第76話・爪音とのこと


「……っていう夢を見た」


 朝早くにログインしてみると、魔宮庵にセイエイの姿があった。

 そのセイエイはすこしばかり青褪めた表情を浮かべており、オレの顔をジッと見つめている。

 どうやらゲームの中でオレが無惨に殺される夢を見たようで、急いでオレの無事を確認しようとしたらしい。

 魔宮庵にある部屋はセイエイも入れるので、そのままオレの寝顔を見ながらログアウトしたんだと。

 道理で昨夜はいなかったはずのセイエイがオレの隣にいるなとは思ったけど。


「死に方半端じゃないな」


 実際デスペナは喰らってないし、セイエイもそれを確認できたので、このままログアウトするようだ。お互い学校があるしね。



「ごめん朝早く」


「別にいいよ。それより夢でよかったじゃないか」


 オレはセイエイの頭を撫でる。


「うん……」


 当人は納得のいってないようだけど、夢は夢だ。

 でも死に方がロクジビコウと退治した時のセイエイと一緒とは……、この子自身もかなりトラウマとして覚えていたってことかね?

 ただ不満なのはどうしてオレなのかってこと。

 なんかの暗示とかかね?



「さてと、オレもログアウトするか」


 時間を確認すると、現在朝の七時。

 インフォメッセージも特に無し。誰かログインしてるかと思ったけど、平日の朝だからか、さっきまでいたセイエイを除くと、誰もログインしてなかった。

 ビコウすらログインしてないってことは、またイベント用のサーバーでバトルのデバッグでもしてるのかね。



「水鏡についての情報もなしか……」


 昨夜、魔宮庵に戻ってからログアウトした後、情報掲示板にある『アイテム詳細スレ』を過去スレを含んで調べて(ワード検索しただけだが)は見たものの、話題にすら出ていなかった。

 ということは、白水さんやセイエイがそのワードを聞いた時におどろいていたところで、まだ話題にすら出ていなかったということだろう。

 誰かが知ってればもしかしたらとは思うのだけど。

 ビコウの話では[魔獣演武]の時、イベント限定のレアアイテムだったようだし。

 水鏡を手に入れる以外に、今は照魔鏡を手に入れる術はないというわけだ。



 ……割愛。

 時刻は現在夕方六時。

 大学から帰って、レポートする気も起きず、今日も今日とて晩飯までログイン。

 ホームとなっている魔宮庵の一室で目を覚ますと、インフォメッセージはなし。


 フレンド一覧を見ると、[テンポウ][ケンレン][サクラ][ナツカ][シュエット][ハウル][白水][セイフウ][メイゲツ]がログインしていた。


「あれ? セイエイのやつログインしてないのか」


 セイエイの項目がグレーになっているのを見るや、オレは首をかしげた。

 この時間だと、オレと同じようにご飯ができるまでしばらくログインしてるって言っていたんだが、なんともめずらしい。

 逆に一緒に行動しているはずのサクラさんがログインしてる。現在地は睡蓮の洞窟……ナツカのギルドハウスにいるようだ。

 マスターであるナツカと、そのメンバー、白水、メイゲツ、セイフウも同じ場所にいる。



[サクラさまからメッセージが届きました]



 というインフォメッセージが表示されたのを確認すると、メッセージボックスを開くと、


[すこしお話がありますので、ギルドまでお越しください]


 という題名があった。

 中身は……なにも書かれていない。



 たぶんセイエイが前に


『返事はできるだけスピーディーにってフチンからいつも言われてる』


 と言っていたから、基本的に長い文章はあまり書かないのだろう。

 要件をメールの題名に書くビジネスマンもいるくらいだし、スピーディーにことが運ぶ分、意外に気短なオレにはいい。

 オレのほうはほしいアイテムの情報がない以上、レベルあげ以外、今は特に用事があるわけじゃなかった。


「ログインしたのを確認したからかね?」


 オレがログインしてからメッセージを送るというのは、それだけ急用だということだろう。

 別に急用じゃなかったら、ログインなんて待たずに送るだろうし。



 さて、魔宮庵を出てから睡蓮の洞窟へと向かう。

 その道中モンスターに遭遇したが、ココらへんのモンスターは強くてもレベル10に行くかどうか。

 おそらくはじまりの町周辺三キロ圏内は初心者プレイヤーを考慮してそういう設定にしているんじゃないだろうか。

 もちろんそれ以上のレベルになると制限場所に入れるようになるので、レベルあげの効率が上がったりなかったり……。

 ステータス表示のアップデートはされても、未だに経験値に関する表示はなかった。



「というわけでここまで来るのに十回くらい戦闘してきた」


 ナツカのギルドハウスに入り、道中どんなふうだったのかをギルマスのナツカや白水、双子に説明した。


「……いくらなんでも端折はしょりすぎでしょ?」


 上座に坐っているナツカが頬杖をつきながら、あきれた表情でオレを見据えた。

 端折るもなにも、本当に淡々とした内容だから面白みもなにもないんだよ。


「このゲームってシンプルエンカウントだから、モンスターを見つけたら避けることも可能だからな。ランダムエンカウントみたいにモンスターと遭遇して、逃げようとしたら回り込まれるみたいな心配もないさ。ただ戦闘したのがだいたいレベル5か、つよくても9くらいだったし」


