第75話・沈潜とのこと
ナツカのギルドハウスから睡蓮の洞窟を出ると、時間が時間だけに月が出ていた。
モンスターの発生率も上がっており、周りを見渡してみるとフィールドには戦闘中のプレイヤーがちらほらと見える。
「さてと……」
オレはさっき届いた運営からのメッセージを開いてみた。
『[四龍討伐]クエストボスクリア特典について
東海ステージボス『ゴウコウ』を討伐された恩恵により、プレイヤーさまには[アクアショット]と[アクアウェーブ]のうち、どちらかひとつを取得できる権利を得ることとなりました。
*スキル名に触れますと詳細が表示されます。
*選択後のキャンセルはできませんのでご了承ください
[選択画面に進む]』
メッセージは短いが要件さえわかればそれでいい。
面倒な規約なんてのは基本的に読み飛ばしてるし……というか面倒なんだよね。
さて、以前欲しいなと思っていた[アクアショット]が入ってるけど、[アクアウェーブ]というのもすこし気になるな。
さっそく詳細を見てみることにする。
[アクアショット] 属性・水 消費MP10%
水の弾を発動し敵にぶつける。
チャージに属しており、ためる時間によって、バブル(無色)→ショット(青色)→ブレット(緑色)→バスター(赤色)と変化する。
*チャージがスキルストックにある場合、消費MPは5%になる。
とりあえず気になったことは、ステータスアップデートによるものなのか、プレイヤーの所持MPが四桁あるからなのか、魔法スキルの消費MPがパーセント表示になっている。
ということは200だとしたら、20になるってことか。
オレの、現在のMPは805なので、通常だと80……じゃないな、チャージをストックに入れてるから5%で40になる。
発動される魔法の強さは色で判別できるところはチャージの時と変わらないようだ。
[アクアウェーブ] 属性・水 消費MP10%
水の羽衣を身にまとい、相手の攻撃を防ぐことができる。
炎系魔法は無条件で無効にできる。
こちらは補助系だが、属性同士の相性を無効化できることは魅力的だな。――普通に考えれば。
オレからしてみれば[紫雲の法衣]の効果を考えるとほしいなとは、なぜが思えなかった。
まぁ、前から欲しかったということで、[アクアショット]に決定。
メッセージには選択画面へのリンクが貼られており、それに触れてみると[アクアショット]か[アクアウェーブ]のどちらかを選ぶ画面にウィンドゥが切り替わった。
早速[アクアショット]に触れると、
『[アクアショット]を取得しますか?
[はい]/[いいえ]』
というシステムアナウンスが表示され、もちろん[はい]を選択する。
『本当に[アクアショット]を取得しますか?
[はい]/[いいえ]』
しつこいなぁ……と、すこし苛立ちを覚えながら[はい]を選択。
『選択をされますと、他の魔法はスキルの書を使用する以外に取得できません。後悔はしませんね?
[はい]/[いいえ]』
「だぁらぁっ!」
オレは奇声を上げながら、[はい]を選択するや、足元から光が放たれ、
[[アクアショット]を取得しました]
というアナウンスが出た。
なんかドッと疲れが出てきた。
「あぁ……もう、今までスキルの書とか使ったことあるけど、こんなのなかったぞ」
オレは興奮気味にセイエイを見やる。
「たぶん、二者択一の時に出る演出だと思う」
セイエイが苦笑を浮かべた。今までも何回か体験しているんだろうな。
「それでなにを選んだの?」
「あぁ、前からほしいなと思ってた[アクアショット]があったからそれを選んだ。セイエイは?」
「わたしは[アクアウェーブ]覚えた」
セイエイはそう言うと、虚空にウィンドゥを表示させ、なにやら操作を行った時だった。
ピコンッ……という、電子音がなり、オレの簡易ステータスに新着メッセージが届いたことが表示される。
[セイエイさまから決闘申請が届きました。
承諾しますか? [はい]/[いいえ]]
……なにこれ?
