第86話・冠とのこと
「あ、いた」
ちいさい声でテンポウがオレに告げる。
「どこ?」
オレは周りを見渡したが深い森の中で木々が月の光を邪魔していて、周りを識別することができないでいた。
おそらくだけどテンポウもビコウやセイエイと同様[火眼金睛]を持っているということになるのか。
土毒我の指環による効果で夜目が使えるが、今はテンポウに装備させてるから、それがオレには掛かっていない。
うーん、オレも[火眼金睛]を取ろうとは思っているのだけど、取り方知らんのよな。
「どっちの方角?」
「えっと北の方角です」
自分のマップを見ると、今どちらの方角を向いているのかがわかる設定となっており、オレは自分の視線が北になるように調整した。
「チルルルルルル」
ジンスチュエの透き通った鳴き声が聞こえてきた。
「シャミセンさん、なんともないですよね?」
テンポウが聞いてくる。うん、なんともない。
「どこにいるかわかるか?」
「シャミセンさんの顔を向けている方角からして、高度二四〇センチ、右二五度の方角です」
オレは言われた方角へと弓を引く構えをとる。
「チルルルルルル」
ジンスチュエがもう一度鳴く。動きは……テンポウの言葉がないということは動いていないってことか。
「ビコウさんから聞きましたけど、遠距離攻撃のできるモンスターは自分の力に自信がある以上、戦闘に入ってから三ターンまではその場から動かないよう設定されているそうです。危険を感じれば話は違いますけど」
「…………」
テンポウの助言を聞きながら、オレは真っ暗な視界の中、耳を澄ませる。
「チルルル……」
三度目のジンスチュエによる催眠攻撃。
「っ! 動いたっ!」
テンポウの声と同時に、オレは高度を言われた先より五〇センチ上を狙い放った。
「ぐゅぇっ?」
ジンスチュエのおどろいたような鳴き声が森の中に響き渡る。
「あ、当たった?」
ダメージ判定が入ったと同時に、微かにだがなにかが落ちた音も聞こえてきた。
「テンポウッ!」
「[シャッラール]ッ!」
テンポウがいる場所から水の、激しい厚のある音が響き渡る。
「濡れた羽根は重いそうですよ」
そう言われたが、今現在ジンスチュエがどういう状況なのかがわからない。ただダメージは喰らったようだが、倒せていないようだ。
「チィリルルルルル」
ジンスチュエのターンになったらしく、苦しそうに鳴いたが、妙だ。
「――さっきと音色が違うな」
「ですね? あまり遭わないからどういう攻撃をしてくるのか……」
ドス……………………
テンポウが言葉を止める。
それと同時に、なにかがオレの身体にのしかかった。
「な、なんだ?」
自分の身体に乗り掛かってきたなにかに触れる。
柔らかい感触だった。
「……シャ、シャミ――セ……に――」
「テッ、テンポウ? なんだよ? どういうことだ? これっ?」
オレの身体に乗り掛かってきたのはテンポウだった。
[テンポウ Lv37 魔導剣士]
[猛毒][呪縛]
「な、なんだよ? このバッドステータス」
モンスターから攻撃を受けたのか?
でもそんな気配はどこにもなかった。
あったとしても、テンポウがそれに気付かないわけがない!
いや、彼女のレベルの高さから思った、ただの過信に過ぎないかもしれない。
それにこんなバッドステータスを当ててくるモンスターがココらへんにいるとは思えない。
だとしたらプレイヤーがどこかから狙ったということになる。
「くそっ!」
オレは[玉兎の法衣]を脱ごうとした瞬間、自分に対する考えなしの行動への嫌悪に気付く。
もし、これを脱いだ状態で、同じ攻撃をされたとしたら、ふたりとも動けなくなってモンスターの餌食になる。
――どこだ……どこにいる?
