第78話・吹鳴とのこと


 ナツカからもらったマップを頼りに、奥へ奥へと進んでいく。

 途中、例の三匹が行く(コウモリ版)に何度か遭遇していたが、対処法がなんとなくわかってきた。

 まず超音波で敵を撹乱、もしくは混乱させてから咀嚼するというのが彼らの行動パターンとなっている。

 実際、二回くらい先制を取られた時は必ずと言っていいほどそうした行動を起こしていたためだ。

 シンプルエンカウントは戦闘を避ける事ができる反面、逃げることができない狭い路地なんかだと袋小路になりやすい。

 で、対処法だけど、すごいシンプル。

 耳栓してればいいんだってさ。

 そういうことなら、遭遇する前に教えてくれませんかね?



「対処法が分かったとしても、油断はできませんぞ」


 忠告ありがとうございます。

 何度か戦闘しているし、ダメージも食らってるけど、[玉兎の法衣]のおかげでHP回復はしなくていい。

 アレクサンドラさんも武器自体がドレイン効果があるんだと。

 あと、拳闘士や格闘家みたいな素手が他の職業より強く設定されている職業にはコンボなんてのがあるんだとか。

 そのコンボ数によってドレイン効果が発動されるらしい。


「そういえば、キックとか使わないんですね」


「ボクシングでキックは反則ですが?」


 普通に返された。

 キックボクシングとかムエタイとかあるとは思うのだけどね。

 アレクサンドラさんはボクシングをやっていたみたいだから、それはそれでプライドみたいなものがあるのだろう。

 と思ったら、闘士カテゴリーなんてのがあって、[剣闘士グラデュエーター]、[拳闘士ボクサー]、[蹴闘士キッカー]、[和闘士カラテ]と、種類によって戦闘方法が異なるんだとか。

 拳闘士はボクシングだから当然キックは使えないってことか。

 他のやつはルールをあまり知らないからなんとも。



「そろそろ目的地についてもいい頃だと思うんですけど」


 マップには[B1]としか書いてないから、地下一階にあるということだろう。もしくはもう少し奥地のほうか?

 右に曲がっては右に曲がって、左に曲がっては左に曲がって。

 考えによってはグルグル回ってる気がする。


「ここを左ですな」


 先導してくれているアレクサンドラさんが普通に曲がる。

 オレもモノクロの景色に不安を抱えながらそちらへと曲がった時だった。


「いっつっ?」


 足に激痛が走った。

 その勢いのまま、のたうち回るオレ。


「大丈夫ですか?」


 アレクサンドラさんの心配した声すら聞こえないほどの激痛。

 小指打ったっ! 小指っ!


「タンスの角に小指を打ちやすいというのは、それだけ意識が小指に向かれていないんですよ」


 冷静に解説しないでください。

 あと、たぶん視界がモノクロだから、道幅の感覚がずれていたんだと思う。というかこういう痛みも連動してるの?

 VRゲーム末恐ろしや。



「……っ! シャミセンどの、敵が現れました」


 アレクサンドラさんの言葉に、オレは彼の視界の先を見た。

 コウモリが三匹……違うな六匹くらい、召喚されるように湧き出てきた。



 [ウェスペルティーリオー]Lv7 属性・陰

 [ウェスペルティーリオー]Lv13 属性・陰



 なんともレベルの差が激しい組み合わせですこと。

 ただ、むこうは気付いていないのか、浮揚してはいるものの、動こうとはしていなかった。

 それに発見と認識をしたことで、オレとモンスターとの間合いがグリーンに入っている。


「カウンターおねがいします」


 オレはそうお願いすると、弓を引く構えをとった。

 チャージのエフェクトが、赤に変わる。


「[チャージ]ッ! [ライトニング]ッ!」


 チャージをかけたライトニングをはなつ。光の矢は……五本?

 一匹見失った?