オレは、そう聞きたいと言わんばかりの表情でセイエイを見据える。
「決闘申請だけど?」
それはわかる。でもなんでそんなの送ってきた?
「ココらへんのモンスターで炎系魔法使ってくるのがいない。一日のログイン限度時間もあまりないから今から探すのも面倒。それならシャミセンがフレアとファイア覚えてるから、デュエルでやったほうが手っ取り早い」
そう淡々と、いつものようにキョトンとした表情のセイエイ。
彼女が覚えた[アクアウェーブ]は炎系を無効化にできるようだが、というか……。
「その言葉に他意は?」
「……っ?」
首をかしげるところを見る限り、他意はなさそう。
この子の場合、考えはするだろうけど、基本本能で生きてるようなもんだからな。
「承諾はする。でもハンデくらいはくれ。できれば各飛車落ちで」
「それじゃぁ、わたしは体現スキルなしでその場から動かない。シャミセンが一撃でもダメージを食らわせられたら勝ちでいい……痛感は100%フル」
なんかサラッと怖いこと言いやがった。
でもそれってセイエイも痛い目に遭うってことなのだけど?
セイエイから来た決闘のルールは、相手プレイヤーに一撃でもダメージを与えられたら終了。デスペナはなし。
「始める前に、ちょっとストックの整理させてくれ」
そうお願いすると、セイエイはうなずいてみせた。
魔法スキルの一覧を表示させると、
[ヒール][ファイア][チャージ][テンプテーション]
[キュア][アクアラング][ライトニング][フレア]
[ライティング・ブラスト][アクアショット]
というふうになっており、
魔法ストックには現在、
[ヒール][チャージ][キュア][ライティング・ブラスト]
[ライトニング][フレア][空白]
となっている。
というか、魔法スキルのストックがひとつ増えているんですけど?
イベント中にそんな表示がされてなかったんだが。
「おねえちゃんがシャミセンが持ってる装備品に対して修正されたって言ってたから、たぶんそれによるものかもしれない」
「ちょっと待て? なんでそんな重大なことをあの時に言わなかったんだ?」
オレは今装備しているアイテムの説明を確認した。
[玉兎の法衣+5] I+20 V+30 L+10 ランクSR
昔々、地上に落ちた月のうさぎの毛皮を施した法衣。
装備、または羽織るだけでワンターンにつき、現段階のLUKに対して、一定の確率で瀕死、死亡以外の状態異常を自動で回復することができる。
また常時最大HPの10%回復する。
[緋炎の錫杖] S+10 I+20 ランクR
ファイアの魔法効果がある錫杖。魔法チャージと連動している。
モンスターや相手に装備者のLUKに依存した確率で、火傷を追わせることができる。
[女王蜂のイヤリング] L+10 ランクR
とある国の女王が蜂を愛でており、それを尊重するために作らせたというイヤリング。
幸運に恵まれており、これを装備するとレベルの低い蜂モンスターは奇襲をしなくなる。
[玉龍の髪飾り] I+30 L+20 ランクSR
通常攻撃のさい、モンスターにマヒ効果を与えることができる。
装備時、LUK以外のステータスの基礎値にLUKの合計値の10%増加される。
[土毒蛾の指環+α2] A+40 L+10 ランク?
土毒蛾の羽根を思わせる極彩色の宝石をこしらえた指環。
合計LUK×50%秒のあいだ、身体を浮かすことができる。
次の効果が発動されるまで一分のラグが必要。
宝石部分は取り外すことができる。
修正されたのは[玉龍の髪飾り]だけだった。
LUKの合計値の10%がプラスになるようで、今200だから20が追加されるってこと?
「修正されたって聞いたから、てっきり弱体化するかと思ったんだけど」
逆に強くなってるんですが?
