第77話・緩々とのこと


 睡蓮の洞窟にあるキャラバンは、外のフィールドとの出入口から地下の階段までの一階フロアを使用しており、ナツカのギルドハウスはその一角にある。

 目的のダンジョンは、それより下層。普段は立て札があり、それより先に行くと、



[この先はレベル20以上のプレイヤーのみが入ることができます]


 というアナウンスが現れてから、


[あなたはレベル23ですので、条件をクリアしています。

 お気をつけてお進みください。]


 と出てきた。

 場所場所によってゲートが違うんだろうかね?

 レベルギリギリのアレクサンドラさんも無事に通ることができた。



 足元には薄闇に染まった階段。先がまったく見えない。

 [夜目]が発動してないってことか?


「光が先まで届いていないのでしょう」


 アレクサンドラさんが助言する。

 [ライト]とかカンテラを使わないとダメなのはこういうことね。

 自然発光する鉱石なんてのはないのだろうか。

 しかも足元が照らされていないってことは、それだけ足元が不安定になる。

 歩いてるだけでダメージ食らう。

 転落だって、セイエイみたいに綺麗に着地できればダメージはあまり無いようだけど、ヘタして頭から落ちようものなら死は免れん。

 一寸先は闇とはまさにこのことだ。

 というわけで、足元に注意しながら、というより踏み外さないよう一歩ずつ進むことにしよう。



 さて、[夜目]と[火眼金睛]の違いについて、すこしオレの見解を含んで説明する。

 まずどちらも光が届いていないフィールドやダンジョンで自動発動される。または意図的に、月明かりがある状態でも周囲を明るく見るために発動する。

 発動条件は意識して発動させる場合と、周りの濃度で判別するようだ。[夜目]は体現スキル以外に装備品から自動発動するようになっており、[火眼金睛]はある条件をクリアしないと手に入れられない。

 [夜目]はうっすらと、赤外線スコープみたいな、モノクロな景色なのに対して、[火眼金睛]は色良く鮮明に視える。

 要するにオレの場合、色別ができない状態なので、壁の変化があるかどうかもわからない状況。



 ナツカからもらったダンジョンマップは埋め尽くされているのか、結構道が入り組んでいる。少しでも道を逸れると迷いそう。


「もしかしてレベル20に設定されているのって、こういうことですかね」


 レベル20くらいだったら、回復とか戦闘も慣れてきたあたりだろうから、対処もできるかもしれないという運営の心配りだろう。


「出てくるモンスターはコウモリとかですね」


 あぁ、それを聞いただけでなんか想像できた。

 さっきからキィーキィーって鳴き声が聞こえてるもの。



 [ウェスペルティーリオー]Lv15 属性・陰



 さっそくモンスターのお出まし。

 見た目はちょっと太めのコウモリ。しかも群れを作っているのか、三匹くらい一緒にいます。

 ただ判別されたのは一匹だけ。

 たぶん一組として扱われているんだろうね。

 十匹くらいあつまったらキングになったりとかしないよね?

 とりあえず今ツッコみたいことは……「名前長っ!」


 もう見た目とかを名前にしてくれたらありがたいんだけど、これってどんな意味なんだろ。



「相性的に陰には陽だな」


 というわけで陽属性の[ライトニング]を当ててみることにする。


「アレクサンドラさんは遊撃をお願いします」


「御意」


 スッと戦闘態勢に入るアレクサンドラさんの拳にはボクシンググローブがはめられていた。……いつの間に?

 見た目は老紳士だけど、なんか歴戦の拳闘士って感じがする。

 いや、見た目というか雰囲気が。

 アレクサンドラさんが華麗な足捌きでコウモリとの間合いに入り、一撃を放とうとした時だ。コウモリの一匹がそれに気付くや。


「キィーッ!」


 と甲高い声を上げた。

 それと同時に、オレの意識……脳が揺らいだ。


「うわぁっ!」


 [ライトニング]と一緒に[チャージ]を発動させていたせいもあり、オレの魔法詠唱はキャンセルされる。

 ついでに[ライトニング]発動の消費MPも一緒に。もったいない。


「くっ!」


 近くで奇声を上げられたアレクサンドラさんはその場に跪き、苦痛を見せた。

 その隙にコウモリの攻撃。


「こなくそっ!」


 アレクサンドラさんは腕を振りながらコウモリの攻撃を防ぐ。

 そして耳鳴りが治まったのか、スッと立ち上がりファイティングポーズを取った。


「超音波かよ?」


 たしかコウモリ自体は目が劣化していて、超音波が跳ね返るスピードで壁との距離を測ってるんだっけか。

 正直場所が悪い。洞窟の中こそ、彼らのホームグラウンドなのだ。


「体勢を立て直しましょうか?」


 正直さっきの超音波を考えると、アレクサンドラさんに遊撃で意識を彼に向けてから、オレが奇襲を放つという考えでは分が悪い。


「いえ、魔法の詠唱をお願いします」


 アレクサンドラさんは拳を構える。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 そして呼吸と整えるや、彼の両手に赤いエフェクトが出てきた。