気になったのはさっきのジンスチュエの鳴き声だ。
もしかすると仲間を呼びだすような厄介なものだったのかもしれない。
それでも周辺のモンスターを呼ぶ程度だろう。
だとしたらこんな状態異常にさせるモンスターは出てこないはず。
「くそっ……」
モンスターではないにしろ、真っ暗な状態で攻撃を受けるということはそれだけ不安心が残る。
猛毒は通常の毒消しでは効果がない。
より高い毒消しでないといけない。
「くそっ! なんでこんな時に限って持っていないんだよっ!」
オレは跪き、地面を叩き喚く。
普段そういったアイテムを持っていないのは、装備している[玉兎の法衣]の効果に甘んじていた結果だ。
「油断しすぎだろ……」
このゲームでいつもそう思う。
警戒していればいるほど、油断が生じてしまう。
今回もそれが招いた結果だ。
「呪縛だったらメイゲツがスキルを覚えてるけど」
連絡して来てもらうか? いや、今何時だよ? 二六時過ぎてんぞ? 小学生ならもう寝てて夢の中だ。
ザシュ……ザシュ……
足音が聞こえた。靴が乾いた土を踏むような音。
その音がゆっくりとオレに近づく。
ただそれがどこからなのか、オレの脳は、この状況に混乱していて判断が鈍っていた。
「死ね……」
女性の声が聞こえ、オレの身体が真っ二つに――
パシュ――
「くっ?」
背後になにかが倒れる音。
というかオレの身体は? 切れてなかった。
「くぅあぁああああっ! な、なんだぁ? なにがぁ! なぁにぃがあったぁっ!」
ジタバタとなにかが暴れ狂っている。
「[ライト]ッ!」
その声と同時にあたりが明るくなってきた。
「[
三本の矢がオレを襲おうとしたプレイヤーにダメージを与える。
「くぅあぁっ!」
「これって、セイフウかっ!」
オレは周りを見渡す。
「ちくしょっ! [ペンフオ]ッ!」
倒れていたプレイヤーの手中から炎が吹き出す。
「あっぶねぇっ!」
間一髪避けられた。魔法の攻撃だから刹那の見切りの効果じゃない。完全にオレのLUKによるものだ。
「あ、あんた……あの近距離で避けるって、どんだけ運がいいのよ」
放った当人は戸惑いを隠せないでいる。
「[タクイート]ッ!」
どこからともなく、光のリンクが現れるや、オレの目の前のプレイヤーに、それこそ枷のように手と足の首に落ちてかかった。
「くぅあぁあああっ!」
ジタバタともがき苦しむプレイヤー。
はて、どこかで見たような、見てないような……。
「大丈夫ですか? テンポウさん」
駆け寄ってきた双子と白水さんがオレにではなくテンポウに駆け寄った。
まぁ、別にいいんだけどね。オレ暗闇の中殺されそうになったんだけど、誰も心配しないのね?
「どこに心配する要素がありました?」
白水さんがオレの怪訝な表情に気付いたのか、首をかしげて聞いてきた。
「最初の攻撃は普通に剣を振り下ろしてますから通常攻撃で刹那の見切りが通じるでしょうし、まぁ魔法は完全にシャミセンさんの高いLUKでしょうね」
うわぁ、すごい冷静な解析ですこと。
「メイゲツ、テンポウに……」
いや、ちょっと待て? オレが知ってる限りそんな人に呪いをかけるようなスキルを持ってるのって……
「もしかして、お前ラプシンかっ?」
「…………」
無口になる女性プレイヤー。それって肯定しているようなものだけど、顔が布で隠れていたせいで気付かんかった。
「ってか、白水さんたちはなんでここに?」
視線を向けると、メイゲツが魔法でテンポウの状態異常を回復させていた。
「いや、ちょっとはじまりの町でクエストが出ていたんですよ」
はて? 最近ギルド会館に行ってなかったから、どんなクエストがでてるのか知らんが、なぜにプレイヤーを襲うようなクエストが出るんだ?
「プレイヤーキラー討伐のクエストですね。その中にラプシンの名前があったんです」
そう説明するセイフウの目が怖い。
まぁ双子がラプシンに襲われたのはイベントの時だったから、殺されてもカウントが入らないのはいたしかたないとはいえ、本人たちはかなり傷つけられてるからなぁ。怨恨はホント末恐ろしや。
「それと先日、クレマシオンが倒されたみたいなこともあったみたいですよ」
あぁ、要するにそいつもそのクエストの対象プレイヤーになっていたってことですか? そうですか……
心当たりがありすぎるんですが。
「よしこれで大丈夫ッ!」
メイゲツの明るい声。どうやらテンポウに掛かっていた状態異常が回復できたようだ。
「それにしても、なんでシャミセンさんまで襲われていたんですか? 土毒蛾の指環の効果で夜目になっているはずですけど」
製作者である白水さんがそうオレに言う。
「あ、私が今装備してるんです。ちょっと倒したいモンスターがいて、その対処法で」
「シャミセンさんとテンポウさんに共通して……もしかしてジンスチュエですか?」
白水さんがそう聞き返した。どうやら対処法を知っていたようだ。
というか、テンポウのLUKも知ってるってことか。
「それなら納得ですね。今の[土毒蛾の指環]を装備したさい、LUKが10上がりますから」
「でも他のことを考えてなかったみたいですけど」
はい。そこは反省してます。
いや、それよりもだ……。
「流凪ちゃん、楓ちゃん……ちょっといいかな?」
オレがそう声をかけると、「はて?」といった表情でオレを見据える双子。
「あのシャミセンさん、ゲームですから本名で言わないでくれません」
「あぁごめん……じゃなくてだな? なんでこんな夜更けにゲームやってんだ? いくら明日が休みでも限度ってもんがあるだろ!」
下手に徹夜をしてしまうと夜寝れなくなるんだぞ。
最近バイト先で九時過ぎてからくる家族連れの客もいるけど、ヘタしたら三歳児とか連れてきやがる。
子供の成長を考えるとちゃんとした時間に寝せた方がいい。
「シャ、シャミセンさんこの子たちは大丈夫ですよ」
オレの説教に割って入る白水さん。
「ちゃんとパパもログインしてますから」
「そういう問題じゃないでしょ?」
オレは頭を抱える。
フレンドリストを確認すると、今日が休みだからなのか、ビコウとセイエイ、サクラさん以外のほとんどのプレイヤーがログインしていた。
トッププレイヤーならいざしらず、双子も着々と廃人になってきているようだ。
「でもビックリだなぁ。シャミセンさんってそういうことで冠を曲げるんですね」
双子がオレを、それこそ目を点にして見据える。
オレどういうふうに見られてるの?
