第84話・撰文とのこと


「あ、すみません。そろそろ抜けていいでしょうか」


 ハウルが申し訳ない表情で言う。

 シャイターンから受けた状態異常は戦闘終了後自動的に回復するようで、オレ以外の全員は現在暗闇以外のバッドステータスはなし。

 暗闇の回復には目薬なんだとか。それどこの最終幻想?


「別に構わないよ。と言っても今日はジンスチュエの討伐で一日使いそうだけどね」


 討伐は現在2/5。時間は現在九時半になろうとしている。

 あれからしばらく、セイエイには木に登って火眼金睛で周辺を見渡してもらったり、オレは土毒蛾の指環で空中浮揚しながら、周りを見渡しながらして探しているのだけど、やはり出現数が極端に少ないのと、広い森の中を探索しているようなものだから、探すのが正直きつい。

 といっても、制限時間はまだ一日残ってるようなものだが。


「それでは失礼しますね」


 そう言うと、ハウルとチルルははじまりの町のほうへと立ち去っていった。



「シャミセン、こっちいなかった」


 木の上から声が聞こえたのと同時に、セイエイが綺麗な姿勢で木の上から飛び降りてくる。


「うーん、もうすこし行動範囲を広げるしかないか」


 と言っても、実はこの森にもレベル制限場所があったりする。

 [馬鈴湖ばれいこ]という場所なのだが、レベル制限は30。

 セイエイはとにかく、オレはレベル24で届いていなかった。

 パーティーを組んでいる以上、二人とも設定レベル以上でないと入れない決まりになっている。


「もうすこしだけ周りを探索して、十時には魔宮庵に戻ろう」


 しかたがないが、出現数と時間設定を考えるとそうせざるを得ない。

 なにせ一時間に二匹しか出ないし、どこを飛んでいるのかもわからない。

 オレの高い運ですら見つけられないのだから、たぶんシステム的に見つけにくいレアモンスターという設定にしているんだろう。


「…………」


 セイエイがなにか言いたそうな目でオレを見ている。


「明日も学校だろ?」


 ゲームのし過ぎは身体に毒だ。

 本人は納得のいかない表情を見せるが、未成年が夜遅くまでゲームをしているというのは気が進まない。

 あくまで娯楽なのだ。オレとセイエイにとっては少々度が過ぎている部分もあるけど。



「シャミセン、そういえばちょっと気になることがあったんだけど」


 セイエイは怪訝な表情でオレを見据える。


「さっきシャイターンと戦ってた時、シャミセンなにかした?」


「っ? 別にライティング・ブラストで倒したけど」


 そう説明したが、セイエイはオレを凝視し続けていた。


「なんか一瞬だけだったけど綺麗な女の人が出て来てシャミセン助けてた」


「気のせい。気のせい。あの時混乱とかしていたから幻を見たんじゃないか?」


 自分でも言い訳が苦しいなと思う。

 ただ、セイエイは「そうなのかな?」と言った様子で首をかしげており、半ば強引的にだが納得しようとしていた。

 気をつけてはいたものの、やはりセイエイ恐ろしい子。



 行動範囲を馬鈴湖の付近まで拡大して探索続行。

 手前付近までだったらオレのレベルでも行けるしね。



「おい、ちょっと待てよ」


 その道中、一人の、背丈の大きな戦士系プレイヤーが女性プレイヤーに声をかけているのが目に入った。

 大男が影になっていてあまり見えなかったが、女性プレイヤーの特徴的な桃花色のツインテールは、オレの知る限り、あの少女以外にあまり似通った容姿のプレイヤーにはお目にかかっていない。



 [テンポウ Lv37 魔導剣士]



 やはりテンポウだった。

 あらためて知ったけど、この子もレベル37とかなり強い。

 そういえば、テンポウとケンレンはビコウに誘われて星天遊戯を初期のころから始めていたという話だが、その割にレベルが妙に離れている気がする。

 まぁ、フレンド以外には簡易ステータスが見れないようになっているので、知らなかったと言ったほうが無難か。

 それは特別気にすることでもないのだが、こんなところでなにやってるんだろ?



「テンポウ? なにやってるの?」


 空気を読まないセイエイがそう声をかけていく。


「あぁセイエイちゃん? っとシャミセンさん?」


 なんでこんなところに? といった感じでテンポウがオレとセイエイを見据える。


「あんだぁ? あんたなにもんだよ?」


 大男がオレに詰め寄る。うん、こっちも同じことを云わせてほしいものだが?

