第89話・水蜜桃とのこと


「そういえば、今日って休みだったんだっけ?」


 そう思いながら天井を見つめ、思考に耽る。旅館特有の組木細工のような天井模様。

 現在オレは魔宮庵で間借りしている部屋の寝室にいた。



[ジンスチュエ討伐に成功しました。

 魔宮庵の女将から金一封が届いています。]

[プレイヤーのレベルが上昇しました]

[*左腕負傷 回復時間0:35]

[テンポウさまからメッセージが届いています。]

[セイエイさまからメッセージが届いています。]

[セイエイさまからメッセージが届いています。]

[ビコウさまからメッセージが届いています。]

[ハウルさまからメッセージが届いています。]



 インフォメッセージを確認すると、色々と入ってた。

 ひとつめはジンスチュエ討伐成功による恩恵。

 そちらは金一封が入っており、一万Nの報酬。

 後でセイエイに連絡して半分ずつに分けますかね。

 あの子の場合、いらないとか言いそうだけど。



 レベルアップのポイントは当然のようにLUKに振り分ける。

 これで基礎値で160。土毒蛾の指環を装備していないから、その分を引いて、現在200になる。

 玉龍の付加はその10%だからLUK以外のステータスにそれぞれ20ずつプラスされることになる。



 改めて自分のステータスを確認してみた。



 【シャミセン】/【職業:法術士】/13412N

  ◇Lv:25

  ◇HP:737/737 ◇MP:1250/1250

   ・【STR:14+20(10+20)】

   ・【VIT:9+50(30+20)】

   ・【DEX:19+20(+20)】

   ・【AGI:13+20(+20)】

   ・【INT:10+90(70+20)】

   ・【LUK:160+40】


  ◇装 備

   ・【頭 部】

   ・【身 体】玉兎の法衣+5(I+20 V+30 L+10)

   ・【右 手】

   ・【左 手】緋炎の錫杖(S+10 I+20)

   ・【装飾品】女王蜂のイヤリング(L+10)

         玉龍の髪飾り(I+30 L+20)



 やっぱり[土毒蛾の指環]がないからステータスが若干弱体化してる。

 テンポウにはログアウトする前に連絡をしておいたけど、できれば早々に返してほしいものだ。



『すみません。土毒蛾のことですが、今日は用事があってログインするのは夜あたりになるかもしれません。それから相手にアイテムを転送するのはフレンドどうしではなく、ギルマス特権の機能らしいです』



 というテンポウのメッセージ。送られてきたのは午前七時あたりだった。

 たぶん、メッセージ確認でログインしたのだろう。フレンドリストを見るとログアウトしている。

 現在午前九時四五分。自分で言うのもあれだけど、だいぶ寝てたのなぁ。


「あら? そういう機能だったの?」


 てっきり誰にでもできるのだと思ってた。そういえばキュウトウダバの時って、ナツカが転送アイテムを送ってきたんだよな。

 まぁメッセージを読む限りは土毒蛾の指環は返してもらえるようだし、夜の時間帯にもう一回連絡してみますかね。

 あれ? それだと洞窟のやつはどうなるの?



『今日なにか用事ある? もしなかったらデートしたい』



 らしいです。……デートって、マジですか?

 セイエイのお誘いは遠回しどころか、いきなりストレートに来ますな。

 と思ったら、連続でセイエイからメッセージ来てた。



『あ、別にデートとかじゃなくてね、休みだけど、宿題は夕方やっても別に大丈夫だし、特にやることないから暇なだけだから。別に誰かと一緒でもいい。

 クラスの子の話を聞いてると、進学校だからなのかな? やっぱりみんなゲームしないみたいΣ( ̄ロ ̄lll)

 学校が終わったらみんな塾とか行ってる。学校の勉強だけでいいんじゃないの?

 うーん、ゲームの話だったら声かけられるけど、他のことってなんかある? あんまりそういう話をふるのって苦手』



 あぁ、そういうこと。顔文字を見て結構ショックなのが目に浮かぶ。

 セイエイとは学校のことで何度か話題になったことがあるから、彼女の学校のことも聞いたことがあるのだけど、通っている学校が共学で中高一貫の進学校らしい。

 そりゃぁみんな優先度はゲームより勉強に偏るやね。ゲーム好きで勉強もできるセイエイが特殊なんだよ。たぶん……

 オレはというと休みだというのに、特に用事もないから、お昼過ぎたらと連絡しておこう。ちょうどセイエイとサクラさんが同じフィールドにログインしているようだけど、どうやらレベル30以上じゃないと入れないレベル制限フィールドだった。

 ……というか、暇潰しにアイテム狩りですか? そんで気付いたらレベルが上がっているっていう。ほんと末恐ろしい子だ。

 たぶんサクラさんのレベルが高いのって、セイエイに付き合ってるからじゃないか?