 レベル上げ以外の目的だったら、無駄な戦闘は極力しない。

 それがオレの流儀。別にエンディングがあるわけでもなし。

 ビコウから与えられた[水鏡]を手に入れるクエストだって、情報がない以上、動くことができない。


「胸張って言えることじゃないでしょうに」


「まぁまぁナツカ。彼にも一応はしらせておいたほうがいいのでは」


 ナツカを宥めるような口調で白水さんがオレを見る。


「そうだった。サクラさんからのメッセージだけど、なんかオレに用事があるって?」


 周りを見渡すと、すでにサクラさんはギルドハウスには居ないご様子。というかメッセージの題名って、最大何文字なんだろ。

 オレがそれを近くに坐っていたセイフウにたずねると、


「たしか三十文字でしたよ」


 と答えてくれた。結構長い。

 ちなみに双子はこれから父親であるサンドバギーさんのレベル上げを手伝うために、はじまりの町の裏山にあるレベル制限のところに行くんだと。

 そのさいパーティーは組まないようだ。

 パーティーだと経験値が人数分に割られるから、この理不尽にもほどがあるくらいにレベルが上がりにくいゲームを考えてのことと、サンドバギーさんが一人ソロでもプレイできるように指南するんだとか。



 双子がギルドハウスを出て行ったことを確認するや、


「それじゃぁ本題に入ろうかしらね」


 とナツカが口火を切った。


「睡蓮の洞窟にあるレベル制限のダンジョンのことは知ってるかしら?」


「知ってるけど……そういえばレベルが20以上になったとはいえ、入ったことがないな」


 オレは思い出す仕草をするように首をかしげた。


「それがどうかした?」


「昨夜……まぁあなたや双子がイベントに参加しているあいだ、うちのギルメンがそこでドロップアイテムの調査をしていたのよ。基本的にメンバーの装飾品は白水の手製で、それに必要なアイテムや、まだ手に入れてないアイテムがあるかもしれないってことでね」


 イベントに参加できなかったの?

 と思ったのだが、どうやらトッププレイヤーがもらっているクリスタルと白水さんが装飾品を強化するという条件で行ったらしい。

 ポイントもらうよりはそっちのほうがいいかもしれん。

 モンスター図鑑にはHPや属性といった詳細とドロップできるアイテムが表示されるのだが、稀にふたつもったモンスターが出てくる。

 [解体]という体現スキルを持っていれば、カマキリのモンスターならその強靭な鎌を手に入れることもできるのだが、ほかにもレアドロップアイテムがでてくる。

 またシンプルエンカウントの特徴として、出現するモンスターを識別することはできるが、そのアイテムを持っているという可能性があるかどうかはたおすまでわからない。

 それもあってか、掲示板では手に入れたレアアイテムのクラスによっては、あえて情報を流さないような風潮もあるようだ。

 錬金や鍛錬などに使用する素材アイテムなんかは特にらしい。


「そこで宝石系のドロップアイテムが見つかったの」


 言うや、ナツカは白水さんに視線を向けた。

 白水さんは虚空にウィンドウを開き、アイテム欄からなにかを取り出した。


「[ユンム]という宝石です。調べたところ雲母うんぼという宝石ですね」


 宝石に詳しいというわけじゃないし、聞き覚えがほとんどない。


「調査をしたギルメンの話によると、その[ユンム]がドロップできたモンスターは霧のような、ガスのような――」


「実体がないってことか?」


「いや、そうじゃないし、物理攻撃で倒せたって報告がある以上、実体があるってことでしょ? ゴースト系に物理攻撃がまず効かないし」


 ゴースト系……属性が陰のモンスターはその特性として物理攻撃が無効されるスキルを持っているそうだ。

 ということは、その霧のようなモンスターは物理攻撃が通じたということ。


「で、そのモンスターを倒した時に手に入れたのが[ユンム]というわけ」


 オレはナツカの説明を聞きながら、白水さんにその[ユンム]を貸してもらい、アイテムの鑑定をしてみた。



 [ユンム] 宝石/素材アイテム ランクSR

 ユンチャンフという霧の魔物のコアとされる宝石。

 売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのINTが付加される。



「どれくらいの確率で手に入れられるか調べたけど、五十匹見つけてひとつしか出なかったようよ」


 宝石って本当に出ないんだな。

 実は道中ホンバオシ・ラビットに遭遇して倒したのだが、その時にすこしばかり小さな[紅宝石]を手に入れた。

 ただそれは言わないでおこう。


「で、そのアイテムの研究として、シャミセンにはそのユンチャンフ討伐をお願いしたいのよ。できるだけ多く」


 ナツカがウインクする。


「そっちでどうにかならんのか?」


「残念ながらメンバーのLUKを照らしても、シャミセンさんのLUKに届く人がいなかったんですよ。アイテムドロップはLUKに依存しているところがありますから」


 ジッとオレを見る白水さんは続けざまに、


「1/65535の確率さえ手に入れるシャミセンさんなら楽じゃないんですかね」


 と口にした。

 運がいいというより、良すぎるというか、偶然でしょ。

 オレは、あくまでそう思ってる。


「どこで見つけたのかとか、巣みたいなところがあったりでモンスターが出てくる場所は把握しているから、位置を示したマップのスクショをそっちに送るわ。……あとは分かるわね」