 名前を見ようにも、フレンド以外に見せないよう設定しているようで見ることができない。


「大の男が、ちいさい女の子をこんなところでナンパとかありえんだろ。痛い目を見る前に帰りなさい」


 オレがそう注意をする。ちなみに痛い目を見るというのは正直そう思ったから。

 テンポウは笑ってコトを済ませようとはしているようだが、この子も一概のトッププレイヤーということは知っているし、例の[悪食]を考えると、たぶんセイエイでも厳しいところだと思う。

 というかこの大男、テンポウを知らんのだろうか?



「あぁこんなところにいた。おーいむっちゃん」


 違う方角から二人ほどのプレイヤーが出てくる。



 [ロバーツ] 法術士 レベル23

 [ヤロボロク] 剣士 レベル28



 あ、こっちは鑑定できた。

 ただレベルはオレと同じくらいか。

 持っている武器を見ると無課金ではなさそうだけど。

 さて、残りの一名。たしかむっちゃんだっけ?

 オレはその大男を一瞥した。



「そっちはどうだった?」


「あぁいや見つからなかった」


 むっちゃんの問いかけにロバーツとヤロボロクがバツが悪い表情を見せる。なにか探していたんだろうか。


「うーん、この時間だったら頻繁に出るとは思ってたんだけどなぁ」


「まぁ見つけたところでドロップしてくれるとは思えないだろう」


「そうだな。ジンスチュエ、、、、、、の巣なんてそうそう見つからないし」


 その言葉に、オレは耳を疑う。



「あ、あのちょっといいですか?」


「あぁなんだ? こっちは忙しいんだよ」


 まぁ予想通りだとは言いがたいが、むっちゃんが険しい表情でオレにガン飛ばしてきた。


「まぁまぁ落ち着けよ。っとどうかされたんですか?」


 あ、ロバーツって人は空気を読んでらっしゃる。

 この場合、穏便に済ませるのが人付き合いだ。

 ましてや初対面どうし、威嚇するような態度は話がこじれやすい。


「実は、そのジンスチュエを探していたんですよ。でも出現数が二匹と極端に少ないのとどこに現れるのかがわからないので困っていたんです」


「そうだったんですか。オレたちのほうはジンスチュエの卵を探していて、情報掲示板の話だとこの周辺に巣があると聞きましてね」


 なんでも鳥類モンスターには巣というのが存在しており、そこで見つけられる卵はかなりの高値で取引されているんだと。

 中でも魔光鶏の卵は一個一万で取引されているとかしないとか。

 本当かねぇ?


「で、二時間くらいそこら辺の木を隈なく探しているんですが」


 見つからないってことか。と聞く前にロバーツが苦笑を見せていた。

 まぁジンスチュエ自体が見つからないから、巣ともなればそうやすやすと見つかるとは思えないけど。



「それはいいとしてだ! おいあんた」


 むっちゃんがいつの間にかオレのうしろに隠れていたテンポウを睨むように見据える。

 いくらなんでも女の子に質問する態度じゃないぞ。


「あんたにひとつ聞きたい。あのクエストをどうやってクリアした?」


 はて? クエスト?

 オレはテンポウを見据える。


「なんかあったの?」


「えっとクエストって云われても色々クリアしてるからどれを言ってるのか」


 テンポウは困惑した表情でオレを見上げる。


「この森の奥にあるエクストラクエストをクリアしてるだろ?」


「エクストラクエスト?」


「通常クエストを好成績でクリアした場合に起きる追加クエスト。そのクエストをクリアしたらそのクエストが起きた場所に石碑が現れて、そこに名前が刻まれる」


 と、オレの疑問をセイエイが応えてくれた。


「あぁなるほどねぇ」


 まぁテンポウのレベルを考えるとそう難しくもないんじゃない?


