第85話・一糸一毫とのこと


 深夜一時。オレは魔宮庵がある森の周辺を探索していた。

 本当ならリアルで寝ていたいところなのだけど、正直言ってジンスチュエを討伐するクエストの制限時間を考えると、徹夜も視野に入れておかなければ少々厳しい。余裕だと思っていたむくいだな。

 魔宮庵に戻ってからしばらくして、セイエイはログアウトした。

 オレも一度ログアウトし、小腹が空いていたので夜食を食べたあと、夜十一時くらいにログインし、日付が変わる辺りで一度ログアウト、日付が変わった時に再ログインをした。

 で、もう何周くらい、どれくらい別のモンスターが出現したのかは数えるのも面倒になっている。

 ジンスチュエ以外、今は興味ないのだよ。

 シンプルエンカウントは出現モンスターがわかるから便利だし、気付かれても逃げればいい。


「ちくしょう、一時間に二匹しか出ないってことはわかってるけど、どこに出てくるのかヤマをはっておいたほうがよかったか?」


 ウロウロとモンスターと戦いもせずに彷徨いているオレは、夢遊病者と傍から見えているのだろうな。

 時間が時間だけに、多いんだか少ないんだかわからないけど、プレイヤーが森の中でモンスター退治とかアイテム探しとかしてる。お疲れ様です。

 こっちは余程のレアじゃない限り、ここらへんのアイテムはほとんど採りつくしたみたいなものだけど。



[テンポウさまからメッセージが届いています]



 ポンッと、簡易ステータスにメッセージが届いたという報せが表示される。

 メッセージが送られてくるということは、テンポウも起きているってことになるのか?



『シャミセンさん、今時間大丈夫ですか?

 よろしければ、馬鈴湖のレベル制限ゲートのところで二時までやってますから来てください』



 というメッセージだった。最初に思ったのは寝たらどうなの?

 夜更かしは身体に悪いし、お肌にも悪い。

 本体は寝ている状態とはいえ、実際には脳と意識が起きているから、あまりオススメしないとビコウから教えてもらった。彼女も深夜帯はできるかぎり意識を休ませてるんだとか。

 それはそうとして、オレがログインしていることを確認してからメッセージを送ったと思うのだけど、なんの用事だろうか。

 まぁ誘われた以上はとりあえず行ってみることにしましょ。

 道中モンスターに遭遇したりしたが、今回はジンスチュエ以外倒す気はないのでスルースルースルー。

 で、そのジンスチュエだけども、まったく見つかりませんでした。

 出現モンスターって、実は幸運関係ないんじゃなかろうか。



「あ、シャミセンさん」


 オレが来たことに気付いたテンポウが、手を振りながら自分をアピールする。


「あらら……」


 テンポウの装備を見てちょっと戸惑う。

 露出した肩の上にマントをカーディガンのように羽織ってはいるが、上半身はビキニアーマーに近く、正直目のやり場に困る。

 女性用装備品の特徴なのかどうかはわからないが、見た目重視になっているものが多く、露出の高い装備は意外にINT上昇がよろしいんだと。

 そういえば、セイエイの[忌魂の洋装]もVITに加えてINTも高いんだよなぁ。



「どうかしました?」


「あぁいや……用事があったみたいだけど」


 視線をテンポウの顔へと向ける。たぶん気付いてはいるだろうが、自分のどこに注目されていたのかはあえて言ってこなかった。


「えっと、レベル30くらいからクラスアップすることは知ってました?」


 ごめん、今知った。


「……っ? ってことはテンポウの魔導剣士やケンレンの死霊術師って第二職業になるってこと?」


 そう聞き返すと、テンポウは「そうです」と応えてくれた。

 それ以外はステータスによって転職先が決まったりするんだって。


「それからビコウさんの職業は最終クラスのユニーク職なんですよ」


 そういえばロクジビコウが見せてきたビコウのステータスにあった職業[闘戦勝仏]は、孫悟空が天竺に辿り着いた時に仏から携わった称号だったと思う。


「でもまだレベル24くらいだからなぁ、あんまり現実味がないってのが正直な感想だな」


 そのレベル30になるのがいつの話になるのかさっぱりだし。


「まぁこのゲームのレベルの上がりにぐさは少々文句を言いたいところですけどね」


「だな。ところでなんの用事?」


 これが用事だとしたら、別にメッセージでも済ませられると思う。


「あぁ、そうだった。ちょっと見せたいものがあるんですよ」


 そう言うと、テンポウはオレから間合いを十メートルほど離れた。



「[ジャオフアン]」


 テンポウが構えた剣の刃を地面に差し込み呪文を唱えた瞬間、彼女の足元に紫色の魔法陣エフェクトが発動された。


「現れよっ! [インホグイ]ッ!」


 地響きとともに、オレの目の前に現れたのは立派な白鬚を生やした全長3メートルはある大きなリクガメだった。



 [インホグイ]Lv? 属性水/陰

 夜空に煌めく天の川に住む神獣。この世の陸を背負ったという逸話を持っている。最大で二十メートルもの大海獣となる。



 モンスターの鑑定はできたがレベルがわからない。

 いや、それ以前に召喚魔法?



「どうですか? すごいでしょ」


 うん、すごい。ってあれ? 召喚したけどテイムモンスターじゃないっぽい?

