第83話・悉皆喰霊とのこと
セイエイの一打で気を失ったハウルはどうする?
このまま放ったらかしにしてたら格好の餌になるだろうし。
「アウ」
睡眠状態だったチルルが主人より先に目を覚まし、オレとセイエイに吠える。
状態異常は? と鑑定してみたら、全部なくなってた。
「たぶん寝てたから頭の中がスッキリしたんだと思う」
よし。今度からパーティーの誰かが混乱になったら寝かせよう。
回復魔法とかストックの関係で入れられないだろうし、アイテムも嵩張るってことはないにしても、探すのが面倒。
対策のために町の道具屋で探してみたけど、結構なお値段だったし。
「それだったら[
なんでも自分よりレベルの低いモンスターを睡眠状態にできるんだとか。
「プレイヤーには使えないの?」
「試したことがない。……たぶん大丈夫」
ちょっと躊躇いがあったけど、おそらくプレイヤーキラーになるんじゃないかと思ったんだろうな。
そういう意味だと、プレイヤーを気絶させたセイエイがレッドネームになってないから大丈夫だとは思うぞ。
「うぅん」
もぞもぞとハウルが行動を開始する。
「はっ! ここは誰? 私はどこ?」
「よし、そろそろ別の所を探してみるか」
スルーしようとした時だった。
「ちょっと、人を心配するくらいの事はしないんですか? なんか突然隕石が頭に当たったくらいの衝撃があって、画面が真っ暗になったんですけど。動こうにも動けないし」
「助かったんだからいいんじゃないか?」
オレは視線をセイエイに向ける。
「ぷぃるるるる」
セイエイはセイエイで、視線を逸らしてる。
うん、吹けない口笛なら吹かないの。
「あれ? なんでセイエイさんがそういう態度?」
事情を理解できてないハウルは首かしげ。
「アゥゥ」
チルルはなんとなく事情が理解できているご様子。
困惑している主人のそばに近寄り、気にしたら負けと言うような感じに吠えていた。
「っと、シャミセンどうする? ログインの前に掲示板を見たらジンスチュエの出現時間、夜の時間帯で一時間に一回、空飛んでるって」
あぁ、それで見つけにくかったのか。
空の上で出現するモンスターは、羽休めに木の枝とかにとまらない限りは気付かない場合が多い気がしてたけど。
「一度に出てくる数は?」
「そんなに多くない二匹くらいだって」
ということは、さっきのを一匹として、まだ残ってるってことか。
「それからこれも手に入れた」
そう言って、セイエイがアイテムストレージから出したのはジンスチュエからドロップしたアイテムだった。
[金糸雀の羽根] 素材アイテム ランクR
透き通った歌声を宿した羽根。
なんの素材アイテム?
と思っていたら、ハウルが「のわぁっ!」と、意味不明な叫び声をあげた。
「ちょ、それください! というかちょうだいっ!」
ハウルが一目散にセイエイのところへと駆け寄るや、彼女に詰め寄る。
「えっ? なに?」
「うそ、なんで? なんでこれがレアアイテム扱いなの?」
困惑しているセイエイを無視して、興奮しているハウル。
「チルル、とりあえずお前の主人を噛め」
オレはあきれ果ててそうつぶやく。もちろんチルルはバカではないので、そんな命令は聞かないだろう。
「アゥゥ」
ションボリとした表情でオレを見上げてるし。
「べ、別にあげてもいいけど、ちょっと落ち着いて」
押しに負けたセイエイが叫ぶ。
「あ、はい」
やり過ぎたと言わんばかりにセイエイから離れるハウル。
どっちが歳上なのかわからんな。
「でもなんでハウルがそんなに詰め寄るんだ?」
別になにか特別な素材とは思えないのだけど。
「じ、実はですね、私が前に……魔獣演武の時に装備していた羽根帽子の素材で使ったことがあるんですよ。吟遊詩人は相手を唄で状態異常にさせることができますから、そういう効果を助力する装備が必要になってくるんですね」
そういえば、説明文に歌声がなんとかってあったな。
ハウルの話では、金糸雀の羽根の素材効果で、歌声の命中率を上げてくれるんだとか。まぁ魔法職とは違うユニーク職なのでほしいとは思えない。
「このゲームに入った時、装備品が全部エラーでなくなったって言ったじゃないですか。だから他の装備品はいいから羽根帽子だけはまたほしいなって思ってたんです」
「で、その素材アイテムがこれ?」
セイエイが手に持った羽根を見据える。
「そうそう。でもなんでだろ? 前の時は宝箱とか強いモンスターからじゃないとドロップできなかったのに」
「それはあれじゃないか? 前のゲームのデータが……」
オレは、妙な違和感を覚える。
「セイエイ、たとえば違うVRゲームのデータを使う場合って、そのゲームのデータがある程度ないと厳しいよな?」
「プレイアブルキャラの容姿とかステータスのデータがあれば大丈夫。フィールドが違っていてもモデリングと床の座標がちゃんとしていればプレイできると思う」
それがあったからこそ、ハウルや斑鳩、クレマシオンはコンバーターとしてこのゲームをプレイできている。
