第81話・古址とのこと


 午前六時前の早朝ログイン。魔宮庵で間借りしている部屋の寝室でオレは目を覚ました。

 隣にはあれから起きていないのか、いまだにセイエイが寝ている。

 ……服もなにも着ていない状態。

 あの一連の件から、システム的に裸にはなれないようにはなっているのだが、やはり目のやり場に困る。

 起こそうにも本人がログインしてこない以上は起きる気配もなし。

 オレのことを信頼してくれているのか、普段、戦闘以外での警戒心がほとんど皆無なのか。

 こういう演出とかだったら、スタッフちょっと表出ろ。



「っと、今日はどうしようかね」


 討伐クエストの時間を確認すると、[42:43]と表示されていた。

 まだ時間に余裕があるし、討伐数を考えると急き込む必要もなし。

 オレはアイテムボックスから[シュシュイジン]の項目を見る。

 それからワンシアのデータ。

 訂正とか修正されてるかなと思ったけど、されてなかった。

 『太陽と月』があるのはゴールデンウィークの五月三日から五日のあいだということになっているから、あと一週間くらい召喚もなにもできないってことか。


「ワンシアの変身能力で人の姿のままいてもらうか?」


 それもありだろうけど、周りにどう説明する?

 ……たぶんセイエイとチルル、ちびちびあたりが気付くんじゃないだろうか。

 チルルとちびちびはモンスター独特の感覚でわかるだろし、セイエイはもう野生の勘が怖いくらい当たる。


「ここは大人しく、実装アナウンスがあるまではワンシアや召喚に関して秘匿を貫くしかないか」


 オレが布団の上でダラリと寝転がった時だった。



「秘匿って……なにが?」


 オレの顔を覗き込むように、キョトンとした表情でセイエイがたずねてきた。

 しかも身を乗り出すようにしているので、彼女の歳相応とは思えない豊満な乳房が、それこそ狙ったかのようにブラジャーで胸の谷間ができている。

 肩紐は動くたびにズレ、いつしか外れそうなほどに緩んでいた。


「……ゴクッ」


 思わず生唾を呑んでしまった。


「シャミセン、なにか隠してる? おねえちゃんと昨夜なにか話してた?」


「ベ、ベツニナニモカクシテマセンヨ」


「なんで片言?」


 首をかしげられた。



「それ以前に服を着なさい。というかパジャマとかないの?」


「……?」


 ちょうどオレの腰のところを跨いていたからなのか、セイエイはチョコンとそこに座る。……ゲームだから気付かれないよね?

 セイエイは寝惚け眼に自分の身体を見据える。


「あれ? なんでわたし裸?」


 はてなといった表情でオレを見るセイエイ。

 当人は無意識のうちに脱いでいたんだろうな。


「気付いてなかったの?」


 まぁ寝てる時の話だから無意識といえばそうなのだけど。


「ビコウから聞いたけど、セイエイって寝てる時に暑いと服を脱ぐ癖があるって」


「まさかゲームでもそういう事になっちゃうんだ」


 やっぱり当人はほとんど意識してなかったようだ。

 ただ自分にそういうくせがあることは自覚していた。


「サクラからよく怒られる」


 セイエイはシュンとした表情でそう答える。


「うん、一応理解してるけど癖だからね。そうそう治るもんじゃない気がするけど。薄手のパジャマとか着たらどうかね?」


「冬寒い」


「いや夏のあいだだけだよ」


 なにも万年同じ服を着ろとは言わん。


「とりあえず……おわっ?」


 オレの身体から下りてほしいとお願いしようとした時だった。

 セイエイがオレの胸に倒れこむ。


「お、おい? セイエイ?」


「ムニュ……」


 寝息。その吐息が肌にあたってくすぐったく、さらに呼吸で胸が隆起してるから、オレのからだに柔らかく当たって――

 いや、そうじゃないだろ!


「ま、まさか……」


 オレは咄嗟にフレンドリストを開き、セイエイの状態を見た。


「あ、ログアウトしてやがる?」


 おそらくVRギアがセイエイの脳波を感知して、睡眠状態だと判断したのだろう。

 というかちょっと気になるんだけど、VRギアが脳波を感知してプレイヤーが寝たと判断してログアウトされるというのはわかるが、もしかして本体自身は寝惚けてログインしてきたってことだろうか?


「というか、ちょっと待て? この状況をビコウ……いやボースさんに見られたらとんでもないことになるぞ」


 とかなんとか考えていたら、部屋のふすまが開く音が聞こえてきた。



「お嬢、起きていらっしゃいますか?」


 そう言って寝室のふすまを開けてきたのはサクラさんだった。


「…………!」


 オレとセイエイの状態を見るや、唖然とするサクラさん。


「宿屋の部屋を間借りできるようになったと知り、もしやとは思いましたが、まさかこのような状態になろうとは」


 うん、その手に持った錫杖からただならぬ殺気を感じるんですが?