「そこになぁあんたの名前が刻まれていたんだよ。ほかにもビコウ、ケンレンって名前もな」


 興奮したかのようなむっちゃんの口調。

 ただオレからしてみればその三人がその石碑に刻まれていても納得してしまう。

 だって三人ともオレの知る限りかなりの実力だしね。

 チラリとセイエイを見ると、ふーんといったような感じだった。

 彼女もオレと似たような感想なのだろう。


「でもなぁオレが納得いかないのはそんなことじゃない。どうしてあんたレベルが低いのにその二人と一緒にいたのかってことだ」


「ちょっ! へんな言いがかりはやめて! 別に二人のお荷物になった覚えはないし」


 テンポウが険しい表情で言い返す。


「話が見えないのだけど」


 オレが首をかしげた時だった。


「実はですね、その石碑にはクリア時のレベルも表記されるんです」


「ビコウというプレイヤーのレベルが35。ケンレンが23、でテンポウが14の時にクリアしてるんですよ」


 ロバーツとヤロボロクが言葉を続けるように説明してくれた。

 なんというパーティーレベルのバランスの悪さ。

 そりゃぁむっちゃんが納得しないってのはわかる。



「そんなにおかしい?」


 セイエイが首をかしげる。


「それってどういう意味?」


「だってこのゲーム。戦闘はATBだから相手の死角を狙って連携攻撃とかすることなんて簡単だと思うけど」


 モンスターが攻撃中であっても、こっちにだって攻撃ターンが来る。

 つまりは他のプレイヤーがサポートに回ったり、連携して攻撃をすることだって可能だ。


「わたしテンポウと一回決闘をやったことあったけど負けたことある」


「そ、それはあの時まだレベルの差があったし、やっぱりゲームの才能からしてセイエイちゃんのほうが強いよ」


 謙遜なまでにセイエイを褒めるテンポウ。

 時間的に部活をやっているとはいえ余裕のあるセイエイに比べて、高校生は色々と忙しいのだろう。

 VRMMOにハマってることを知り合いにバレたくないって前に言ってたから、リアルでの人付き合いとかで普段ログイン時間が短いんだと思う。


「んなの聞いてねぇんだよ。どうなんだ? 本当は影でピクピク怯えてたんじゃないのか?」


 むっちゃんがそうあざける。おい、さすがにそれは言い過ぎ。



「…………」


 テンポウが、ジッと訴えるような目でむっちゃんを見据える。


「ちょっと痛い目を見ないとダメですかね」


 テンポウからものすごい殺気を感じるんだけど?


「テ、テンポウ……落ち着いて」


 セイエイも勘付いたみたいで、テンポウを宥め始めた。


「セイエイちゃん、私べつに逃げてないし、落ち着いてるからね。ちゃんとビコウやケンレンのサポートがあってモンスター倒してるから。見てもないやつがパーティーのレベルバランスが悪いからって、一番弱いプレイヤーをバッシングするのはいけないと思うんだよ」


 うん、わかってる。わかってるからその口元の大気の流れがおかしい状況を元に戻してくれませんかね?

 キミ、今完全に[悪食]使おうとしてるでしょ?



「あんだぁ、こっちは本当のことを言ってるんだぜ? あんたみたいな弱そうなプレイヤーがなんでレベルの高いプレイヤーとエクストラクエストに名前が刻まれてんだ? 普通に考えてコバンザメだったんじゃねぇの?」


 むっちゃんがクスクスと笑う。

 おい、あんたもあんたで空気読めっ!

 オレの知ってる中でもかなりの実力を持ってるセイエイでも焦ってるんだぞ?


「[悪食]に勝てる方法なんてない。半径三メートル圏内だったら問答無用で吸い込む」


 吸い込むって、ほんとピンクの悪魔じゃねぇか。


「きゃはははは、やれるもんならやってみろよ。どうせ今だってレベル低いんだろ?」


 むっちゃんが両腕を大きく広げ、ほらさっさと攻撃してみろよといった態度を取り始める。

 だぁかぁらぁ! 空気読めよてめぇっ!



「だぁらくそぉっ!」


 オレはシステムメニューから決闘申請の画面を表示させる。


[むっちゃんさまに決闘申請を送信しますか?

 [はい]/[いいえ]]


 さて、自分でもなにをやってるんだろうね。

 ただちょっと、女の子を泣かそうとしたことに対して、お仕置きくらいは必要だろうさ。

 相手のレベルはいまだにわからないが、もちろんイエス。



「って、なんだこりゃぁ?」


 おどろいた表情でオレを見据えるむっちゃん。


「なにって決闘申請だ。たぶんこの中でオレが一番弱いだろうしな」


 さぁて、どう出る。


「おいおい、なにを考えてるんだ? 決闘なんてするわけないだろ?」


「あれぇ? 女の子を身も蓋もない言いがかりで泣かそうとして、いざ自分が痛い目を見るかもしれないって時になったら尻尾巻いて逃げるのか?」


 さぁて売り言葉に買い言葉。どう出るか。


「てめぇ、オレの職業わかってるのか? 剣士だぞ? 頭でっかちの魔法職なんて敵じゃねぇんだよ」


 よし、乗ってきた。こいつ……たぶんオレのこと知らないっぽい。

 よく見たら、装備品もそんなに強くなさそうだし、おそらくプレイヤーキラー対策にと、他の二人にフレンド以外のプレイヤーに名前が見えないようにする設定を教えてもらっているだけなのかもしれない。