某世界的懐獣も、初期の白黒時代のデータを次代の作品に連れて行くことは可能だが、次代のデータを前代に持って行くことは不可能だ。
それはその代のモンスターデータが存在していないから。
また設定も修正されているはずだから、ハウルが言っていたレアアイテムも、もしかしたら修正されてランクが下がっている場合もある。
それを踏まえるや、[四龍討伐]で起きた烏兎怱々としたタイムアップも、妙に平仄が合ってしまう。
「セイエイ、ボースさんログインしてる?」
こっちのフレンドには登録していないのでたずねてみる。
「ログインしてる。どうかした?」
「ちょっと聞きたい……いや、確認したいといったほうがいいか」
「ゲームの攻略だったら、たぶん教えないと思う」
攻略じゃないけど、まぁ確認だけ。
「あれあれで、こうこう……」
オレが質問を教えると、セイエイはおどろいたように目を見開く。
「でも……あぁ、そういうこと?」
本人は納得ができないだろうけど、今までのことを考えると、どうして垢バンになっているはずのマミマミがオレとセイエイの前に二回も出てきたのかが納得できるはずだ。
一時間ほどして、セイエイにボースさんからメッセージが届いた。
その間にジンスチュエを一匹討伐。
ドロップアイテムである[金糸雀の羽根]はハウルにわたしました。無償で。売ればいいのに。
そういうことをしないところがセイエイらしい。
前にシュエットさんやローロさんに素材アイテムを売る時、あまり売値交渉せずに、提示の値段で売っていたし。
あまりお金のことでいざこざを起こしたくないんだろうな。
『その考えは当たっているかもしれないな。
魔獣演武のさい、マミマミのデータが残っていたが、彼女は変身能力の他にテイムモンスターを引き連れていたというログが残っている。
それからシャミセンさんの推理通り、魔獣演武のデータがこちらのサーバーに残っていて、モンスターやアイテム、フィールドの一部を使い回していたことは否定しない』
ボス級モンスターはある程度数が限られてくるが、雑魚モンスターは種類が多くなればなるほど、デザインのネタがなくなってくる。
同じデザインのモンスターを色替えしただけで別のモンスターにするという手法は昔から存在してるわけだし。
さて時間は八時になろうとしている。
「そろそろ気をつけたほうがいいかも」
と、セイエイが口にした時だった。
ズズズと紫色の手がニュッと出てきた。
「キャァアアアッ!」
悲鳴をあげたのはハウルだった。
セイエイは? なんともなさそう。
「セイエイ、怖くないの?」
「怖い? モンスターなのに?」
あぁこの子、ゲームの中で出てくるから幽霊とかは基本的にモンスターとしか判断してないってことか。
[シャイターン]Lv10 属性・陰
ゴースト系っぽく属性が陰。
物理攻撃は?
「[三昧火]っ!」
と考える間もなくセイエイが攻撃を仕掛けていった。
「きぃしゃぁああああああっ」
通じたっぽいけど、あんまりダメージがないのか、セイエイの攻撃で一割も削れていなかった。
「…………」
攻撃した本人も納得がいってない様子。
「チルルッ!」
「ガゥッ!」
すかさずチルルが前足を使った打撃をシャイターンに仕掛けたが、その鋭い爪はシャイターンの身体を、それこそ暖簾に腕押しといった感じに通り抜けていく。
物理攻撃はダメってことか。
おそらくセイエイの双剣は、三昧火で属性がついたと考えるといいかもしれない。
「セイエイッ! しばらく遊撃頼む」
オレは弓を引く構えを取り、セイエイにそう命じる。
「[韋駄天]ッ! [
追撃者は命中率増加の体現スキルらしい。
何度か攻撃を仕掛けているが、それでも一割削れたくらい。
「チルルッ! [火光弾]ッ!」
チルルは口から炎の弾を打ち出し、シャイターンに食らわせる。
「くぅぎゃぁっ!」
ダメージを喰らう寸前、シャイターンの腕がチルルの首を掴み、地面にたたきつけた。
「キャンッ!」
「[チャージ]ッ! [ライトニング]ッ!」
チャージの色は赤。光の矢がシャイターンを射抜いた。
シャイターンの弱点属性に加えて、クリティカル判定。
それでも残りHPが半分切れたくらい。
「シュルルルルルル」
シャイターンを見据えると、なんか周りに黒い靄を吐き出しやがった。
「シャミセン、ハウル、チルルッ! その煙吸っちゃダメ」
セイエイが慌てた表情で言う。
もしかしてまた混乱とかそんなの?
「くそっ!」
咄嗟に口元を腕で隠す。他の二人と一匹は?
チルルは地面に伏せ、両前足で鼻と口を抑え、ハウルもオレと同じ方法で煙が晴れるのを待っている。
で、セイエイは?
「…………」
呆然とした表情でオレを見据えていた。
「お、おい? セイエイ?」
なんかすごく嫌な予感がする。
[セイエイ Lv44 魔剣士]
[混乱][魅了]
「状態異常にかかってる?」
魅了にかかってるってことはモンスターに攻撃ができないであっていたはず。
ということは?