「たぶんシャミセンさんも夜中ゲームしてるんじゃないかって思ったんじゃないんですか?」
テンポウがオレに視線を向けながら言う。
「オレ、大学生なんですけど? 夜はちゃんと寝てるから」
というか、バイトがある日は疲れてログインする以前に寝てる時があるしね。
「えっ? 大学生ってヒマじゃないんですか?」
信じられないと、そんなふうに目を見開く双子。
「キミたちねぇ、それただ単位が取れればいいやって思ってる学生だけだから。普通は学校があれば暇なんてないんだよ」
よくもまぁ、そんな与太話が広まったものだ。
オレも最初そう思ったのだが、フタを開ければ、単位とか試験とか、実験の手伝いとバイトで多事多端ですよ。
まぁオレの通っている学科がそうなのかもしれないけど。
あと資格の勉強とか色々、よく考えるとあまりログインしてないな。
それでレベルが低いのかと言われるとすこし唸ってしまうが。
「ま、まぁ運良くジンスチュエも倒せてますからいいじゃないですか」
テンポウが苦笑を見せる。
「えっ、倒せてたの? 討伐したっていうインフォメッセージ出てないんだけど?」
オレがキツネにつままれたような表情で聞き返すや、
「あぁ、トドメさしたの私だ」
とテンポウは思い出すように手をポンと叩いた。
どうやらパーティーを組んでいるいない関係なしに、トドメを差したプレイヤーが違えば討伐クエストのカウントにならんようです。
「まぁ、また探せばいいだけの話だな」
「だったらいい狩場がありますよ」
白水さんがそうオレに助言する。
狩場って、よく出る場所があるってこと?
「二時間わきになってしまいますけど、ジンスチュエがかならず出現する場所があるんです。まぁジンスチュエの特徴で誰も行こうとしない場所ですけど」
そういえば、白水さんは弓師の第二職業にあたる狙撃手だっけか。
ただ、この時間だとその職業も意味がないらしいが。
「場所だけ教えてくれ。後はオレ一人でどうにかする」
そう言うと、白水さんが場所を教えてくれた。
これより上にある川の上流なんだとか。
少々眠いけど、あとで行ってみますか。
「うぅ、ごめんなさい」
テンポウがオレに頭を下げる。どうやらそういうことになるのを知らなかったようだ。別にテンポウのせいじゃないけどね。
「ところでラプシンってどうなるの?」
「えっと、クエスト受理担当の話だと、プレイヤーキラーはデスペナで減るお金の量が普通の二倍になるそうです。それからいままで殺したプレイヤーから盗んだアイテムは全部ドロップアイテムとして出るようですよ」
えっと、一度デスペナになったことがあるけど、たしかそれまでの経験値がなくなるのと所持金が半分減るんだっけか。
その倍ってことは所持金が1/4になるわけね。
地味に痛いなそれって。
「ってことはさっきから出てきてるアイテムがそれってことね?」
ラプシンを倒してはいないにしても、おそらく身動きがとれないのと、魔法解除とかそういう解決方法がないことで戦闘不能とシステムが判断したのか、ラプシンの周りにはドロップアイテムが散らばっていた。
そのラプシンはどうなったのかというと、知らないうちに光の粒子となって消え去っていったようだ。
「使えるものがあったらもらっていきますけど、他のやつはシュエットさんかローロさんに売りますよ」
そう言いながら、ラプシンのドロップアイテムを物色する白水さん。
「使えるアイテムはある?」
そう白水さんが聞くや、
「私、この前ローロさんに[
「私は弓師なので、矢とか弦の素材ならほしいところですけどね。といっても白水さんが作ってくれた糸のほうが強度と張りがありますけど」
「って、防具の素材持ってないのかぁ」
と、メイゲツ、セイフウ、テンポウの順番で答えていく。
「回復アイテムもいいやつもってなかったみたいね。よしアイテムは全部売るでいいね。売値はギルドが預かるでいいかな」
「異議な~しっ!」
双子がそう応える。テンポウはそもそも倒してないから口を出すようなことはしなかった。
いや、それよりオレに対して聞く素振りもなかったし、完全に蚊帳の外だ。というか容赦ないねキミたち。
そう思いながら、オレはテンポウとのパーティーを解除すると、その場から離れ、白水さんに教えてもらった川の方へと向かった。
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