 光の矢は五匹に当たり、弱点属性のダメージ修正。HPがレベルの低い方は半分、高い方は1/3くらい削れた。



「キィシャアアアッ!」


 一撃で倒せなかったのは惜しいが、向こうも戦闘態勢に入ったようだ。

 例説通り、超音波攻撃でオレとアレクサンドラさんの動きを止めようとするが、対処している以上、それが通じなかった。


「はっ!」


 アレクサンドラさんが軽やかなフットワークでコウモリの群れの中に入る。


「[ヴェルソー]ッ!」


 拳に水色のエフェクトが発生される。

 それと同時にボクシンググローブは水をまとい、コウモリを飲み込む。攻撃はレベルの低いコウモリに当たり、HPは一気に削れていき、全壊した。

 一匹を倒したら、他のコウモリは消滅するのだけど、これってリーダーが倒されたから、逃げてるって解釈していいかな?


「キィシャァアアアアッ!」


 もうひとつの、レベルの高いコウモリが大顎を開き、アレクサンドラさんに牙を向ける。


「オラァッ!」


 その大口に拳をツッコむアレクサンドラさん。

 口調は紳士的だけど、戦い方が大胆かつ冷静でワイルド。

 もしかして、戦闘になると性格とか変わるタイプ?


「[マルス・ショット]ッ!」


 ゴッとコウモリの体内から激しい炎が燃え上がった。

 それこそコウモリの体内を裂くほどに。

 クリティカルの判定。HPが一割を切った。

 しかも火傷判定も入って、じわりじわりとHPが削れていく。

 次第にHPは全開し、コウモリは消滅した。



[アレクサンドラのレベルが上昇しました]

[シャミセンのレベルが上昇しました]



 久しぶりにレベルアップのアナウンスがポップされた。

 しかも二人同時に。

 まぁ、オレはいつもの通り、ポイントはLUKに振り分けるんですけどね。

 これでLUKの合計値が205になったわけだけど、[玉龍の髪飾り]による付加数値に変化がないからHPとMPの計算はそれぞれのステータス×レベル÷2になったくらいで、ほとんど変わらない。



 それにしても、普段はモンスターの数だけ光の矢が発動されていたはずなのに、一匹見失うってのはどういうこと?


「おそらく、意識が逸れていたのではないでしょうか?」


 アレクサンドラさんの推測は、[夜目]のように視界が視えるにしても、普段の晴眼とは違う状態だと、さっきのタンスの角と同じように、視界に入らない場合や、いるという認識が抜けていたのではないだろうかと。

 コウモリは六匹認識してたんだけど……。

 なんか意識が飛んで……?



「あれ?」


 すこしクラッとしてきた。

 目の前がぼんやりとして、目を擦りたくなるくらいに瞼が重たい。

 ステータスを見ると[暗闇]になってる。


「そろそろリフレッシュさせたほうがいいですな。私はまだ大丈夫ですが」


 [夜目]は長時間発動させ続けると、目に負担がかかるんだと。

 そりゃぁ暗闇の中で本を読んでるようなものだから、目がそれを見ようと無茶をする。

 当然[暗闇]みたいなバッドステータスにかかることだってありえるだろうな。


「すみません、ご迷惑をかけてしまって」


 オレの[夜目]は自動発動だから、装備品を外さないと解除されないようだ。

 まぁ大きく下がるのはAGIくらいだから、しばらく目が休まるまでは外しておこう。

 これ、一人ソロでやってたら格好の餌食だな。

 モンスターの発生もしばらくはなさそうだ。



「シャミセンどの、少しよろしいですかな?」


「なんですか?」


 周りが真っ暗だから、とりあえず声がしたほうに声をかける。

 正直、自分が目を瞑ってるのか、いないのかわからない状況。


「今回、ギルマスからの依頼ですが、すこし気になることがありまして」


「気になることですか?」


「はい。[ユンム]というのが雲母だというのは聞いてはいますが、宝石の中ではさほど高価なものではないんですよ」


 でも鉱石なんでしょ?


「おそらくですが炎対策に用いろうとしているのかと」


「その雲母ってやつは炎に強いんですか?」


「ええ。白水どのの話によりますと、ストーブの覗き窓にはその雲母が使用されていたようで、もしかしたら特性で炎を無効化にできる装備品ができるのではと考えているようです」


 それがもし本当だとしたら、白水さんほんとナニモノ?