「はぁああああああっ!」
双剣の一振りがオレに襲いかかってきた。
「おわったぁ?」
間一髪避ける。刹那の見切りの効果だな。
「ってかムリだろ? いくらなんでも」
気を失わせる? それも可能だろうけど、たぶん無理っぽい。ならどうする?
「はぁはぁはぁ……」
あれ? なんか嫌な予感がもうひとつ……いやふたつ?
ゆっくりとうしろを振り返ると、ハウルとチルルが、ふらふらっと顔を俯かせながら、上目遣いにオレを見ていた。
[ハウル Lv33 吟遊詩人]
[混乱][魅了]
[チルル Lv17 魔狼]
[魅了][混乱]
「またかよっ!」
もうなんでオレの時だけ通用しないの?
もしかしてこいつの能力もLUKに関係してるのか?
「くぅぎゃははははははは」
前後からふたつの甲高い笑い声。
どっちも攻撃を仕掛けてきている。
ハウルの攻撃はなんとか耐えられるかもしれないが、セイエイの場合は連撃されたらたぶん死ぬ。
[
なんかメッセージがポップアップしてきた。
こんなことを言うのはあれしかいないけど、なんでメッセージが送られてきた?
「ワンシアか?」
[このままではみなやられてしまいます。私を呼び出してください]
「つってもお前を召喚するなってビコウから釘を刺されてるんだぞ?」
[バレなきゃいいんですよ。一瞬で終わらせます]
なんか一瞬不敵な笑みを浮かべている気がした。
でもそれって、システム的に運営からバレるんじゃないの?
[迷っている時間はありません。大丈夫、運営にも気付かれない一瞬で済ませますから]
あぁもうっ! うだうだ考えても埒が明かない。
今はワンシアを信じてみよう。
「こいっ! ワンシアッ!」
アイテムストレージからシュシュイジンを取り出し、空高く掲げた。
クリスタルは冷たく光り、闇夜を切り裂く。
オレの足元に魔法陣が表示され、そこから現れたのはショルダーネックの和風美女。
最初に見た時は洞窟の中であまりわからなかったが、黄金色の髪をした花魁だった。
「[亡目]」
ワンシアがそうつぶやき、彼女の目がギラリと赤く光った刹那、眩い閃光が周りを包み込んだ。
それが止んだ時、すでにその場にワンシアの姿はなくなっている。
本当に一瞬なのな。
「く、くぅはぁ」
セイエイとハウル、チルルは武器を落とし、手で目を覆っている。
[セイエイ Lv44 魔剣士]
[混乱][魅了][暗闇]
[ハウル Lv33 吟遊詩人]
[混乱][魅了][暗闇]
[チルル Lv17 魔狼]
[魅了][混乱][暗闇]
どうやら亡目の効果で周りが見えていないようだ。
「さて……」
その原因となっているシャイターンを見据える。
そのシャイターンも亡目をかけられているのか、ふらふらと右往左往していた。
「ちょっとお仕置きが必要だよな」
ゆっくりと弓を引く構えを取り、狙いをシャイターンに絞り込む。
「[チャージ]ッ! [ライティング・ブラスト]ッ!」
光の矢がシャイターンを射抜く。
弱点属性とクリティカル判定。
クリティカルが通じたことで、ふたたび光の矢が形成され、シャイターンを射抜く。
ダメージは二乗となり、その攻撃にクリティカルが入った。
三度光の矢は形成され、シャイターンを射抜いていく。
三回もの弱点属性の追加ダメージが加えられたその攻撃力は、シャイターンのHPを全壊させるのに、そうそう回数もかからなかった。
そういえば亡目ってどうなるの?
そう思った時だった。
[亡目は勝手に治りますから、ほっといていいですよ]
ポップアップにメッセージが送られてきた。
だからなんでそういうことができるの?
というオレのツッコミを無視するかのように、ワンシアからはそれ以降、ゴールデンウィークを終えるまでなんのアクションもなかった。
「おーい、なんかシャミセンが光ったぞ」
運営スタッフの一人が、それこそ何気なしに言った。
「あぁなんか魔法エフェクトでも使ったんじゃね?」
「だろうなぁ……あ、セイエイとハウル、チルルに暗闇の状態異常がついた」
「目眩ましのアイテムを使ったのかもしれないな」
「おいちょっとこっち来い。またプレイヤーどうしでもめてやがる。ったく、死んだのを人のせいにしやがって、すこしはレベル上げをしろってんだ」
といったように、ワンシアのことに気付いた運営スタッフは誰一人いなかった。
いや、シャミセンがワンシアをテイムモンスターとして手に入れていることを知っているのは、メッセージを受け取ったビコウ以外にいないのである。
そもそもプレイヤーの数が多くなってきた以上、日本サーバーを管理するスタッフの数にも限度というものができており、ブラックリストに登録されたプレイヤーや、要注意プレイヤーを監視することはあっても、四六時中というのは無理な話であるため、ある程度暇ができたら監視するといったところであった。
ワンシアの一瞬というのは、その監視がない一瞬のあいだだったということをシャミセンは知る由もない。…………
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