 ここらへん結構探索してるはずなんだけど、ちょうど夜光虫が取れるって噂になっていた場所だったし。

 もしかして、オレのレベルでもかなり危ない場所まで来てた?



「あっ! それよりジンスチュエは?」


 こいつら相手にする気はない。ジンスチュエ討伐で来てるんだよ。

 バタバタバタと飛び去ろうとしているジンスチュエが目に入った。


「逃がすかよっ!」


 ライトニングにチャージをかける暇もない。

 オレはフレアを一匹に仕掛けた。



「グゥオオオオオッ!」


 オレの視界を遮るほどの大きな陰。


「なぁらくそっ!」


 その攻撃を間一髪で避ける。


「[フレア]ァッ!」


 グリズリーを蹴りで押しのけ、錫杖から炎の玉を発射し、ジンスチュエの一匹に仕掛ける。


「キュゥッ!」


 攻撃命中。弱点属性だからかかなりHPが削れた。



「ギャアアオオッ!」


 無数の氷の針。それらすべてがオレに放たれた。

 魔法攻撃の場合、刹那の見切りは効果を発しない。


「くそっ!」


 できる限りダメージを最低限に、顔を両腕で多い、視界の損傷を防ぐ。


「ぐぅあっ!」


 ドスンッと、大きな音が響き渡る。

 地面に落ちる時、姿勢よく落ちれなかったから、HPに損傷が出ていた。

 ただ、玉兎の法衣でHPは自動回復……。



 ヨダレを垂らした大きな口がオレの眼前に姿を表した。


「グゥルゥアァッ!」


 虎がオレの身体を喰らう。


「あぁがぁっ! がぁっ?」


 HPが一気に三割削られる。瀕死エラーは出ていない。

 ただ、腕を食われたことで部位破損をうけてしまっていた。

 それこそ利き手の左手を…………。



「シィルルルル」


 じたばたと痛みでもがいているオレの首を大蛇が締め付けてくる。

 しかもこいつ、身体に炎をまとっているからか、ヤケドの判定が入ってきている。


「チョッ! タップッ! タップッ!」


 オレは自由の効く右手で大蛇の身体を激しく叩く。

 ゲームの中とはいえ、痛感のレベルが高いと現実世界以上の痛みが生じる。

 これで離れてくれたらいいんだけど、世の中そんなに甘くないやね。……

 ギリギリと締め付ける力が強くなっていき、オレの意識が――だんだん……けず……れ、…………



「[解鎖法かいさほう]」



 トッと、大蛇の身体になにかが当たったことが、オレの首にも感触として伝わってきた。

 それと同時に、オレを締め付けていた大蛇の力が緩くなっていく。


「キィシャァアアアアアッ!」


 グリズリーが身体を大きく見せるかのように立ち上がり、その鋭い爪を振り下ろした。


「[三昧神風さんまいしんぷう]」


 それこそ地中から舞い上がるかのように激しい風がグリズリーを包み込み、吹き飛ばしていく。


「シャミセンさんっ!」


「[チャージ]ッ! [フレア]ァッ!」


 オレは右手で錫杖を空高くかざし、大きな炎の弾をグリズリーに向けて放つ。

 攻撃は命中し、弱点属性に加えてクリティカルの判定が加わっていく。

 HPは一気に九割まで削れていった。


「くそっ! 一撃で倒せなかったか」


 オレが言うのも何だけど、運の良い熊だ。



「そうでもないみたいですよ」


 少女は、笑みを浮かべるように言う。


「あ、燃えてる」


 ってことは……火傷入ってた?

 その予感に答えるみたいに、グリズリーの身体は燃え上がり、HPが全壊した。


「こいつらはわたしがやっておきますから、シャミセンさんはジンスチュエの討伐をっ! フィールドのモンスターは倒さないかぎり、近くを徘徊するように設定がされていますから」


 オレはその声に視線を向ける。


「ありがとう。それからまぁ大丈夫だろうけど、無茶するなよ――ビコウッ!」


 そう言うや、オレはジンスチュエが飛び去っていった方角へと走った。



 それを見送りながら、ゆっくりと嘆息をつくビコウ。

 そんな彼女を、氷の獅子、雷の虎、炎の大蛇が囲むようにして近付いている。

 いや、近付いてはいた、、、、、、、

 意識だけが、目の前のビコウに近付いていたのだ。

 しかし、実際、三匹は近付けていない。

 近付けば一撃で倒されると、モンスターのAIが独自の判断でそう決定付けたのだ。

 ビコウとのレベルの差の激しさに、モンスターは総毛立っていた。


「まぁ、いまさらモンスターを倒したところでレベルが上がるわけじゃないしなぁ。まぁ襲ったプレイヤーに惚れているのが化物だった、、、、、。そう、運が悪かったと思いなさい」


 ビコウはゆっくりとメイン武器である[如意神空棒]を構えるや、頭上で振り回した。



 一瞬だった。瞬殺であった。

 「二秒」という刹那の時間は瞬殺と言ってもいいだろう。

 その一瞬のうちに、三匹のモンスターは木っ端微塵に、風の刃によって切り刻まれていく。

 それこそ、レベル1のプレイヤーがなんの準備もなく、ラスボスに挑戦して、当然のごとくやられるかのように、三匹のモンスターはなにもできずにビコウの一撃によって散っていった。