『えっと、とりあえず業務連絡。[水鏡]について、あれから自分でもありそうなフィールドで探してみましたが見つからず。運営に連絡したらアイテムデータが日本サーバーにないそうです\(^o^)/』



「おいまてこらぁっ!」


 即行メッセージで『(# ゜Д゜)』って送ってやろうか?

 [照妖鏡]どうするんだよ? 自分が作れますよって言ってまいた種でしょうが?

 いや元をたどればオレが悪いんだけどね。

 なので本心をグッと堪えて、


『わかった。ほかになにか対策法がないか教えてくれ』


 とだけ送っておこう。



「あぁっと、どうするんだ? これから……」


 ほかになにか策でもあるのかね、孫行者じゃないやビコウさんや。


「こうなったら、ゴールデンウィークのイベントクエストクリアしてやる」


 もしかしたらLUKで見破れるなんてこともできるかもしれないし、確証はないけど。



『ローロさんにたずねたら、簡単なものでいいなら羽根帽子作ってくれるそうです。吟遊詩人の能力はINTも関係しているので、もったいないけどINT上昇のクリスタルもわたしておきました』



 ハウルからのメッセージは金糸雀の羽根を使った羽根帽子を作ってもらえるというメッセージだった。

 オレもそろそろ[緋炎の錫杖]を鍛冶で強くしてもらおうか。

 系統的に火属性になるだろうな。別にそれでも構わないけど。

 そう思いながら、装備品の熟練度を調べようとした時、簡易ステータスに新着メッセージのポップアップが出てきた。



[斑鳩さまからメッセージが届いています。]



 ログインしてた? 確認するとログインしていて、フィールドに出てる。



『シャミセン、ちょっと聞きたいんだけど、お前、昨夜他のプレイヤーになにかしたのか? 掲示板で話題になってるぞ』



 はっ? どういうことでしょ?

 メッセージには掲示板のアドレスが載せられているのだけど、昨夜はセイエイとハウル、テンポウとそれぞれパーティーを組んでほとんどジンスチュエ討伐していたのだが……オレなにかしてるの?



 とその掲示板を見ようとした時だった。



[運営からメッセージが届いてます。]



 というのが、メッセージにポップアップされる。


「運営から?」


 なにかイベントの告知だろうか? もしかしたらビコウの言っていた『太陽と月』についてだろうか。

 あんまり公式見ないからそういうのに疎い。

 運営からのメッセージをひととおり目を配った時だった。

 いきどおり。

 それがオレの頭の中をグルグルと渦巻き、それこそ訳の分からない感情をむき出しにしていた。


「……なんだよ? これ――」


 とすこし、そのメッセージを読む前の、油断していた自分をぶん殴りたくなっていた。



『アカウント一時停止のお知らせ。

 有志から送られてきた連絡と調査により、シャミセンさまのアカウントを一時停止とさせていただきます。

 4月29日午前0時42分ごろ、馬鈴湖周辺にてシャミセンさんがプレイヤーを執拗に襲い不義な行いでデリートしたという目撃証言があり、また同時刻、シャミセンさんが魔宮庵周辺を一人で歩いていたという目撃証言もあるため、調査とこれ以上の被害がないよう、ホームの外出を禁止しております。

 また調査中としており、午前十時以降のメッセージの受け渡しを停止しております。アカウント停止の解放日程は未定としてあります』



 という連絡だった。

 ためしに部屋から出ようとしたが、廊下へのふすまを開けることはできても、それから先へと行くことができないようになっていた。

 フィールドに出られないということはレベル上げとかもできない。

 そしてなによりほかのことができない。



「どういうことだ?」


 オレがなにかをしたということが運営に連絡が来てるということは、メッセージが送られてきた以上真実なのだろう。

 でも無実だということはオレ自身が証明できるけど、犯人が無実だと証明したところで真実は虚飾となり、なんの意味も持たないなまくらナイフとなる。



[ビコウさまからメッセージが届いています。]



 簡易ステータスにメッセージが届いたことがポップアップされる。



『運営に確認したら、シャミセンさんがその時間にいたのは魔宮庵の周辺で、今日の午前一時手前までいたことがわかりました。それからテンポウからメッセージで馬鈴湖に向かったことをケンレンを通じて彼女から連絡を受けており、現在、兄にその時間のメッセージログを確認してもらっています。