 しばらくして、だいたい五分くらい。

 ステータスを確認すると[暗闇]が自動回復してた。


「もうよろしいのですか?」


「ええ。もう大丈夫です」


 オレはそう言いながら[土毒蛾の指環]を装備し直す。

 暗闇の中だから、完全に手探りだな。

 右手人差し指に装備すると、[夜目]が自動発動された。

 ぼんやりと景色がモノクロになっていく。



「おっ?」


 道の先に目を凝らすと、ぼんやりと白い光が見えた。


「向こうに何かあるみたいですね」


「おや? 先程はなかったのに」


 アレクサンドラさんが首をかしげる。


「誰かいるんでしょうか?」


 オレがアレクサンドラさんを見据えるや、


「行ってみましょう」


 と同意を求めてきた。

 オレは静かにうなずいてみせた。



 その光の先に行くと、ぼんやりと青白い光が地面から出ていた。

 景色はモノクロだけど、なんとなくそんな雰囲気。言い換えると煙じゃなかろうか?


「モンスターの気配はないですな」


 たしかに気配という気配がないが、油断はできない。


「ちょっといいですか?」


 オレは地面に落ちている、手頃な大きさの石を手に取ると、それを青白い煙に放り投げた。


「……っ!」


 投石は地面に落ちる既のところで跳ね返される。

 それこそ鏡に光が当たって、屈折するかのように。


「っぶぅねっ?」


 その投石がオレの方に戻ってきた。

 間一髪避けられた。

 オレが投石した時より戻ってくるの早いし。


「モンスターの反応は?」


 いまだなし。そこにモンスターがいるはずなのに、いるはずだと認識しているはずなのに、モンスターの判定がされていない。


「どういうことだ?」


 オレは怪訝な表情でアレクサンドラさんを一瞥する。


「奇々怪々ですな」


 肩をすくめながらアレクサンドラさんは頭を抱えていた。


「あれ、なんか重要な事を……」


 オレは、白水から見せてもらった[ユンム]の説明を思い出していた。


『ユンチャンフという霧の魔物のコアとされる宝石』……



 コア・・とされる?

 コアって、たしか心臓部とかだよな? ってことは……。


「もしかして夜光虫みたいに、アイテム自体がモンスターってことか?」


 おそらく霧やガスのように見えたのは、プレイヤーをゴースト系だと思わせるためだろう。

 そう認識したからなのか。



 [ユンチャンフ]Lv15 属性・陰



 というモンスターの判定が出てきた。

 それと同時に、地面から発生していた光が充満し、オレとアレクサンドラさんを包み込んだ。


「ぐぅあぁっ!」


 ダメージ判定。じわりじわりと、口からなにかが入り込んでいる。


「の、喉がチクチクして……」


 細かい、なんか針のような……。


「っ! シャミセンどのあまり息をしてはっ!」


 なんか水が飲みたくなってきた。それだけ喉が痛くなってきている。


「くそっ! [アクアショット]ッ!」


 魔法のチャージは黄色。敵にではなく天井に放った。

 その水が天井に当たると、雨のように水が降り注いできた。

 それがよかったのかどうかはさておき、周りに充満していた光が徐々に晴れていく。

 ついでに喉を潤すために口を大きく開いて、水を口の中に含んだ。


「お、痛みが引いてきた」


「おそらく光の中に石綿が含まれていたんでしょうな」


 石綿って……名前は聞いたことはあるけど、体内にひどい影響があるから使用禁止になってるんだっけ?



「本体がどこかにいるはずです」


「わかっております」


 と言っても、考えられるのは一箇所くらいだけど。

 光が発生していた場所だ。

 アレクサンドラさんがパッと跳び上がり、


「オラァッ!」


 拳を地面に突き刺した。

 モンスターのHPに変化あり。ただダメージが届いていないのか、そんなに削れてはいなかった。



「アレクサンドラさん、避けてくださいっ! [アクアショット]ッ!」


 チャージは赤色。説明文にバスターってあったけど、どれくらいの強さなんだろ?

 って思ったら、魔法を放ったオレは踏ん張りきれず吹き飛ばされた。


「う、うぉっ!」


 それに巻き込まれまいとアレクサンドラさんは射撃範囲外に避難していた。

 ユンチャンフのHPは?