 それはまさに、象に立ち向かうノミが、気づかれないまま殺されるのと同じように――――。



 レベルマックスのプレイヤーに経験値は加算されない。

 ただしグリズリーを倒したシャミセンに対しては、その時の経験値が彼に加算されているが、レベルアップに貢献はしていなかった。

 三匹のモンスターは光の粒子となり、ドロップアイテムを落としていく。


「うぅん、ドロップアイテムも特にいいやつはないか」


 シャミセンの、言い方はわるいが気狂いともいえる高いLUKではないにしろ、自分のLUKには自信があったため、すこしはいいやつがもらえるかなとビコウは思ったが、彼女が思ったほどよいアイテムを得ることができなかった。

 モンスター達がドロップしたのはほとんどが武器や防具の素材である。


「まぁ捨てる前にもしかしたら使えるやつがあるかもしれないし、ローロさんに譲渡しようか」


 そう思いながら、ビコウはローロにメッセージを送り、自身は馬鈴湖のほうへと去っていった。



 ビコウの助けをもらい、オレは飛び去っていったジンスチュエを追いかけていた。

 三匹は運良く一緒に飛んでおり、近くの木の枝で羽根を休めるために止まる。


「[チャージ]ッ! [ライトニング]ッ!」


 右手の人差し指と中指を立て、それを銃のようにして一匹のジンスチュエに放つ。

 光の矢がジンスチュエに命中し、ジンスチュエは地面にたたきつけられる。

 その衝撃でHPは全壊。


「残り二匹ぃっ!」


 鬼の形相。それを勘付いたのかどうかはわからないが、二匹のジンスチュエが羽根を激しく羽撃はばたかせ、その場から早く逃げようとする。


「ATBはクールタイムがあっても、プレイヤーが動けないってわけじゃないんだよ」


 オレはその場に立ち止まり、アイテムストレージから倉庫にあるアイテムを転送させる。



「[瞬蓮草しゅんれんそう]っ!」


 アイテムストレージから草を取り出し、それを頬張る。

 小松菜とかホウレンソウみたいな味がした。

 それと同時に、オレの身体が光り、魔法や攻撃のクールタイムが一瞬で全快になった。


「よっしゃっ! 一気に決めるぞっ!」


 オレは錫杖を二匹のジンスチュエに照準を合わせていく。

 二匹との間合いはイエローからグリーンへと変わった瞬間、


「[アクアショット]ッ!」


 激しい水圧が空中を駆け抜け、逃げ飛んでいる二匹のジンスチュエを飲み込んでいく。

 それを喰らった二匹のジンスチュエは仲良くHPが削られていく。

 そして羽根が濡れたことでジンスチュエは地面に叩きつけられ、HPが全壊した。



 [瞬蓮草]は行動時間を通常の二倍にすることができる。

 クールタイムは瞬間的に回復し、チャージにかかる時間も半分で済むということだ。

 かなりのレアアイテムらしいが、所持数にけっこう余裕がある。

 ただボス以外にはあまり使いたくないけど。



[ジンスチュエ討伐に成功しました。

 魔宮庵の女将から金一封が届いています。]

[プレイヤーのレベルが上昇しました]

[*左腕負傷 回復時間5:53]



 という討伐クエスト成功のインフォメッセージがポップアップされ、ついでにレベルも上がっていた。(腕のことはこれ以上プレイする気はないからスルーしよう)

 とにかく、これで討伐クエストはクリアできた。

 セイエイにメッセージを送っておいて、オレは魔宮庵に戻ってログアウトしよう。

 ……うん、マップを見ながら行けば朝には戻れるけど――。



「ここどこ?」


 ジンスチュエを追いかけることに夢中になって、かなり奥まで来てしまったようだ。

 マップは簡易のものだから、細かな道筋についてはまったくわからない。

 迷った。ひとことで済ませるなら、迷った以上にない。


「うぅん、これ以上モンスターに遭遇したくないしなぁ」


 オレは手頃な高さで切られていた切り株に腰を下ろす。

 切り株にモンスターの判定は? なかったよ。よかったよ。

 切り株とか草花に擬態したモンスターに襲われるとか、地味に嫌だ。


「さっきまで来た道を戻ってみるか」


 オレは色々と思い出しながら歩いてみる。



 カサ……。

 なにかが草を踏む音が聞こえ、オレは立ち止まる。


「キィルルルルル」


 大きな、それでいてスラっとした綺麗な体躯の一角馬。

 その姿は、それ自体が光っているかのように神々しい。

 単純に、それこそ素直に「綺麗だなぁ」と思った瞬間だった。



 ドスッ!



「えっ?」


 その鋭い角がオレのお腹を穿つ。


「がはぁっ?」


 吐血。そしてHPが一気に全壊し、オレの身体は光の粒子となってホームである魔宮庵の部屋へと飛ばされていった。



「あ、戻ってきた」


 レベルが上がったばっかりだったから、経験値の損害はなし。

 ただしお金が半分削れた。こっちのほうが地味に痛いな。


「そういえば、さっきのユニコーンってなんだったんだろ?」


 遭遇しているから、図鑑には登録されているはずだ。

 名前だけでも分かれば、もしかしたら掲示板に載っているはず。



 [ドゥージャオショウ] 属性・陽/水



 と、やはり名前だけだった。

 ただ一撃で倒されたのは、お腹を貫かれたことによる急所攻撃だったのか、それともレベルの差が激しかったのか、よくわからないが、もう眠い。久しぶりの徹夜(まだ日は昇ってないけど)でかなり睡魔に襲われているようだ。

 考えるよりも睡魔に負けてしまい、オレは強制ログアウトを受けた。まぁ、ホームの中だったからよかったけど。


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