第82話・夕月夜とのこと
大学が終わり、今日はバイトが休み。
夕方六時からログインできた。
「シャミセン」
ログインして最初に聞いたのはセイエイの声だった。
「あら? もしかして待ってた?」
他のフレンドを見ると、セイエイ以外はあまりログインしていなかった。平日の夕方だから仕方ないけど。
「なんか討伐クエストが受理されてた」
「あぁ、話してなかったっけ。魔宮庵の女将からの依頼で、近くでモンスターが出たから討伐よろしくって」
「今からやるの?」
セイエイさん? そうたずねてきましたが、すでにバトキチモードの目をしてらっしゃいますわよ。
「当然。まぁ討伐数は五匹だからそんなに難しくないだろ」
こっちはトッププレイヤーがいるんだ。
そうやすやすと倒されるとは思えん。
と思いセイエイを見据えると、意外にもやりたくないなぁといった表情を浮かべていた。
「ジンスチュエかぁ」
「あれ? あんまり戦いたくないって感じがするんだけど?」
「あっと、ごめん。シャミセンが持ってた[紫雲の法衣]だったら対処法があったかもしれないけど、今の装備品だとわたしのも含めてあまり戦いたくないって言いたいかな」
えっと、ジンスチュエっていうモンスターの詳細すらわからないので、どういった攻撃を仕掛けてくるのか。
「簡単に言うとハーピーみたいなやつ」
それって半鳥半人だっけ? 人を歌声で惑わして喰らうっていう。
「ジンスチュエが使ってくる催眠攻撃は魔法なのか体現なのかわからないから対策できない」
「耳をふさげばいいんじゃ?」
「…………」
なんか否定されたような目を向けられた。
「それ試したけど、ダメだった。あと混乱するから敵味方関係なしに攻撃対象になる」
「トッププレイヤーが対処法知らないとなると、キツいんじゃ」
ちょっと攻略掲示板を覗いてみるか。もしかしたら書いてあるかもしれないし。
「でも依頼を受けた以上、対処しないと信頼に関わるぞ」
「倒すっていうことに関しては別に文句は言わない」
ジッとオレを見て何かを訴えている。
「あぁ、ごめん、相談してから受ければよかったな」
オレは頭を垂れる。セイエイはうなずいてみせた。
魔宮庵の周りに出現するというらしいが、一周して遭遇したモンスターの中にそういうのが出てこない。
「もしかして結構レアだったりする?」
セイエイは夕食で抜けており、現在オレ一人。
チルルみたいに探索スキルが持ってるわけでもないし、斑鳩がちびちびを使って上空からモンスターを見つけるみたいなこともできない。
ワンシアを召喚して、彼女(?)が探索スキルを持っていればそれを使うこともできなくはない。でもビコウから釘を刺されている以上、ワンシアを使うことはできない。
うーむどうしたものか。
「アウッ!」
犬の鳴き声が聞こえてきたけど、モンスターの反応はなし。
どこぞのモンスター化されていない野良犬がオレに気付いて……。
「いや可笑しいだろ!」
モンスター化してない犬ってなに?