 一割も削れてなかった。


「あ……」


 もしかして……ちょっと考えがある。



「アレクサンドラさん、さっきと同じ場所にラッシュできます?」


「なにか気付いたことでも?」


 あくまで可能性としてだけどね。

 ゴースト系であるにも関わらず物理でのダメージ判定があった。

 逆に物理ではない水の攻撃ではあまりダメージに期待がない。


「すこし考えが、さっきの攻撃だとアレクサンドラさんが殴った時のほうがあったみたいですし」


「御意」


 アレクサンドラさんはスッと拳を構える。


「[エトワール・プラティム]ッ!」


 指をパチンと鳴らすや、握りしめた拳を地面にたたきつけた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……ッ!」


 なんか、うしろに幽波紋スタンドがいそうな雰囲気で、アレクサンドラさんは拳を地面に向けてラッシュを開始する。

 その打撃は、それこそコンクリートを砕くアンカーのようで、次第に地面にヒビが入り始めた。


「オラァッ!」


 ラッシュが終わると同時に、なにかが地面から飛び上る。


「[ライティング・ブラスト]ッ!」


 オレはその飛び上がった物体目掛けて、光の矢を放った。



 矢は物体に当たる。

 ダメージはクリティカルの判定。光はふたたび矢を作り出し、その物体を貫く。

 そしてふたたびクリティカル判定。

 それがありがたいことにかなり続き、ユンチャンフのHPを削っていく。

 そしてユンチャンフのHPが全壊した。



 そのユンチャンフのコアと思われる物質が地面に落ちると、近くにいたアレクサンドラさんが拾い上げた。



[SRアイテム[ユンム]を手に入れました。

 プレイヤーに[宝石鑑定]のスキルがありませんでしたので、宝石店で鑑定をしてもらってください]



 宝石をゲットした時と同様のアナウンスが流れる。


「うむ。[ユンム]のようですな」


 アレクサンドラさんがなにか持ってるみたいだけど、[夜目]状態なのでまったくわからない。


「一度ギルドに戻りましょう。そろそろログアウトしないといけない時間ですので」


 そう言われ、オレはリアルの時間を見据えた。

 午後十時。普通だったらまだログインし足りないのだけど。


「やり過ぎは身体に毒ですぞ。それに[夜目]状態でいきなり明るいところに出ると、目が混乱してふたたび[暗闇]にかかるというのをメンバーから聞いたことがあります」


 便利な反面、振りなことが多くないですか? [夜目]って。

 今後のことを考えて、オレも[火眼金睛]を手に入れようかな。



 ナツカのギルドハウスに戻ると、中にはナツカの姿があった。

 白水さんは……部屋で作業中なんだと。


「うん、たしかに[ユンム]ね」


 ナツカは手に持った[ユンム]を色んな角度から見る。

 暗闇で見えなかったけど、ほかの宝石とは違って石が層のようにできていた。

 ナツカは軍手を手にはめると、そのスジに沿って[ユンム]を裂いていく。


「力つよっ?」


「いやいや、力が強いんじゃなくて、スジを沿ってだと裂きやすいのよ」


 ナツカはそう言うと、まだ層がある[ユンム]をオレに投げ渡した。

 石の塊だから、足なんぞに落ちたらダメージありそうだな。

 もちろんちゃんと受け止められましたよ。



 ナツカがやっていたことと同様に、[ユンム]のスジに沿って剥がしてみると、確かに簡単に剥がすことができた。


「で、他のところをやってみて」


 他のところってことは、スジじゃないところか?

 言われたとおり裂こうとしたが、できなかった。

 ちなみに割ることもできないんだって。削ることはできるみたいだけど。


「耐熱性のほかにも絶縁性もあるみたいよ」


 なにその万能アイテム。

 それを活かせば、炎どころか電気系も無効にできるってこと?

 防具に使えれば、かなり防御力に期待できそう。


「うーん、ただもう少し枚数がほしいところかしら」


 ナツカが浮かべた複雑な表情こそ、不満気な表情だとは思うのだけど、やはり社会人だからだろう。あまりそういう雰囲気を見せなかった。


「クエストクリアってわけでもないか」


「そうね。まぁレベルがひとつ上がったみたいだし、これからは気が向いた時にでもいいわ」


 ナツカはそう言うと、虚空にウィンドゥを表示させ、なにやら作業を始めた。



[ナツカさまからの依頼を完了いたしました]



 というインフォアナウンス。

 オレ的には中途半端な結果だけど、クエストクリアの表示が視界の隅にインフォメーションメッセージとして表示されていた。


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