「別にシャミセンは無敵状態になるスキルとか効果があるわけじゃないから、そういうのだと修正される」
改めてステータスを確認。
【シャミセン】/【職業:法術士】/3324N
◇Lv:23
◇HP:1035/1035 ◇MP:1380/1380
・【STR:14+30(10+20)】
・【VIT:9+81(61+20)】
・【DEX:19+20(+20)】
・【AGI:13+60(40+20)】
・【INT:10+110(90+20)】
・【LUK:145+60】
ステータスが上がったのはいいとして(HPとMPはステータスでコロコロ変わるから気にしない)、はて、なにゆえ魔法ストックが増えた?
「たぶんINTが三桁に入ったからだと思う」
あぁっと[紫雲の法衣]を装備した時って、ギリギリ100に届いてなかったってことか。
と、[紫雲の法衣]の増加値を計算してみた。
「装備が変わってストックが減るなんてことは?」
「それはない。一度ストックが増えると100を切ってもそのままになってる」
さて気になったことは答えてくれたので、早速その空白に[アクアショット]を入れてみますか。
「準備はいい?」
「オッケーオッケー。それじゃぁやってみるか」
オレはウィンドゥを決闘申請の画面に戻すと[はい]を選択した。
するとオレとセイエイの頭上に格闘ゲームの体力ゲージみたいなやつが現れると同時にカウントが始まった。ちなみに制限時間は五分。
短い? セイエイからしたらオレなんて瞬殺レベルだし、それを避けられる体力が続くかと言われると厳しい。
セイエイを見据えるや、彼女はその場から動かず、手足をブラブラとさせている。
体現スキルは使っていないから素のステータスで勝負するということになる。自動発動の体現スキルは彼女の意図ではないので許そう。
「一撃食らわせればいいんだよな? なら[ライトニング]」
オレは弓を引く構えを取り、光の矢をセイエイに向けて放った。
「……っ」
特におどろいた様子もなく、セイエイはそれを悠々と避ける。
動かないんじゃないの? じゃないな。その場から動かないだから、避けることはできる。
「[アクアショット]」
まずすこしチャージをかけて、エフェクトが青になった瞬間に放つ。見た目は駄菓子屋で売ってそうな水鉄砲を撃ったような感じだ。
「[アクアウェーブ]」
瞬間、セイエイの周りを波が覆う。それこそぶつけられた[アクアショット]を巻き込むほどに激しい波だった。
オレが放った[アクアショット]は同属性だからなのか、ダメージ判定はなし。
「……っ!」
姿を見せたセイエイは、いつもの[忌魂の洋装]とは違う、水の羽衣を羽織った姿で現れた。
それこそ肌の上にキャミソールを着ているような。
とりあえず、セイエイと対峙してる時はこういうことがよくあるのかねと思った。
「どうかした?」
当人はさほど気にしていない様子。どうやら自分の今の格好に関して、そういう演出なのだろうとしか思っていないようだ。
「いやなんでもない」
目のやり場に困るが、悟られるのもあれなので気にしないでおこう。
「[アクアウェーブ]は炎系を無効化にするんだったな」
相手のVITの差でダメージがない場合もあるだろうけど、とりあえず試してみますか。
「[ファイア]ッ!」
炎系魔法をぶつけると、ジュッとなにかが蒸発したような音が聞こえた。
「もう一発っ! [フレア]ッ!」
今度は強い方を。炎の塊がセイエイにぶつかったが、やはり蒸発したような音がする。
「[チャージ]ッ! [フレア]ッ!」
チャージエフェクトの色が赤になった瞬間放つ。
ぶつかったはいいものの、やっぱり蒸発し、ダメージは無効化された。
「本当に効かないんだな」
そうオレが問いかけると、セイエイから『決闘中断』の申請が来た。
確認したいことをしたようだし、時間も時間だからだろう。
オレはまだ[アクアショット]に関して試したいことはあるのだけど、それは時間があった時にでも試してみよう。
終了の受諾をすると、『Draw Game』という表示されると、オレとセイエイのHPが表示させていたゲージが消滅した。
「それからシャミセン、ちょっといい?」
「どうかしたのか? ちょっと気になることとか?」
「えっと、わたしの[貧乏神]の効果知ってる?」
あっと、たしか前にナツカが言っていたことを思い出すと、相手のLUKを60%にするんだっけ?