 だって、テンポウのデータは星天遊戯のもので、そのプレイヤーに対するテイムモンスターはまだ実装されていないはず。

 オレの場合、どうして手に入れられたのかはビコウが暇ができれば調べるとか言っていたが。

 オレは怪訝な表情でテンポウを見据えた。


「えっとですね、実はこれ武器の効果でモンスターを仲間にできるんですよ」


 テンポウは手に持っている剣に視線を向けながら説明する。


「[七星剣セブンス・スター]といって、倒したモンスターを低確率で仲間にすることができるんです。ただ戦闘中に使うとモンスターが逃げてしまって使えなくなるってところがネックですね」


 今は戦闘中ではないので、召喚したリクガメはそのまま存在していて、テンポウの意思で出し入れができるそうだ。便利だなぁ。



「……♪」


 そんなことを思いながら、某移動鳥のBGMをハミングしてみる。


「なんですかそれ?」


 首をかしげるテンポウ。あら意外に知らなかったご様子。

 有名ゲームの定番BGMだから知ってるものだと思ってたけど、案外そうじゃなかったみたいやね。



「いや、なんでもない」


 言葉を濁らせて、オレはテンポウを見据える。


「それを見せたいのが用事だとしたら、そろそろ行くけど」


「あぁ、実はこれ以外に面白いスキルが有るんですよ。シャミセンさんの蜂の王と同じで鳥類モンスターの居場所を感知できるスキルです。この前、キュウトウダバを倒した時にアイテムと一緒にスキルも手に入れましてね」


 うわぁ、人のトラウマモンスターをサラリと倒したってことですかね? まぁ掲示板ではレベル制限10の場所で出現してしまうバグの被害にあったみたいなやつだったけど、よくよく考えたら、この子の場合倒せないってわけでもないのよな。

 ただもうひとつ、そのスキル内容を考えるとジンスチュエも探せるってことか。

 オレがそういった表情で彼女を見ていたためか、テンポウはうなずいてみせた。


「それからこの時間帯、普段の二倍で出現するそうなんですよ」


 ということは二匹が四匹になるってことか。

 その代わり、通常時に出現する平均レベルの150%、STR、AGIがともに120%上昇するらしい。

 さらに言えばジンスチュエの鳴き声の範囲は対峙しているプレイヤーの位置に関係なく通じてしまう。普段のイエローからグリーンまでではなく、狙撃手の攻撃範囲からでも聞こえてしまうようだ。

 とはいえ、オレ個人のLUKならあの催眠攻撃は通じない。


「セイエイちゃんにも教えようかと思ったんですけど」


 テンポウが申し訳ないといった表情を見せた。セイエイのステータスを考えると、ジンスチュエの催眠攻撃に耐えられないと思ったのだろう。というか君たちって意外にそういう情報交換してるのな。

 この場にいるプレイヤーで、今LUKが100以上あるのはオレと、近いステータスで言えばテンポウだ。……いや、ちょっと待て?

 オレは装備品から土毒蛾の指環を取り外し、テンポウに渡した。


「これを装備すればテンポウのLUKが100以上になるはずだ」


 怪訝な表情でオレを見るテンポウ。あれ? 間違えた?


「いや、なんで人が言おうと思ったことがわかったんですか?」


 目を、それこそ大きく開いておどろいた表情のテンポウ。

 おぉ、当たってた。


「ということは、テンポウが持つ[鳥の王]ってスキルを利用すれば、今回のクエストクリアも楽になるかもしれないってことか?」


「そういうことです」


 えっへんと胸を張るが、……うん、本人には言わないでおこう。


「あれ? どうかしたんですか? なんか人の胸を物色するような」


「しないしない」


 いちおう否定だけはしておく。

 だって、胸を張っても普段のセイエイよりちいさく見えたなんて口が裂けても言えませんしね。

 前に洞窟の中であった遊泳の様子を撮影した動画を確認していた時もセイエイよりちいさかった。


「うん、やっぱりなんか人をいやらしい目で見てません?」


 ジトォっと、オレを凝視するテンポウ。


「気のせいですよぉ」


 女の勘かどうかはさておき、これ以上話を脱線するわけにもいかん。



「っと、それはいいとして時間大丈夫なのか?」


「あぁ大丈夫です。だって今日四月最後の週で、国民の祝日ですよ?」


 怪訝な表情でテンポウがオレに聞き返して初めて気付く。


「そうだったっけ?」


 休日なんていつぶりだろうか。日曜でも大学の教授に呼ばれて手伝わされる時があるし、バイトもあったりでほとんどない。

 以前セイエイに誘われた時は偶然予定がなかったと言える。

 まぁそのおかげでリアルでの彼女たちに会えることができたので吉としよう。


「それじゃぁ行きましょう」


 オレの手を引っ張るテンポウ。それを否定するかのように手を引っ込めようとしたが…………



 ズッ、ズッ、ズッ……となにかを引き摺る音がオレの耳元で響き渡る。時々、大きな石が背中にぶつけるが、ダメージ判定がない。ただ痛感があるようで地味に痛い。


「……うぅむ、こうなるわけね」


 オレはテンポウに手を引っ張られ――いや、身体を引き摺られていた。

 前にもセイエイに玉女穿梭に案内される時も似たようなことをされたことを思い出す。

 よくよく考えると、オレとテンポウではSTRが倍以上違うんだよな。うぅむ、あの時みたいに誰も見ていないことがせめてもの救いか。

 ふと見上げてみると、テンポウがキョロキョロと周りを見渡している。彼女がもつ[鳥の王]というスキルを使いながら鳥類モンスターの探索をしているようだ。

 その表情はなんとも……楽しそうな表情だった。


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