「び、びっくりしたぁ」
犬のほうを見るより先に少女の声が聞こえた。
「あぁ、やっぱりハウルとチルルか」
オレは目を見開いているハウルの方を一瞥する。
「さっきからモンスターが出てきても、他のところに行ったり、かと思えば戻ってきたり……なにか探してるんですか?」
「いやちょっと……ジンスチュエっていう鳥のモンスターを探してるんだけど、聞いたことない?」
「聞いたことないですね。もしかしてレアアイテムを持ってるとか?」
「うんにゃ、討伐クエストでそいつを倒さないといけなくてね――」
「ワンッ!」
オレの言葉を遮るようにチルルが鳴いた。
モンスター見つけた? ……という雰囲気じゃなかった。
オレの[蜂の王]のスキルで蜂モンスターが出てきたという感じでもなかったし。
「ハウハウ」
チルルがオレの腰辺りに鼻をこすりつける。
「シャミセンさん? なにか持ってるんですか?」
「べつになにも持ってないけど」
毎度のことながら、レアアイテムや重要なものは基本的に間借りしている間宮庵の部屋に保存してるから、持ってるのは装備品と回復アイテムくらい。
なのだけど、[シュシュイジン]に関しては同時に利用しているセイエイにも知られてはいけないので、常時持ってなければいけなくなっていた。
「でもチルルがそんな人を疑うようなことはしないと思いますよ」
うわぁ、予想していたこととはいえ、チルルのやつ気付いてやがる。
「クゥン?」
とはいえ首をかしげているようで、本人は半信半疑といったところだろう。
「チルル、まだちょっと内緒だから」
オレは耳打ちするように言う。
「アウッ!」
わかったと言った感じで吠えた。
うん、この子の場合、ハウルと違って人にバラすようなことはしないだろう。
そもそも犬だから言葉がわからないだろうが、変身スキル持ってるからなぁ。
「ハウルにも内緒な」
いちおう釘を挿しておこう。
「どうかしたんですか?」
オレとチルルのやりとりを怪訝な表情で見ていたハウルが首をかしげていた。
「いやなんでもない。うーん出てくる確率が低いのか」
ちょっと簡単に出てくるものだと思っていたがそうはいかないようだ。
討伐数が五匹だけだったこともなんとなくうなずける。
「そうだ。この前メッセージにあったチルルの新しいスキルってどんなだった?」
「あぁあれですか? えっと自分たちより強いモンスターが出てくるのを瞬時に感知する自動発動の体現スキルでした」
オレの[蜂の王]に似たスキルってことか?
とはいえ、実際ハウルのレベルは中級プレイヤーに近いのだが、いかんせん魔獣演武からのコンバーターだから、装備品を考えると結構厳しいとのこと。
「最近、やっとレベル相当に戦えるくらいの武器は手に入れられたんですよ」
ローロさんにお願いして鍛えてもらったんだと。
[緋炎の錫杖]も熟練値溜まってきたし、そろそろ鍛えてもらおうか。
「チルル、新しく覚えたスキルでちょっと探してくれない?」
そうお願いしたが、
「あぁ、遭遇したことのないモンスターには通じないみたいなんですよ。昨日行ったことのないフィールドで何回かバックアタックを食らいましたから」
と、ハウルが片眉をしかめながら教えてくれた。
あれ? 魔光鶏の時は……とツッコもうととしたが、魔獣演武の時にも出ていたらしいから、臭いを覚えていたって言ってたな。
「ところで、そのジンスチュエっていうのは、どういうモンスターなんですか?」
「あぁ、討伐クエストの説明やセイエイの話だと、鳥みたいな……」
オレは言葉を止め、上空を見据えた。
なんか鳥の鳴き声が聞こえた気がしたのだけど?
「チルルルル……」
「ウゥゥゥ」
チルルが唸る。どうやらモンスターとして認識しているようだ。
「見たことない鳥ですね」
一言で言うとあれだな。金糸雀……。
と思ったら、モンスター判定が出た。
[ジンスチュエ]Lv12 属性・木/陽
ふたつも属性持ってやがるわ、此処らへんのモンスターからしたらかなりの高レベルだわでツッコミどころ満載。
ただオレとの間合いはグリーンのギリギリみたいで、まだモンスターからは気付かれていないようだった。
ここからライトニングで射抜くことは可能だろう。
「チルルルルルル」
ジンスチュエが鳴いた。それこそ綺麗な、透き通った声で。
「ライトニン……おわぁ?」
魔法を使おうと思ったら、なにかが覆いかぶさってきた。
「ぃぁぃぁぃぁぃぁぅ」
ハウルだった。
目をぐるぐるぐるぐる回しながら、オレの身体に覆いかぶさってきている。
「おいっ! どけっ!」
「ぁぉぁぁぉぉぃぇぇ」
わけわからんことを言ってらっしゃる。
退いてくれるとは思えない状況なのはすぐに気付いた。
[ハウル Lv33 吟遊詩人]
[魅了][混乱][狂人]
なんか色々と状態異常食らってるんですが?
混乱はまぁこの状況だと納得だし、狂人はこの態度だな。
魅了は……そういうことか。
このみっつすべてがジンスチュエの催眠効果だということだ。
「ぁぅぃぇぅぇ、ぉぉぅぃぁぅぁ」
うわごとを言いながら、オレの法衣を脱がし始める。
「ちょっと待てっ! おいっ! チルル?」
そう思い、視線をチルルに向けると。
「スゥースゥー」
寝てらっしゃいました。
たしかフレンドプレイヤーのステータスって鑑定できるから、そのテイムモンスターもできたはず。
[チルル Lv17 魔狼]
[魅了][混乱][睡眠]
でも野生の本能で狂人(犬だから狂犬?)を避けようと最後の手段として寝たということかしら?