「おい、あれってもしかしてシャミセンじゃね?」


「マジか? うわぁどんな戦い方するんだろうねぇ。ってちょっと待て? ってことはあの中学生っぽいのってセイエイ?」


 あ、ロバーツとヤロボロクは知ってたみたい。


「だったらこっちは魔法なしでお前を倒してもいいんだぜ?」


「言ったな! よっしゃ痛感は100%でデスペナありだ」


 オレの提案に、むっちゃんはなにも考える間もなく乗ってきた。

 どうやら自分のレベルに自信がある様子。

 まぁ、こっちからしたら餌にかかった池の鯉でしかないのだけど。



「ちょ、ちょっとシャミセンさん? いきなり決闘とか大丈夫なんですか?」


「大丈夫。たぶんだけど大丈夫」


 自分のことで巻き込んでしまったからなのか、慌てふためいているテンポウとは違って、セイエイは落ち着いている。


「まぁ、どうにかなるだろうさ」


 というわけで、オレとむっちゃんとの決闘が始まった。



「おぅらぁ魔法もなしでオレが倒せるわけねぇだろがぁ」


 剣を構え振り下ろすむっちゃん。

 それを錫杖で応戦する。武器とかに耐久値がないからこそできる荒業だね。


「ほらほらほらっ!」


 剣を縦横無尽に振り回し、隙を見つけてはそこを狙っていく。

 こっちは自動回復だから、余程のダメージじゃない限りは気にしない。攻撃を受けても耐えられない痛みでもなかった。


「くそぉっ! おい卑怯だぞ」


「装備品変更しなかったからな。そっちだって同じだろ」


 攻撃力増加の装備とかしてそうだし。

 というかそろそろ時間的にも厳しいかな。


「くそぉっ! いくぞ[兜割り]」


 むっちゃんが剣を天高くかざす。


「今だっ!」


 オレは錫杖の先……つまり地面につけるほうを上にして、むっちゃんに向けて投げた。

 スキル発動の弱点はレベルや熟練値によって発動する時間が違うということ。

 セイエイは普段から韋駄天を使用しているから熟練値はかなり高く、一瞬で発動できる。ほかの体現スキルも同様だ。

 だが、一秒以上も発動にラグがあったとすれば、ATBにおいてそれは格好の的である。



「ぐぅえぇ?」


 むっちゃんの喉元に錫杖の先が射抜く。

 ちょっと狙ったところじゃないんだけど?


「げぇガァごホォ」


 さらには緋炎の錫杖の効果でファイアが発動され、喉元から全身へと火が燃え広がっていく。


「ちょ、ごほぉ、がぁはあげぇがぁはぁご」


 うん、もはやなにを云ってるのかわからん。

 クリティカルも入ったようで、HPが半分以上削れていく。

 半分以上ってことは? むっちゃんに瀕死エラーが発動される。

 システム的に戦闘不能と判断されたようだ。

 あ、HP全壊じゃなくてもいいのな。



「なんつぅこわえずい攻撃」


「こんな終わり方ってありかよ」


「いくらシャミセンさんのLUKが高いとはいえ、さすがにこの倒しかたは正直ドン引きなんですけど」


「シャミセン狙ってやってた? それとも偶然?」


 上からロバーツ、ヤロボロク、テンポウ、セイエイの感想。

 だぁれもすごいとは云わない。まぁ自分でもやり過ぎたとは思うけど。

 あと狙っていたのお腹だったし。


「て、てめぇ……魔法使わねぇって云ってたじゃねぇか」


 あ、生きてた。HP半壊で瀕死なだけで死んではいないようだ。

 むっちゃんは納得できないだろうけど、武器の効果だ。魔法じゃない。


「畜生っ! てめぇ覚えてろ。いつか誰かに刺されないよう気をつけろよぉ」


「おいおい、さすがにリベンジは厳しんじゃね?」


「そうそうデスペナなかっただけよかったと思うよ」


 ウワゴトを言うむっちゃんを宥めるようにヤロボロクとロバーツはむっちゃんに肩を貸しながら、ゆっくりとはじまりの町まで去っていった。



 テンポウはこの空気のまま、馬鈴湖でレベル上げするんだとか。

 普段周りが強いからね。肝が座っているし、いちいち気にすることでもないだろうさ。

 これで文句を言われるとしたら、それはオレのほうだし。


「完全に魔法使いの戦い方じゃないよね?」


 セイエイが至極もっともなツッコミをしてくれた。

 どんな形であるにしろ、勝負は勝負。勝てば官軍、負ければ賊軍だ。

 正直、汚い思いをしていいのは一番年上のオレでいい。


「いや、魔法職が魔法使わないって言ったら撒き餌に群がる池の鯉みたいに乗ってきたからねぇ」


 プレイヤーどうしの戦いならすこしは警戒しろってんだ。

 なんてことを考えていたら夜の十時を過ぎようとしていた。

 オレとセイエイは魔宮庵に戻ってログアウトしよう。そうしよう。

 ゲームのシステム的に経験値がどれくらい入ったのかもわからんし。……

 ――やっぱり人間関係って面倒だ。


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