第74話・金と銀とのこと
「次のイベント?」
首をかしげるようにセイエイがビコウにたずねる。
「そう。ゴールデンウィークのあいだ。五月三日から五日までの三日間で行われるミニイベント『太陽と月』が開催されるのよ」
「それってどういう内容ですか?」
「極端に言うと人探しね。詳しくはあまり説明できないけど。まぁそんなに難しいものでもないし、戦わずしてクリアできるイベントよ」
セイフウの問いかけに、ビコウは応える。
「太陽と月ねぇ……」
「そうだね。開催されるのはゴールデンウィークの休日三日間……もしかして前に話してたイベントだっけ?」
「うぐぅっ?」
セイエイの思わぬ一言に、ビコウは視線をオレたちから逸らした。
「うわぁ、わかりやすい」
双子が唖然とした表情を見せる。
「たぶん、わたしの予想だけど、特定のNPCが扮した誰かを見つけると、それぞれに対してなにかもらえると思う」
「あうぅっ!」
「するってぇっとあれだな? ひとつはお金がもらえて、ひとつはなにかアイテムが貰えるとか」
「あぎゅるっ!」
オレとセイエイがそうだろうなと思ったことを口にすると、ビコウは更に苦痛の表情を見せる。ホントわかりやすい。
「で、でもですね? いちおうこのゲームのイベントは私が最初にデバッグするんですけど、正直無理でした」
もはや半ば自棄糞なビコウの叫びに、オレは唖然とした。
いや、オレだけじゃなく、セイエイと双子、白水さんもおなじような表情でビコウを見ている。
「お、おねえちゃんでも無理だったって……どういうこと?」
「もうね。スタッフの中でもシャミセンさんのありえない強運で話が持ちきりなのよ。いちおうロクジビコウが見せた私のLUKのこと知ってますよね?」
えっと、たしか基礎値で93だっけ?
普通に育てていれば、かなり高いほうだと思うのだけど。
「普通基礎値はバランスや職業によって育て方が変わりますけど、自分のLUKには自信があったんですよ。それなのにシャミセンさん対策だかなんだかで、二人のAGIとLUKを50前後くらいに設定されてるんですよ」
「ちょ、ちょっと? それでビコウさんが無理なら、それより低い私たちは無理じゃないですか」
双子以上に、セイエイが難しそうな顔をしてなかった。
「私、幸運値、基礎で35だけど」
あれ? もらえたポイントで増やしてないの?
それをたずねると、「STRとAGIに使った」らしい。
「とにかく、今回のミニイベントはかなり難しいんですよ。いくらシャミセンさんのLUKが200とかバカみたいに高くても、そんな簡単にクリアできるような設定にはしてませんから」
別にオレのせいじゃないよね? さすがにそれが理由だとしたら、オレ大バッシング不可避なんだけど?
ところで、なんでビコウが至極当然のようにオレのステータスを知っているのかというと、運営が管理しているからビコウの耳にも届いているからだそうだ。
「ところで、シャミセンさんの強運を警戒するほどの理由って?」
白水さんが首をかしげるようにビコウを見た。
「シャミセンさんが頭に装備しているやつが一番の理由ね」
ビコウはオレの頭……[玉龍の髪飾り]を指差す。
「[四龍討伐]で起きた不条理なエラーはこっちの不具合で起きたことだから、近いうちになにかしらお詫びのやつが届くけど、一箇所のレイドボスを倒しただけで、ありえない確率でしか出てこないアイテムを手に入れたんだから、強運以外の何物でもないでしょ?」
白水さんはどれくらいの確率なんだろうかと問いかける。
その確率……1/65535だと聞くや、白水さんはオレを睨んだ。
「ますますシャミセンさんのデータがチートじゃないかと思えてきますね」
いや、チートじゃないからね? というか目の前に運営と関係している人がいるんだから、あまり言わないでほしい。
「シャミセンさん? 面白い言葉教えましょうか?」
「なに?」
「火のないところに煙は立たない」
「原因はないからな! 普通にやってるだけだよ? LUKが普通より高いだけだよ?」
「普通に育ててるなら、レベル23のプレイヤーのLUKが150も行きませんっ! それでなくても装備品のほとんどがLUK上昇という時点で問題なんですよ」
ビコウですら、もはやお手上げといった様子だった。
「とにかく、話をまとめよう。白水さんはビコウのお願いで[照魔鏡]を作る。その間、オレやセイエイはゴールデンウィークに行われる『太陽と月』に参加して、クエストクリアをしなければいけないってことか」
オレは確認のためにそうビコウにたずねる。
「まぁそうですね」
「金角を捕まえるとお金がもらえて、銀角を捕まえるとアイテムがもらえる」
「もうね、セイエイ……あんたの勘ってたまに恐ろしく思えるわ」
まさに正解だと言わんばかりのビコウの態度。
「アイテムってなにがもらえるの?」
「まだ検討中。といっても今日か明日あたりには決めないといけないんだけどね――基礎値を一時的に二倍にするなんて口が裂けても言えないしね」
いや、言ってるから。しっかり聞こえてるから。
おそらく、オレの強運でも手に入れられないと腹を据えたのだろう。
そういう態度ならなおのこと。そのクエストクリアしてやる。
「とまぁ、とりあえずそのイベントが始まるまでにシャミセンさんにはすこしクエストをしてもらおうかな」
「クエストって?」