「あ……」
セイエイが言いたいことがわかった。
[貧乏神]は自動発動の体現スキルだ。
そうなると決闘が始まった瞬間、その能力が発動されたということになるので、オレのLUKは合計値の60%……120になって、[玉龍の髪飾り]の効果はその10%……12が付加される。
たぶんこれで命中率が下がったのだろうか。
そう思ったのだけど、最初の攻撃はどうやらセイエイが装備している[紫炎の指環]という装飾品の効果で無効化されていたようだ。
その装備の効果を教えてもらうと、30%に負けたってことになるんですけどね。
「夢都さんと再戦した時、あの人がもってる[幻影]の効果でわたしの体現スキルは無効化されてた。でも……自動発動の体現スキルは無効化されてなかった」
あくまで意図的に発動されるスキルを無効化されるということか。
「……時間」
「っとそうだった」
オレの簡易ステータス画面には、一日のログイン時間が表示されており、残り十分になっている。
セイエイも似たようなものだった。
「えっと、魔宮庵まで急げば間に合うか?」
転移アイテム持ってたっけ?
「わたしはナツカのギルドでログアウトすれば大丈夫だし、シャミセンは日付が変わってからまたログインして魔宮庵に行けばいいと思う」
セイエイの提案。心から受けましょうか。
オレとセイエイは睡蓮の洞窟に戻り、ナツカのギルドハウスに入ると、セイエイは中にいたギルドメンバーの男性からゲストルームらしいところへと案内され、オレはテーブルの椅子に坐りログアウトした。
日付が変更されたのを確認すると、再ログインした。
「おや? 早いお戻りで、また出かけられるのですかな?」
オレが動いた気配がしたのか、さきほどセイエイをゲストルームに案内した男性プレイヤーがオレに声をかけてきた。
見た目は老紳士のような風貌で、服は燕尾服。物腰の柔らかい口調だった。
[アレクサンドラ] 拳闘士 レベル20
プレイヤーネームはフレンド以外にも見えるように設定されているようだ。
ちなみにギルドハウスの場合、フレンド以外には見えないようにできる設定は無効化されているんだと。
「あ、いや、これからホームの方に戻ろうかと思いまして」
オレはセイエイが寝ているゲストルームを一瞥する。
「気になりますか?」
「あ、いや……なんか普通に案内されていたので」
「ははは、ギルマスとセイエイさんは知り合いですからな。近くで探索をしている時、よくこちらで休まれるんですよ。で、そのまま寝てログアウトされるので」
慣れてるなぁと思ったが、そういうことか。
セイエイのことはこのままギルドのほうに任せて、オレは魔宮庵に向かうことにしよう。
オレはアレクサンドラさんに別れを言うと、睡蓮の洞窟から魔宮庵がある森へと出て行った。
「……シャミセン?」
シャミセンが出てから一時間が過ぎたころだった。
ゲストルームから出てきたセイエイは、キョロキョロとギルドハウスの中を見渡す。
「セイエイさんもお早いお戻りでしたな?」
「アレクサンドラさん……? シャミセンは?」
「どうかされたのですかな? シャミセンさんなら一時間ほど前にホームの方へと戻られたようですが」
くびをかしげるように、アレクサンドラは質問に応える。
「…………っ!」
それを聞くや、セイエイは険しい表情を見せた瞬間、ギルドハウスから飛び出した。
セイエイは[韋駄天]を発動させ、魔宮庵がある森へと向かった。
急いでシャミセンが無事なのかを確認するために。
だが、彼女の願いなど嘲笑される。
森の中で見つけたのは……
ロクジビコウにやられたセイエイと同じように、四肢を失い、頭蓋骨を粉々に砕かれたシャミセンの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます