第80話・薫風とのこと


 翌朝。午前七時。

 普段なら六時くらいには起きて朝最初のメッセージ確認のためにログインしているのだけども、起きたのが七時前だった。

 昨日の探索で目に負担をかけていた代償だろうか、かなり脳にも疲れを与えていたようだ。

 普段朝ごはんはそれくらいの時間に取らされているので、今はリビングの椅子に坐っている。

 あとは朝食を済ませたら、朝風呂浴びて、支度をしたら大学へ出発。



 夕方辺りまで講義とか実験の手伝いとか。

 なんの実験かといわれると、ちょっと困る。

 なにせオレと、同じ大学に通っている出間は大学教授の指示に従って動いてるだけでなんの作業をしてるのかすらわからない。

 力仕事優先で呼ばれたようなものだ。

 その作業も大学が終わってからだからだいたい五時まで続いた。



 で、バイト。これは前にも話してるし、ちらほら話題にもしてるからどういう仕事をしてるのかは割愛する。

 終わったのが夜の十時手前。

 出間とはどういうわけかシフトが重なりやすいので、休憩中は星天遊戯の話で持ち上がる。

 あ、テイムモンスターのことは秘密にしておこう。

 いまだにどうしてもらえたのかすらわからないし。



 そんなこんなで家に帰ってこれたのは午後十一時どころか、へたしたら日付が変わりそうなくらいの遅い帰宅だった。

 家に入ると、待っていてくれていたのか、母親がリビングで夜食を用意してくれていた。

 ご飯に味噌汁、魚の煮付け。

 平凡なメニューだが、作ってもらってる以上文句は言えん。

 一人暮らしだとだいたいコンビニ弁当とか、手短なやつにしてそうだし。

 働いているからこそわかる。

 こういうのがちいさくも大きな幸せと言えるのだ。

 まぁお腹ペコペコだったからものの十分もせずに平らげましたが。

 洗い物しておこう。



 これからゲームにログインするのはいいのだけど、なんかこの時間にログインするのは勿体ない気がする。

 でもメッセージとワンシア個人での戦闘を確認するために、一、二時間くらいプレイしてもいいよね?



「お帰りなさいませご主人さま」


 ホームである魔宮庵の部屋に入ると、メイド服姿のビコウが正座でオレを見上げていた。黒をベースにしたエプロンドレス。

 うん、セイエイのゴスロリ姿も然ることながら、このゲームって女子に対して服の種類豊富じゃない?

 と思ったら、裁縫スキルを持っているプレイヤーがいて、その人にお願いしているんだとか。


「まぁお遊びはここまでにして」


 ビコウはスッと手を差し出す。


「見せてください」


「なにを?」


「[シュシュイジン]ですよ。昨日メッセージを送ってきたじゃないですか」


 そうだった。ちょっと聞きたいこともあるんだよ。

 オレは思い出すように[シュシュイジン]をビコウに手渡した。



「このアイテムの使い方は?」


「いやまったく知らない」


 クリスタルを掲げたらいいんでないの?

 そんなふうな顔をしていたからか、ビコウが嘆息をつき、片目でオレを見据えた。


「なんでメインサーバーでは実装テストもしてないはずなのに手に入れてるかなぁ」


「それってどういうこと?」


「特定のモンスターのデータにテイム化するようには設定されていたので問題はないんですけど、[シュシュイジン]についてはメッセージをもらってから急いで確認したんですよ」


 そう言うや、ビコウは[シュシュイジン]をオレに返し、自分の周りに七色のクリスタルを展開させた。



 緑色のクリスタルは[シュシュイジン]といい、【木属性】のモンスターを召喚することができる。

 赤色のクリスタルは[ホォシュイジン]といい、【火属性】のモンスターを召喚することができる。

 黄色のクリスタルは[トゥウシュイジン]といい、【土属性】のモンスターを召喚することができる。

 白色のクリスタルは[ジンシュイジン]といい、【金属性】のモンスターを召喚することができる。

 黒色のクリスタルは[シュウィシュイジン]といい、【水属性】のモンスターを召喚することができる。

 紫色のクリスタルは[ヘイアンシュイジン]といい、【陰属性】のモンスターを召喚することができる。

 橙色のクリスタルは[グアンシュイジン]といい、【陽属性】のモンスターを召喚することができる。



「それって、もしかして何匹も従えられるってことか?」


 それこそ携帯できるモンスターみたいに。


「さすがにそんなことはできませんよ。プレイヤーひとりにつき一匹までです」


 ビコウが持っているのはあくまでテストアイテムとしてらしい。

 召喚のテストとか、いざという時にエラーが起きてはいけなかったり、ちゃんとテキスト通りにMPが消費されているかとかデバッグをしていたんだとか。


「姿を消すというのは上級モンスターに与えられた特権みたいなものですからね」


 それを聞いて、イベントの時に遭遇したクレマシオンがケルベロスを隠し持っているはずだと納得した。

 それを踏まえると、チルルとちびちびは上級モンスターじゃないってことだろうか。



「それにしてもこっくりさんですか」


「こっくりさんって、あの十円玉と紙を使ったやつ?」


「まぁ普通はそれになるんですが、元々こっくりさんというのは西洋から伝わったテーブル・ターニングという降霊術が元となっていますね。一般的にはちいさい動物の霊が取り憑くと云われてますけど、科学的には意識と関係なく身体が動くオートマティスムの一種だとも云われています」


 オレは現実というよりは、すこしロマンを求めて前者の降霊術だと思っている。


「あれ? でもなんでこっくりさん?」


 説明には『狐・狗・狸の妖力を持った』ってあったけど。

 どこにたぬきの要素があった?


「漢字で書くと『狐狗狸』になりますからね」


「たしか狐と狗とたぬきだっけ?」


「えっと、まぁ日本では普通にそういう解釈でいいとは思うんですけど、中国では【狸】と書いて【やまねこ】になるんですよ。仙狸せんりという仙獣が伝わっていますからね」


 なんでも人を化かしたり、魅了させる妖怪なんだと。

 たぬきはイヌ科の動物だから、狐と狗と一緒にまとめられたとか何とか。



「つまりこっちだとまだテイムモンスターをゲットできないとか?」


「いちおう魔獣演武からのコンバーターはもともと連れていたテイムモンスターがいるのでそちらはすでにハウルや斑鳩で知ってるとは思いますけど、シャミセンさんみたいに星天遊戯でゲットしたプレイヤーはいないと思いますよ」


 それがどういう因果か、ゲットできてしまっているオレを見据えながら頭を垂れるビコウ。

 彼女が言うことが本当ならクレマシオンは予想どおりコンバーターだったということになる。


「運営側から云わせてもらいますと、実装アナウンスから一週間くらいはあまり表立ってテイムモンスターを連れて歩かないほうがいいですね。ただでさえシャミセンさんはいろんなことで目をつけられてるんですから」


 ビコウの話では、先日話した『太陽と月』イベントが終わった翌日からこっちのプレイヤーもテイムモンスターを手に入れられるようになるんだと。

 そんな状態なので、もしオレがワンシアを連れて歩こうものなら、それこそ本当にデータ改造してるんじゃないかと怪しまれるだろう。


「これまで起きてきたシャミセンさんの運は、システム的なものなのか、それとも人為的なものなのか、判断しかねますからね」


 ちょっと待て、自然なとか神憑り的なことだとかいう考えはないのか?



「まぁビコウの言うとおり、しばらくは召喚できないのな」


 勿体ないけど、運営でもまだあまり知られてないそうだ。

 日本サーバーだけでもプレイヤーの数が二十万くらい超えたらしいから、最近は運営に対するメッセージが多くて、オレ個人に目を向ける暇がないんだとか。

 で、一番のクレームは経験値が表示されないこと。

 RPGにおいてこれは致命傷かなとは思うけど……理由はどうも違ったらしい。


「それじゃぁ聞きますけど、実際自分の経験値って目に視ることができますか?」


「ゲームじゃないから出ないだろうね」


「そういうことです」


 ビコウは小さく笑みを浮かべる。

 なんとなく彼女の考えがわかった気がする。

 要は実際自分たちがいろんなことを経験したとしても、それが数値化して見えるわけではない。

 経験を積めば、それだけ作業内容を覚えるから、効率よく動くことができるし、いろんな知識を持ったということになる。

 それがレベルアップだというかどうかはわからないが、ビコウの考えを要約するとそういうことになる。


「まぁ、それだとさすがにあれなので、レベルにもよりますけど20からはだいたい100集まったらって言ったところですね」


 計算すると百回戦闘すればいいのかと思ったのだけど、弱いモンスターを倒しても、最悪1なんだと。

 レベルが上がりにくい理由はそれだったのか。



「ところでセイエイは?」


 フレンド一覧を見るとセイエイはログアウトしているのだけど、なんかオレとビコウ以外に部屋の奥に誰かがいる気配がしていた。


「覗くのはダメですよ」


 それを聞いて誰がいるのかがなんとなくわかった。


「起こさないほうがいいな」


 ログアウトしてるから、ログインしてくるまで起きることはないのだけど。


「いくら自分に好意を向けられてるからといって、変なことしようものなら垢バンにしますよ」


 ゲームには倫理コードってのがあるからムリだろ。

 とツッコもうとしたが、ビコウはスッと姿を消すようにログアウトしていった。

 それを見ながら落胆するように、オレは頭を抱える。

 睡蓮の洞窟に行って[ユンム]の発掘をしようか。

 なんて考えてたら、午前〇時を回っていた。


「はぁ……なんかやる気がしなくなってきた」


 こういう時はあまり身体が動く気がしない。

 なんて考えながら、届いていたメッセージを確認する。



[運営からメッセージが届いています]

[ハウルさまからメッセージが届いています]

[白水さまからメッセージが届いています]



 まずは運営から。


『魔宮庵の女将です。

 近くに[ジンスチュエ]という人を歌声で惑わす鳥類のモンスターが発生しており、食料運搬に被害が出ております。討伐してくだされば、金一封を差し上げます。

 依頼を受けますか? [はい]/[いいえ]』



 討伐クエストの依頼だった。

 部屋を間借りした時にインフォメッセージをもらったさい、説明文にそういうものがあるとは書かれていたが、急に来るんだな。

 とりあえず[はい]を選択。

 制限時間は二日なんだって。討伐数は五匹。

 どういうモンスターなのか、一応混乱とかさせるモンスターみたいだから、そこを注意しよう。



『チルルのレベルが上がりました。

 [タンスオ]という新しい魔法を覚えたみたいです。

 説明を見る限り、モンスターを探す時に有利になるようですが、もともと特性でそういうスキルがあったので、あまり役に立たないと思いますがしばらく試してみます。』



 ハウルから、チルルが成長したという報告だった。

 狼に探索スキルというのはあまり必要ないだろうけど、手に入れられるアイテムとかのクラスが上がるとかじゃない?

 プレイヤーと違って、テイムモンスターに魔法の書は使えないんだってさ。実力で覚えるしかないのかね?

 とワンシアの成長を楽しみにしながら、次のメッセージ。



『魔法の紙の名前を決めました。[燐紙]というのはどうですかね?

 もしよろしければ三枚セットで準備してますので、時間ができましたらギルドハウスまで来てください』



 この前の日曜日にぶつけられたみょうちくりんな折り紙か。

 ほしいなぁとは思うのだけど、やっぱり白水のオリジナルはクオリティーがおかしいと思う今日このごろだった。



 ログアウトする前に、寝室で寝ているセイエイの寝顔でも見ましょうか。

 並べられたふたつの布団の中でひとつの膨らみがある。


「…………っ」


 その布団の中でスースーと寝息を立てているセイエイ。

 気持ちよさそうに寝ていて、悪戯するのもためらうほど。


「そういえば、昨日はなんでログインしてなかったんだ?」


 理由を聞こうにも本人は寝てる……もといログアウトしてるわけだし。

 オレ自身とくに興味があったというわけじゃなかったので、明日あたり会えたら自分から話題に出してくるだろう。

 そんなことを考えながら、オレも空いている布団に潜り込んでログアウトすることにした。

 討伐の依頼って、二日だからもしかして今日も入ってる?

 と思い、討伐クエストの詳細を確認すると[47:43]と時間が表示されていた。

 日数制限ではなく時間制限だった。

 討伐数は五匹だし、一日あればクリアは可能だろう。

 すこしばかり安堵し、今度こそログアウトしようとした時だった。



「むにゅっ」


 隣の布団で寝ていたセイエイが寝返りをうつようにオレの方へと身体を向けた。


「ログアウトしててもそういう演出が……」


 チラリとセイエイの方を見たのが悪かった。


「……なっ?」


 ちょうど布団とセイエイに隙間ができており、彼女の裸体が目に入った。

 というか、なんで? なんで裸(下着は着けてるけど)で寝てるわけ?

 しかも寝相が思った以上に悪いのか、横を向いたかと思えば仰向く。

 その時掛け布団がはだけて、綺麗なお椀が顔を出した。

 その光景に目を奪われないわけがない。

 叔母のビコウと同様、見た目を裏切るほどのスタイルの良さ。

 「すげぇ」と嘆息するように混乱してたら、ビコウからメッセージが届いた。



『恋華は寝ている時、暑いからって服を脱ぐくせがあるんですよ』



 それを読んでハッとする。

 薄闇で気付かなかったが、よく見てみるとセイエイが寝ている布団の周りには洋服とかが散乱していた。

 同じ部屋を使用できるとはいえ、ほとんどすれ違っているようなものだったから、そういう癖があったのかと今知った……。

 スクショ……撮るわけないだろ。

 それがバレたらビコウに殺される。

 でもバレなきゃ……。

 そう思いながら、視界をセイエイのほうに向け、スクショのボタンを押そうとした時だった。



 いや、ちょっと待て?

 なんであの時ビコウが、それこそ鬼かがったようなタイミングでセイエイの癖を教えるようなメッセージをオレに送ってきた?


「あ……」


 以前にも似たような事があったことを思い出す。

 それははじまりの町の裏山にある隠しダンジョンでの事件だ。

 あの時いなかったはずのビコウがタイミングよく助けに来た。

 本人は孫悟空は一瞬で移動することができるとか言っていたけど……。

 いや、彼女は言っていた。


『ただでさえシャミセンさんはいろんなことで目をつけられてるんですから』


 ……と――


「もしかしてあの時も偶然じゃなく、オレを監視していたのか?」


 そんなことを考えながら、オレは玉のような少女の裸体を横に感じながら、興奮を抑えるようにログアウトした。


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