 取ってくるまで帰ってくるなってことですか? そうですか。

 いくらHPが自動回復の装備をしているとはいえ、MP回復ポーションは常備……というかくれませんかね?


「あ、もちろんタダなんて無粋なことは云いません。宝石に使用限度が表示されないのを危惧してのことで、できるだけ研究用に多くほしいところなんですよ。それで状態の良いものでしたらシャミセンさんにお渡ししますし、装備品に使われるのでしたら私や、知り合いの鍛冶屋にお願いして強化いたします」


 宝石には良し悪しがあるということは、白水から[土毒蛾の指環]に[紅宝石]を拵えてもらった時に教えてもらったことがある。

 アイテム説明はあくまで説明でしかないから、そういうものが表示されないため、使うまでわからないそうだ。



「行くのはいいとして、どれくらい取ってくればいいんだ?」


「できるだけ多くがいいわね。白水に[宝石鑑定]の体現スキルがあればいいのだけど、まだそれを持っていない状態だし」


 ナツカはそう言うと、うしろに控えていたアレクサンドラさんを見据える。


「道中、彼にも同伴してもらうわ。とりあえず物理攻撃が通じると判明している以上、彼のレベル上げも兼ねてね」


「よろしくお願いします。シャミセンどの」


 アレクサンドラさんはスッとオレのところにやってきては頭を下げた。身形が老紳士のためか、こちらが恐縮してしまう。

 ついでに彼からのフレンド申請もきていた。もちろん承諾。


「ちなみにアレクサンドラさんは体現スキルとして[火眼金睛]を持ってるし、あなたも[土毒蛾の指環]の効力で夜目が使えるはずよ」


 それってカンテラは必要ないってこと?

 オレが訴えるような目でナツカと白水さんを見ていたからだろうか、


「そうではなくて、カンテラを使用した場合とそうじゃない場合とで出現する確率が違っていたんですよ」


 と白水さんが説明してくれた。

 要はカンテラ……もしくは照明を使っているかどうかで、なにかしらのスイッチが発動しているということだろう。



「照明……かぁ」


 オレは装備品の[緋炎の錫杖]のことを思い出す。


「あ、装備品で自動的に周りが明るくなるとかは判定されていないみたい。シャミセンさんが持っている[緋炎の錫杖]みたいに、周囲を明るくする装備品を持ったギルメンがユンチャンフを発見したとの報告も受けていますから」


 つまり、光力の強さにもよるってことか。


「それでどう? シャミセンのレベルも上がるし、宝石も手に入れられる。しかも鍛冶のお金はこっちが負担する。……クエストを受けてくれるかしら?」


 オレはすこし考えてうなずいた。


「それからもうひとつ……」


 白水さんがスッと人差し指でオレを差した。


「ギルメンの話では、睡蓮の洞窟の中で[未草]を見つけたけど、近くにいたモンスターにやられてデスペナを喰らった。しかも今回の目的であるユンチャンフが生息している可能性がある場所の近くでね」


 白水さんはそれに気をつけてほしいという形で忠告をしたのだろう。


「[未草]……」


 はて、どこかで耳にしたことがあったのか、なんか引っかかる。



「あ……っ」


 オレは以前、セイエイからもらった装備品の鍛冶に使用する素材アイテムの中にそういう名前のアイテムがあったことを思い出す。


「うぅむ」


 宝石を手に入れると同時に[未草]も手に入れる。

 ただ、ナツカのギルドがどれくらいの規模なのかはしらないし、その[未草]を守っているモンスターや、そもそもユンチャンフについて強さがまったくわからない。

 オレからしたら未知の領域なのだけど……やってみる価値はありそうだ。


「もしその[未草]も手に入れられたら、そっちは俺のものってことでいいか?」


「いいわよ。こっちはあくまで[ユンム]を持ってきてほしいわけだから、他のドロップアイテムはあなたやアレクサンドラさんのもので構わない」


「うし、そのクエスト、受けさせてもらう」


「商談成立ね」


 ナツカは椅子から立ち上がると、オレのところに歩み寄っては手を差し伸べてきた。

 テーブルで身を乗り出すようにすれば届かない距離ではないが、はしたないと思ったのだろう。

 オレはそれに応えるかたちで握手を交わした。


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