だとしたら、その判断は正しい。
「ぁぃぇんぁん、ぉっぃぉぃぇぅぁぁぃ」
そういえばジンスシュエは?
止まっている木の枝を見据えると、なんか高みの見物に近い視線でオレたちを見ていた。
「あぁ、そういうこと?」
体現スキルだか、魔法スキルだかの判断はしにくいが、魔法エフェクトが発動されていなかったから体現スキルと思っていいだろう。
おそらくだが、プレイヤーどうしを殺しあわせて、その屍を悠々閑々と咀嚼しようとしているのだろう。
「ぉぁぁ、ぉっぃぉぃぇぅぁぁぃぉ」
うん、とりあえずぶん殴って気を失わせるか?
と思った矢先だった。
「あぅっ!」
なんかおもいっきり鈍い音が聞こえたんだけど……。
ハウルがオレの身体に倒れこみ、目を回している。
[ハウル Lv33 吟遊詩人]
[気絶]
ジンスシュエから喰らった状態異常が消え、代わりに気絶が追加されている。
「こういうのってありかよ?」
オレはハウルを気絶させたプレイヤーを見ながら頭を抱える。
「シャミセン見つけたらハウルが乗っかってたから、なんかムカッと来た」
淡々と応えるセイエイ。その表情はこころなしか怒っていた。
「あのなぁ、状態異常だったの気づかなかったの?」
オレがそう言うと、本人は「そうなの?」みたいなキョトンとした表情でオレを見ている。
「気絶してる」
「そりゃぁ気絶だけですんだからいいよ。ヘタしたら即死亡じゃないか」
普通だったら死んでるレベルの鈍い音だったぞ。
「大丈夫。峰打ちだから」
「それ……剣だから両刃だよな?」
峰打ちじゃねぇよ。頭叩いた時の音が峰打ちってレベルじゃなかったよ。
「チルル寝てる?」
話題を変えるな。
「あぁっと、チルルは自己判断で睡眠してる」
ほんとよくできた犬だこと。あ、いや狼か。
「もしかしてジンスシュエにやられた? でもなんでシャミセン平気?」
言われて初めて気付く。そういえばなんでオレ平気なわけ?
コウモリの時みたいに耳栓をつけているわけでもないのに。
「とりあえず、あそこにいるジンスチュエ倒していい?」
「あ、よろしくおねがいします」
その言葉を待たずに、セイエイは韋駄天を発動させ、ワンステップでジンスチュエとの間合いをレッドに持っていき、一振りで倒しやがった。
毎度のことながら、トッププレイヤーだなと思う。
レベルが半分も差があるのだから、一撃で倒せるくらいはなんということもないだろう。
[ジンスチュエを倒しました。 討伐数1/5]
というインフォメッセージが表示された。
パーティー組んでないんだけど?
と思ったが、セイエイは同じ部屋を使っているから、彼女が倒した場合もカウントされるということか。
さて、ちょっと気になったからジンスチュエの詳細でも見ておきますか。
[ジンスチュエ] 属性・木/陽
その綺麗な歌声でプレイヤーを混乱させ、共食いをさせて弱くなったところを啄む。綺麗なバラには刺があるモンスター。
歌声を聞いたプレイヤーのLUKが100以下の場合、問答無用で[魅了][混乱][狂人]にかかってしまう。
魔法反射の防御系スキル、または体現スキル無効能力は通用しない。
遭遇したら先手を取られる前に倒すか、無理なら逃げることをオススメする。
見た目に反してモンスターの設定が鬼畜だった。
「もしかしてLUKが
「混乱とかはプレイヤーのLUKが弱いとすぐかかっちゃうから、シャミセンだと装備品関係なかったみたい」
あれ? そういえば、ジンスチュエのことは知ってるのに、なんでLUKに関係あるって知らなかったの?
「……もしかして普段あまりモンスターの図鑑とか見ない?」
「えっ? えぇっと……その――」
焦るように視線をオレから逸らすセイエイ。別に責める気はないけどね。
うん、あまりモンスター対策とかしてなさそうだものね。
その高いステータスを考えると余計に。
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