「ですから、白水さんにお願いした[照妖鏡]……まぁ正確な名前は本人に決めてもらうとして、そのアイテムを作るためのレアアイテムを見つけて欲しいんですよ」
ビコウはそう言いながら、虚空にウィンドウを開いた。
「必要なアイテムは[
あれ? なんか聞き覚えが……。
「[金の蛇皮]ならセイフウが持ってる」
セイエイがそういう。オレはデスペナでアイテムを失っているわけだけど、セイエイも手に入れてたのか。
「神様仏様楓様。その恩寵を私に譲り渡してくださいませんか」
オレはセイフウに向かって土下座した。
「いや、特に使う予定もないですし、もしそのロクジビコウみたいなプレイヤーが出てきたら困る人もいるだろうから、その[照妖鏡]を作るのに必要というなら白水さんにわたしますから」
思わぬオレの懇願に、あたふたと困惑するセイフウ。
「あと知ってるからって本名で言わないでください」
とにもかくにも決まった。
「ビコウ、マミマミは動いていないだったな」
「動いていないというよりは動けないと言ったほうがいいですね。シャミセンさんとセイエイがやられたのはおそらく日本サーバーの中。アカウントが停止されているはずの夢都さんのアバターがどうしてこのゲームの中にいるのかはさけおき、そのような状態のプレイヤーが普通のステージに現れようものなら運営が気付かないわけがない」
「その場所に行く方法は、裏山の隠しダンジョンでセイエイが見つけた妙な抜け穴」
「そうですね。シャミセンさんが不本意とはいえ人の姪っ子の……」
「わぁあああああっ!」
オレはビコウの言葉を遮るように大声をあげた。
「ちょ、びっくりした? どうしたんですか? 急に大声なんて出して」
白水さんは目を点にしながら、オレやセイエイたちを見渡す。
その理由を知っている双子は苦笑を浮かべ、当事者であるセイエイは、やはりというべきか、オレに裸を見られたことに対して羞恥心がないと言わんばかりに、キョトンとしている。
「ビコウ……頼む、オレの信頼度下げるのだけはやめて」
オレはビコウに頭を下げる。
「まぁ、べつに本人が気にしていないからいいんですけど。それより気をつけないとダメですよ。あの子……最近また大きくなったとか言ってましたから」
はいっ?
「それってどういう意味?」
「女の子の口からそんなこと言えるわけないじゃないですか」
きゃっ! とか言いそうな表情で顔を手で覆うビコウ。
無性にぶん殴りたくなる態度だったということは間違いない。
オレはゆっくりと、そのセイエイに視線を向けた。
「おねえちゃん、別に胸がすこし大きくなっただけなのに、なんでそんなふうにいうの?」
キョトンと、首をかしげるセイエイ。
無知なのか、それとも自分の身体に対して無頓着なのか。
前に一度(正確には二度ほど)セイエイの胸を見ているが、早熟レベルに大きいとは思ってたが。
「だってねぇ、この前
ビコウは、それこそガラスの仮面をかぶってそうな女優みたいな白目を向けた。
「ところでどれくらいなのか興味あります?」
聞いてどうする? 別に興味はない……と言えないのが男だな。
とかそんなことを考えるより前に、
「えっとわたし今身長が153で、おっぱいが79、お腹が54だった気がする」
セイエイが思い出すような仕草で言った。
「……い、いちおう聞くけど……セイエイちゃんって中学生よね?」
白水さんが唖然とした表情でたずねる。
「そうだけど?」
それがどうかした? と言うような目で白水さんを見るセイエイ。
すこし、いやかなり魅力的な身体だということはわかるのだが、その本人はやはり自分の成長に関して無頓着というか興味が無いような表情を浮かべている。
「それって、計算するとDなんだけど。中学一年生の時点でDってありえないでしょ? あの時も妙に胸が大きいなとは思ったけど、まだ成長してるってことよね?」
わなわなと身体を震わせる白水さん。
というかサイズ聞いただけですぐわかるものなのかね?
オレは当然のことながら男なので、肌着はパンツとシャツしかない。ブラとかショーツみたいにちょっとサイズが変わったからって買い換えるってこともないし。
「でしょうね。ちなみにわたしは身長のかわりにおっぱいに栄養が行ってました」
ビコウはそれこそ他人事のように言った。
「十九歳でロリ巨乳とか需要無いでしょ?」
「あるんじゃない? 年上童顔巨乳なんてのは」
なんの話をしてるんだか。
とにもかくにも、その話題の中心であるセイエイはどこ吹く風と言わんばかりにオレのところに来ては、
「シャミセンまだログイン大丈夫? 大丈夫なら新しく覚えたスキル見せたい」
と誘ってきた。
「フィールドに出るのはいいですけど、中学生に変なことしたらダメですからね」
「言われんでも手なんて出さねぇよ」
ビコウの忠告に、オレは咄嗟にツッコミを入れた。
「あ、私たちはそろそろ抜けますね」
「あぁ、今日はおつかれさん」
そう会話を交わし、双子はログアウトする。
時間を確認すると、午後十一時を回っていた。
まだ時間はあるし、オレもそろそろ新しく覚えた水魔法を試してみたくなった。
そういえば、以前みんなで隠しダンジョンでバカンスをした時、テンポウがセイエイのことでちょっと文句を言っていたっけか。
そんなことを思い出しながら、どこか遠くで誰かがくしゃみをしたような気がした。
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