「ここは潔く死を選ぶことをオススメしますよシャミセンさん」


「一応言い訳くらいは聞いてくれない?」


「聞く耳持ちません。いくらお嬢があなたに好意を持っているとはいえ、寝ているプレイヤーに何をやってるんですか? しかも裸にして抱きまくらとか外道ですか?」


「いやセイエイの癖知ってるでしょ? というかさっきまでログインしてたけど、本人が向こうで寝たもんだから強制ログアウトでこういうことになってるんだよ」


 オレがそう言うと、サクラさんは怪訝な目でオレを見据える。


「嘘は言ってませんね?」


「この状況で嘘が言えるか!」


 オレのことを信頼しているかどうかはさておき、嘘はいってないし、セイエイの癖を知っていればなおのことだ。

 サクラさんは頭を抱え、


「しばらく抜けますので……変なことをしないでくださいね」


 と言って、その場に座るや、目を閉じた。


「抜けるってことは……ログアウトしたってことか?」


 おそらくむこうで本人を起こして確認を取るためだろうか。

 時間的にも起こしていい時間だろうし。



「さて、この状態をどうするべきか」


 オレはいまだに上に乗っかっているセイエイを見た。

 本人はほんとなんともないかのように安心しきった表情で熟睡している。


「相手は中学生。相手は中学生……」


 冷静になれ。素数を数えるんだ。

 というか……演出でもなんでもいいから、寝返りをうつなりして下りてほしい。

 あ、いや自分でどければいいじゃないかと言われそうだけど、こんなこと滅多にないからね。

 もう少し堪能したいというのが本音だった。



「ただいま戻りました」


 さっきまで座り込んでいたサクラさんがそうオレに声をかけてきた。


「ど、どうでした?」


「さきほど起こしましたら、たしかに今さっきゲームにログインしていた記憶はあったそうです」


 あったそうってことは曖昧ってことですか?


「とりあえず、お嬢があなたを信頼していますし、さすがに中学生に手をだすとは思えませんが」


「うん、それはいいとして……その本人はログインしなかったの?」


 そろそろ退いてほしいのだけど?


「あぁ、すみません。お嬢は今お風呂に入ってますから」


「この状況で?」


 なんつぅゴーイング・マイ・ウェイ。


「一応シャミセンさんの身体の上で寝たままログアウトしてるとは申し上げたのですけど」


「ですけど?」


「お嬢いわく、『シャミセンだったら大丈夫』……らしいです」


 どこが? さすがにそこまで信頼されてるとは思ってなかったけど、いや本当精神年齢いくつだよ。

 最近の幼稚園児とか小学校低学年の女の子でも、もうすこし異性に対しての警戒心は持ってると思うよ。



「一応お嬢にはお風呂から上がったらログインして、ちゃんとした状態でログアウトしてくださいとは申し上げていますので」


 サクラさんはオレの身体に乗っかっているセイエイをうしろから抱きかかえる。

 STRによるものかねと思ったら、どうやらプレイヤースキルらしい。なんでも介護の資格を持ってるんだとか。

 あ、それだったら人を軽く持ち上げるやりかたとか知ってそう。

 そのセイエイはオレの隣の布団、つまりは元の場所で寝かされる。

 当然掛け布団はしっかりと羽織らせた状態で。


「これで大丈夫だとは思いますが、もし今後このようなことがあったら」


 キッと厳しい目でオレを凝視するサクラさん。



「肝に免じておきます。……ところでちょっと聞きたいんですけど」


 さて、セイエイ本人がログインしてくるかどうかわからないし、なにぶん昨日はお風呂に入る余裕もなかったので、朝風呂を考えているから、聞きたいことを先に聞いてログアウトしよう。


「一昨日のことだけどセイエイのやつログインしてませんでしたけど、なにかあったんですか?」


 あの子のことだからほとんど毎日ログインしてる気がするんだが?