 それから可能性として、変身能力を持っていてシャミセンさんのことを知っているのは、マミマミとハウルだけです。

 変身能力は一度会ったことのあるプレイヤーやモンスターにしか変化することができないよう設定されていますので、この二人が先に考えられます。』



 テンポウは今ログアウトしてるが、掲示板でオレがやったという蛮行を知ったということか。


「セイエイに連絡しておくか」


 今日からプレイができないと連絡を入れておこう。



[メッセージ作成に失敗しました。]



 こっちからメッセージが送れなかった。


「アカウント一時停止だからか……」


 すこしばかりブルーになる。連絡もできないってことね。

 運営からのメッセージはとにかく、ビコウと斑鳩からの連絡はアカウントが停止されるギリギリに送られてきたってことだろうか。


「仕方ない、ログアウトしますか」


 そう思いゲームを終了させ、部屋から出て一階へと降りようと時だった。



「煌乃、あんたどういうことだい?」


 階段下にあるリビングから母親の声が聞こえ、そちらに視線を落とす。

 その口調はどこか苛立っていた。


「あんたこともあろうに、そんな趣味があったのかい」


「はぁ、なんだよそれ?」


 いきなりそんなことを言われてもわけがわからんぞ。


「こんな、中学生の彼女がいたなんてどうして話してくれなかったんだい? しかも綺麗な女性まで一緒に二股でもかけてたのかっ!」


 ……はっ?

 オレはどういうことだろうかと、慌てて階段を降り、リビングの扉の前に立っている母親を押しのけるようにして中に入った。



 リビングにいたのはいつものレディーススーツを着た咲夢が立っており、その横のソファに坐っている恋華は淡いピンク色の私服だ。


「あ、こんにちわ」


「…………」


 目の前の恋華はオレに気付くや、すこしばかりおびえた表情を向けていた。普段見たことのに表情だからすごい気不味い。


「お、お茶を出したほうがいいかね?」


 いそいそとキッチンの方へと入っていくおふくろ。


「あ、お構いなく。こちらは用事があってきたというわけではありませんから」


 それをやんわりと断る咲夢。こういうやりとりは慣れてるんだろうな。


「サクラ、シャミセンやってないよね」


 恋華がオレに視線を向けながらも、咲夢にそうたずねる。


「えぇ、彼がやっていないということはお嬢が一番わかってるんじゃないんですか?」


「もしかして掲示板のことですか?」


 オレがそうたずねると、咲夢はうなずいてみせた。


「なんだい? なにか悪いことでもしたってのかい?」


 母さんが怪訝な表情で口を挟んできた。

 うん、横槍はやめてくれませんかね?



「いやなんでもない。そうだオレの部屋に来る? そこだったら話せることも話せるだろうし」


 そうたずねると、恋華はちいさくうなずき、立ち上がる。


「変なことするんじゃないよ」


 しないから。というかなにを想像してるのやら。


「大丈夫ですよお母さん。もし変なことをしようものなら地獄に送るくらいわけないですから」


 と笑みを浮かべる咲夢さん。指をボキボキ鳴らすのをやめてくれませんかね?


「シャミセン、サクラ空手黒帯」


 いつのまにか隣に来ていた恋華がそう忠告する。


「前に高校の全国大会で優勝したことがあるとか言ってた」


 うん、なにもしないから、その鋭い目をこっちに向けないでくれませんかね? 咲夢さん。……



 さて、女の子を自分の部屋に入れるというのは男として幸せの一瞬ではあると同時に、幻滅されること請け合いのイベントだ。

 男が女の子の部屋に入るのも似たようなものだろう。


「意外に片付いてますね」


「本いっぱい。でも難しそう」


 あら? 恋華の感想は意外なものだった。てっきり恋華も難しい本を読んでるのだと思ったのだけど。


「お嬢さまは学校から配布された教科書とドリルや辞典以外は特に使いませんよ」


 参考書とかは? ってよく考えると恋華はまだ中学一年生なんだよな。辞書とかもたいてい学校からの配布だろうし。


「お嬢さまの部屋はほとんどゲームや遊具しかありませんから。それこそ昔のゲームもありまして、本棚に勉強関係の書物なんてほとんどありませんよ」


 うん、一度見てみたい。でもそれがほんとうだとしたら頭いいってことじゃないの?