 なにか発動する。

 そう思ったのかどうかはわからないが、コウモリが二匹、彼に突撃した。


「[グラン・シャリオ]ッ!」


 ゆらりと、アレクサンドラさんの拳が動いた瞬間だった。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ……ッ!」


 幾十、幾百もの拳のラッシュが二匹のコウモリを喰らう。

 打撃を受けるたびに飛び散るコウモリの肉片。

 ヘタしたらその肉片が顔に当たりそうなくらいの勢いだった。


「キィシャァア!」


 その二匹から離れていた残り一匹がオレに向かって大顎を開き突進してきた。

 突進してきたモンスターに対して、オレがやることはただひとつ。

 [緋炎の錫杖]の先を先端にして持ち替え、相手の身体に突き刺す。


「ギィシャ?」


 そんな疑問みたいな声をあげなさんな。


「シャミセンどのは法術士ですよね?」


 アレクサンドラさんもあきれたような声をあげるけど、防御系魔法覚えてないんだから、こういう方法以外に対処がなかったんです。

 コウモリがボッと燃え上がった。

 [緋炎の錫杖]の効果でファイア発動。ダメージは? 半分以上削れた。

 コウモリはジタバタと、身体を穿つ錫杖から逃げるように蠢いている。

 だが、自分で言うのもあれだけど、かなり深くまで錫杖が貫かれてるんだよなぁ。しかもクリティカルの判定も出されていて、コウモリのHPは徐々に削れていき……全壊した。



「ご無事ですかな」


 そう声をかけてきたアレクサンドラさんの表情はちっとも心配してるような空気じゃない。


「なんとか。一応聞きたいんですけど、いまのって?」


 ボクシングの技というより、どこそかの世紀末覇者が使ってそうな技だったんですけど? もしくは聖闘士。


「あぁ、今のですかな? 面倒なので連続で攻撃ができる体現スキルを発動してしまいました。お恥ずかしいところを見せてしまい恐縮です」


 いや全然恥ずかしくない。お前はもう死んでいるとか言ってそうだし。ただすこし気になったこと。


「もしかしてアレクサンドラさんってリアルでボクシングとか、格闘技をやってます?」


「おや? それはどうしてですかな?」


「なんかフットワークとか、あれ[韋駄天]みたいな体現スキルは使ってないですよね?」


 セイエイと何回かパーティーを組んでいる時、彼女が[韋駄天]を発動しても走り方は特に変化がなかった。

 逆にアレクサンドラさんのフットワークは身軽で、本当にボクシングをやっていたような足捌きに見えたのだ。

 それ以前に体現スキルが発動されるようなエフェクトがなかった。


「ははは、昔すこしばかりプロを目指していた事がありましてな。しかしまぁ色々とありまして」


 そういうことなら詮索はしないでおこう。

 プロを目指してということならあのフットワークも納得だし。

 なにか理由があったとだけ思っておく。


「いや、歳には勝てんかったというところですな。思っていることと身体がついていかなくなった。これが理由です」


 オレが知りたそうな顔をしてたんだろう。

 アレクサンドラさん自身がそう教えてくれた。



「VRゲームは自分が意識さえすれば、あとはキャラクターが動いてくれますからね。この感覚が現役引退を決める時までの自分にあったとしたらまだやっていたことでしょう」


 どことなく寂しい表情のアレクサンドラさん。


「プロを目指していたって言ってましたけど」


「プロになるという夢は叶いませんでしたが、アマチュアとしていくつかの大会には出ていましたよ。男というのはきっぱりとやめられない生き物なのでしょうな。こちらのゲームで拳闘士という職業があると聞いた時にはすぐにそれに合わせた初期設定をしました」


 ステータスを教えてもらうと、セイエイと同様、STRとAGIにポイントを高く設定した遊撃タイプだった。

 ギルドの中では自分はまだとか、弱いほうとは言ってるみたいだけど、実際に格闘技やっていた人なら、プレイヤースキルでどうにかなりそう。



「ドロップアイテムはなしか」


「かならず出るというわけではなさそうですな」


 二人してガッカリ顔、それから含み笑い、哄笑へと変わっていく。


「まぁ目的のところまでまだしばらくあります。のんびりとレベル上げといこうじゃありませんか。まだログイン時間に余裕はありますかな?」


 時間は七時をすこし回ったところ。今日は平日で本来のログイン限度である十二時間は、まだまだ余裕で残っている。

 今日一日でノルマを達成できるとは思えないけど、戦闘を重ねてレベル上げだ。

 夕食? 部屋に鍵を閉めてるし、寝てたら起こさないだろう。


「大丈夫です。まだ行けます」


 オレは口角を上げ、ファイティングポーズを取ってみせた。



 あ、余談だけども、あのコウモリの名前ってラテン語で『コウモリ』って意味なんだとか。

 てっきり中国語で来るかなと思ったのだけど、的が外れた。


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