 まぁ、昨夜は時間的にログインしてないとは思うけど。


「あぁ、その日はボースさんたちと会食に出かけられていたんですよ」


 会食って、そういえばボースさんは星天遊戯の制作スタッフリーダーだから、その関係だろうか。

 サクラさんはどうしてその日ログインしてたのかというと、白水さんに装飾品の依頼を出していたんだと。


「昨夜は夜九時あたりまでシュエットさんから取ってきてほしいという依頼品の探索をしてまして、魔宮庵ホームに戻ったら星藍さまがいらっしゃったらしいのですこしお話を」


「で、話してる途中で本体が睡魔に負けてログアウトしたと?」


 そうたずねると、サクラさんは応えるようにうなずいた。

 ほんと戦闘以外のことになるとマイペースな子だ。その時のビコウの苦笑が目に浮かぶ。



「シャミセンさんは、先日起きた事件については」


「……事件?」


「ロクジビコウのことです」


「なにかわかったの?」


「ボースさんの話によりますと、中国サーバーで起きたバグの原因は、どうもあの洞窟にあるんじゃないかと思われておりまして、先日スタッフでそこの調査をおこなったそうです」


「して、結果は?」


 オレがそう聞き返した時、サクラさんの周りから、それこそおぞましいなにかを感じた。



「スタッフが動かしているNPCの屈強な闘士たちが泉の中をしらべたところ、隠し通路に潜んでいたヒャクガンマクンによって噛み殺されました」


 それを聞くや、オレは唖然とする。


「えっ? ちょっと待って? いやいや普通の、オレみたいな一般的なプレイヤーが負けるならまだ納得がいくよ?」


 自分でも身体が震えているのかわかる。


「なんでだよ? なんでスタッフが自分たちが作ったモンスターにやられるんだ? おかしいだろ? ステータスどうなってるんだ?」


 状態とか色々と扱えるだろ?


「それがなにもできなかったようなんです。攻撃すら、こちらからのデータ改善の受け付けも。なにせそのヒャクガンマクンは日本サーバーのスタッフが作ったものとは違うデータとして存在していて、こちらからの干渉がまるっきりできなかったのですから」


 どういうことだ?


「もしかして誰かが日本サーバーに海外サーバーのデータを埋め込んだ?」


 日本サーバーのゲームである以上、ゲームデータは基本的に日本サーバーに保存されているものが使用される。

 そのデータをスタッフがデバッグできないというのはいかんせんおかしな話だ。


「考えられるとしたら……ですが各国のサーバーはそれぞれ根本的に違いますから、今は確認や例のバグの調査を行っている最中です」


「そのことをビコウは?」


 このゲームのプレイヤーとして、一番運営に口が出せるのはビコウくらいだ。


「一応はしらせています。ただこちらからは原因がわからず対処もできていない以上、隠しダンジョンを封鎖しなければいけないというのは致し方ないことですが」


 運営スタッフとしては気落ちする状況だということだろう。


「ほかにもバグが起きている場所はあるのか?」


「いえ、報告でははじまりの町にある裏山の隠しダンジョン以外にそのようなことはなかったそうです」


 頻繁にチェックという名目でメンテナンスはおこなわれてはいるが、それでも微細な部分に気付かないことが多いらしい。



「マミマミのアカウントについては」


「日本サーバーではすでに垢バンという形でブラックリストとして登録されていますから、同じVRギアを使用したという可能性は極めて低いですね。そもそも本人だったのかという疑問もありますし」


 それを聞いて、オレはあの地下空洞はどこのサーバーだったのだろうかと思った。

 普通に考えれば日本サーバーのイベント専門サーバーかとは思うのだけど、時間の消化スピードを考えると、別の場所だったことは否定できない。



「それにしても、いまさらだけど運営の問題をオレに話してもいいの?」


「すごく今更ですね。運営スタッフと知り合ったり、シャミセンさん自身そういう関わりを持っている以上、お知らせするくらいはしますよ」


 そう言うと、サクラさんはスッと部屋を後にする。

 さて、オレもログアウトしようかと思った時だった。



「…………」


 視線を感じそっちを見るとセイエイがオレを見ていた。


「あら、いつの間に?」


「今ログインした」


 ヌッと起き上がり、自分の状態を確認するセイエイ。


「悲鳴あげたほうがいい?」


 そういいながらも、そういう雰囲気がない。

 当人はキョトンとしてらっしゃる。


「なんかすごい既視感があるんだけど」


 うん、このやりとりは前にも一度やってる。


「とりあえず服を着なさい。といってもオレはそろそろログアウトするし、セイエイも今日は学校だろ?」


 その問いかけにセイエイはうなずきながらも、なにか疑うような目でオレを見据えた。


「なに?」


 ジッと曇りのない団栗眼どんぐりまなこでオレを見ている。


「なんかシャミセン隠してる?」


「なにも隠してませんよ」


 セイエイはそれ以上なにも聞こうとはしなかったが、


「なんかシャミセンからモンスターのにおいがした気がしたんだけど」


 と、そうつぶやきながら、アイテムストレージから洋服を取り出し着替え始めた。

 その言葉に、セイエイの野生の勘が末恐ろしいものだと実感した。


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