「サクラ」


 ベッドに腰を下ろしたセイエイが、ムッとした表情で咲夢に声をかけてきた。


「わかっています。シャミセンさん、こちらとしてはシャミセンさんが犯人ではないことはわかっているのですが、誰がやったのかという原因がわからないのです」


 咲夢が机の椅子に腰を下ろす。

 オレ? 床に腰を下ろしてもいいのだけど、それだと咲夢のタイトスカートの中が見えそうだったので、恋華の横に座った。



「変身能力は高いINTとDEXがないと覚えるのが難しい。だから魔獣演武のコンバーターでも覚えてる人はそんなにいないみたい。それと掲示板にアップされたスクショに映ってるシャミセンは[紫雲の法衣を装備してた、、、、、、、、、、、]」


 セイエイの言葉にオレはアッと口を開けた。


「紫雲の法衣ってことは……」


「おそらくマミマミ――夢都さんがシャミセンさんに変化して悪さを行ったと考えるのが自然でしょう。彼女のアカウントは日本サーバーに存在していませんし、VRギアに保存されているIDは二重アカウント防止となっています。なので目撃写真に映っているのがシャミセンさんだったとしても、運営としてはあなたの行動を制限した状態で、それでもあなたを騙るプレイヤーがいたとすれば見つけることができるかもしれないということになります」


 それでも可能性は低いだろう。でもどこか引っ掛かりが……


「日本サーバーにはない? ってことは他のサーバーにはあるってことか?」


 そうオレが口にだすと、セイエイがうなずいてみせた。


「夢都さんのVRギアに中国サーバーの不正アカウントIDが入っていたってフチンから聞いた。それにイベントでロクジビコウと戦った場所は日本サーバーじゃなくて中国サーバーだったこともわかったって」


「隠しダンジョンの妙なモンスターデータもそこから流れているってことか」


 聞き返してみると咲夢がうなずいてみせた。


「もしシャミセンが本当にしてるのならアカウント停止になっていたけど、今のシャミセンが[紫雲の法衣]を装備していないってことを運営は知ってるから、あえて一時停止にしてる」


「なるほどね。そっちからロクジビコウを見つけることはできないのか?」


「それが別のサーバーから転送されているみたいで、シャミセンさんを止めようとしたプレイヤーが一瞬で倒されているそうなんです」


 いくらなんでもオレのステータスでそんなことできんぞ。


「だから、シャミセンのことを知ってるプレイヤーは別人じゃないかって反論もあって掲示板が炎上してる」


 ますます掲示板を見てみたい気もするけどやめておこう。

 確実にSAN値直送になりそうだ。



「とりあえずその調査が終わるまでは、おとなしくしておいたほうがいいってことだな」


「うん、シャミセンとゲームできないのはつまらないけど、こうなった以上しかたない」


 あら、意外に物分かりのよろしいようで。駄々こねると思ったけど。



「それから、もうひとつ。フレンドリストのデリートもしております」


 まぁしかたがないか。みんなに迷惑を掛けられないし。


「でもまたフレンド登録できる。ほとぼりが冷めるまでは我慢する」


 ジッとオレを見つめる恋華の目は潤んでいた。

 そんなにオレと離れるのが嫌ってことですかね?


「あ、勘違いしないように。最近星藍さんがデバッグとかフィールドに出てくるモンスターのレベル調整で忙しいからかまってもらえないんですよ」


 と咲夢が忠告する。わかってますよそれくらい。

 ビコウと一緒にいる時のセイエイって、オレといる時よりもいきいきしてるし。


「まぁしばらくの別れだから気にするな」


 オレは無意識に恋華の頭を撫でる。


「うん」


 セイエイははにかんだように顔を俯かせる。



「お嬢さま、そろそろ時間です」


 咲夢からそう言われ、スッと立ち上がる恋華がオレの耳に唇を近付けるや、


「おねえちゃんから聞いたけど、今度ワンシア見せてね」


 と耳打ちするや、咲夢に連れられるかたちで部屋を出て行った。



「あぁもういいのかい?」


「はい。すみません突然訪問してしまって」


「いやいやいいよ。まぁあんなやつでも彼女ができるなんてねぇ。よかったらまた来なさい」


「ふふふ、では失礼します」



 ぽつんと部屋で一人になったオレは倒れるようにベッドの上に横たわり、天井を見つめる。

 というか星藍……いくら姪っ子だからって、自分が隠すようにって言っていたワンシアのことを話すなよ。

 恋華の目、ゲームさながらに目が爛々としていて楽しそうだったぞ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る